表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/62

2-13.変態はその男の過去を聞きました

『ボス戦が無い幕引きもまた一興』

初掲載2018/09/16

細分化前の投稿文字数 15017文字

細分化2018/09/27



 入国して間もなく訳も分からずに牢屋にぶち込まれて。

 さらには食材にされるという物騒な宣告から二日。


 この国ドージエムで起こった俺達の騒動は幕を下ろした。


 俺を食べようとした富豪アペティートが満足のいく食材。

 豚に似た生き物ウノドーレを食べた事で。

 長年患っていたという『飢え』を満たし、一件落着。


 投獄され、相棒のアナスタシアに食材を探しに行ってもらったり。

 俺は調理しようとするメイドから必死に逃げ惑ったりと。

 色々な事が身の回りで巻き起こりつつも、なんとか。

 なんとか彼女達の協力のおかげによって。


 俺、日岐古守もといコモリは牢から解放された。


「では……少し長くなるが、聞いてもらえるかい?」

「ああ、別に構わないぜ。聞かせてくれ」


 そして今は、そのアペティート本人からその詳細を聞く事にした。

 今回の事件の発端である彼の患っていた『飢え』についてを。









 この私アペティートが長く苦しめられていた『飢え』。

 どんな高価な食材を食べても、年代物のワインを飲んでも消えない。

 腹こそ膨れても決して満ちる事の無かった。

 長きに渡り渇いていた飢餓感があった。


 しかし……今やそれは過去の物となった。


 メイド達や今対面している来客の活躍のおかげで。

 ついに……その飢えを満たされたのだ。


 そして、その拍子に私は自身を覆っていた何かが崩れるのを。

 バラバラと音をあげて崩壊していくのを感じ取っていた。


 そう……例えるなら四方を塞ぐ壁のようなものが。

 今まで自分を包み曇らせていた邪魔者が消えた感じがした。


 そうして……約10年という長い期間の間。

 閉鎖されて、満たされる事の無かった器に。

 空だった器にようやく明かりが注ぎこまれたのだ。


 では、一体どんな食材を私が欲していたのか……。


 …………今だからこそ分かる。


 この満たされた今だからこそその正体がハッキリと掴める。

 …………それは……その飢えの正体は……。



【私は……大好きだった母親の愛情を……その記憶を、『味』を欲していたんだ】



 率直に述べると自分で言って、少し恥ずかしくなる様な解答だった。

 それこそ、もう既に30を超えた成人の男性の発言としては。

 そこに思考が行きつく点で他者からすれば気味悪いかもしれない。


 けれども……気味悪いながらも、『答え』は間違いなくそれだったのだ。

 恥ずかしながらもそう表現するしか出来なかった。


 過去に聞いた事のある言葉で表すなら『お袋の味』とでも。

 お袋とは母親の事を指すらしく、恐らくこれが正解だろう。

 だから、懐かしくも思い出深いその味が。


 あの『苦しくも満たされていた頃』の記憶が。

 忘れてはいけない思い出が欠けていたのだと感じた。


【それで……今話した、満たされていた頃の思い出というのが――】


 そして、その記憶については私の過去に起因している。

 今でこそ物に恵まれる裕福な生活を過ごしているものの。

 その過去に至っては、多くの物は予想すらも出来ぬ程だった。


 一応この国の住民の中には如何にも私が昔から金持ちの様に。

 はなから金持ちとして生まれてきたと誤認する住民もいるが。


 私の幼少期はこんな恵まれた環境とは……まさに真逆。

 対極に位置する様な環境に身を置き、生活を送っていたのだ。


 そう……昔私は貧困に見舞われていた中で生きていた。


 非常に貧しい辺境の村で生まれて、育てられたのだ。


 …………今でも恐ろしいと感じる現象が眼前で頻繁に起こる中。

 それこそ…………日常的に住民が飢えていき痩せ細る姿を見て。


 さらに付け加えるならばその痩せた人が亡くなる衝撃的な事実を目の当たりにして生きてきた。

 だからだったのだろうか……。

 物心ついてから私がすぐに学んだ言葉は。


 『空腹』『餓死』『死亡』『飢え死に』

 『飢餓』『栄養不足』『ひもじい』など。


 そんな恐らく多くの子供たちが初めに学ばないであろう。

 いずれも苦しみに満ちた、貧困に関連する内容ばかりだった。


 しかも……これらは全て自分から学んだのではない。


【皆、また死人が出た。今度はあのローレンさんだ。飢えて死んでた。骨みたいになってた】

【そうかい……また餓死で……。一週間前まではまだ生きていたのにね……。世話してくれていた息子さんが狩りで亡くなってから、食う物の確保もままならなくなっちまったからな……空腹で死んじまうのも仕方ねぇ。オイラ達も自分の蓄えをしっかり管理しとかねぇと……】


