2-9.変態は再び窮地に陥りました※挿絵有り
『探し物って割と身近にある事が多い』
初掲載 2018/09/02
細分化前の投稿文字数 15113文字
細分化2018/09/26
「じゃあ、行ってくるわね」
「ああ、気を付けてな。頼んだぜ」
彼女は牢屋越しに俺へとそう力強く言葉を向けてくれた。
自分に任せてと言わんばかりに胸元辺りに手を当てて。
「では、コモリ様。わたくしもアナスタシア様に付き添いますので」
「はい、アナスタシアをお願いします!」
「了解致しました。出来るだけ早く戻りますのでもう少々だけお待ちください」
こうして相棒アナスタシアとメイド長のミリーさんは。
「それじゃあ、またすぐに会いましょう。今度は牢屋の外でね!」
「ああ、首を長くして待っているぜ。悪いけど頼む!」
「ええ、もう少しだけ我慢していて。必ず戻ってくるから!」
俺との会話を終えた後、二人は牢屋から離れ早速目的の食材を探しに向かっていった。
傍から聞くと、何処かのグルメ漫画かと勘違いしそうになるけれども。
食材認定されてしまい、主のお気に入りになった哀れなこの俺を牢屋の中から出す為に。
確固たる意志で俺を食べようとしているその主を満足させる材料を求めて。
彼女たちは『ウノドーレ』という豚に似た生き物を探しに行った……。
「でも、本当に運が良かった……何とかなりそうで」
いや少し違うかもしれない。
食材を探しに行った。
こう告げるのは誤りだろう。
言い換えるとするならば、そうだな……。
彼女達は食材を『取りに行った』。
この表現の方が正しいかもしれない。
「まさか……こんな偶然であるもんなんだな」
その理由は俺も聞かされて驚いた程。
ミリーさんが長い年月をかけても見つからなかったというその食材ウノドーレがまさか……。
「この前『泊めて貰った家』にあるなんて……なんて都合の良い話なんだろうか」
まさか既に俺達が見つけていたなんて……。
それも丁度、狙ったこのようなタイミング。
この国へ立ち寄る直前になど誰が想像出来ただろうか。
しかも、ご丁寧に仕留められている状態でだ。
「まあ、大丈夫だろう。距離的にも充分に間に合う。あの家までなら精々一日くらいだしな」
そう……俺達は一度口にしていたのだ。
彼女の言っていた食材の特徴と見事合致する生物ウノドーレを。
「でも確かにあの食材が求めている物なんて……変わっているな」
さっき彼女も特徴として告げていたが。
確かに美味しいとはとてもお世辞にも言えない味だった。
ほんの二日ほど前に、目で姿を確認し。
その身から放たれる体臭、捌かれた部位からも臭いも感じ。
己の口に入れて噛み、味を認識し、飲み込んでいたからこそ鮮明によく覚えている。
まず見た目についてだが。
うーむ……何といえばいいんだろうか。
まあ俺が昔見ていた『そう言う系』の漫画に出てくる様な感じかな。
拉致した女戦士を酷い目に遭わす豚人みたいな……。
思わず、くっ、殺せと死を懇願させてしまう様な醜悪な顔付き。
愛らしさ残る現実の可愛い豚などとは一線を画すキモさが特徴の奴で。
でっぷりとした垂れる脂肪に包まれた顔面を持つ、見るからにキツイ見た目。
ましてやそれが四足歩行で歩いていたと考えると寒気を覚える程の生き物だった。
そうして……次は匂いについて。
こちらも中々にきつかった。
その時は小屋の中でゆっくりしていたアナスタシアは知らないかもしれないけれど。
俺はこれも勉強だと狩人が捌いている所を見学させてもらっていた。
それでそこで嗅いだのは、洗っても、洗っても取れなかった獣独特のキツイ匂い。
