3-3.変態はおっぱいを見ました
おっぱいだった。
天の意思なのか。
はたまたもっと強大な力が働き、阻害したのか。
流石にその真意こそ明らかではないが。
その……なんと言うか『大切な部分』こそ、雲みたいな太い湯気で隠れてはいたのだが……。
この俺、日岐古守は。
元25歳=彼女いない歴の。
変態でオタクでニートの童貞が。
その瞬間に己の両眼で捉え。
目の当たりにしたのは……そう。
(あれ……あれは……ほほほ…………)
もう一度だけ…………。
口にこそ出さないが。
今一度だけ、ハッキリと述べさせていただこう。
おっぱいだった。
怪しい兄さんから闇夜に潜むという美女を。
その姿を写真に収めて欲しいと高報酬と引き換えに頼まれ、夜にターゲットを探しに出てから。
(ほほほほ……本物だよな……夢じゃないよな?)
俺が見つけたのは、その大きな大きな。
夢に、希望に、愛に、母性に満ちた。
素晴らしいおっぱいを携える赤い髪の美少女だったのだ……。
(すすすす……すげぇぇ…………)
まあ、しかし……それでも。
少し……下卑た言葉に聞こえたかもしれない。
だが……それが胸という部位の表現。
意味を示す単語の一つである以上、別段誤りがあるとは思えないし。
間違っている気も全くしない。
それどころかこんな急な展開で。
自他ともに分かりやすい程に慌てている俺の脳内で思考できる語彙など限られる。
その中で短絡的でいて尚且つインパクト有りの。
分かりやすい言葉で示すなら……そう。
やっぱり。
(ほわあああああああ………………)
おっぱいだった。
「…………………………」
「あわわわ………………」
さて……と。
では意識をおっぱいと言う幻想の世界から。
一旦、その桃色に染まったエロ思考を落ち着かせて、この現実へと戻してみようか。
俺が今回受けたクエストについてだ。
『~サイドの町、深夜限定の裏クエスト~
クエスト名 噂の『アレ』を撮ってほしい!
クエストランク【???】
依頼主 健全なお兄さん。
契約金 なし。
※但し、写し箱の破損時は弁償。
報酬 金貨三枚。
詳細 対面後、依頼者より説明
☆受注可能条件☆
特定の条件を満たした男性に限定する』
という依頼内容、もとい。
エロ目的も兼ねて請け負ったクエストで、眼前にいたのはまさにその対象である女性。
「…………………………」
何故かは不明だが、俺を黙って凝視し。
特に恥ずかしがる様な叫び声も。
物を投げつけてくる事もなく無言で立ち尽くす。
頭部に角の生やす少女だったのだ。
「あわわわわ…………」
と、まあ通常であるならば……。
例え……不意に起こった遭遇とはいえ。
この時点で、これ以上ない最高の場面にて俺は写し箱のシャッターを切る事により。
又とないこのシチュエーションで、最高級の一枚をフィルムに収めるべきだったのだろう。
さすれば報酬は上乗せしてくれるうえに。
哀れなお兄さんの性欲の処理にも一役買ってくる事間違いなしと断言できる。
……むしろ、俺もコピーが欲しいくらいだったんだが。
「あわわわ……わわわ…………」
しかし……。
そんな魅力たっぷりの少女を前にして。
童貞の俺が取った行動はというと……。
「ごごごごご……ごめんなさいぃぃ!!!」
逃走だった。
それも、相手の少女では無く。
鏡が無いから気が付かなかったけれど、顔を真っ赤にしているのか、顔に強い温かみを感じて。
恥ずかしくなって、すぐに飛び去ったんだ。
(ビビ……ビックリした! ビックリしちゃったよ! 逃げるしか無いぃぃぃぃぃぃぃ!!)
で、でもよ……しょうがないじゃないか。
あまりに突然すぎてビビっちゃったんだもん。
いくらさ……エロ大好きな変態の俺でもよ。
いきなりは……急なのはまずいんだ。
突然のエロはダメなんだよ!
だだ、だって……。
俺から言わせればこう言うのはね。
エロを楽しむ時はね、こう……なんというか。
誰にも邪魔されず、自由で、何と言うか。
ムラムラしてなきゃあ、ダメなんだ。
興奮して、覗いてやるぞっていう気合いに満ちてこそ……得られるエロが格別ってもんなんだ。
だから……要するに……。
俺は只のチキンの童貞だったって事だ。
「ひぃぃぃ……ムラムラが足りなかったぁ!!」
そうしてそんな自分でも結果に呆れる様な。
気持ち悪く思える程のエロの自己分析を終えて。
俺はとにかく彼女の元から逃げたのだ。
一直線に来た道を戻る様にして進んだ。
「なっ!? まっ……待ってくれ!」
そうすると、何やらそんな俺を呼び止める声が背後から聞こえたんだが、俺は構わずに逃走続行。
「悪いが、待てと言われて……待てるかあ!!」
事故とは言え、仮にも己の裸を見られたんだ。
それも得体も知れないモンスターにだぞ。
彼女の言葉通り、止まったりすれば確実に。
それこそ、99・9パーセント位の超高確率でシバかれるに決まっている。
だからこそ俺はその速度を維持したまま逃げた。
(……写真は撮れなかったけど、これでいいんだ! 別にあの人の裸を撮れってクエストじゃないしな! もし何だったら写し箱を返せばいい!)