 村の人間達が口々に同じことを言っていたからだ。

 死人が出なかった日は空腹を訴える苦しみの声。

 死人が出た時はその亡骸を弔いながら餓死だの飢え死にだの。

 とてもまともな環境とは言い難かった。


 だが……それでもこんな深い森に覆われた辺境の土地から。

 誰の目にも止まらぬ様な田舎の村から逃げだす者はいなかった。

 一番の貧しい理由である穀物や野菜の不作。

 土地が悪いのか、はたまた呪われているのか。


 その理由は定かでは無かったが、農作物は一切育たないのにだ。

 なのにも関わらず、逃走しない原因は村の周りにあった。


【いいか、アペティート。くれぐれも村の外には出ちゃいけねぇぞ】

【どうして? こんなに皆苦しんでいるのに、どうして助けを呼ぼうとしないの?】


 まだ幼かった私は村長のその言葉が理解出来ずに思わず尋ねた。

 だが村中が苦しむ現状からは至極真っ当な疑問だったと我ながら思えた。


【それはな……。うーむ……実は……な】


 すると……彼は分かりやすく答えてくれた。

 もう二度と質問をしなくても良い様に……脅すようにして。

 こう彼は私に言ったのだ。


【この村から離れた先にはな狂暴なモンスターが多く生息しているからじゃ。この前で言えば死んだローレンの息子も村から離れた場所で狩りをしていたその矢先で。シルバータイガーって言う化け物に出くわしちまって、瀕死の重傷を負い村の前で倒れていたんじゃよ】


