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2-1.変態が情報収集している間に

『食材選びって大切』

初掲載2018/08/19

細分化前の投稿文字数 12649文字

細分化2018/09/26


 飢える。

 飢えて、飢えて飢えて仕方が無い。

 食いたくて食いたくてどうしようもない。


 だが、何故なんだ?


 私は確かにさっき【食べた】。

 腹を充分に満たす程の食事を済ませた所だ。


 その分厚い身から溢れる肉汁たっぷりのステーキを、チキンを。

 海の最高級食材を取りそろえた海鮮スープを、ムニエルを。


 取れたての新鮮な野菜で彩られたサラダを、石窯でこんがりと焼き上げられたパンを。

 先日取り寄せた年代物の赤ワインを、加えてそれにあう数種類のチーズを。


 仕上げには新鮮なフルーツを、甘い甘いクリームをあしらったデザートを。

 その全てを一度の食事で平らげ、空腹を、喉を満たしたつもりだった。


 けれど……未だに飢える。


 満腹感はあっても、満足感は無い。

 糖分がもたらす幸福感はあっても、真の幸福では無い。


 渇き、飢える。

 ただ、食いたい。

 もっと旨い物を……。


 私は金持ちだ。

 唸る程の金を持っている。


 だから世界中から高級食材から珍味に至るまでを毎日毎日、喰らいまくった。

 好きな物を、脳が旨いと感じられる物を側近のメイド達が調理した絶品の料理を。

 それこそ国の住民達が羨み、口にしたいと切に願わん食事を。


 毎日毎日、毎度毎度、いつもいつも。

 いっぱいいっぱい、沢山沢山、したたかに。


 まあ……そのせいか腹は見事に膨らんだ。


 今では貧しかった昔と違って少しの距離を走るだけで息が切れる。

 裕福さがもたらす怠慢さ故に一言で言えば太っていた。

 過去の自分の面影は殆ど無く、見事に肥えていた。

 今日この時でも、歩いてでもいいからと少しだけでも運動してくださいと。

 朝方、召使にどやされたばかりだ。


 だが……あれだけ食ったにもかかわらず飢える。

 何故だかは分からない……。

 しかし、何かが不足している。


 一体何が、私のこの『飢え』を満たしてくれるのだろうか……。


「……………………」


 これは……もう一年程前の事になるか……。

 奇妙な連中との遭遇があった。


 闇の覇王の配下と名乗る者から協力してほしいと。

 まさかの魔界から来たという魔物達からの申し出があった。


 私の持つ財力とその飽くなき欲望を見込んでと。

 是非、協力してくれないかと頼まれたのだ。


 しかし正直な所……その提案に対して私は。

 当初こそは興味も全く湧かなかった。

 気味が悪い事もあったんだが。

 一番は、どうでもよかった。


 曖昧な説明ではあったが、何でも主の復活に力を貸してほしいと。

 魔物ながらなんとも忠義に溢れた者なのだなと感じた。


 それでも……そんな提案を飲んだ所で膨れぬ。


 よって、即座に断ろうとメイド達に武器を持たせ、最後の交渉の席に着いた。

 興味を抱いてくれるのは結構だが、時間の無駄だと告げてやろうと決めていた。


 しかし……私はこれを承諾する事になる。


【なるほど……では、今からお話する条件をお聞きになられては如何かな?】


 話が終わる寸前、相手が出して来たのは一つの条件。


 それは提供。


 協力に賛成の意を示すならば、見た事の無い食材を。

 人間には仕入れられぬような魔界の食材を定期的に提供しようと告げた。


 そこで、私はその申し出に即座に合意した。


 理由はごくごく簡単だ。

 もっと多くの物を味わいたい。

 食って、食って、食い漁って、この食欲を満たしたいからだ。

 現にこれまで奴らが運んで来た物は旨かった。

 調理に携わったメイドの話では見た目が下手物の類もあったらしいが。

 それでも珍味として新たな刺激として私の舌を唸らせた。


 ただ……その交換条件である協力の一環として。

 この国の住民達に次の『お触れ』を出せと。


『この私の舌を唸らせる食材を用意した者には一生遊んで暮らせる金を褒美として取らせる!』


 そんな奇妙な命令と、石ころをお前の館で保管しておけという命だった。

 何でもあの預かった石には『人の力を集める特性』があるからと。

 それで皆が金を求めて、必死になり求める『食に対する欲の力』を集めろと。


 ……初めは意味が分からなかった。


