2-3.変態は食材として認定されました※挿絵有り
『食材選びって大切』
初掲載2018/08/19
細分化前の投稿文字数 12649文字
細分化2018/09/26
人間には天敵がいない。
……いや、純粋に言うなれば天敵を克服したというのだろうか。
よくある天敵の例えでは、ネズミに対しての猫の様に。
自然界でも必ず存在する捕食する側とされる側。
この『される側』に圧倒的な戦力差を感じさせ、逃げ出す羽目へ晒してくるのが天敵。
だから別段、体が巨大な訳でも無く。
鍛えてもまだまだ非力な人類にだって。
気が遠くなる様な遠い過去の時代では勝てない生物は勿論いただろう。
これに関しては、ある種弱肉強食という自然の摂理とも言える。
けれども、こんな当然の摂理を。
神が作りだしたかもしれないこの規則を乱す物があった。
【武器】だ。
純粋な力だけではどうにもできない、知性を持った者が生み出した武具という文明。
初めは石の斧や槍、弓だってあったかもしれない。
当初は動物を狩る為。
今日を生き抜くための食い扶持を確保する為だけの道具だった。
しかし、それはいつしか用途が変化していった。
やがて武器は時代を進むにつれて質を変え進化してきたのだ。
戦いは限りある資源であったり。
土地を巡っての同種族での争いへと移行し。
戦争ともいえる争いが進む中で。
多くのモノを排除する為の目的で創造されたのが火器や刃物。
銃や刀、ナイフなどの発展の果てに俺達人類は殺せるようになった。
……少し戦争の質の変化という点で論点が少しずれたが。
そんなとんでもない武器を持った事で食物連鎖のピラミッドが変化した。
俺達は武器を持てる事で殆どの対等、またはそれ以上の強さを獲得したのだ。
持ち前の筋力や瞬発力では到底敵わない野生のトラやライオン。
挙句には踏み潰されかねない巨体のゾウに至るまで。
極論で例えるならミサイル一発。
発射スイッチを一押しすれば、後は待つだけという。
周囲を巻き込み灰塵と化すことが出来るまで武器は強化された。
そして、ここで。
最初にあげたネズミの例にだって同じ事を言える。
猫に対して体格、体力、寿命など身体的な面で全てが劣るであろうネズミ。
ガチンコでぶつかり合えば勝ち目などほぼ無い。
だが、このネズミにショットガンを持たせてみてはどうなるだろうか。
果たして素手の猫が勝てるだろうか?
この際撃てるかどうかという肉体面の大問題は一時保留にして。
俺は、多分……勝てないと思う。
その腕を振りかざした途端に、腕が原形を失う。
もし飛びかかりなんてすれば、自分が何の生物だったか分からなくなるだろう。
だからこそ。
そんな不利な戦況を一変させる『武器』という道具を手にした人間は他の生物を圧倒した。
投擲能力くらいしか取り柄の無かった生命体が瞬く間に食物連鎖のほぼ頂点に立ったのだ。
けれども……もしも……。
もしも……再び人類が武器を扱えなくなれば。
捕食されてしまう可能性がある側に回らざるを得なくなれば。
強い生物のイメージがあるライオン、トラ。
他にもワニ、クマ、サイなど強い生物と。
仮にタイマンで戦う羽目になり、弱者という苦境に立たされる羽目になったらどうなるのだろうか……。
普通であれば笑ってやり過ごせる様な馬鹿馬鹿しい議題だが。
仮に転生でもして。
そんな『武器を扱える強者の立場を失い被食者に回れば』どうなるか。
少なくとも……人ですらなくなり。
【雑魚悪魔】になった俺の場合はこうなった。
「嫌だああああああ!!!!! 今すぐ出してくれえぇぇぇぇ!!!」
「ダメ……貴方が次に出られるのは食べられる時だけ……でも安心して……私が責任を持って……牛さんや豚さんと同じように……この鉈で……殺してあげるから」
「嫌ぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「来週のアペティート様の誕生日……その御馳走のメインディッシュとして……喜んで……私が美味しく料理してあげる……フフフフフフフ」
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。
ヤバいヤバいヤバいヤバい。
ヤバヤバヤバヤバヤバヤバ。
ヤバヤバヤバヤバヤバヤバ。
ヤバババババババババ。
ヤビビビビビビ……。
「いいいいい…………嫌だあああ!」
余りの恐怖に俺は格子を越えて空間中に響く位の大声で。
まるで幼児の様に泣き叫んだ。
汗はダラダラ、鼻水はズルズル。
体はブルブル、涙はボロボロ、足はガクガク。
最早この恐怖という感情を全身で体現していたと思う位。
もう……本当にそれ位、とにかくヤバかった。
冷静を装う余裕なんて微塵も無い。
眼前で怪しく微笑むのは狂気に支配された少女。
少しでも本物のメイド可愛いなあと。
そう思っていた過去の俺にボディブローをかましたくなる。
清楚で可憐で大人しいイメージを抱いていた召使なんて俺の視界の何処にもいなかった。
ただいたのは一人の死神。
見事にそんなオタクが抱く幻想を打ち砕き、君臨する死の使い。
「元気で何よりね……食材は新鮮さが大切だもの……」
その生気の宿っていない死んだ魚の様な目に加え、その片手に握るは鉈。
それもさっき『捌いてきた』のか赤く染まっている。