……とまあ、咄嗟に逃げ出した事に対して。
俺の中にはどうやら『理性』らしき何かがあり。
綺麗な女の子の裸体を見て、あんなことやこんな事と言った、悪質な悪戯をするのではなく。
素直に謝罪の言葉を述べて、逃げた事については、それほど咎められる行為では無かったと。
そこまでの屑では無かったと自負していた……。
「ハア、ハア。よしここまで逃げれば大丈夫だろう。あの女の子の為にも……今日見た事は忘れよう。こういうのはちゃんとムラムラして頭が馬鹿になっている時に抑えよう……」
つもり……だった。
但し……。
「コモリ! こんな夜中に何してたのよ!」
「いひっ!?」
タイミングが……悪かった。
余りにも悪すぎた……。
「な……なんで、お前が、ここに……」
「何だか夜中にコソコソとしていたから、貴方が宿を後にしてから、気になって探っていたのよ。そしたら写し箱なんか持って町から離れていったから、心配して付いてきたのよ」
不幸にも俺は。
こんな切羽詰まっている時に見つかってしまった……。
今もなお宿屋で寝息を立てている筈の。
自分の眼でその寝顔を確認した筈の彼女が。
「で? わざわざこんな夜中に何を撮りに行っていたの? 怒らないから正直に答えなさい」
こういった破廉恥な。
スケベな行為を絶対に許さない。
「ええ……と。あの…………」
「?」
純粋無垢なアナスタシア様がおられたのだった。
この時点で正直、最早これまでかと。
覚悟を決めないといけないかもと思えたんだが。
「あ、あのですね……その……実は」
けれども俺は諦める事無く。
すかさず、必死に脳みそから絞り出した言葉を並べて。
彼女をここから、この場からどかすべく。
思いついた偽のあらましを伝えんと。
「じじ……実は俺、あるクエストを受けていてさ」
依頼の内容を伝えて。
どうにか逃れようとした……。
その途端だった。
「……見つけたぞ!」
「「!?」」
……早かった。
あまりにも早すぎた。
言葉を紡ごうと口を動かした直後に。
その発言を遮る様にして、さっきの少女が背後から迫ってきたのである。
それも相当慌てて追ってきたのか。
「あっ……あれはヤベェ……ヤベェよ」
「そこを動くなよ。君には聞きたい事が」
その身を覆っていたのはタオル一枚という。
視覚的には、既に言い訳が立ちそうもない。
思わぬ誤解を招き、事態を混乱へ導く様な姿で。
彼女は……。
立派なおっぱいの少女は寄って来たのだった。
すると……。
「あらあら……これは一体どういう事かしら?」
「ええっと……えとえと……えーっと……」
当然この状況を相棒が見過ごす訳もなく。
結果的には状況は続くようにして裏目裏目と。
今更どんな説明すれば這い上がれるのか皆目見当もつかない底の底へと。
闇包む奈落へと急降下していき、俺は前と後ろ、その両面から追い込まれてしまったのである。
「貴方って人は……夜中に女の子の裸を……」
「小悪魔殿、そこを動くんじゃないぞ……」
前門の虎、後門の狼とまではいかないが……。
(ああ……悪夢だ……天は俺を見放したか)
前方の道を塞ぐは怒髪天の金髪の美少女。
後方より迫るは、ほぼ裸の赤髪の美少女。
傍から聞けば何処かハーレムっぽい響きに聞こえなくもなく、特に後ろから迫る子は布一枚だ。
他にもしここに一般的な男性でいたならば、きっと興奮を覚えざるを得ない節もあっただろう。
だが…………。
「ちち……違うんだ。これには深い事情が――」
「コォォォォモォォォォリィィィィィィィ?」
「ひぃぃぃぃぃぃぃっっ!? 殺気ぃぃぃぃぃぃ!!!!」
しかし、俺にとっては絶望以外の何物でも無く。
呑気に興奮して喜んでいる暇など一切存在せず。
逆に全身からドンドン血の気が引いていき、果てには底知れぬ寒気すらも催す程に怯えるのだった。
「さて、言い訳はあるかしら?」
「言ってもどうせ聞いてくれないでしょ……」
「失礼ね……聞いてあげるわよ」
「本当? じゃあ――」
「貴方の言い分、とても良く分かったわ」
「すいません、まだ何も言ってないんですけど……」
「罪の意識に耐えかねるので早くこの哀れな悪魔を滅してくださいって確かに聞いたわよ」
「お願い! 幻聴に耳を傾けてないで!!! 俺の言葉を聞いてください!!」
と……まあ。
それから俺を待っているものはと言うと。
ある意味、お約束というかさ……。
ラッキースケベ後の通例というか。
物語の終着点となるお約束のオチだった。
二人の少女に挟まれて、逃げ場を失ってしまった俺は直後容易く確保され……というよりかは。
偶然の遭遇で、正直濡れ衣も甚だしかったのだが、これ以上逆らわぬように大人しく自首した。
「……じゃあ、覚悟は出来ているわよね?」
「あの……すみませんが、まだ出来てな――」
「出来ているみたいね。分かったわ」
「せめて聞いて!? 後で全否定してくれてもいいから、俺の意見を最後まで聞いてくれよ!!」
こうして俺はまだ名も知らぬ少女の前で、
「ンギャアアアアアアア!!!」
スケベ行為を嫌う相棒によって。
もうお約束の展開ともいえる粛清を。
雷魔法の籠った護符を全身に貼られて。
「おおお……これは中々に凄いものだな。小悪魔殿が電流で輝いている。凄まじいパワーだ」
「でしょう? この護身用のお札はお店の人をオススメで、どんな悪魔でも一撃で葬れる雷属性が込めてあるって言ってたもの。効果抜群よ」
「それ! 絶対! 仲間に使う代物じゃ! ないよねェェェェ! ウギャアアアアァァァ!!」
お仕置きを食らう羽目になったのだった。