 けれども……奴からこの石を預かってからというものの。


 この国ドージエムの熱気が一気に熱くなった気がした。

 私は季節ごとに国へ多くの金や宝石などを献上している。

 これにより私の気まぐれな行動は黙認されている。


 それでも、そんな呑気な国王たちですら異変に気が付く程。


 自国の異常な熱気に。

 国内で売買を行う商店街だけでは無く、常に入国者の嵐。

 それも食材を扱う商人達ばかりときた。


 牛、トリ、豚などの肉類から貝、魚などの海の幸。

 野菜、菌糸類、穀物、果物などの自然の食材などなど。

 怪しいものが無いか入国審査を行う兵士や審査員もてんやわんや。


 ……おかげでメイド達が食材を仕入れるのに苦労しない訳だが。

 まあともかく、大方この『お触れ』を聞きつけて来たのだろう。


 その甲斐あってか、石を渡して来た奴らも満足気。

 定期的にそれを持ち帰り、また同じ石を再び預けていく。

 魔物の類が行う行動などにあまり興味は無い。

 恐らく蓄えた『その力』を言っていた主の復活にでも利用しているのだろう。

 どうせ答える筈も無いから、聞いた事も無いがな。



 と……私の行動の中にはそんな魔物との交流もあった訳なのだが。

 今、よくよく考えれば無駄骨だったのかもしれない。



 何故なら、結局『飢え』は満たしてはくれなかったからだ。

 確かに奴らの運んできた食材は新たな刺激となってくれた。

 毎日似たようなメニューで飽き飽きしていた私にとっては特に。


 肉汁だけで火を吹きそうになるという辛さを超越した『溶岩竜』の肉。

 噛めば噛む程、心地よい眠気に襲われる『グースカ草』。

 口に入れた途端、強烈な甘さと刺激が脳へ届き活性化させてくれる『プラズマンゴー』。

 魔界の環境で育った『ゲロゲログレープ』を発酵させた非常に癖の強いワイン。

 どれもこれも、危険性は無いとは言い難いが食った事が無い食材ばかり。


 だがそれでも……。

 いつから感じているかはもう完全に忘れてしまったが。

 この『飢え』は凌げなかった。

 満足できなかったのだ。


 満たせそうで満たせないこの煮え切れぬ『渇き』は凌げず。

 今では情けない事にメイド達にも認知され、心配されている。

 だが、絶対に、必ず何か……何かある筈だ。

 この渇きを……欲望を満たしてくれる物が。


 そこで……。


「…………なあ」


 私は隣の召使いへ呼びかける。


「どうしたの……アペティート様?」


 私の命令に忠実に従ってくれる者へ。

 その為なら例え咎められる様な悪行であったとしても聞き入れてくれる彼女へ命を下した。


「『あれ』を……あの生き物を捕まえてくれ。それで私の誕生日に出す料理のメインにしてくれ」

「分かった……すぐ捕まえてくる」


 珍しい生き物を見つけたのだ。

 今、商店街内をフワフワと飛んでいる。

 その小さく愛らしい黒の羽をパタパタとさせて。

 何かを探しているのか、住民達へと聞き回っている。


(探し物が何か知らぬが……安心しろ。お前のその肉から血の一滴まで喰らってやる。この大富豪アペティート様の胃袋を刺激できる事を光栄に思うと良い)


 通常であれば考慮にも値しない事だった。

 しかし魔界の奇妙な食材を口にし、その味に慣れてしまった所以もあっただろう。

 私は偶然見つけた【それ】に食材として狙いをつけ、メイドに捕縛するよう仕向けた。


 これまで幾多の食材を口に含み、味わってきた私だ。

 見た事がある並大抵の食材では味が分かってしまう。

 おおよその想像がついてしまい、つまらなくなってしまう。

 オチが初めに分かっている小話を聞かされる様に。

 始める前から終わっているのだ。


 だが思えば、ソイツの肉は食った事が無い。

 果たしてどんな味がするのか……。


(フフフフフ……涎が……)


 甘いのか、苦いのか。

 辛いのか、辛くないのか。

 柔らかいのか、硬いのか。

 酸っぱいのか、しょっぱいのか。

 いや、それ以前に旨いのか、マズいのか。


(フフフ……フフフフ……涎が止まらない)


 想像もつかない。

 それ故に興味が湧いた。


 言葉を巧みに扱い、民へ質問をしているそいつに。

 その【小悪魔】に。

 計り知れぬその味に対する期待と、今度こそこの飢えを満たす材料となるではという可能性。

 以上の二つの衝動に駆られる様に私は捕まえてくるのを待つのだった……。


 

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