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2-8.変態の代理はすぐに見つかりました

『探し物って割と身近にある事が多い』

初掲載 2018/09/02

細分化前の投稿文字数 15113文字

細分化2018/09/26



「……という訳でございます」

「えっ、これ……マジなの? ねぇ、アナスタシアさんや?」

「ええ、残念だけれど……そうみたい」


 先程まで感動? の再会も束の間だった。

 俺の明日には再び消しきれない暗雲が立ち込め始めていた。

 もうそれこそ五里霧中どころか千里霧中。


 周囲どころか世界が晴れぬ霧に包まれたくらい。

 それ程に真っ暗で助かる見込みが消えた気すらした。


「嘘だろ…………ええ……」


 アナスタシアが来てくれたから、もう安心。

 別に何も罪を犯した訳でも無いし、した覚えも全く無い。

 あくまで食材として連れてこられただけ。


 だから後はこの格子の鍵を開けてもらい。

 大手を振って釈放されるだけ。


「嘘だ……って事は俺、まだこの牢屋の中にいなくちゃならないの?」


 なんて……勝手に思い込んでいた俺の考えは見事に打ち砕かれてしまった。

 だって仲間が助けに来てくれたんだから、期待しちゃうだろ。

 俺をここから出してくれる女神様が来てくれたって。


「申し訳ございません……いつものアペティート様であれば、わたくし共の意見に耳を傾けてくださる事が多い寛容な方なんですけれど、まさかこれ程まで強く意見を押されるとは」


 そう話してくれたのは、ここに来て初めて顔を合わせるメイドさん。

 アナスタシアの話によると俺を調理しようとする死神メイドの妹さんだとか。

 黒髪のお姉さんとは対照的な、短く揃えられた白髪のミリーさんだった。


「わたくしも正直言って、御主人様のあの反応は予想外でした」


 恐ろしいオーラ漂うお姉さんと違い、丁寧な礼儀正しい雰囲気の彼女。


 そんな彼女は俺に改めてもう一度詳しい内容を説明してくれた。

 ここの主は四日後の誕生日に俺を食べる事に酷く執着していると。

 だからどうあっても、例え大枚叩いてでも俺を食べてやると。


 ある時からこれまでずーっと抱えているという『飢え』の苦しみを消し去る為。

 空腹感とはまた違った、足掻いても足掻いても解消できない不満を消す為にと。

 それに加えて俺を捕えたあのメイドさんも主の為なら何でもするという徹底ぶり。

 もし妨害するならここの鍵を飲み込むという身も蓋もない事になってしまう可能性があると。

 獄中の俺が把握出来ていない内容が知らされたのだった。


「ご主人様はある時……そうですね、わたくし達姉妹が御仕えさせていただいた頃暗いからでしょうか。その飢えが始まっ頃から食に対しては特に盲目になられました。金銭で買える新しい食材はどんな手を使っても手に入れる。それ程に今やアペティート様の食に対する欲求は抑えきれずにドンドンと増大してしまったのです。ですから、その暴走の結果がこうして無関係である貴方様方を巻き込んでしまったという訳なのです」


