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2-5.変態が日記を書いている間に※挿絵有り

『日記始めました』

初掲載 2018/08/26

細分化前の投稿文字数 13993文字

細分化2018/09/26


「はあ…………」


 ため息が漏れる。

 それ程に気が重い。

 主に仕える身としてこう考えてしまうのはいけないと分かっているけれど。

 わたくしは自分たちの食事の材料を揃えて帰路に着く中。

 ずっと頭から離れない難題に悩まされていたのです。


「全く……どうすれば良いのかしら」


 ここ最近私を悩ます問題。

 それは肥満でした。


 別にわたくしが太っているという訳ではありません。

 いえ、寧ろ少し痩せた気もするわ……って、そうでは無くて。


 その対象はわたくし達の御主人様。

 この国では王の次点に匹敵する財を所有する富豪。

 さらに貧しい者に対して慈愛の精神を持っておられた【アペティート】様。

 この方の現在こそが、ずーっとわたくしを悩ませる原因の大元でした。


「朝にあれだけ口を酸っぱくしていったけど……ちゃんと聞いてくださったのかしら」


 本来であればメイド風情が主人に意見するなど無礼も良い所。

 ですが、その惨状を目にしては口を出さずにはいられなかった。

 その、若かりし頃からお仕えしていた身としては余計に……。



【アペティート様。お話がございます】


 ……わたくしはふと朝の会話を思い返してみる。


【ええ……また運動しろって言うのか……昨日だって散々庭を走り回っただろう】


 これは御主人様が常人で言う数食分の料理を一度に召しあがられ、昼食を終えた頃。

 もう、ここ最近の通例ともなりつつあった会話でした。


【……御無礼を承知で申し上げますが、わたくしめが紅茶を温めにキッチンへと赴き、戻って来た頃には自室に逃げておられましたよね? 時間にして数分だったと記憶しておりますが】


【ぐっ!? ……えぇと……そ、そうだったか? よく覚えておらんが】

【代わりにわたくしが記憶していますので、ご安心を】


【ぐぐ……分かった……君の言う通りにしよう。じゃあ一時間もしたらマリーを連れて……】

【『今すぐ』行ってください。良いですね? 姉にはわたくしから声をかけておきますので】


【ぐぬぬ……分かりました……じゃあ、その為にも、まず私は杖を取りに部屋に戻るから】

【杖ならここにございます】

【飲み物を…………持っていかねば】

【冷やした水のボトルがこちらに】

【い、一本では心細いだろう……】

【こちらに数本ご用意がございます】


【で、では……せめて道中摘まむ物くらい】

【食べた物を消化させる為に動くのでしょう?】


【そ……そうだったな。分かった、では……玄関で待つ様にしよう】

【アペティート様、玄関は『左』です。今向かっておられる右には寝室しかございませんが】


 恐らく普通のメイドであれば追い出されていた事でしょう。

 この様な主の揚げ足を取る様な発言を次々と繰り返せば。


 けれど……長い付き合いだからこそ。

 もうかれこれ十五年以上そのお傍で仕えているからこそ分かっていました。


【……だああああああああああああ! 分かった分かった! 行けば良いのだろう!】

【はい、しっかりと体動いて来て下さい】


【ったく……もう……じゃあ、早くマリーを呼んできてくれ】

【かしこまりました】


【本当に……もう……君には敵わないよ……ったく】

【お褒めの言葉有難うございます】

【全然褒めてないんだが!?】


 例え、自棄になる素振りは見せても、暴力暴言の類は見せない事を重々承知していました。

 ご主人様思ってとはいえ、こんな無礼な発言を咎めない程の寛大なお方。

 多少の事では怒りを露わにされない大きな器の秘める方だと知ってしました。

 それ故にわたくしも信頼を寄せているからこそ厳しく告げたのでした。


 そう……。

 悩みの種の肥満問題はご主人様に該当していたのです。

 今や、その御仕えさせていただいた当初の姿など見当たらず。

 毎日見るのは『見事に丸くなられた』肥満体のアペティート様。


「はあ……」


 だからこそ……また溜め息がこぼれてしまう。

 もう今では思い返すだけでも、そんな主の豹変ぶりに。

 こうして何度も息を洩らし嘆いてしまう。


 お世話させていただいた頃から食欲旺盛な方で、よく食べる方ではあったけれど。

 ある『怪しい連中』が館にやって来てからはさらに悪化。


 あれ以降、その食べっぷりは最早吸引するかの様に。

 仕込みだけでも数日かける様な大量の料理をぺろりと一食で片される。

 食って食って食いまくる、まさに今では食欲の権化とも呼べる程に。


 あの魔界の者達からおかしな『石』を預かってからというものの一食の質が変化したのです。


「本当に少しでも運動していただかないと……」


 まあともあれ……原因は何にせよ。

 ご主人のその健康状態。

 お体を心配するのは仕える者として当然の務めなのです。


(それに……今日も『あの食材』も見つからなかったわ……。きっとアペティート様の暴食を止められる食材だと思うのだけれど……やっぱり全滅してしまったのかしら……)


