2-16.変態はボス戦無しで幕を引きました※挿絵有り
『ボス戦が無い幕引きもまた一興』
初掲載2018/09/16
細分化目の投稿文字数 15017文字
細分化2018/09/27
「これが、恐らくその石だと思う。確かめてくれ」
アペティートさんはそう告げると、私達の前へそれを置いた。
闇の覇王の配下を名乗る者達から渡されたという物を。
魔界の食材を譲る代わりに力を蓄えるようにと受けた石。
黄色い光を帯びる石をテーブルの上に置いてくれた。
「おおおぉぉぉ……。どうだ? アナスタシア?」
「ええ、恐らく間違いないわ……だって凄い力を感じるもの」
形こそ以前見た物とはまた違い。
整った形では無く、破片みたいだったけど。
私は一目でそれに秘められた力を感じた。
「国王に大目玉を食らったが、その石に力を満たす為のお触れは何とか解除してもらった。よって私が集めるように命令されていた『食に対する欲の力』って言うのはもう集まっていない」
「という事は、今この石に集まっているのは……もしかして」
「ああ、まだ覇王の配下に回収されていない欲の力だ。奴らは定期的にその石を回収しては、蓄えられた力を君達の言う『覇王復活』に充てていたんだろうさ。まあ今となってはどっちでもいいさ。だってもうそれは君達の物なんだから」
「でも、本当に頂いても良いんですか」
「勿論だ。気にせずに取りたまえ」
「で……では、お言葉に甘えて失礼いたします」
そうやって私はアペティートが預かっていた石を譲ってもらい。
早速、グランドストーンへと手を伸ばした。
すると……。
ピカッ!
「キャッ!?」
さっきまではただ静かに煌めいただけだったのに。
私がその手に抱えた途端に。
場が閃光に支配された。
「おおおぉ……なんと神々しい光だろうか」
その内に秘められていた輝きが一斉に。
我先にとその光が石から飛び出ていったの!
眩くも、美しさがあり、何処か神秘的な光たちが次々と。
まるで『その者』に触れてもらうのを待ちわびていたように。
私の中の勇者の血で目覚めるようにして。
「凄く綺麗……」
思わず目を惹かれる輝きを放出して。
光を放ちながら私の眼前で浮いていた。
でも……それだけでは留まらなかった。
私がそんな光景に見惚れていた直後。
輝いていた光はさらに!
「うおおおおっ! スゲェ!」
「えっ!? えっ!? なになに!?」
驚く事になんとそれらは私の体を包まんと形状を変えて。
さながら薄い布、羽衣の様に肌の表面を覆い始めたの。
私の頭を、腕を、体を、足へと緩やかに。
やがてそれらは全身へと回り、私は光を纏った。
そして……そんな幻想的な現象に……。
形を持った光に覆われた感触はというと。
(凄く温かい……でも、何なのかしら、この感じは……)
温かい、というだけでは不足していた。
温もりという単純なその一言では済ませられない。
もっとこう大袈裟に言うとするなら……。
(全身から力がみなぎってくる……体の底から溢れてくるわ!)
これまでに感じた事ない異常な昂ぶりが生まれたの。
さらには乗じて全身の感覚が研ぎ澄まされたみたいな。
心の底から何か大きな衝動が湧き上がってきたの。
だからこそ……その瞬間に私は自覚した。
(きっと覚醒したの……ね。このグランドストーンの力で)
私は自身の中に眠っていた『勇者としての力』が。
戦う為に不可欠な魔力が強くなったことを確信した。
まだまだ一部だとは思うけれど。
私は勇者としての次なる一歩を歩み始めたのだと。
この力で更なる強敵と立ち向かえるのだと感じていた。
しかし……何度も思うんだけど。
思えば本当に色々あった三日間だったな。
ドージエムに到着してから手始めに人が集まる市場で情報集め。
次は捕まってから脅迫の中で過ごした獄中での生活。
そして目的の食材が届くまでの決死の逃走劇があり。
続けざまにはアペティートさんの過去話と。
まあ、そんなこんなで前世では絶対に味わえない。
特に料理されるという恐怖を味わうなんて感覚、まずあり得ない。
だから、今振り返ってみれば本当にドタバタしていた。
「うひゃあ、久し振りの日の光だ。眩しいぜ」
「ハハハハハ、今までは地下の牢屋の中だったからね」
「全くだぜ、本当に酷い目にあったんだからな」
そうして、その最後を締めくくるのは、別れだった。
グランドストーンが放った派手な光によって本人曰く魔力が覚醒したと。
少し強くなった様な感覚に襲われたとアナスタシアから告げられた後。
今回はボスらしい強敵との戦闘などは特に発生せずに幕引き。
無事に冒険の目的であるグランドストーンの一つ目を手に入れた俺達は。
「それで、アペティートさん達はこれからどうするんだ?」
日の光が眩しいその豪勢な館の外で、別れ際の会話をしていた。
「私達かい? そうだね。君達にその石を渡した以上、私達は覇王軍の魔物達に追われる身となる事だろう。だからすぐにでも逃走準備を整えて、何処かに長い間身を潜めようと思っている。それに嬉しい事にメイド達も危険を承知でついて来てくれるそうだしね」
「「「はい! 私達メイド達はどこまでもアペティート様にお供致します!」」」
するとアペティートさん側も俺達と同じく、この国を早々に出ると告げた。
(くそっ! 事情は事情だけど、やっぱり羨ましいぜ! あんな美少女揃いのメイドさん達に身の回りの世話をしてもらうなんてよ……やっぱり金持ちって凄いんだな……男の価値は金とは良く言ったもんだぜ、チクショォォォォォッ!)