 丁寧に詳細まで伝えてくれて、現在に至った訳を話してくれたのだった。


「……でも、それじゃあ……俺、余計に簡単には出られないんですよね……」

「はい……心苦しいですが、そうお答えする事しか出来ません」

「マジっすか………………」

「はい、マジでございます」


 しかし……そんな彼女の丁寧な説明があっても正直意味が無い。


 肝心の問題は解決しないのだから。

 俺がこの牢屋から出るという根本的な解決には至らないのだ。


「何か……何か、こう別の手段は無いんですか?」


 そこで俺は尋ねてみた。

 何か打開策が無いのかと。

 他に残っている手段でそのアペティートさんと言う人の悩みを解消できないか。

 俺だって事情があるとはいえ、むざむざと食われる訳にはいかない。


 家畜としてこの異世界へ転生して来た覚えは一切無いんだから。

 だからこそ、俺はミリーさんへ向けて質問を投げかけた。


「そうですね……もう残された手段といえば一つだけしかございません」


 すると口元に手をあてて、数秒程思案する時間を挟んだ後に答えてくれた。


「もうこうなればアペティート様の『飢えを解消する食材』を持ってくるしかありません」


 そう彼女は核心めいた回答を俺へ与えてくれた。

 ……とまあ……確かに与えてくれたのだが。


「そんな物が……あるんですか?」

「……はい、一応は……」


 その詳細を話す瞬間だった。

 彼女の表情は曇り、言い澱んだのだった。

 そしてそれと同時に、俺は悟ってしまった。


 ミリーさんのその厳しそうに話す姿から。

 これが、残された真の最終手段なのだと。

 こうなった以上これ以外に方法は無いんだと。


「それって……どんな食材、なんですか?」


 ある予感が頭をよぎりつつも俺は恐る恐る彼女へそう尋ねた。

 一応……大きな希望を抱く事をせずにダメ元でだ。

 そんなネガティブな姿勢で聞く訳はとても簡単だ。

 その元で長年仕えている筈の彼女が発したその言葉の意味。


「これは……わたくしが御仕えをさせていただいた初めの頃、アペティート様からお聞かせいただいた自身の過去話の中にあった食材です。ですが、情報が断片的でしたので確定とまではいきませんが、わたくしはありとあらゆる様々な食材の情報をかき集めた末に、ようやくある一匹の獣『ウノドーレ』という生き物にたどり着いたのですが……」


 要するに、そこまで導けているのに。

 百パーセント合っている答えが分かっているのに実行できなかったのだ。

 主の悩みを解消する方法が分かっているのにそれが出来なかったからだ。


「いくら探しても……見つからなかったんですね」

「はい……特徴などの情報はあったのですが、肝心の『物』が無かったのです」


 ……ウノドーレ。

 確かに聞いた事が無い生物の名前だった。

 これまで遭遇したモンスターの中にもそんな名前の奴はいなかった。


 彼女の話によるとこの国ドージエム周辺に多くの巣を作っていた生物で。

 それなりに個体数もあったそうだ。

 ならば何故……今の今までそれを確保できなかったのか。

 決して小さくは無いこの国の市場に並ぶ事が無かったのか。


 それにはこれまたちゃんとした理由があった。


 だって、そのウノドーレという生き物は現在……。


「見つからなかったのには理由がございます……実はそのウノドーレは商人の方達のお話によりますと、もう絶滅したのではと疑われる位に数を減らしているそうなのです。ですから今ではその姿をすっかり見かけなくなったそうです」


 なんと……現存している様子が確認されていなかったから。

 少なくともこの国で毎日毎日様々な商品が出回る市場。

 またはアペティートさんが出している国のお触れによって集まった珍しい食材の数々。

 そんな大量の食材の中でも結局は発見出来ず仕舞いだったらしい。

 だがここで、さらに……悪い事っていうのは案外重なるもので。


「ですが……実は……もう一つ市場に出回らない理由がございまして」


 なんと、まだ一難すら去りきっていないのにもう一難まで上乗せされた。

 それは、例え……商人たちが仮に数を減らしているらしいウノドーレを見つけたとしても。


 それが出回らない理由が。

 さっきの理由の直後に加えて説明された。


「その……ウノドーレは『見た目も、味も悪い』らしく、わざわざ好んで買う奴など……その……変人しかいないとまで狩人たちの間では揶揄されるまでに、質の悪い食材らしいのです」


 最早こちらの話の方が前者より説得力があった。

 もしも仮に狩ったとしても売れない生き物。

 手間をかけても買い手が付かない粗悪品らしいとミリーさんは告げた。


 要するに……【需要が無かった】のだ。


 金を出してまで欲しがる人間がいなければ、食う分以外に誰が狩るのか。

 それも食う分に関しても味が悪い以上、躍起になって狩る程でも無いときた。

 だからこそ余計に市場では出回らないのだろう。


「うーん……そこまで……そこまでに珍しい食材……なんですか」


 これを聞かされた今の俺の気持ちは、そうだな……。

 立ち込めた暗雲が雷雲に変貌した感じだ。

 ゴロゴロと眩い閃光を時折放ちながら。

 今にも俺を打ち砕こうと狙いを定めて雷を放とうと時期を狙っている様な。

 お前だけは明日を生きられると思うなよと雷神様が宣告を告げているみたいな。


 とにかく、それ位に絶望的で打つ手が無くなっていた。

 一応時間の猶予が残されているならまだしも、残されているのは四日だけ。

 主であるアペティートさんの誕生日までだと期限が決まってもいるのだ。


「じゃあ、やっぱり俺は食われるしか無い運命なんですか……」


 俺はそう口にすると、格子の近くから離れて座り込んだ。

 思わず力が抜けてしまったから。

 だってしょうがないだろう。

 投獄された側からすれば真に求めるのは出られる手段だけなんだから。


(ハア……参ったな。後四日間もあるのが……逆に辛いぜ)


