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2-6.変態がまだ日記を書いている間に

『日記始めました』

初掲載 2018/08/26

細分化前の投稿文字数 13993文字

細分化2018/09/26



「申し訳ありませんが……少しだけ昔話にお付き合いいただいても宜しいでしょうか」


 マリーさんが部屋から立ち去った後。

 私とミリーさんは向かい合うようにして席へと着いた。

 薪がくべられた暖炉の傍で温もりを感じつつ。


「姉さんがあれ程までに忠を尽くす事に躍起になるのは私達の過去に原因があるのです」

「過去、ですか?」


 事情や訳をイマイチ飲み込めない私へ。

 せめてあんな暴挙に出る彼女の心理を知ってほしいと。

 ミリーさんは自分達姉妹の経緯を私に話そうとしてくれた。


「はい。せめて姉の心情だけでも察していただければ結構ですので」


「……分かりました。お願いします」


 何故これ程までに姉のマリーさんが主に仕えるのか。

 こう告げるのも失礼なのは承知だけど、その狂気をも感じさせる位に厚い忠誠心について。

 どのような御主人かは分からないけれど、盲目的に付き従うその彼女の姿勢を。


「……わたくし達は幼い頃に親から……捨てられました」


 ミリーさんは私へと……しっかりと教えてくれた。


「姉さんがまだ8つでわたくしが6の時です。思い返せばあまりにいきなりの事でしたけれど未だにあの時……わたくし達姉妹が乱暴な父親から向けられた非情な言葉は覚えております」


 話す彼女の表情には明るさは微塵も無かった。

 理由はもうこの段階で把握できている。


 凄惨かつ恐怖、それこそ語るのも躊躇う程と容易に察しが付く内容だった為。

 それはきっと……彼女たちの生涯で決して癒えぬ傷口に思えた。

 だから聞いていた私も、決して和やかな表情で聞ける話では無かった。


「あれから時間が経った今でもたまに……忘れようにも忘れられない程です……」


 彼女が語ってくれたのは平和な村で育った私では到底想像も出来ない様な実体験。

 うんうんと相槌を打ち、聞く事は出来ても、決して共感という無礼な行為をしてはいけない。

 それこそ本人達でしか理解できない壮絶で厳しい話だったのだから。


「それは、ある雨の日の事でした……突然父親はわたくし達姉妹に向けて、こう言い放ちました。【よし、これ以上お前達を育てても邪魔だ。俺達は自分の食う分で精一杯だしな。後はお前達の生きたいように生きろ】と。……まるで、そう……例えるなら息を吐くように、子を捨てる罪悪感など抱かずに、寧ろ『いらなくなったゴミでも捨てる』様な言葉遣いにも感じました」


「……………………」


「対して母親はそんな暴君の様な父親の言いなりだった為、ワタクシ達を助けようとするどころか反論も反対も一切無く、只黙って彼の命令に従っていました……」


「…………………………」


「それで訳も分からないまま冷たい雨に降られる中で見知らぬ土地へ連れていかれ、放置されました。右も左も分からない土地で。それも町や村など人のいる場所では無く……人里離れた山奥に。まるでモンスターに食われろと言わんばかりの場所でした」


「…………………………」


「……正直に申し上げますと、姉はともかく、わたくしは自分たちは捨てられたのだという事実に自覚を持ったのは少し経ってからでした」


「…………………………」


 私からは何も口を出さなかった。

 いや、出せなかったの方が正しかもしれない。

 とても口を挟めるような空気だったから。

 暖炉で燃える火が空間を温めはするが、凍りつく場の空気は溶かせない。


(下手な慰めなんか絶対に役立たない……)


 今唯一この場で私に出来るのは彼女の話をしっかりと聞く事。

 それだけ……それ以外に何も無いのだから。

 だから、こうして椅子に腰かけたまま。

 黙ってミリーさんの話に耳を傾け、聞いた。


「それで……わたくし達姉妹は幼いながらも厳しい環境で生きて行く事を余儀なくされました。金銭なんて勿論無く、あったのは母親が情けで置いていって極僅かの食料だけ。後は何も無いという絶望的な状況でした。それこそ……生きられて精々一日という中で捨てられたのです」


