1-14.変態はお仕置きされました※挿絵有り
『男は美女の話に弱い』
初掲載 2018/08/05
細分化前の投稿文字数 16512文字
細分化 2018/09/25
「おっ、やっと来やがったか」
門へと足を急かして向かった俺達を迎えたのは今となっては見慣れた親父さん。
相も変わらず、その頭部の禿げ具合は健在で輝かせていた。
……と多分この心の声を聞かれでもしたら、料理の材料にされかねないが。
ひとまず仕事の方は一段落ついていたのか、ベンチに彼は腰掛けていたのだった。
「ったくよ、おせぇよアンタ達。こんな『いい大人』が昼間っからベンチで腰掛けてるなんてよ。余りに暇だったから危うく道行くレディ達に声をかけそうになっちまったぜ。ガッハッハ!」
とまあ性格も相変わらず。
日々の疲れに屈せず、若さも健在だった。
(もう、この親父さん生き生きしすぎ!)
まるで今が青春時代みたいに。
無邪気にはしゃいでいる様にも感じられる。
マジで若さって怖いぜ。
「もう……頼むぜ。昼間っから女の子の尻を追いかけてるエロ町長がいるなんてしれたら、また人が寄りつかなくなっちゃうんだから。そうなったら流石に俺ら助けられないからな」
そうやって俺は代弁を務め、発言する。
……横で苦笑いを浮かべて、冗談にあまり反応しないアナスタシアのだ。
えっ、今彼女はどんな顔しているかって?
「あはは……本当にね……」
見事に顔が引きつっています。
むしろ苦笑いというより、強引に笑顔を作る事でやり過ごそうとしていました。
やっぱりピュアな女の子らしくスケベは嫌いなんだな。
「ゴホン……それで町長さん、用事って言うのは」
とまあ、そんなしょうもない冗談を挟みつつも。
アナスタシアが話の趣旨を戻す。
見送りだけならいざ知らずに。
忙しい中、会う必要がある用事について。
「おお、そうだった。忘れる所だった。ええっと、何処にやったかな……うーん」
すると、彼は自分の言った事に対して。
そう……思い出したように懐を探り始めた。
いやいやいや。
流石に人を呼んどいて本題忘れちゃダメだろ。
これから【犬の散歩】だ! ってのに。
家に犬忘れてくる様なもんだぞ。
何しに来たんだよってなるぜ。
「おっ、あったあった。これだこれだ。アンタら用に特別に発行してもらったんだぜ」
そう心の中で小さくツッコミを入れる間に。
彼は糸で巻かれた一枚の羊皮紙を取出すと。
そんな言葉を告げながら俺へと渡してくれた。
「俺はお嬢ちゃんが勇者だって信じる事にした。ぜひこれからの冒険に役立ててくれ」
最後そう一言を付け加えて。
「「?」」
正直、初めはさっぱりで。
俺もアナスタシアも訳が分からなかった。
しかし、その糸を解き、羊皮紙に記された内容目にすると互いにすぐに理解出来た。
「町長さん……もしかして、これ……」
「ああ、そうさ。いくら町の恩人だからって、それをあげるのは迂闊って秘書にどやされちまったが、この広い世界を冒険するんだろう? なら、それは絶対に必要になるぜ」
……我ながら忘れていた。
いくら魔法とかモンスターとか、何でもアリのファンタジー世界と言えども、【規則】はある。
それもこれからの長い長い旅路だ。
世界を救う勇者だからと言って。
規則を破るのが正しいとも言い切れない。
だからこそ俺が今目の当たりにしている。
【コレ】の必要性を感じたのだ。
「こう見えても顔は広い方でな。殆どの『関所』でそれを見せれば通してくれるだろうぜ」
