2-11.変態は食材の気持ちを理解しました※挿絵有り
『あと少しでステーキになってた』
初掲載2018/09/09
細分化前の投稿文字数 17362文字
細分化2018/09/26
俺、日岐古守は生涯で初めて体験した。
ていうか……なんと言えばいいのだろうか。
恐らく余程のヤバい奴と出くわさない限り……。
『これ』はこの先でもきっと味わえない体験には違いないだろう。
少なくとも前世の人間の身では難しい体験だ。
「ぎにゃあああああああああ! ぎゃあああああああ! 止めてくれぇぇ!」
食材として『調理』される感触なんて……誰も分からないだろう。
それに……そもそもの前提として一体どこの世界に。
俺、自慢じゃないけど調理された経験あるぜ!
あの捌かれる時なあ、めっちゃ痛かったぞ!
なんて呑気に語る奴がいると言うのだろうか。
もしそんな事を言って来たら、どう考えても死んでるだろうが!
そんなツッコミが四方八方から飛んでくる事だろう。
とまあ、とりあえず俺は何やかんやで今それを感じていたのだった。
調理されるという、これから殺されるという恐怖を。
「くそくそくそ! こんな縄……早く解けろよ!」
まずは……逃げられない様にと拘束された。
下手に暴れぬように、自由を奪い取るべく。
今俺を縛っているこの荒い縄で。
ボンレスハムもビックリなくらいに巻かれ。
そんなグルグル巻きにされた状態にされた後。
次に目隠しをされて、口には布をかまされ。
そうやって視覚と身動きが封じられた後に。
俺は二日の時を経てようやく出れた。
閉じ込められていた牢屋から。
ついに外へと出されたのに……。
「いやああああああああああああ! こっち来ないでぇぇ!」
……にもかかわらず。
俺は必死に体を動かして。
今はこうして逃げ回っていた。
「こら……逃げないの。私が……楽にしてあげるから」
赤く染まった鉄臭い鉈という凶器を振り回す女性。
その狂気じみたメイドさんから。
幸い腕だけで、縄で縛られていなかった足を。
まだ自由が利く足だけを必死にバタつかせて。
このキッチンの中で追いかけっこしていたのだ。
「こっちへ来ないでくれぇぇぇぇ! もう諦めてくれぇ!」
だから一応牢屋から出られたとはいえ関係ない。
とても今の俺は『解放された』という事に対して喜びなどは微塵もない。
只々感じられたのは何とも形容しがたい恐怖を越えたその先。
文字通り身の毛もよだつ恐れを。
「ウフフ……アペティート様は貴方を……ステーキにして食べたいって……」
加えてフライパンで焼かれる未来なんか聞かされたら余計に恐れが増幅される。
両面こんがり黄金色になる自分の姿なんて想像するだけキツイ。
ジューシーに焼かれる牛肉の気持ちなんて絶対に考えたくもない。
「嫌だ! 俺は逃げるぞおおお! きっともう少しで帰ってきてくれるんだ! アナスタシアが! 俺を助ける為に! あの食材を持って! 帰ってきてくれるんだああああ!」
「何を……言っているの? さあ……じっとしていないと……私……怒るよ……」
そうして涙ぐみ足を懸命に動かし逃げる中で。
ある有名な貴族の末路を思い出していた。
中学の頃の歴史の授業で習ったある貴族の話を。
本人は言ったという歴史は無いらしいが。
パンが無ければケーキを食べればいいじゃない。
そんな、名言というかネタを残して処刑されたある女性貴族を。
「もう……疲れたんじゃない? さあこっちへ来て……悪いようにしないわ……」
「殺されて、食われること以上に悪い事なんて早々ないよっ!」
でもまさか……只の同名とはいえ、その『マリー』が。
今度は俺の胴体を捌こうと追いかけ回してくるなんて。
ギロチンの如く鋭利な鉈を持って追いかけ回してくるなど。
もしや処刑する側になって来るとは夢にも思うまい。
本当に恐ろしい事この上なかった。
「くそお! 何としても俺は逃げ切ってやるぜぇぇ!」
まあ……とにかくだ!