ハッキリ言って、あの時よく狩人の男性は平気で捌けていたなと感心する程。
アニメとかの表現で言うなら深緑色をした空気が肉から漂う様な感じだった。
そうして……最後に。
食材として最重要な【味】についてだが。
しっかりと焼いたおかげか、流石に臭いも少しは落ちていたんだが。
これもまた……旨いという概念からはかけ離れた微妙なライン。
まあ、率直な感想で言うと決して食えない訳では無かった。
人を選ぶような、なんというか、まあ慣れれば食えるぐらいにマシだった。
けれど、とても簡単には噛みきれない弾力という面で食いにくかった。
それこそゴムでも齧っているのかと。
錯覚する程で力強く噛みきり、飲み込まねば食えない。
よって、味自体はそこまで酷くは無かったものの。
消え切らずに残っていた臭いもあってか不味かった。
食べさせてもらった部位が悪かったのかもしれないけど、とりあえず評価は低い。
「でも……あれ食ったら満足って言うんなら取りに行くしかねぇもんな」
少なくとも変な味を好む物好きでも無い俺達からすれば本当に微妙な食材だった。
まあ、だからこそこんな問題点が多い食材が市場に出回らなかった原因なのだろう……。
とりあえず、こう言った特徴を合わせたうえで決して旨い物では無かったけれども。
それが必要となれば話は別だ。
「マジで見つかっていて良かったぜ」
ひとまず、前置きが長くなったがその在り処は突き止められている。
よってアナスタシア達がわざわざ生息地へ向かって探す手間も要らない。
時間をかけて、何とか遭遇して一々捕まえるなどの手間もかからない。
あくまでも持ち主から『譲ってもらいに行くだけ』なのだから。
俺達がこの国に来る前日に泊めて貰ったあの狩人の元へ。
木々に覆われた林の中に建っていたあの小さな小屋。
楽に狩れそうな弱っちい生物しか狩れないと豪語する軟弱なあの男性が住む家へと。
「俺が食われるのは四日後。対して彼女達は二日あれば充分にここへ戻ってこられるな」
そうして……位置が特定されているからこそ。
期日までに間に合うと分かっているからこそ。
俺はこうして呑気に構えられていたのだった。
ベットの上でゴロゴロと転がっていられるのもそのおかげだ。
「これで……とりあえずは安心てところかな。はあ、良かった良かった」
しかし……まあこの牢屋にぶち込まれてからというもの。
日記を必死に書く事で気を紛らわせていたけれど。
自身の奥底では不安という二文字が俺を陥れようとしていた。
お前は食べられちゃうぞ、美味しく料理されちゃうぞと。
まだ一日丸々経過した訳でも無いのにそんな見えない恐れが俺を苦しめていた。
(ふひぃぃぃぃぃぃ、今思うと牢屋の中って涼しいし、静かだから心地いいなあ)
けれど……今はそれが激変。
その身に感じている全てが異なっていた。
彼女達と再会して話し、解決策を見いだせた事で360度変わったんだ。
「今の俺は絶対に助かるんだ! 調味料で味付けされる事なく、フライパンかオーブンの中で香ばしく焼かれる事も、あの鉈で真っ二つにされる事も、解体ショーを開かれる事も無く、この可愛いボディの状態で五体満足で牢屋を出られるんだ! イヤッホウ!」
処刑日を待たずして、俺はこの牢の中から無事に解放される。
抜けられる事が決まっている以上もう恐れる脅威なんて何も無くなったんだ。
牢を出る為にはどうすれば良いのかとか。
メイドさんをどう説得するかとかまどろっこしい事も考えなくていい。
あくまでも釈放という誰も文句を言わない正式な方法での脱出が出来るのだから。
(とりあえず深呼吸だ、深呼吸。スウゥゥ! うん、悪くないな。牢屋の空気も!)