 そうやって、わたくしは他にも積もる悩みに対して。

 グルグルと考えが堂々巡りを続け、良い解決策を見いだせない難題に気を取られつつ。


(無理も無いわね……『あんな不味い食材』……仮に見つかったとしても市場には……)


 ずっと思考の渦の中で彷徨い続け、気が付けばお屋敷まで近づいていた時でした。


「……あら?」


 そうして考えに耽っていたわたくしがふと目をやったのはそんなお屋敷前。

 場所としては、丁度門がある位置でした。


「一体……どうしたのでしょう?」


 立ち止まって目を細め、様子を眺めると、何やら只ならぬご様子。

 よく見ると門番達の方々と何方どなたかと揉めているように見えました。

 幸い、取っ組み合いの様な大きな騒ぎでは無かったようですけれど。

 少なくとも何か口論に発展している様に感じ取れました。


【だから……貴方ねぇ…………が…………だって】

【ですから…………相棒が…………いるかも】


 距離もあってか会話の内容こそ。

 そこまでハッキリとは聞きとれなかったですが。


「こんな夜更けに争いとあっては御主人様の評判に響きますね……」


 とりあえずは問題が発生している以上。

 わたくしは現状を確認せんと、少し足を速めました。

 御仕えするご主人様の館の前だと言うのに面倒事は避けたいと。

 加えて揉めている原因を突き止めるべく、門前へと足を急がせました。


 そうすると……。


「憲兵の皆様、今晩もご苦労様です。どうかなされましたか?」

「あっ、メイド長殿、お勤めご苦労様であります。いえ……何といいますか、この小娘が館に入れてほしいと。何でも大切な人がここに迷い込んでいるかもしれないから探させてほしいって無理を言うんです。こんな夜更けだって言うのに」

「えっ? 娘さんがですか?」


 すると門番たちは私に気が付くや否や。

 体の向きを変えてそう説明してくれたのでした。

 事の発端や相手の言い分を簡略化して説明してくれた。


 そうして……。


「ええ、こちらの者です」


 彼は持っていたカンテラの灯りを揉めていた相手の方へ。

 話題にあがっていた女性を照らしてくれました。

 すると、その方向には。


「こ……こんばんは」

「あらあら……これはこれは」


 手入れの行き届いた美しい金の髪をした方が。

 まだ幼さがある可愛らしい顔立ちの。

 若い少女が立っていたのでした。










 私は屋敷へ入る事を許可してもらえた。

 ミリーさんというこの屋敷でメイド長の任を預かる女性から。

 彼女からは初めは日を改める様に勧められたけれど。

 私が冷静さを欠いていた節があってか。


 自分が責任を持つという理由で憲兵を納得させ屋敷への立ち入りを許されたのだった。

 そこで私は彼女の指示の元、豪華な客間へと招いてもらい事情を説明した。

 相棒の小悪魔……使い魔がここにいる可能性が高いとブレスレットの輝きを証拠にして。

 だから、メイドや兵士たちの監視付きでも枷でも着けてでもいいから探させてほしいと。


 …………そう提案した筈。


「マリー姉さん! まさか貴方が捕まえて来たんですか!?」

「ミリー……痛い……いきなり人の頭叩くなって……教えたでしょ」


 だったんだけれど……。


「いえいえ、流石にこればかりは叩きますよ。それだけ悪い事をしたんですから……」

「だって……アペティート様が……あの小悪魔を食べたいって言うから」

「もう……。またあの方の仕業なのですか……」


 何故か今、私の目前ではメイドの『姉妹』で口論になっていた。

 右目を眼帯で隠す短い黒髪のお姉さんマリーさん。

 そして私を信用し、ここまで案内してくれた白い長髪で大人らしい女性。

 その容姿からどちらかと言えば、姉に見える妹のミリーさんが。


「ですが……それでもいくら命令とはいえ無関係の者を連れ去るなんて……あり得ません!」

「その……あり得ない事をするのが私……だって大好きなアペティート様からの命令だもん……だったら……例え人殺しでも……私は喜んで…………フフフフフフフフフ。それに……私にアペティート様に同行する様に言いつけたのは……ミリーでしょ?」

「うぐっ! 姉さんを散歩に同行させたのが間違いでした……」


 それもあまりに予想を超えていた内容で。

 いや、もう予想の候補にすら挙がらなかった議論で。

 二人はいがみ合うようにして争っていった。


「申し訳ございません! 姉が貴方様の使い魔を捕えたらしく……いま地下に閉じ込めているみたいです。何でも主の気まぐれで、その、食材として連れてこられた様です……」

「や……やっぱり……そうなんですか」

「はい……私の姉がご迷惑をおかけしました」


 そうして彼女は気まずそうにお姉さんの謝罪を代弁してくれたのだった。

 挿絵(By みてみん)


 まあ、何となく今の会話の内容から察せたけれど。

 出来れば外れてほしいなあ……と心底願っていたけど。

 コモリは……私の相棒は捕まっていた。


(コモリ……ごめんなさい。そんな酷い事になってたなんて)