まだ滴っている血塗れの道具を彼女は嬉しそうに持って、俺を眺めている。
「助けて! お願いします! 雑用でも何でもしますから! 食べるのだけは!」
「ダメ……ダメ……貴方は食べ物なの……食材に耳を傾ける人なんて……何処にいるの?」
……ぶっちゃけるなら、もう恐ろしい以外の言葉が見当たらなかった。
もう恐ろしくて恐ろしくて、ただただ恐ろしいの一点張り。
それ位に、俺は恐怖のどん底に立たされていたのだ。
「やめてくれえぇぇぇぇぇぇ! 頼むから、食べないでくれえぇぇぇ!」
「ダ・メ。貴方は……私が責任を持つから……私が貴方の犠牲を覚えておいてあげる……だから……騒がずに。……ただ運命を受け入れて死んでくれればいいの……」
「嫌だ……嫌だ嫌だ……イヤイヤイヤイヤイヤ……」
この時、俺は何となくだが片鱗を理解した気がした。
精肉される前の家畜の気分を。
のほほんと餌を食べ、何気なく毎日を生きてきた生涯が一瞬で失われるその感触を。
精肉作業が開始される直前まで何気ない日常を送っていた彼らの心情らしきものを。
あるいは調理日が来週と知らされている分、死刑囚の方がまだ近いだろうか。
とにかく命を失うタイムリミットをひしひしとその身に感じていた。
「何処からが良いかな……フフフフフフフ……頭からかな? その可愛い腹からかな? それとも縦に真っ二つが……良いかな? ねぇねぇ……貴方は何処から捌かれたい?」
「嫌だあああああああ! 出してくれえぇぇぇ!」
「ウフフフフフフフ……貴方が美味しかったら……アペティート様はきっと褒めてくれる。私はアペティート様の……忠実なメイド……あの人が喜んでくれるなら……どんな料理でも……どんな食材でも……どんな奴だって……グチャグチャにしてあげる……」
「ひぃ!? ガクガクガクガクガクガク……」
ほんの少し言葉を交わしただけで充分に分かった。
このメイドの明らかに精神状態がヤバすぎる事に。
完全に精神に深い闇を抱えている、立派な病みキャラだ。
話なんてまともに通用する相手じゃないぜ。
「じゃあ……またね……小さい悪魔さん……次は……フフフフフフフフフフ…………もし自殺なんてしたら……死後の世界まで追いかけて、魂を引き戻してもらうから」
そう言い残すと彼女はこの場を後にして離れていってくれた。
ご丁寧に最早圧死しそうな恐怖を添えて。
ひとまずだが死神は牢の前から去っていった。
「嘘だろ……なんでこんな悪魔を食べたいって思うんだよ。馬鹿なのか、ここの主は……」
俺が捕まった理由は、悲しくもこれまた分かりやすい。
本当にこの世界の人達は分かりやすく話してくれるから助かる。
その理由は俺が幽閉されているこの館の主アペティートが俺を食いたいと言ったから。
だから主の言葉に彼女は一切の疑いを持つ事なく、俺を捕まえた。
まあ、あんな忠誠心という概念を超越した病み属性じゃやりかねない。
交渉の余地……あっても聞くはずが無いが、とにかく力ずくで捕えた。
それで今に至るという訳だった……って、マジで冗談じゃない!
(くそ……くそ……くそ……)
死神メイドが去ったのにまだ怯えが消えない。
未だに身が震え、涙がまだ流れている。
(うぐぐぐぐ……なんでなんだ……どうしてこんな目に)
何の恨みもなく、ただ食べてみたいという理由から捕まったなんて。
どうやっても納得がいかない、どうして納得が出来ようか。
養鶏所や養豚所で混ざって休憩していたわけじゃない。
今日はあの丸々太った奴が旨そうだなぁと選ばれる筋合いなんてありゃしない。
それに真面目に情報を集めていた最中だったんだぞ!?
ドスケベで変態でエロに躊躇わず食いつく畜生の俺でも、やるときゃやる。
だから、今回は還元石の情報をしっかりと探っていたのに……。
(で、でも……どうすれば良いんだ。一体全体……どうしろって言うんだよぉ)
とそんな愚痴を溢し、己が不運を恨んでも現状は改善されない。
文句を言ったところで、逃げ出したくとも俺は牢の中だ。
爆発の呪文どころか呪文すらまだ扱えていない俺が暴れた所でたかが知れている。
ハリウッド映画張りの監獄からの脱獄劇を繰り広げようにも何も無い。
ピッケルやハンマーなど壁を壊せるアイテムどころかロクな道具の持ち合わせすら勿論ない。
没収されなかったとはいえ持ち前の荷物にだって役立つものは無い。
でも、このままのんびり構えていたら間違いなく食材にされてしまう。
あのメイドが所持していた鉈にこびり付いた血に俺も混ざる羽目になる。
まさかゲームや漫画という二次元のキャラに熱狂していた俺が。
萌え豚が出荷されてしまう時が来ようとは。
「調理されて……死ぬなんてバッドエンドだけは勘弁してくれぇぇぇぇ!」
……というわけで俺のドージエム探索はこんな危機的状況からスタートした。
果たして俺の運命は……俺の命はマジでどうなるんだろうか……。
死ぬにしても食われて死ぬなんて真っ平ごめんだ。
そんな狂気じみたおぞましいエンディングなんて迎えたくない。
(アナスタシア頼む! 早く俺を助けにきてくれぇぇぇぇぇ!!)
だから俺は情けなくも牢屋の端でそう祈る事しか出来なかった。
マジで不安で胸がいっぱい、恐怖でチビリそうな情けない有様を晒す中で始まったのだった……。