 村から逃げようとすれば周囲に潜むというモンスターに襲われると。

 単純ではあるが納得できる脅威を教えてくれた。

 だから……例え貧しかろうとモンスターに食われて死ぬのは嫌だ。

 餌にされる位ならうっすらと意識が無くなって、死にたいと。

 その為、私は逃避できぬ絶望的な日々を送っていたのだ……。


 だが…………。


 そういった絶望的な暗い生活の中でも光は。


 私を支える希望が無かったわけでは無い。


【おかえりなさい、アペティート】

【ただいま、母さん……】


 そんな村を漂う絶望感に毒されそうになる心を癒してくれたのが家族。

 優しくて明るい母の存在だった。

 唯一の心の拠り所だったのが母親だったのだ。


 彼女は毎日暗い顔をして家に戻ってくる私をいつも笑顔で迎えてくれた。

 父親がいなかった私にとってかけがえのない母。


【もう、また暗い顔して戻ってきて。人間、笑顔が大切よ! ほら、笑って】

【ええ……でも村の様子見て来たらとても笑えないよ……】


【ダーメ! 幾ら苦しくても笑っていればいい事あるから。さあ、笑って】

【……しょうがないな……こ……こうかな? ニカァ……】

【そうそう! やればできるじゃない!】


 彼女は私にとっての太陽だった。

 一人息子の私を赤子から育ててくれて。

 時折自身の食べる分を削ってでも、私の食う分を増やしてくれた。

 毎日毎日大童(おおわらわ)で私を支えてくれていた。



 しかし……そんな絶望と希望の間を行き来する。

 闇と光の間を右往左往する日々を送る中だった。



 あれは、雨が激しく地を打つ。

 最悪の天候だった日の出来事だった……。



【か……母さん……】

【アペティート、しっかりして。お母さんが付いてるから!】



 私は体を壊してしまったのだ。

 原因は恐らく自分でも予想が付く栄養不足から。

 鏡を見た時はその血の気の無さにギョッとした程。

 いつにも増して痩せこけ、私は苦しんでいた。


【母さん…………ごめんよ】


 この時、私は自分が死ぬことを悟っていた。

 何故ならいつも見てきたから。

 人が死ぬという事実に慣れていたから。


【もう……僕……助からないよ……だからお母さんだけは頑張って……生きてね】


 だからもう歩く元気すら無かった私はそう向けた。

 度々ぼやける朧な意識の中で母に弱音を吐いたのだ。

 すると……そんな私の苦しむ姿に彼女は。


【……アペティート、少しだけ待ってて。栄養のある物を探してくるから】


 彼女はそう言い残すと弓と矢を持ち、何か決意めいた表情で。

 家の中に放置してあった台車を引いて家を出ていったのだ。



 そして…………。

 それからというもの……。



【母さん……まだかな……大丈夫かな】


 ザアザアと音をあげて雨脚がみるみる強くなり。

 私が帰らぬ母の安否が気になり始めた頃。

 時間的には約半日ほど経過した時だったろうか。


【アペティート! ただいま! 見て見て、良い物を獲ってきたわよ!】


 全身を雨で濡らしながらも。

 何とか母は帰ってきてくれたのだった。

 それも満面の笑みでその結果を私へ伝えた。

 豚に似ているが少し違う奇妙な生き物を狩ったと。

 そう……私の思い出となった『ウノドーレ』を。

 見た目も臭いもあるが食べられそうな生き物を持ち返ってきたのだ。


【エヘヘ……少し疲れちゃったけど……早速料理するわ……ね】


 そして彼女は酷く疲れた様子を見せつつも。


【お母さん……これ、乾いていた着替え……】

【ありがとう……作ったら着替える……わね】


 何とか調理して件のサンドイッチを作ってくれた。

 少し前に村人に分けて貰った僅かなパンも使って。

 その分厚い肉を挟んだ物を作ってくれた。


 一応、残り少ない水で洗ったにもかかわらず酷い臭みは残っていたけれども。

 数年ぶりともいえる肉をあしらった料理にそんなケチを付けている余裕などない。


【美味しい……美味しいよ! 母さん!】


 だから私は喜んでそれを食べていたのだった。

 しっかりとその歯で食感を感じ。

 しっかりとその舌で味を感じ。

 しっかりとその鼻で匂いを感じた。


 そうして……そんなある意味で贅沢な。

 笑顔溢れる食事を済ませたところで。


【母さん、おやすみなさい】

【はい、お休みなさい】


 食べきれずに余った部位は村の人達と分けた後。

 満腹で夜を迎えた私達はすぐに眠った。

 いつしか雨もあがり、窓からは冷えた地から流れる風が。

 心地よい涼しい風に当たる中で眠ったのだった。



 だが…………。



 ……どうして……なのだろうか。



 幸福、幸せという夢は。

 誰もが望み欲するその絶頂は。


 何故……重なる事が無いのだろうか。


 云わば神がそれを許さぬように。

 まるで試練でも与えているか如く。


 どうして……。

 何ゆえ続かないのだろう。


 その幸福が例えほんの僅かな、か細いものでも。

 闇の中で僅かに差し込んだ光を浴びるだけでも。

 決して欲張ってなどいないというのに……。


 ………………神は。

 …………幼い私へ絶望を送った。

 罪など犯していない私から光を奪い去ったのだ。


 それが起こったのは、まさに直後。

 そんな幸せな一時を過ごした次の日だった。

 原因は……単純に極度の疲労だったのだろう……。


 雨ざらしの中、痩せた体で狩りを行い。

 あまつさえ獲物を一人で運び、さらには調理まで。

 体力の回復もままならない日々が続く間で。

 その体を酷使しすぎたせいだったのか。


【あ……れ……。か……母さん?】


 その異変は私が朝早くに目を覚ました時だった。

 私の隣で眠っていた筈の母は。


【か……母さん!?】


 残念ながら私の声に返答は無かった……。

 その触れた母の体は…………まるで氷の様に。

 …………冷たくなっていたのだから。


【嘘…………?】


 眠る前に頭を撫でてくれていた手が引っこむ事なく。

 時間が制止したかの様に止まっていた。


【嘘、嘘だ……だって、こんなに綺麗な顔しているんだから……きっと……】


 無論、すぐには信じられなかった。

 ……というのはその時、私が見た母の死に顔は微笑んでいたから。

 飢えに苦しみ悶えた痕跡を見せる事なく、美しく眠っていた。

 嬉しそうに笑って、眠る私の表情に安心したかの様に。


 しかし……私が満面の笑みで食事を喜んで食べていた事で。

 恐らくその保っていた生命の糸が緩みプツリと切れたのだ。

 だからこそ……母は亡くなったのだ。


【ああ……あああ……か……かあさん……うぐ……ぐぐぐ】


 対して、私はあまり声を荒げずに静かに彼女に寄り添っていた。

 感情を素直に表に出して泣く子供の姿とは異なって。


 ただ……黙って、その死を受け入れた。


 何故なら、その辛い事実を拒絶しようにも。

 過ごして来たのは餓死した人の亡骸を見てきた日々の生活だ。

 大声をあげて叫んだところで死者が蘇らない事は承知している。

 いや寧ろ…………その時の私からすれば。


【ぐぐぐ……うぐぐぐぐ……うんぐぐぐ……】


 とてもではないが『大声で泣ける余裕』が無かった。

 これについては多分本能的に悟っていたんだろう。

 大声をあげるという行動で消費されるエネルギーを。

 それは昨日母が死力を尽くして作ってくれた『御馳走』で。

 あのサンドイッチで蓄えられた体力を消費しない為にと。

 無駄にしてはいけないと幼いながら理解していたのだ。


【母さん……母さん……】


 だから……静かに泣いていた。

 流石に涙までは声は殺せても感情は殺せなかった。

 人知れずに、ただただ母親の亡骸に縋る形で。

 私は涙を流していたのだった。

 こうして私の幼少時代から……光を失ったのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