 思わず大きなため息も口から出ていく。

 もう俺はこの時点で完全に意気消沈。

 やる気なんていう暑苦しい言葉とは無縁、寧ろそんな言葉は存じ上げません。

 本当に無気力も良い所だった。


「コモリ……」


 しかし……そんな抜け殻の様な俺の様子を見兼ねてなのか。


「……ミリーさん、教えてください。そのウノドーレって具体的に特徴があるんですか?」

「えっ? 具体的な特徴ですか?」


 本人はこの様で白旗を振り振りしている状態だというのに。


「はい! 教えてください、貴方の知っている限りの情報を。私が、行きます!」


 まだこの場で諦めていない人間が一人いた。


「まさか、アナスタシア……お前探しに行く気じゃあ」

「えへへへ、当り前でしょ。こうなったら私が動くに決まっているじゃない」


 俺の相棒は、彼女だけは。

 アナスタシアだけがまだ必死に動こうとしてくれていたのだ。


「でもよ……無駄骨になる可能性が高いかもしれないんだぜ」

「そんな事は関係ないわ。私が貴方を救うって決めた以上は絶対に動くの。それに貴方は以前私に言ってくれたじゃない。自分が正しいと思った事に堂々としろって」


 彼女がそう言って俺に向けてくれた視線。

 それはしっかりと印象に残るまでにとても真っ直ぐな目だった。

 どれだけ小さな可能性でも必死ですがりついてやろうという確固たる意志を思わせる。

 まだ希望を捨ててはいない、いつにも増して美しい目だった。


「だから私はやるのよ。時間いっぱいまで私は抗ってやるんだから」

「そ、そうか……分かった! お前を信じるよ!」


 だからもう弱音は吐けなかった。

 もしこれ以上吐こうもんなら俺は彼女を信頼していない事になるから。

 勇者であるアナスタシア様がここまで言ってくれたんだ。

 それを信じなくてどうするのだ。


「ではミリーさん。ウノドーレの情報をお願いします」

「は……はい! 了解致しました! ではもっと詳しくお教えいたします。それこそ私が調べた情報全てを」


 そしてミリーさんも。

 こんな前向き過ぎて眩しい彼女の姿に対して。

 何としても報わなくてはと感じたのか。

 自身が読み漁った文献の内容を事細かに教えてくれた。


「これは過去に食べたり、狩った事がある商人の方によると……まず見た目からなのですが」


 聞き持って自分の中で整理し、纏めたであろう見た目は勿論の事。


「それで……こんな感じの見た目となります。では、次に匂いについて」


 その野生生物が放つ特有の匂いや。


「そして……食べた事がある方のお話なんですが」


 味の大まかな感想まで。

 果ては食感に至るまで傍から聞くとどうでも良さそうな細かい部分まで。

 見た目の説明に関しては俺の日記になったであろう紙とペンを用いて。

 彼女は記憶している限りの内容を記してくれていたのだった。



「これって…………ねぇ、コモリ?」

「ああ……まさかとは思うけど」



 そうして……体感的には半時間程だろうか。

 専門化張りの細かすぎる情報を受けきった俺達。

 あまり口を挟まずに大人しく聞き終えたんだが。


「やっぱり、そうよね?」

「多分な、『あれ』で間違いないと思うぜ。ていうかここまで当たっていると逆に疑えないぜ」

「ええ、私もこれ以上に条件があっている生き物が他にいるなら見て見たいわ」


 ぶっちゃけ、かなり戸惑っていた。


 だって……だってよ、思いもしないだろ。


 ミリーさんが口にした説明で出た特徴。

 その数々の情報が、まるで答え合わせをしていたみたいに。

 正解が記された用紙を眺めながら、教師から答えを聞いている様に。


 まさか、【全部当てはまる奴を知っている】なんて。

 見た目、匂い、味、そして食感に至るまで。

 ミリーさんから受けた全ての説明と照らし合わせた結果。


「? どうかなさいましたか?」

「「いや……そのう、何といえばいいんでしょうか」」

「まさか、心当たりが?」

「「心当たりって言うか……なんと言いますか……それ、この前食べましたけど」」

「ええっ!?」


 何と……すぐに見つかったのだった。

 件のウノドーレが。




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