正体は親父さんの今発した内容の通りで。
貰ったのは【通行証】だった。
俺達が危険な存在でない事。
そして信頼に足る人物である事の証明。
その二つを承認した。
彼直筆のサインが記された証明書。
「一応忠告しとくが、無くすなよ。悪いが代えは利かないからな」
切符さえ買えば電車に乗ってどこでも行ける。
利用料金さえ払えば高速道路でどこでも行ける。
もっと究極を言えば。
足と道さえあれば体力の続く限り県すら跨げる。
そんな国境を気にしない島国である。
日本の自由度に慣れていたせいもあっただろう。
「もしも関所を強引に超えようとすれば、兵士とのいざこざは免れない。勇者だろうが魔王だろうが、あいつらも責任を持って守っているからな。流石にお尋ね者は御免だろ?」
そう……俺から欠如していた知識は関所の存在。
確かにこればかりは親父さんの話に異を唱えられるはずもない、海外で言うパスポートと同じだ。
橋や砦など形こそ様々だろうが。
国境や町と町の境であり、その区間に構えられている関所を越える為の必須アイテム。
守護する兵士達を問答無用で納得させ、争う事なく先へ向かえる必需品なのだ。
だから仮にもし……。
強引に突破しようものなら彼の忠告通り。
俺達にとっては心苦しく足枷にしかならんが。
ある意味で、【有名人】になってしまう。
それこそ、道行く人々が俺達と鉢合わせすれば、
【きゃあああぁぁぁぁ! 皆! あれが自分を勇者と謳って人を誑かす悪女アナスタシアよ!】
【うお、本当だ! それに極悪人のデーモン・コモリもいるじゃねぇか。早く捕まえろ!】
……そんな、ある意味プライベートを満喫ちゅうの変装したアイドルが見つかる様な注目度で。
違う点は浴びせられるのが歓声か。
もしくは罵倒もしくは敵意かの違い。
加えてその後の処分については。
事務所でこってり搾られるか。
罪状で搾られ、牢獄に縛られるか。
まあ……ぶっちゃけ誤差と呼べる僅かな差だとは思うんだが、少なくとも後者にはなりたくない。
「ええ、冒険の為に使わせてもらいます」
「これで心置きなくあちこちの町へ行ける訳だな。ありがとう、親父さん!」
「ああ、どういたしまして。でも再発行はマジで無理だからな。本当に今回だけ特別だぞ」
と、まあとにかくこれにより俺達の行動範囲が広がる有難い一品を受け取ったのだった。
「ああ、それとな。実はお嬢ちゃん達に耳寄りな話があってな、それも伝えようと思ってたんだ」
すると、それは通行証の贈呈と続けざまに。
親父さんは町復興の際に小耳に挟んだという。
俺達に役立つ情報を教えてくれた。
「ここから南西方向へ約三日進むとデカい関所がある。そこを抜けるとフォレスタっていう地方があるんだが、そこに腕の良い占い師がいるって商人たちの間で噂になっているんだ。交渉がうまくいくかとか、或いは危険な予兆が無いかとか、予言や謀の成否を占ってもらうんだと。もし目的地が定まってないのなら、立ち寄ってみるのもアリじゃないかと思ってな。評判だけあってよく当たるらしいぜ」
「えっ!? マジっすか!?」
対して思わず、ツッコんでしまった。
それ程彼の意見は的を射すぎていた。
俺達に必要なヒントが分かっているかの様に。
的確な提案をしてくれたのだ。
「占い師……ですか?」
頑張って闇の覇王デミウルゴス倒すぞぉぉぉ! うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉー!!