 まさかの食材候補として捕まえられてしまっていた。



【ミリー……美味しそうな悪魔を捕まえた……来週のアペティート様の誕生日に……アナスタシア、アナスタシアってうるさいけど……殺しちゃダメだよ……私が調理するから】



 私はさっき聞いたこの一言一句をしっかりと。

 余すことなくこの耳で聞きとり記憶していた。


 この言葉は私がミリーさんへの説明を終えた直後。

 私が頼りにしてきたブレスレットの話を交えて。

 彼女も知っているであろうここドージエムで周知されている規則であり。

 使い魔を見つけるこのブレスレットから出る光を証拠にして話した。


 このお屋敷の何処かに大切な人が迷い込んでいるかもしれないと。

 そうやって話を最後まで聞いてくれたミリーさんは。


【でしたら、わたくしが傍で監視するという条件を飲んでくだされば探すのに協力しましょう】


 一応、武器になる可能性のある杖は預かるという極々当たり前の条件も踏まえて。

 休む間を惜しむ事なく、親切にも彼女は快く捜索の許可を下ろしてくれた。

 それで、腰掛けていた椅子からそれぞれが腰をあげて。


 特に怪しまれる事なく了承が済み、部屋を出ようとした矢先。


【見た事が無い悪魔だけど……名前は……コモリっていうみたい……】


 さっきの【悪魔を捕まえた発言】に加えて。

 この言葉が彼女のお姉さんの口から。


 立場上は上であるメイド長のミリーさんへ報告を済ませようとしたのか。

 この客間へと偶然立ち寄ったマリーさんから放たれたその発言により。

 捜索の手間など一切かける事無く部屋から一歩も出る事無く速攻で解決した。


 よって普通の流れであれば、これにて一件落着。

 後はコモリを引き連れて帰るだけだと思っていたんだけれど……。


「姉さん、では牢の鍵を渡してください。食材集めも結構ですけれど、今回ばかりはやり過ぎです。アペティート様にはわたくしからお話しておきますから、貴方はもう休んでください」


 それでとりあえず今日は安心して休む事が出来る。

(良かった……コモリが食べられる前で)

 そんな確信を持っていた最中だったんだけれど。


 残念ながら……事はそううまく運びそうになかった。


「ダメ…………渡さない」

「えっ……?」


 彼女は、マリーさんは。

 妹のミリーさんへ鍵を渡そうとはしなかった。

 寧ろその鍵を握り込む様にして、彼女は拒絶。


 そして……次の瞬間だった。


「あの小悪魔は絶対にアペティート様に食べてもらう為に連れてきたんだから! ダメ!」

((!?))


 眼前で聞いていたミリーさんだけでなく私も驚く程。

 あまりに突然の大声が空間に響き渡った。

 不意を突かれる程のいきなりの彼女の猛反対。


「ね……姉さん?」


 さっきのミリーさんに怒られている時も、今みたいに会話を交わす時も。

 不気味さを感じさせる節もあったけど、静かな物言いだった彼女。

 そんなミリーさんがいきなり声を荒げたのだった。


「姉さん……あ、あのですね」

「ダメ! ダメ! アペティート様が食べたいって言ったなら……私はそれに従う!」


「で、ですが……こちらのお嬢さんは、貴方が連れ去ってきた使い魔はかけがえのない仲間だと仰っているんです。それもこんな夜更けに。女性の一人歩きは危ないというのに仲間を心配してわざわざお出でになられたんですよ……それを姉さんは…………」

「そんなの知らない! 私は御主人様の為なら……なんだってする! 平気で人の道から外れてやる! 例え、アペティート様がこの場で死ねって言ったなら……私は躊躇わずに自分で首を切る。ミリーだって……分かっているでしょ……私がどれだけ御主人様を信じているか……」


 最早取り付ける島などは見当たらなかった。

 その勢いの止まらぬ津波は小さな陸地を軽く飲み込む様に。

 妹のミリーさんの意見に一切耳を傾けずに真っ向から拒否した。


(……ゴクリ……そ、そこまで……)


 けれど……それは傍で聞いていても凄い発言だった。

 一驚し、唾を飲んでしまう程の緊張走る言葉。

 同時にメイドとして、主の傍に仕える従者として……ある意味模範。

 主人の命令であれば、躊躇せずにその命に従うという姿勢に私は見えた。


「無理に連れ出そうとするなら……あの牢の鍵は私が飲んじゃうから……」

「…………マ……マリー姉さん」


 お姉さんのそんな強い物言いにミリーさんは完全に言葉を失っていた。

 でも、直接対話している訳でも無い私だって同じだった。

 あんなに鬼気迫る見幕で迫られたなら……誰だって口を出せなくなるでしょう。


「私は……アペティート様が食べたいって言う以上……絶対に調理するから」


 彼女はそうミリーさんへ言い残すと、部屋から立ち去っていった。

 熱が冷めたように静かに、その前髪で目元を隠すように俯いて。

 場の空気に耐え切れなくなったようにして出ていったのだった。




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