「……………………」


「そんな中で……わたくしの手を引いてくれたのがマリー姉さんでした。姉さんは泣きべそをかいていたわたくしと違って捨てられた事に絶望する様子など見せる事なく、これからは逞しく生きなくてはならないと私に教えてくれました。まだ当時8歳という状況で自分だって恐ろしくて泣きたくなる筈なのに、そんな素振りを一切見せずに……ただ生きようと前向きに……」


「……………………」


「多くの方が聞けば不快感を抱かれるでしょうが、当時モンスターと戦える力なんてとても持ち合わせていないわたくし達が食っていくには『盗み』しかありませんでした。それこそ畑に実る出荷前の作物や、飼われていた鶏の卵、もしくは本体を攫ったりと。まだ働くという概念も理解していなかった未熟なわたくし達はそうやって日々の空腹をやり過ごしていました」


「……………………」


「ですが、そんな悪行がいつまでも続くわけがなく、ある時野菜を盗もうとした際に見つかってしまい、大人の足と子供、それもろくに栄養の取れていない足では競争にすらならず、あっさりと捕まりました」


「……………………」


「あの痛みも今でも鮮明に覚えています。本当に……本当に痛かったのです。盗みと言う罪悪感から来る精神への痛み、そして動物を追い払ったりする際に使う様な太い棒で殴られる肉体的な痛み……」

(ぐっ……)


 ここの部分に関しては本当に聞くだけでも。

 その痛々しい映像が鮮明に浮かぶようだった。


 思わず顔をしかめたくなる程の辛い内容。


 どれ程の痛みがあったのだろうか。

 どれ程恐ろしく、恐怖したのか。

 そんな生々しい内容に私は必死で堪え、聞いた。


 慰めても意味が無いと分かっていても言葉をかけそうになる自分を制御した。

 必死に、必死に、私は彼女の話に拳へ力を入れその話を黙って聞き続けた。


「野菜の持ち主は怒りに身を任せるようにわたくし達をその固い木の棒で何度も何度も殴りつけました。何度も何度も血が出るまで……その中で姉さんは当たり所が悪く目をやられ……右目の視力を失ったのです」

 

「……………………」


「それで……わたくし達はもうこのまま殺されるんだと。事情はどうであれ、人の物を盗んだ罰が当たったんだと、半ば意識を失いつつある中でした……あの方が現れたのは……」


「……………ま、まさか」


 そこまで彼女が語ってくれた瞬間。

 不意に私はそう声を洩らしてしまった。

 話すのも辛いであろう筈の過去に。


 明るい光明が差し込むその展開に反応を示した。

 すると、彼女はそんな私に向けてコクリと一度相槌を打って残りを続けてくれた。


「はい……そうです。あの時はもう【アペティート様】を天からの使者と感じさえしました。アペティート様がわたくし達の前に現れ、仲裁に入ってくれたのです。何でもその村に用事があったらしく……本当に偶然とも呼べる、そんな神の采配に救われたのです」


 まさに死の一歩手前だったのだろう。

 ミリーさん達はそのギリギリで助け出されたのだ。


「そして怒り狂う畑の主からあのお方はわたくし達姉妹を庇うように、望む額をやるからここは不問にしてやってくれと交渉し、大金の代償と引き換えにお救いくださったのです」


「それで……今に至るという訳なんですね」


「はい、その後はアペティート様にこうしてお仕える事になりました。決して返せない大恩を感じて、さらに親に恵まれなかったわたくし達にその肩代わりをしてくれるように。まともに受けられなかった愛情を持ってわたくし達に『まともな生活』を教えてくださったのです」


「……………………」


「もう……身寄りが無くなったわたくし達に。それこそまるでボロ雑巾の様に汚くなったわたくし達へ御主人様は食事、寝床、衛生面など人が生活するうえで必要なものを与えてくださったのです。……数か月ぶりに入ったあの時のお風呂の温かい感触は今でも覚えています」


「……………………」


 もうこれ以上の説明は不要、そう思える位に私は彼女たちの経歴を知った。


「ゴホン……失礼……話が逸れました……。それで一番の影響を受けたのが姉さんでした。わたくしはともかく、マリー姉さんは捨てられる以前から父親の暴力のはけ口にされていました。ですから、優しいアペティート様を真の父親として投影し、陶酔してお慕いしているからこそ、この人の為ならどんな要求にも応じる性格になってしまったのでしょう……」


