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2-12.変態が客間で待つ間に

『あと少しでステーキになってた』

初掲載2018/09/09

細分化前の投稿文字数 17362文字

細分化2018/09/26


 今日は待ちに待った日だった。

 本来三日後の誕生日に食すつもりだったが。

 気まぐれで予定を大幅に変更し、この昼食に食べる事にした。

 小悪魔と言う口にした事が無い新しい食材を。

 どんな味がするのか予想もつかない未知の食材を口に出来る日だった。


 だったのだが……。


【先にアペティート様に召し上がっていただきたい物がございます】


 心待ちにしている食事を前にして。

 いきなり、そんな前置きを置かれた。

 メイド長であるミリーの口から聞かされた。


【私に……召し上がってほしい物かい?】

【はい……どうしてもこれだけは御主人様に召し上がって頂きたく。わたくし達メイド全員腕に縒り(より)をかけて調理いたしました。ですのでメインに行かれる前に食べていただければと】


 そうして食事前に、まだどんな料理か目の当たりにしていない為か。

 妙な期待を抱かせる発言があった直後。


「お待たせいたしました」


 彼女は運んできてくれた。

 その件の一品をテーブルの上へと。

 私の目前へと丸い銀の蓋に包まれた。

 クロッシュで隠された料理を運んできたのだ。


「それでは……」

「うむ……楽しみだな」

 今は見えないという期待に包まれる中。

 彼女はクロッシュを開ける為にその先端に手を当てると。


「こちらが本日のスペシャルメニューでございます」


 そう告げて、クロッシュを勢いよく外してくれた。

 そうしてその内に秘めていた料理の姿を露わにしてくれた。

「う……うん!?」

 すると……なんとそこにあったのは……。


「えっ……こ……これが? 君達のいう特別なメニューなのかい?」

「はい。こちらの料理でお間違いありません」


 その見た目に私は思いがけずそんな疑いの言葉を向けてしまった。

 何故ならイメージと余りにもかけ離れていたのだから。

 想像していたのはもっと目から鱗が落ちる様な。

 アッと驚きを覚えるような手間暇かけて作った料理だった。


 だが……私の目に入っていたのは……その真逆。


 手の込んだとはとても言えない。

 何だったら自力でも作れない事は無い。

 というより若い頃に何度か作った事すらある品が。


「こちらはウノドーレという生き物の肉を挟んだサンドイッチでございます」


 なんと……サンドイッチだったのだ。


 そう、調理法を端的に記すとするならば。


 材料を刻み、パンに挟んで完成。

 そんな一行で締めくくれる非常に簡素な料理。

 別に大人でなくても、やろうと思えば子供でも出来る。


 だからこそ……私は思わず自分の眼が曇っているのかと感じた。

 メイド達がどうしても食して欲しいとまで懇願する料理が。


「ま……まさか、サンドイッチとはね……私も驚きだよ。君があそこまで言うんだから、一体どんな凄い料理が出てくるのかと楽しみにしていたんだけどな……ハハハハ」


 料理の腕に関しては食べるばかりの私などが到底及ばない。

 素人同然の私とは違い、彼女達の腕はコック以上。

 ある意味達人とも呼べるかもしれない彼女達が。


「いいえ。これこそわたくし達メイド全員が自信を持って、本日アペティート様の為に、何卒召し上がって頂きたく、調理させていただきました料理でございます」

「ハハハハハハ……」


 腕に縒りをかけて完成させた料理だというのだから。

 苦笑いの一つや二つだって出る。

 それに驚かされたのはそこだけでは無かった。


「……それにしても、キツい臭いだね。この肉の臭いかい?」


 そんな簡単に作れる料理にもかかわらず。

 まるで反乱でも起こされた気分になる様な出来の悪さだった。

 見た目こそぶ厚い肉を挟んだ迫力ある品だったが。

 肝心のメインとなるその肉が非常に悪かった。


「お召し上がりにはなられないのでしょうか……」

「う、ううむ。流石にこの匂いは厳しいよ。ここまでキツイとなると……」

「そう……でございますか」

「ああ……折角の君達の願いだけど、下げてくれるかい」

「…………はい……しょ……承知……致しました……」


 彼女は何処か残念そうな顔をしていたけれど至極当然だ。

 流石に口に入れる前から味の悪そうとハッキリ分かる。

 不味いと予感できる食材を好き好んで食いたいとは思わない。


「で……では……ご命令通り……お下げ致します……」

「う、うむ……頼んだ」


 だが……。

 しかし……。



「……………………………………?」



 その時点で……。

 メイド達全員の表情に曇りの色が見え。

 ミリーも渋々そのサンドイッチの皿を下げようとしたその時だった。



「…………い……いや! 少しだけ……少しだけ下げるのを待ってくれ!」

「はっ!? はい!」


(…………なっ!? 何故……今私は……下げるのを止めたんだ?)


 突然、体と心が乖離した感覚に襲われたんだ。

 自身でも理解できない行動を取ったのだ。

 その『匂い』が原因だったのだろうか?



