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2-14.変態が黙って耳を傾ける間に

『ボス戦が無い幕引きもまた一興』

初掲載2018/09/16

細分化目の投稿文字数 15017文字

細分化2018/09/27



 そして……。


 それから、母の死後から数年が経過した。

 私は母の死に報いようと青年になるまで懸命に生きた。

 時折、身に着けた狩りの技術で獲物を狩っては食って命を繋いだ。


【母さん……貴方との思い出はあったけど、私は行くよ……】


 そうやって……丁度母の命日に、私はその墓前で誓った。

 死ぬ気で村から離れる事を決意したのだ。


 無論、世話になった村人達からも危険だと何度も止められはしたが。

 大好きだった母親がいなくなった以上。

 もうこの村に残っている意味もなかったからだ。


 それに少なくともこの村にいても未来あすは無い。

 母が生きていた頃に比べて半数以下に住人が減ったこの村には……。

 だからこそ、私は少ない荷物を持って村を抜けた。




 しかし……流石は村人たちが好んで村を捨ててまで逃げないだけはあった。


【ク……クソ!!!!】


 村から離れただけで、その隙を突くように怪物達が一斉に襲い掛かって来た。

 巨木の様な太い大蛇のモンスター、人の大きさはある様な昆虫型モンスター。

 野生動物に関しても気性の非常に荒い。

 名も知らぬ多数の獣達がこの身を食らおうと全力で追ってくるのだ。


【ヒィ……! ヒィ……! 逃げろ! 逃げろ!】


 それはもう心底恐ろしくなりながらも私だって必死に逃げた。

 急な運動で心臓の鼓動が激しくなろうと構う事なく。

 死に物狂いで森の外へとひたすらに走った。

 逃走と言う二文字以外何も考えない様にして。

 とにかく逃げて、逃げて、走って、走って。


 何度も吐き気にも襲われそうになるもその末に。

 

【よし……もう追ってこなくなった……成功したんだ、私は……あの村からの脱出に!】

 

 ようやく私は村からの脱出を果たしたのだった。


 だが……。


 そうやって命からがら窮地を脱した所で。

 懸命に生きようと抗った所で災難は続いた。

 現実とはなんて残酷なものだと感じる程に。


【金が無いだって!? おいおい兄ちゃん、そんなんじゃ話にならねぇよ、出直しな】

【何だ!? 貴様! 貴様の様な怪しい浮浪者へ入国の許可は出来ん! 出ていけ】

【アンタ……すまないが出て行ってくれ。村の人間がアンタ見て怖がっているんだ】


 貧しく、世間もろくに知らぬ私を『外の世界』は拒んだ。

 ロクな服も無く布に体を巻いて、骨の様に痩せた肉体。

 足取りもまるで生ける屍の様におぼつかない足取りだった。


 そのせいで誰から見ても気味が悪く。

 人型のモンスターか何かだと思うだろう。


【ひいっ!? あっち行け!】

【金だよ! 金が無い客なんか要らないんだ! とっとと帰れ!】

【あのね……兄ちゃん。俺達は無償で気味悪い奴の面倒見る程お人好しじゃないんだ。今の時代は金が無い貧乏人は生きられない世の中なの。だから諦めるんだね】


 村に入っては罵声を浴びせられる。

 町へ入ろうとすれば憲兵に追い出される。

 国など大きい場所については門前払いだ。


【……………………もう…ダメか】


 そうやって……何処に行っても拒絶され。


 いつしか獲物を狩ったり食い物を探す体力も失せて。

 意識も虚ろになり、無気力になった私が。

 その残された僅かな体力で……死すら覚悟した時。


【…………せめて……野垂れ死ぬなら……この洞窟で】


 最悪でも生涯最後の探索と。

 自分の亡骸を道に晒すようなみっともない死に方は勘弁と。

 ふらつく足で人里を離れ、進んだ高地で発見した洞窟へと入った。

 最早人気(ひとけ)のない孤独を感じさせる地で見つけた天然の洞穴。


【く、くそう、目が霞んできた……もう死がそこまで……】


 もう生にしがみ付く事についての諦めが半分入りつつ進んだ。

 一歩また一歩と、意識を朦朧とさせて深い洞窟の奥へ奥へと。

 左右にフラフラと体を振りながら、歩いていったのだ。


 すると……。


【な……なんだ!?】


 その歩を進めた先に私を待っていたのは……。


【…………なんだ、ここは!?】


 それは到着した瞬間、幻想でも見ているのかと感じた。

 余りの空腹と疲労で頭がおかしくなったのかと。

 疲弊した頭が私に幻覚でも見せているのかと。


【ああああ……あああああ……ああああ】


 まるでこの肉体が辛い現実から目を背けるように。

 反射的に夢を見せたのかと勘違いした。


【うううう……なんて美しいんだ……】


 私がその洞窟の奥で発見したのは眩い輝き。

 その視覚の全てが煌めきに支配されたのだ。

 それは富の色とも呼べるような『金の閃光』に包まれて。


【ハ……ハハハハハハ……まさか……金鉱脈……なのか】


 そうやって余りの事態に笑いを溢してしまった私。


 そう……私が最後の最後で偶然発見した洞窟の奥には。


【ハハハ! ハハハハハハ! 天はまだ私を見捨てていなかった!】


 なんと、未発見の金鉱脈が広がっていたのだった。




 そうして……私は確実に人の世を生きられる術。

 生活する為に不可欠な『金』を得られる。

 その手段を獲得してからというものの。

 それからの私の行動は実に素早いものだった。


【生きてやる……私は生きてやるぞ。絶対に生き残ってやる!】


 金が見せる富の力なのか、いつしか空腹も飢えも忘れた私は。

 眠る金達を必死に掘り起こし、運び出しては売った。


 纏っていた布を袋状にし、そこに詰め込んでは持ち帰った。


 一応、体力の限界もあってその後数回に分けてにはなったが。

 とにかく鉱脈に眠っていた大量のきんをあちこちの町で売却していった。


 さらに鑑定によれば純度も非常に高かった事もあってか、その総額は私の予想を遥かに上回る程で、多少吹っかけても買い手が山ほど付くというとんでもない値段がつき、あっという間に資金が溜まり。

 それこそ、この世界での最高の価値を持つプラチナ硬貨を溢れんばかり所有できるまでに成り上がり、その結果私の生活は瞬く間にして金に満たされたのだ。


 食うに困らず。

 住む場所に困らず。

 衣服に困らずと。

 生活するうえでの資金繰りを可能にしたのだ。


 だが……逆に。


 そうやって金に恵まれていた生活の中で。

 私はいつしか忘れてしまっていたのだ。

 好きな物を食らい生きられる生活を手に入れても。

 それを褒めてくれる、喜んでくれる母親がいない事に。


 そう……だから……。


 私が飢えていたのはそんな母親との温かい記憶、愛情だったのだ。

 金の世界で生きるようになった私が本当に飢えていたのは食欲では無く。


 多くの人間が普通に味わえる様な【温かい愛情】が欲しかった。

 大好きだった母ともっと一緒に生きたかったのだ。


 この肥えた姿はともかくとしても。

 ここまで生きてきた姿を彼女に見て欲しかった。


 だから母が……母さんが最後に作ってくれたウノドーレのサンドイッチ。


 自身の背に忍び寄る死の苦しみに負けじと。

 私を生かす為に作ってくれた最後の料理。

 危険な狩りに出かけてまでこしらえてくれたそれが持つ。

 その懐かしき味を思い出し、私は満たされたのだった。




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