 彼女達姉妹の苦い幼少時代を。

 そして部屋から逃げる様に去っていたマリーさんの性格の詳細を。

 そこに至ってしまった原因を私は確かに知った。

 両親から捨てられ、前後ともに酷な環境に身を置いていた彼女。

 そして、そのうえで死という谷底へ落ちる直前に救い上げられた大恩。


「そう……だったんですね……」


 非常に重かった。

 本当にこんな事が世界の何処かで起こっていたのだという現実に。


 それ故に……だからこそ……。

 私には到底出来なかった。

 抗う術など皆無の酷な苦境に耐え続け。

 それを耐えしのいだ先に生まれたその性格を咎めようなんて。


 いや……むしろ……もう話にすらならないでしょう。


 平和な田舎で、知り合いの人達に守られて。

 毎日を楽しく生き、育って来た私なんかでは。

 生きてきた環境が……その条件からしてまるで違うのだから。


 一体どの口が、マリーさんは間違っている。

 命令とはいえ貴方の行動はおかしいなど。

 その経験を知って、そんなおこがましい事が言えようか。


「…………申し訳ありません、長々とお話してしまって」

「いいえ……本当に大切な事だったので、聞けて良かったです。……本当に辛い筈なのにこんな私にお聞かせくださってありがとうございました」


 頭を下げ、謝罪を口にするミリーさんに私はそう本心を告げた。

 いや、この話を聞いたからこそ……行動を変える。


「……では、何とかマリーさんを傷つける事無く相棒を助けるいい方法は他に無いですか?」


 コモリにはもう少し怖い思いをさせてしまうだろうけど。

 今すぐ彼を救う為に強引に動くのではなく。

 私はマリーさんから牢屋の鍵を強奪せずに、何とか穏便に済ます方法は無いかと。

 彼女に不快感を抱かせる事なく、コモリを救い出す手段は無いかを尋ねた。


「そう……ですね。少し待ってください……」


 とても説得に応じそうにない状態のお姉さん。

 それを目の当たりにした以上、ミリーさんはすぐに返答せずに時間を置いた。

 顎に手を当てて暖炉の火へ目をやり、考えに耽る彼女。


 そうして暫く沈黙を挟んだ後。

 考えた後に返答してくれた。


「姉さんがああ言う以上、仕方がありません」


 その答えを教えてくれる。


「こうなったらアペティート様本人に命令を変えていただくしかありません」

「命令をですか?」


「はい、姉さんは先の通りアペティート様のご命令には絶対に従います。ですから姉さんの信念は料理をする事に執着している訳では無いので、アナスタシア様の使い魔の料理を中止する様に命が下されば、すぐに解放する事が出来るでしょう」


 主人への説得は自分がやると。

 そうミリーさんは最後に付け加え、案を出してくれた。

 確かに彼女の言う通り、そのアペティートさんの気持ちが変われば事は解決する。

 この交渉がうまく済めば、マリーさんも流石にコモリを牢から出してもらえるだろう。


「分かりました。お手数ですがそれでお願いします」

「はい。ですが今日はもう遅く、流石に御主人様を起こすのも仕える者としては出来かねます。そこでどうしても明日以降にはなってしまいます。幸い誕生日自体はまだ先ですので充分に間に合います。そこでもし……アナスタシア様がよろしければわたくし達が寝泊まりするお部屋へご案内いたしますが、どうされますか?」


「えっ? 良いんですか?」

「はい、私の監督不行き届きでここまでご迷惑をおかけしたのですから。それに仮にアペティート様が知っても、こんな些細な事で気を悪くされる様な方ではありません、ご安心ください」


「それじゃあ……ミリーさんがよろしければ、お願いします」

「かしこまりました……ではこちらへ」


 そうして事情を聞いた私は彼女に従うままに。

 館で一晩だけ寝床を借りる事にした。


(コモリ……待っていてね)


 頭の中は明日にコモリを救うだけで一杯にして。

 私は静かに朝を待つ事にしたのだった……。



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