俺はそんな大声で気合いを入れながら。
とにかく捕まらない様にキッチン内を逃げ回っていた。
外へ出られる扉はそのドアノブまで手を伸ばしている暇はない。
それにこの小悪魔のボディじゃあ、開けるまでに三工程ぐらいいる。
ドアノブの高さまで飛ぶ、ノブに触る、体重をかけて回す。
この工程が必要なんだが、そんな猶予は一切無い。
それに……。
「ゼェゼェ……くそ、もっと走って逃げなくちゃ!」
そんな思考を巡らせる時間すら消えていった。
何故なら逃げ初めこそうまく立ち回れたけれど。
それも結局は束の間だったのだから……。
「ウフフ、そこね……」
ガキン!
「ひいぃ!?」
すると、俺が中々諦めずに抵抗を続けるその様子に。
きっと痺れを切らしたのだろう。
今度は……なんと刃物が飛んできた。
恐らく逃げるのに必死になっていた俺の行動を。
単調になってきた俺の動きを見切ってきたに違いない。
「それ! それ! それ!」
「あぎゃ!? ひぎっ!? うおっ!?」
彼女は見事に俺の足の行く先行く先に。
ナイフや包丁と言った一発KOが狙える刃物から。
果てはスプーンやフォークなど食器まで。
とことん、俺を追い込むべく投擲具を投げてきたんだから。
「ウフフ……お・い・つ・め・た」
そうやって次々と逃走経路を潰されていき。
決死の逃走劇も水泡に帰してしまった末。
彼女の素早い身のこなしも相まって、やがて逃げ場を次第に失い。
俺は……ついに……。
ついに……追い詰められてしまった。
「いいいいぃぃぃぃぃぃ……ガクガクガクガクガクガクガクガク」
逃げ道を封じられた末にキッチンの端へと。
「ウフフフフフフ……味付けはどうしようかしら?」
そして追い詰められた俺の元へと。
ジリジリと死神がにじり寄ってくるのだ。
……本当に……もうあきまへんで。
ほ、本当に洒落にならなくなった……。
ほんま……も、もう……あかん。
も……もう俺が逃げられる道は無くなっちまったんだ。
「いやあああ! こっち来ないでくれぇぇぇぇ!」
「食べさせて………………………」
「食べないでぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「食べさせて………………………」
「食べないでぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「食べないわ………………………」
「食べてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! ハッ!?」
「ウフフ……分かったわ。そんなに食べてほしいなら食べてあげるわ」
うぎゃあああああ!
こんな時だってのにハメやがって!
俺も馬鹿か!? こんなしょうもないボケに引っかかるなんて。
で、でもよ。
もうぶっちゃけるとこんな三文芝居に付き合う程パニくっていたんだ。
でも、だからってよ……おのれ……このメイドさん……。
全くもって、どこまでも侮れないんだよ……。
素早さも、投擲能力も、言葉も強すぎる。
道理で簡単に逃げられない訳だ。
ク、クソオオオォォォォォォ!
「じゃあ……お別れね。ウフフ……これでアペティート様に褒めてもらえるわ」
「おんぎゃああああああああああああ! ぎゃぎゃああああああ!」
それで、逃げる手段を絶たれた俺はあまりの絶望に泣き叫んだ。
喜ぶ主人の姿を妄想して嬉しそうに口元を緩めて頬を染める彼女とは逆に。
病みキャラに『デレ』が加わる貴重な瞬間を彼女とは対照的に……。
って……そんな属性考えている余裕がどこにあるってんだ!?
ももももも……もうダメだ……自分でも何考えてるか分からねぇ。
それこそ頭の中でそれぞれの脳が喧嘩している程に。
もう……とにかくダメだったんだぜ。
もう何を考えればいいのやら……分からねぇ。
頭がどうにかなりそうだったんだぜ。
「それじゃあ……涙も流したし、バイバイしましょう……」
それで……彼女はそう俺へ宣告すると。
スッ、と静かに処刑道具を振り上げた。
ワナワナと振るえる俺に向けて鉈を構えちゃったんだ。
(あわわわ……もう……アウトだ、ゲーム―オーバーだ)
あばばば……俺は捌かれてオッサンの口に入れられるんだ。
あびゃあ……ヤバいぜ、今更になって何かの映像が見えている気がする。
前世で読んできたエロ本のイラストが浮かんでくる……。
これが走馬灯というものなのだろうが。
……本当にろくでもねぇ走馬灯だな、おい。
「バイバイ……小さな悪魔さん」
あっ………………ああ……終わった。
その刹那、俺はステーキになる運命を悟り。
「せめて……美味しく調理して、お願い……」
そう祈るのだった。
と……そんな諦めかけた瞬間だった!