(…………………………な、何故)



 それはまだミリーが皿に触れた瞬間だった。

 普通であればこのまま下げさせても構わない。

 その匂いだけでも最早食欲すら失せてしまう。

 ……そこまで酷い料理だったのに。



(……………………な……なんだ、この衝動は……)



 何かが……。


 そう、何か心の底から湧き上がる様な何かが。

 自分の中で目覚めた気がしていた。

 それでその目覚めた何かが私自身を……。

 私の体を操って突き動かしていた様だった。


 そうして……。

 あろうことか……なんと私は。

 本能的にというか……無意識的に。



「あ、あれ?」



 即座には信じがたかった。



「…………何故掴んでいるんだ、私は」



 ハッと意識を戻すと、それに手を伸ばしていたのだ。

 獣特有の生臭さがまだ残っている筈なのに。

 まだ名も知らぬ生き物の肉が挟まれたそれを。

 サンドイッチを片手に持っていたのだ。


「……………………………………………ゴクリ」


 さらにさらに……まだ行動は終了せず。

 そんな己の奇怪な行動に対して疑問を呈しながらも。



「はむ…………」



 暫くその匂い立つサンドイッチを凝視した後。

 私は何のそのまま躊躇も抱く事なく……。

 さながら勝手に吸い込まれていくように。



「むぐむぐ……………………」



 そのサンドイッチの一切れを口にしたのだった。


「むぐぐ、むぐぐ……」


 しっかりと咀嚼し、その味を認知していた。


「むぐむぐむぐ……」


 何度も何度もその歯で噛みしめて。

 挟まれたそのキツイ匂い残る肉の触感を。

 口の中に広がる独特の味を感じていた。


「アペティート様………………」

「ほ、本当に召し上がられたわ…………」

「ミリ―様の仰っていた通りだわ……」


 メイド達が私の食事を見守る中で。

 静かに口を動かして歯を動かしていた。

 それでゆっくりと味わっていた。


「むぐむぐ……ゴクリ」


 しかし……まあ。

 その結果についてなんだが。

 ある意味当然というべきなのだろうか。



「ふう、酷い味だな……もしかしたらと旨いかもと思ったが、見かけに違わない所が恐ろしい」



 そうして口に含んだ一切れを飲み込み一息つくと。

 ふと私はそんな味の感想を漏らした。

 しかし、こればかりは冗談抜きで……酷かった。


 食感、味、臭いともに最悪。

 ここ数年で食べてきた食材でもここまで酷い味は無かった。

 どれだけ酷いかを大袈裟に例えるなら。


 これを仕入れてきた者に厳罰を課す位。

 若しくは私は絶対にしないが。

 調達してきた者及び調理をした者に対して怒り狂う程。

 とにかくそれぐらいに悪い味だった。



「………………………………………………」



 けれども、それだけ酷い味だった筈なのだが。


(な、何故……私はこれを……置かないんだ……皿に戻そうとしない?)


 どうした事か、私の手から出ていかなかった。

 その食べかけのサンドイッチが離れなかった。

 いや、違うか……この表現は正しくないな。


 これはきっと……『離せない』と表すのだろう。



「わ、分からない……何故なんだ……不味い筈なのに……」



 確かに不味かった。

 例え情けをかけたとしてもとても旨いとは。

 そんな過大評価を下せる代物では無かったのに。



「く……食わずには……いられない!」



 自分でも驚く事に私はそれを再び口へ運んだのだ。


 それも……今度は一度や二度では無く。


 喉の奥へ通過させては次の一切れ、二切れと。

 口に含んではしっかりと味を感じるべく。

 何度も何度もその味を噛みしめては飲み込んだのだ。


 今まで食べたようなどんな高級食材でも無く。

 珍妙だが刺激的な味の魔界の食材でも無く。

 口にしていたのは美味という言葉からかけ離れた。

 決して質の高いとは言えない不味くて臭い肉。


 ましてや食欲そそる香りとは無縁の物。

 鼻を刺すような獣臭さ漂う材料だったというのに。



「うぐ……うぐぐぐぐぐぐ……」



 気が付けば途中から私は涙を溢していた。

 泣きながらそれを食べていたのだ。

 辛い(つらい)のではない……『旨かったのだ』

 金持ちらしい上品さなどかなぐり捨てて。

 荒く、汚く、口元からパンの屑をボロボロ溢しながら。



「ぐぐぐぐぐ……う……まい……旨いぞ……マリー! ミリー!」



 必死に、必死に、我武者羅に、無我夢中に。

 恥やプライドというこの際くだらない感情はとうに放棄して。


「うまい……こんな匂いがキツイ筈のに……『懐かしい』……もっと食べたくて仕方が無いっ!」

「……グスッ……はい、アペティート様。思う存分、その『思い出』にお浸りくださいませ。それに……それ程嬉しそうに召し上がって頂ければわたくし達も本望でございます!」


「ああ……ありがとう……本当にありがとう……こんな旨い物を!」

「アペティート様……凄い泣いてるけど……嬉しそう。良かった……私も嬉しい」


 メイド達がしっかりと見ている最中で。

 主としての威厳などとうに消え失せる程に。

 私はみっともなく涙を流して食べていたんだ。

 視界が涙で歪みながらも私は何度も口へ運んだ。

 『その肉』が挟まれたサンドイッチを。

 必死にかぶりつく様にして食べたのだった。


「うううううう……。……そうか……。そうだったのか……私が探していたのは……」


 そうしてその中で私は『飢え』の原因を認識した。

 そして……同時に……解消されたのだった。

 本来なら底辺とも言える様な筈の食材が。

 私を頂きへと、天へと昇らせてくれるような。

 そんな最高の幸福感を……与えてくれた。

 長年ずっと飢えていた腹をようやく埋めてくれたのだった。

 そうしてメイド達が腕を振るってくれた特別な料理を完食して。


「うんぐぐぐぐぐ……本当に……本当に……よく見つけてくれた……」

「いいえ……これもアペティート様のおかげでございます。何故なら以前に……わたくし達にお聞かせくださった『あの時のお話』のおかげですもの……ですからわたくし達は――」


 その空白を満たしてくれたのだった。


(なるほど……私が……長年飢えていたのは……)


 そうやって私は……。


 人生で恐らく最高の時ともいえる。

 貧相・・ながら贅沢・・な食事を終えたのだった。




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