とまあ……俺が今発した心の叫びは置いておくとして。
確かに可愛いメイド達に囲まれてこれからも生活できるという点で僻み(ひがみ)、妬みはしたけれど……冷静に考えれば彼の選んだその逃走の選択は正しいだろう。
どんな組織であれ、保管しなくてはならない大切なグランドストーンを渡したんだ。
それも俺達、敵の手に渡すような裏切り者を許す筈が無い。
しかも相手は邪悪なる闇の覇王デミウルゴスの配下ともなれば容赦はない。
当然、殺しも厭わない猛者達が来る可能性だって充分に考えられる。
だからそんな危機が安易に想像できる魔の者達から逃れるのが正解だ。
「うん……私は何処までも……アペティート様に付いて……行くよ。その為なら死んでも良い」
「はい、どこまでもお供致します。例え待ち受けるのが奈落でも……この身は貴方様の物です」
「おいおい……出発前から縁起でも無い事を言わないでくれ」
従者である筈のメイドさん達からそんな不穏なセリフを吐かれつつも。
「では、また何処かで会おう」
「ああ! また会おうぜ、今度は食べないでくれよ」
残りの挨拶を交わすのだった。
「勿論だ。それに、君みたいな小悪魔食べても不味いだろうしね」
「何だと!? そ……そっちだって煮ても焼いても食えない体してる癖に!」
それも湿っぽい挨拶では無く、俺が好む明るいジョークを交わす挨拶で。
「なっ!? ほ、ほぉー……面白い事を言うものだ。ならば次に再会する時は驚く程カッコいい姿を。私本来の姿を見せてやろう」
「よーし、分かった! じゃあ俺も負けない様に旨く見えるようになってやるぜ!」
「ハッハッハッ……いやいや……不可能な事を言うのは止めたまえ、見苦しい事この上ない。君は精々そちらの女の子の尻を追いかけるだけで鍛錬も何もしない様にしか見えん」
「へっ……へっへっへっ……言うねぇ。でもさ、アンタだってそんな可愛いメイドさん達に毎日美味しい飯を作ってもらって、ベッドで寝転がっている未来しか見えないね。そっちも精々それ以上太らない様にするんだな。脂肪たっぷりのアペティートさん!」
「うぬぬぬぬ……良いだろう後悔させてやる……覚えておくんだな」
「そっちこそ……聞いてなかったって後で喚かないでくれよ」
互いに見栄を張って、馬鹿みたいな言葉を交わしていた。
「はいはい、コモリ落ち着いて……どうどう……もう……別れ際にそんないがみ合ったって良い事なんて一つもないわよ。ほらニンジンあげるから落ち着いて」
「あのう、アナスタシアさん……俺は……馬か何かですか?」
「ほらほら、アペティート様も落ち着いてください。ブーブー言わないでください。横で見ているわたくしメイド達からすれば見苦しい限りですよ。鳴き声あげて……全く」
「おい、ミリー! 私を豚か何かと勘違していないかね!?」
「あら……違ったのですか……わたくしはてっきり豚の鳴き声がすると……」
「なっ!? ぐっ!? うううむぅ……それは絶対に主人に向ける言葉では無い気がするんだが……気のせいかな……本当に君の毒舌は厳しすぎて敵わないな」
「お褒めの言葉有難うございます」
「だから褒めてないと言っているだろう! なぜそこだけ肯定的なんだ、君は!」
とまあ、互いに毒塗れの横やりが入れられ。
そんな具合に俺達のくだらない口論に終止符が打たれた所で。
「まあとにかくだ! アナスタシア君、コモリ君、本当にありがとう。君達の冒険に幸ある事を祈っている。また縁があれば何処かで会おう。その時も協力は惜しまない」
「いいや、そっちもグランドストーンを譲ってくれて本当にありがとう。アペティートさんのおかげで俺達の冒険をまた一歩進める事が出来たんだ! こっちもお礼を言い足りない位さ!」
「うむ! では幸運を祈っているぞ! 張り切って行くといい!」
「ああ! じゃあさよなら! また無事な姿で再開しよう」
幸せに満ちたりた事で嬉しそうに微笑むアペティートさん達。
「アペティートさん、本当に良い御主人様だったんだな……」
「ええ、メイドさん達からあんなに愛されている人なんて早々いないわ、きっとね」
そうしてアナスタシアの言った通り。
従者からも好かれるナイスガイと話し、笑ったおかげか。
非常に温かい気持ちで心地よく館を後にしたのだった。
そこからは俺達二人は次なるグランドストーンを求めて。
次は一体どんな事件に巻き込まれるか予想も出来ない。
ハラハラドキドキする冒険へと向かう準備をする為に。
お触れが解除されたとかで賑わいが若干治まったドージエム内へ。
「よし、じゃあ息抜きに少しこの国を回るとするか!」
「ええ! 早速行きましょう!」
俺達は必要な物資等を確保も兼ねて滞在を選択し。
そのまま、観光気分で人ごみに紛れるのだった。