そうポジティブに考えれば、今やこの牢屋も普通の部屋と何ら変わりない。
寧ろ野宿が危険なこの異世界において一夜でもやり過ごせただけ有難い位だ。
(へへへ、前向きに考えればこんなにも見方が変わるなんて。やっぱり脳みそって単純だな)
そんな自分でもやたらと明るい方向へ思考を変化させ抱く中で。
この国に来てからというものの、すぐに捕まった俺は初めて安心を。
危険地帯から安全地帯へ移動できたことで落ち着きを取り戻せていた。
解放される事が確定しているからこそ、これ程楽観的になれたのは言うまでもない。
「ああ、待ち遠しい、めっちゃ待ち遠しいぜ、ほんと早く帰ってきてくれねぇかな!」
そうして俺はベッドの上で再びコロコロと転がり続け、大声でこんな独り言を呟いた。
最早緊張の糸などはもう完全に切ってある。
それこそ、もう切り刻み過ぎて、どんな繊維だったか分からないぐらい。
期末テスト終わりに雑談で花を咲かせる帰り道の中高生達の様に。
そのまま友達の家に遊びに行き、ポテチやジュースを置いた卓を囲みゲームに耽るかの如く。
「ああ、本当に待ち遠しいぜ、出たらまず何しようかな!」
そんなぐらいにピンと張っていた糸が切り、神経がゆるゆるになった俺。
今の姿は通販サイトで注文した商品をひたすら待つ姿に酷似した気がした。
数日前に頼んだ最新のゲームの到着を、販売日当日に届くエロ漫画を。
無修正版のアニメのブルーレイを、可愛い美少女のフィギュアを。
特典の抱き枕カバーを、付属のオリジナルアニメのディスク、ドラマCDを。
そんな商品の到着を急かすように部屋で寝転がっていたあの時と同じだ。
宅急便屋さんがベルを鳴らすのをワクワクしながら、ウキウキしながら待ち続ける。
あの儚くも、輝かしかったニート時代の自分と瓜二つだと思えた。
抑えられぬ欲望の解放に胸ときめかせていた頃と一緒だったに違いない。
「よし! 決めた! 出たら、まずはアナスタシアに甘える事に……うん?」
そうして本人がいないこの瞬間に臆面もなく俺は相棒にそんな淡い期待を抱く中。
ド派手にベッドに転がる俺の手に何かが触れた。
「ああ、これか……そういやさっきまで書いていたんだった」
それは俺が書いた数枚に渡る日記だった。
(結局、今度は三日にすら至る事なく終わったな)
昨日までは何かに憑りつかれたようにロクに睡眠もとらずに我武者羅に書いていた物。
『牢屋生活二日目。多分……二日目だと思う。さっきメイドが運んできた食事から察してだが、肉類など重い物が控えられた食べやすいメニューで、多分朝食だと判断した。さて、前置きが長くなってしまったが今の気分を今日も記していこうと思う。まずは――』
因みにこれが今日書いていた内容だ。
アナスタシアと再会する直前まで熱心に書いていた途中までの文章。
朝食を済ましてからは、まるですぐに勉強机へ向かう真面目な子供みたいに。
間髪入れる事無く、ペンを持ち熱中して書いていた日記の断片。
「割と楽しく書いていたけど、もういらねぇな」
でも……この日記の存在意義はもう失われた。
だって俺、もうここから出られるし。
数日後には楽しい冒険が再開出来るしな。
それに元々は恐れを誤魔化す為に始めた物だから。
娯楽が一切無い牢屋生活での貴重な暇つぶしだったから。
それが消えた以上、日記なんてわざわざ書く必要ないもん。
「ヤベェ……釈放される前の気分ってこんなにワクワクするもんなのかな。思わず勝者の笑い的な、喜びが湧き出てくるぜ。ハハハハ……ハハハハハハ!」
そう俺が心の底から湧き上がる感情に身を任せ。
大声で高らかに笑っていた最中だった。
「随分……元気ね……良かった……フフフフフフ」
「ひっ!?」
いつの間にか背後には『彼女』が立っていた。
そう、もう数回にも監視にきた甲斐あってか見慣れたメイドさん。
確かさっき事情を話してくれた白髪メイドのミリーさんの姉。
名前はマリーさんだったかな。
「ああ! だって俺はもうすぐここから出られるからな! ハハハハハ!」
……いつもであればビクビクしていただろう。
凶器をチラリと見せては去って行くその死神の姿に。
しかし俺は彼女に向けて、初めて。
そんな明るい笑い声を向けてやった。
昨日までは恐怖の対象以外の何物でも無かった彼女。
そりゃあ血塗れの鉈を片手に笑みを浮かべられたら誰だって恐怖もするだろう。
貴方を殺すのは私だからと直球で宣告されれば怖いもんさ。
でも……だけれど。
もうそれは意味を為さなくなったんだ。
そんなのは関係なくなったんだ!
