1-15.変態は開始早々毒に中りました
『中ったぜ』
初掲載 2018/08/12
細分化前の投稿文字数 21539文字
細分化 2018/09/25
さて問題です。
顔は真っ青。
表情は険しく、口から出るは唸り声。
視界はフニャフニャ。
神経はビリビリ。
加えてまともに動けない。
これ、なんだ?
答えは……。
「うーん…うーん……」
俺だ。
体中が痺れている。
まるで体表を僅かな電流が覆っている様な。
例えるなら長時間の正座で足が痺れ、暫く痛みが続くアレと似ている。
血管が圧迫され、原因のある部分に神経の異常を知らせるあの電流と同じだ。
そんなビリビリとして強引に動こうとすれば痛みを生じる感触。
それが全身に回っていると考えれば、自分でも理解しやすい。
幸い、舌の呂律だけはしっかりとしており言葉は鮮明に話せる。
ただ……体の自由は利かなかったのだ。
「うーん……うーん……」
そんな中俺に出来るのは只唸るだけ。
「コモリしっかりして。きっともう少しで関所の番人さんが言っていた占い師の館よ」
そう体調不良の俺を気遣い励ましてくれるのはまるで聖女。
俺の相棒であり、世界を救う使命を背負った勇者である金髪巨乳のアナスタシア。
彼女の励ましを受けるだけでも、美少女大好きな俺にとっては癒し。
たまに俺の変態行為がバレて半殺しに遭う事だってあるが、それでも楽しい。
「むぐぐ……いつもなら喜びたいのに……今は体が痺れて喜べねぇ」
と、そんな可愛い相棒と一緒に冒険しているにもかかわらず、現在はというと。
(ちくしょー、情けねぇ……こういうモンスターが出る道中位は俺が彼女を助けて、好感度を上げるチャンスだってのに。『あそこ』であんな馬鹿な選択をしなければ……)
無惨にも女性のアナスタシアに力を借りて、運ばれている状態だった。
先日、寝床を借りる為に立ち寄った村の住民が厚意でくれた猫車に似た木製の器具。
小型で作りが頑丈では無い分、女性の彼女でも楽に押せる代物。
元々は旅の荷物の運搬専用にと貰ったのだが、今は俺が乗せられている。
幼い頃にショッピングカートに乗せられたあの時の感触と若干似ている気がしなくもない。
流石に乗せるべき荷物は腹の上に抱えてはいるけれども。
糞ニートという社会のお荷物だった俺。
まさかソレが荷物と一緒に運ばれる日が来ようとはなんという皮肉だろうか。
「無理しないで。まだ日が高いしモンスターも少ないからちょっとでも休んで」
ああ……ありがとうママ……じゃなかった。
ありがとう、慈愛に満ちた勇者様。
本当にこの異世界の人って言うのは情に厚いというか深いというか。
人間の温かみを感じさせてくれる。
動けなくなった相棒をこうして文句言わずに運んでくれるなんて。
逆にこれが現代の日本社会だったらと想像すると心底恐ろしい。
きっと、多くいる非情な日本人のやる事だ。
そのまま放置か、ネットの晒し者にされるだろう。
やだわ、本当に日本って怖かったわ。
(だが……マジで今回ばかりは反省だな)
とまあ、前世での母国の悪口はこの辺にしておいて俺は思い返す。
どうしてこうなったのかを。
こんな無様な姿に成り果てたかを。
そもそもの事の発端。
それは関所を越えた昨日の出来事。
数日前に俺達は救った町の長からお礼にと通行証を貰い。
それを使って、この『フォレスタ地方』という完全に未知なる大地へ足を踏み入れた。
森や林など生え揃った木々の大群があちらこちらで育ち。
見晴らしの良い光景が多かった以前までと違って。
歩きやすいように開拓された道を行かねば迷う始末の。
緑生い茂るこの土地で俺達は進んでいたのだが。
【むむう、参ったな……どうしよう】
そんな新天地で、初めての日没での出来事。
