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2-4.変態は日記を始めました

『日記始めました』

初掲載 2018/08/26

細分化前の投稿文字数 13993文字

細分化2018/09/26

『牢屋生活一日目。

 手はまだ震えている。

 当たり前だ、俺は来週辺りに食われると突然宣告を受けたんだから。

 まだ数回しか顔を合わせていないのに、今ではあの、カツ、カツと言う靴が鳴らす足音を聞くだけで背筋が凍る程だぜ。

 しかし……この状況を打破しようにも、道具も無く魔法も使えない俺ではお話にならない。

 望みはただ一つ……相棒の少女、アナスタシアだ』


 とりあえず俺は気を紛らわせるために日記を書いていた。

 ペンとインクと紙など必要な類の物を、俺を捕まえた張本人のメイドから。

 俺が捌く時に使用するであろう血痕の付いた鉈を常備し、時折脱獄しないか監視に来ては、


【フフフフフ……そうそう……そうして大人しくしていればいいの……】


 そんな物騒な言葉の置き土産を残していくあの死神から貰って。


『冒険を始めてから今日ほど彼女に会いたいと思った事は無い。

 癒しが欲しい。静かで落ち着くとはいえ窓も無く、時の流れも掴めない牢屋の中。

 果たして何時間くらい経ったかあるいはまだ数分なのか分からない。


 一つ言える事は俺がこうペンを持ち。

 紙に字を記しているこの間にも時間は経過しているという事だ。


 ゆっくりゆっくりと。


 こんなマスコット姿の俺が調理台に送られ。

 ぶった切られる時間がにじり寄ってきている。

 その実感だけは確かにあった』


 そんな、いつ頃に下ごしらえと言う名義で連れ出されるか分からない極限状態の中で。


(はあ……落ち着くぜ……)


 俺はまだ正気を保つ事が出来ていた。

 恐らくこの感覚はスポーツで言うところの『ゾーン体験』に相当するんだろうか。

 記している文面的には明らかにヤバい内容を記しているのにも関わらず。


(前世でもこの集中力を勉強に生かせられば良かったのに……ってまあ無理だな。ついついスマホや携帯ゲーム機に手を伸ばして、後五分だけ! それでこのボス倒せるからとか、これで目的のキャラ出してリセマラ終わるからとか抜かしていたに違いない……)