例え今更どれだけ恐ろしいセリフを吐かれても。
彼女が例え包丁や刀を持っていようとも。
ギロチンだろうと、チェーンソーだろうと。
最早何を持っていてもそれは凶器にはなりえない。
とどのつまり……恐れを抱く物にはならない訳なんだから。
「そう良かったわ……楽しそうで」
寧ろ、個性があって良いじゃないか。
「ああ、楽しいぜ。メイドさんも一緒に笑おうぜ。ハハハハハハ!」
病みキャラに刃物。
ヤンデレ系の定番ではあるがこれほどインパクトがある個性は無い。
飛び抜けた個性を疎んじる日本の社会では通用しないかもしれない。
出る杭は打たれるという平等性を正義と謳い、天才を排除せんとする文化の中では。
「ウフフフフフフ……フフフフフ」
「おお、メイドさんも笑えるんじゃないか! いいぞ、もっと笑おう!」
けれど、ここは日本じゃなくて異世界だ。
ファンタジーな世界だからこそ、色んな個性があって面白い!
だから既に脅威が薄れ怯える必要が無くなった以上。
見た目も別に悪くない彼女へ俺はそんな言葉をかけた。
この地下フロア全体に響く様な笑い声を交えて、明るい言葉を向けた。
「フフフフフフフフ!」
「ハハハハハハハハハ!」
そうして俺達は笑った。
薄暗い牢屋並ぶこの地下の静寂を壊すように。
「久しぶりに笑った……でも悪くないわ」
「そうだろ! もっと笑おうぜ!」
良く言えば賑やかに、陽気に、楽しげに。
悪く言えばけたたましく、うるさく、騒がしく。
それこそ冬眠中の生き物でも起きる位に。
互いに滅茶苦茶笑いまくったのだった。
「ウフフフフ! あ……そうだわ……貴方……【明日食べられる事】になったから……」
「ハハハハハハハハハ! ハハハハハハハハ……」
でも……。
「ハハハハハハ…………ハハ」
笑いすぎてしまったせいか、喉が枯れてきた。
水分も充分に取っていなかった事も相まってか。
「ハハハ……ハハハ………………」
少しばかり笑いすぎてしんどくなってきた。
まあ流石に腹の底から声を出して笑うのも中々に疲れる。
しかしこれで随分と明るい気持ちになれた気が…………。
…………うん?
「あ……れ?」
聞き違いだったのかな。
何だか物騒な言葉が聞こえてきた気がするが。
「今……なんて仰いました?」
「誕生日までもう我慢できないから……【明日に料理してくれ】ってアペティート様から命令が出たの……だから貴方は明日私が責任を持って料理するから……よろしくね……」
「へぇ、そうなのか。大変だな……まあよろしく頼むよ」
「ええ……分かっているわ」
やはり俺の聞き違いだったみたいだ。
そうさ、件の誕生日は四日後。
そこまでは俺の身は確保されているんだ。
「そうかそうか、料理されるのは【明日】か。オッケー」
よし……じゃあ、笑いまくった事だしこれくらいでお開きにしよう。
笑って充分に明るくなった所で一旦喉を……休め……。
…………………………………………。
…………………………………………。
……………………………………えっ?
………………………………。
…………………………。
…………………………えっ?
………………………。
……………………えっ?
………………えっ?
「…………えっえっ……えっ、あ……お、うえ?」
その瞬間だった。
格子越しに絶望の姿が垣間見えた。
絶対に解放されるという安心からか霞んでいたが。
昨日まで恐怖し、慄いていた黒いオーラを纏った死の使いが。
血滴る鉈を口元に構え、俺へ微笑んでいた様に見えた気がした。
「あら……もう……笑わないの? もっと……笑いましょうよ。元気に笑って……美味しい……美味しい食材になりましょう? 新鮮さが大事ですもの……ねぇ……笑って……フフフフ」
いや、見えた気では無かった。
間違いなかった、まるで邪気を感じさせない純粋な曇り無きあの眼は。
純粋だからこそ恐ろしい、その死者の目の様な暗い眼光は。
貴方は私が殺してあげるからという悍ましい視線でこちらへ向けて。
彼女は……俺に向けて不気味に微笑んでいたのだった……。
「ひょっ?」
えっ…………俺、マジどうなんの?
えっ……えっ?
ま、まあ……と、とりあえず。
最後に……。
せめて最後に……。
(いやあああああああ!)
心の中で叫ばせてくれぇぇぇ!
(助けてぇぇぇぇ! アナスタシア様ああああああ! この悪魔をお救いくださいぃぃぃ!)
こうして俺の運命は絶頂から奈落へ。
天国から地獄へと頭から落下していくのだった。