「待って! マリー姉さん!」
「コモリ!? まだ生きてる!?」
それは彼女が鉈を振り下ろして。
俺の身を斬るまで……それこそ後少しって所だった。
バンッ! と勢いあるドアの開く音が調理室へと鳴り響いた。
そして……大きな音と同時に来てくれたのは。
「ああああああああああ……ああああああ。よがっだ……おんどによがっだあああああ」
救世主、ヒーロー、勇者が来てくれたんだ。
俺を救う為に食材探しへと出かけた二人が。
本当に……もう……本当に、マジで、文字通りギリギリも良い所で。
この調理もとい処刑部屋へと突入してきてくれた。
「あああああああ……ま、待ってたよ……なんとか……まだ生きていますよ……おでは」
首を長くして待ちに待っていた。
というより時間的に間に合わない可能性の方が高かったんだけど。
最後の最後で俺は救世主の姿を目の当たりにした。
俺にとっての……救いの女神が戻ってきてくれたのだ。
「良かった! まだギリギリ調理される前で……」
願いが届いたのか……。
何とか間一髪。
あとものの数秒後には真っ二つになりそうな所で間に合ってくれた。
さらに……俺はその二人が運んできた材料の方も一緒に見て。
(ああ……そうかやっぱり。やっぱりあの食材で間違いなかったんだ)
既に捌かれて原形は無くなっていた肉ではあったけど。
「ミリー……邪魔しないで……私はこの悪魔を……」
「いいえ、マリー姉さん。もうその悪魔さんを捌く必要はありません」
すぐにでも調理しやすいようになのか。
既に部位ごとに刻まれて原形こそ無くなってけれど。
「で、でも……アペティート様はあの悪魔を食べたいって」
「その為に……この食材を持ってきたんです。姉さんも覚えているでしょう? 雇われて間の無い頃に聞かされた事がある、御主人様の過去に出てきた食材を。例え味が悪く不味くても本当に美味しく感じられたと嬉しそうに語ってくださった『あの食材』を」
その見覚えのある肉の色から全てを察せた。
やはり、俺達がほんの数日前に目にして口にした生物こそ……。
「えっ……本当に見つかった……の? どこを探しても売ってなかった……のに」
「はい、ですので一頭分だけですが。それに所有していた方の保存の仕方が良かったのか。まだ目立った劣化もしていません。ですからこれを使って料理を作ります。異論はありませんね?」
「……うん、分かった。アペティート様が喜んでくれるなら……私……喜んで料理する」
ウノドーレという名前の食材だったのだと。
俺を食べようとしていたこの館の主を満足させられる物だったのだ。
そうして……彼女らが件の材料の確保に間にあったおかげで。
「ビックリしたわ。牢屋に報告に行ったらもぬけの殻なんだもの」
「全くだぜ……御主人さんの気まぐれで今日食われる羽目になってたんだ。俺、お前の名前を呼んで凄い泣き叫んでたんだぜ。アナスタシア様助けてって。まあとにかくありがとよ」
「フフフフ、どういたしまして。でも本当に間に合ってよかったわ」
「本当にな……もう怖すぎてチビリそうだった……」
何とか俺は今際の際より救い上げられたのだった。
危うくスライスされて、熱せられたフライパンで焼かれる前に。
ミディアムレアにされかねなかった状況から助けられた。
それで、そんな怒涛の展開で救われた事もあってか。
まだ生きている実感がハッキリしていない中。
アナスタシアに縄を解かれてからは。
「ではわたくし達は調理に入ります。お二人は客間でお待ちください。部屋の位置は……」
「この前の私を案内してくれた部屋ですよね。分かりました、そこで待機しています」
「はい。それではアペティート様が食事を召し上がられた後にお会いしましょう。その時に詳しい事情をお話しますので。では申し訳ありませんが今しがたお待ちください」
いつの間にか調理室の外で待機していたメイドさん達と入れ替わるようにして。
俺達は事が収まるまで客室で待機してもらうように告げられたのだった。