 恐怖こそあれども狂気はいなかった。

 それもこの日記を書くという行動のおかげだ。

 何もやる事が無くダラダラと調理台で捌かれるのを待つよりは。

 時間を無為にして鉈で真っ二つに両断される未来を予想する事なんかよりも。

 こうやって没頭できる何かを見つけて、取りかかった方が幾分かマシだ。


「えっと……次はなんて書こうかな」


 カッコいい言い方をすれば、己が歩んだ人生の道筋を思い出す為。

 自身を取り巻く心理や環境から来る精神的圧迫の他。

 時が過ぎる度に起こる細かな心情の変化などを記す。

 日の出来事を記録するという意味なのかもしれない。


 まあとにかく、これが真面目にやると意外に面白い。

 日常では絶対にしない日記が割と興味深いんだ。

 だから、この集中力のおかげでもあって今も自我を保っていられる訳だ。


「…………そうだ、あの病みメイドさんが運んできてくれる飯は美味しい点でも書くか」


 学生時代で大量に出される夏休みの宿題の山。

 そもそもなんで『休み』なのに宿題をしなくていけないのか。

 家にまで持ち帰って仕事をしなくてはならない社会の過酷さを教え込む為か。


 または休みでも働かなくてはならないというそんな現代のブラック企業という日本社会の闇の概念を幼い頃から擦り込み、対抗できるように洗脳づけるのが目的なのか……。


 まあ、とりあえず……そんなウザったい宿題の中でも日記ばかりは見事に三日坊主だった俺。

 終業式、または初日に宿題を片付ける為の効率的な計画を立てても、結局は遊びで多くの時間を費やし、残った宿題と共に最終日に泣きを見る。

 それでも一応解けば答えを導きだせた数学や国語とは何とかならなくもなかった。


 しかし……日記ばかりはどうしようもない。

 済んだ日の事なんて全然覚えてないし、書くのも面倒くさい。

 だから最後は似たような内容の羅列。


 『家でゲームをして遊んだ』『プールで遊んだ』

 『友達の家で遊んだ』『スイカ食った』など。


 そんな担任の先生も呆れる程しょうもない内容でやり過ごしていた。


 けれど……今は夏休みじゃないし、エアコンのかかった自室でも無い。

 ここまで精神的に切羽詰まった状況ではそんな呑気は言っていられない。

 尚且つプール、ゲーム、花火といった他の誘惑が無い以上ひたすらに書くしかねぇ。


『でも食事は美味しかった。普通は牢屋に入れられた人間がまともな食事など――』


 唯一心理的に解放され、見張りにも許される自由行動なんだし。

 それ故に、俺はただ我武者羅がむしゃらに紙に書きなぐった。

 相棒の少女が助けに来てくれる一筋の希望にすがりつつ。

 この幽閉生活から救い上げてくれる勇者の登場を待って。


『彼女の手作りかは分からないが、今日の料理も手が込んでいた――』


 俺はペンを走らせつつ機を待つ事にしたのだった。









 ……相棒が消えた。


 私が人混みの少ない民家のエリアで情報を集めている間に。

 彼は犯罪に巻き込まれると大変だからと、わざとここで集める様勧めてくれた。

 代わりに彼が人混みの多い商店街や賑わう場所を探してくれると言い残して。

 その気遣いに感謝を抱きつつ、私は懸命に聞いて回った。


 そうやって気が付けば到着した昼を既に回り、日が暮れ始める頃。

 私は相棒の小悪魔……いえこの国では使い魔としての彼と。

 ここまでの冒険を一緒に歩んできてくれた相棒コモリとの待ち合わせの時間となった。

 私達は入国の際に通った巨大な門を目印に合流する予定だったんだけれど……。


 彼は、コモリは何故かそこにいなかった。


 でも私は彼が遅れてくる様な性格だとは思わなかった。

 加えて立てた約束を破る薄情な存在とも思えなかった。


「光の指していた方向……それにこの光具合……」


 だから私はその異常に気付き、すぐに動きだした。

 何かトラブルがあったのだと直感で感じ取り。

 考えるよりも先に身を動かしていった。


「確か、入国審査をした憲兵さん達の話だと……使い魔の反応が傍にあれば、こんな感じでピカピカって反応するからって……丁寧に説明を受けたのよね」


 本来であればこんな広々とした国という範囲で迷い人を探すなんてほぼ不可能。

 広大な大森林の中から目的の枝一本を探すような無謀さ。


「あの説明が正しいなら……」


 けれど……私は秘策があった。

 相棒の使い魔を見つけられる手段があった。

 こればかりは真に不幸中の幸いと言うしかない。


「ここしか反応が無い以上、間違いないわね」


 その為か、そこまで難しくはなかった。

 私が相棒のいるであろう位置を特定するのには。

 確かに町中歩き回って疲れも回り、気が付けば真っ暗。

 今は月の灯りにすがる様にして探し回りはしていたけれど発見出来た。


「はあ、でも本当にこれが無かったら、今頃どうなっていたかしら。町中の人達に聞いて回ってヘトヘトになって、挙句の果てには見つからなかったかも……」


 そう愚痴を溢しながら私が目を落としていたのは手首に付けた装飾品。

 緑色の『ショーストーン』という名前の石が中央にはめ込まれたブレスレット。

 使い魔を持つ者にだけ入国審査の際に装着を義務付けられる物。

 もし強引に外そうとすれば国から追放されるというそんな厳しい規則が設けられたアクセサリーだったけれど、これに込められた性質に今回助けられたのだった。



 その用途というのは使い魔の位置の特定。

 単純に使い魔が行方不明にならない様。

 あるいは問題事を起こした際に主人の特定をする為の措置などが理由だと思える。


(さっきから何度も何度もこの辺り一帯を回ってみたし……絶対にここにいる筈!)


 仕組みとしては、ブレスレットに触れ魔力を送ると。

 埋め込まれたショーストーンが魔力に反応し。

 使い魔の位置を光で示してくれるという探知機に似た物で。


 その効果で、私は石から放たれた光の方角を頼りにしてここまで来た。

 憲兵さん達の説明で受けた【距離が近くなれば、次は光が点滅するようになる】と。

 その話を頼りに、私はたどり着いた。


「コモリってば……ペットとして連れ去られでもしたのかしら?」


 この如何にも……お金持ちが住んでいそうな場所へと。


 周辺の民家とは明らかにかけ離れた広大な敷地を備える屋敷。

 他にもチラリとみるだけでも噴水、手入れの行き届いた庭、花壇が確認できる程。

 そんな私みたいな田舎娘でもお金がかけられていると把握できる豪華な屋敷の前へと。

 消えてしまった相棒を探してやって来たのだった。


 

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