運悪く近場に村も宿屋にも巡り合えなかった、幸先不安のフォレスト地方一日目。
偶然、藁のベッドが残っていた無人の小屋を見つけ、そこで夜を過ごそうとしていた時。
隣ではアナスタシアがスース―と可愛い寝息を立てている最中。
【お腹減った……でも食料を勝手に食う訳にもいかないし】
余りの腹の減り具合に目が冴えてしまい、俺は真夜中に身を起こした。
腹の虫がグーグーといびきを立てる様に騒ぎ立て、空腹を知らせてくる。
しかし、ここ数日これと言ってまともな補充できていない食料の備蓄に手は出せない。
それにこれはアナスタシアとの共有している大切な食料だ。
空腹になり痩せる美少女の様子なんて想像したくも無い。
前世なら人のプリンだろうとケーキだろうと容赦なく奪って食べていた時とは違う。
コンビニも無い、スーパーも無い、デパートなんて言わずもがな。
怒られたらその辺に買いに行くでは済まない。
要するに獲得手段が限られているのだ。
【仕方ない……モンスターに気を付けながら、何か探すか】
そこで俺は小屋からこっそりと抜け出て、木の実でも落ちてないか探索に出かけた。
元々木々の中で偶然見つけた小屋だった為、言う程距離も無かった。
ただ流石に夜だけあって、徘徊するモンスターも多い。
中でも厄介そうなのが眠り効果のある鱗粉まき散らす蛾のモンスター、眠り蛾。
またはその切れ味の上がった刃で斬り付けてくるカマキリモンスター、マンティスなど。
転生の際に受け取ったモノクル『ステータスチェッカー』で正体を確認した。
使用者のレベルに応じて確認できる情報が増えるというこのアイテム。
重なる戦闘で成長し、一度戦った敵の名前くらいは分かるまでには何とかなれた。
最序盤に出てきた雑魚スライムたちも加えて、そんな奴らが徘徊している。
無論、俺一人ではとても敵わないのでそいつらの目を盗んで。
【おっほ……これは良い匂いのするキノコだ。確かアナスタシアが持っていた図鑑にも似たような奴が載っていたし、きっと大丈夫だろう。彼女には悪いけど、一人占めだ】
近くの木の麓に自生していた真っ赤なキノコを幾つか拝借し、持ち帰った。
そうして近場の泉で軽く洗い、カンテラの油を少し借りて、火を起こし焼いて食った。
まあ……この時点で何となく察しはつくと思うが。
これが見事に中ってしまった。
今のこの麻痺は間抜けにも毒キノコの成分だったのだ。
しかし食っていた段階では柔らかく。
ハッキリ言って香ばしい味わいで旨かった。
……毒キノコは美味しいらしいと。
何処かのサイトで見た事あるが、ある種正解だったと感じる。
余談的になんでもイボテングダケという毒キノコでは、イボテン酸という成分が含まれていて、これが人間にとっての旨みを感じるグルタミン酸の成分に似ているとかどうとか……。
ま……まあとにかくそんな専門知識は放っておいて。
結局、次の日アナスタシアにばれてお説教を受け。
話によるとよく似ているが図鑑にも載っていない新種の毒キノコだったらしい。
「心配かけて悪い。この借りは必ず返すから」
そんな一連の流れを経て今に至るというわけだ。
「はいはい、期待せずに待ってるわ」
「そこは期待してくれよ……」
「それだけ喋られる力があればすぐに治るわよ」
「ハハハ、そうだな」
こんな間抜けな俺を見捨てずにいる彼女には頭が上がらないぜ。
果たして毒が自然治癒で消えるのかどうか。
この子悪魔のボディが抗体を生み出してくれるのが先か。
何処かの町を見つけて、この症状を消す解毒薬を買うのが先か。
折角探索できる幅が広がり、冒険が面白くなっていくと期待できる矢先だったが。
身動き一つまともに出来ず、こうして運ばれる状態から今日はスタートしたのだった……。