ざっくり言うと俺達の冒険はこうだ。
けれど、その過程の一切は定まっていない。
それに今日だって通行証は貰えたのはラッキーだったが次なる行き先は不明で決めていなかった。
だから、また地図とにらめっこしながら近辺の地を転々とする『作業』をする予定だったんだ。
それに、そもそもココにたどり着いたのも、あくまで旅路の途中でぶち当たったに過ぎない。
まあ……行き先の見えない事が多い序盤の冒険らしいといえばそこまでにはなってしまうんだが、ともかくそれではいつまで経っても進めない。
彼の言った通り……ある程度目星となる、目的地が必要なのだった。
「それで……この道をだな」
「「ふむふむ」」
だからこそ真剣に聞いていた。
……次のこの言葉を聞くまでは。
「それと最後に……占い師は相当美人らしいぜ。占い師らしい怪しげな雰囲気はあるが、そこがまたミステリアスで良いんだと。俺も行こうかと思ったが、秘書に目一杯殴られて行く気を削がれた」
「へぇ……。なるほど……。アナスタシア?」
すると彼の話の最中。
唐突ではあったが俺は隣の相棒にそう向けた。
「どうしたの? いきなり」
正直な所を言うと、真面目に話を聞いていた彼女の真っ直ぐさを邪魔するのは心が痛むんだが。
けれども、そんな最中であっても。
俺は『ある疑問』に襲われてしまったのだ。
「ちょっと、親父さんに聞きたい事があるんだ。少しだけ二人になっていいかな?」
……こればかりは頼み込まざるを得なかった。
「聞きたい事? それなら別に二人じゃなくても、この場で――」
「悪いが、男同士の話なんだ。大切な相談なんだ」
「えっ、えっ? そうなの? わ……分かったわ、じゃあここで待っているから」
「かたじけねぇ……。お前は本当に良い奴だ」
悪いが、これに関しては有無を言わせなかった。
そうだ、【これ】は冒険を進めるうえでも必要なんだ、ただ漠然とストーリーを進めるのではなく。
次にやるべき事を定めた上で。
この足を進めなくてはならない。
故に下心など無い。
だが……ただ警戒は必要なのだ。
だから、とりあえず……お利口で聞き訳の良い彼女には後で適当な言葉でごまかすとして。
「じゃあ、親父さんあっちに行きましょう」
「おっ、おい!? なんだなんだ、止めろ、袖を引っ張るんじゃねぇ!」
ひとまず俺は……。
親父さんを強引に引き連れていき。
近場の木陰へと場所を移して。
空気を読んでくれた彼女は待機してもらう中で。
「どうしたんだ、血相変えていきなり?」
そうして心置きなく。
ひっそりと会話が出来る様に謀った後。
向かい合う様に俺達は会話を始める。
「せめて、何が聞きたいのかくらい教えてくれ」
「…………分かりました」
咄嗟の俺の行動に困惑を隠せずにいる親父さん。
まあ確かにその反応は至極当然だろう。
俺がいきなり事情の説明も無しに、引っ張ってきたのだから致し方ない。
しかし、それでも俺は臆面する事なく。
「その……俺が聞きたかったのは、さっきの美人って噂の占い師の話です」
堂々と聞く事にした。
別に勘違いしないでほしい。
これは正当な権利なのだ。
「占い師の話?」
「……その美人って『どこ』が凄いんですか? いえ、もうこの際です。ハッキリ聞きましょう。具体的に、体の、『どの部位』が、凄いんですか? 教えてください。この目で確かめますので」
……そうだとも、このご時世だ。
これから会うであろう相手の姿くらい把握出来ないでどうするんだ?
もしかしたら戦いを交えるかもしれないんだぞ。
一応何度も言うが決して下心は無いが。
俺はそう詳しく尋ねたのだ。
「ほう……なるほど、アンタも男だな……。いいだろう、特別に教えてやる。噂だがな、そりゃあもう……大きいらしいぜ。それも丁度イイ感じの大きさって聞いたぜ」
「……胸? 胸ですか?」
「……ああ、しかもそれだけじゃねぇぜ。スリムな体に反して尻も良いらしい」
「マジすっか!? グヘヘへへ」
重ねて言うが【下心は無い】。
只……気になっただけだ。
あくまで参考にするだけだ。
男性を虜にするというその女性の魅力を。
「それに、これは好みにもよるが物静かな女性らしくて。大人しめな雰囲気らしいぞ」
「なるほど……では、うっかり『触っても』文句言われませんね。ましてこんな可愛い姿なら」
「……お……お前……見た目以上に悪知恵が働く糞野郎だな……侮っていたぜ」
「まあ、悪魔ですから」
「ハッハッハ……違ぇねぇ……じゃあ次来た時でいいから感想を教えてくれよ」
「勿論ですとも、通行証のお礼はきっちりと……」
その魅力に中てられぬ為の前情報なのだ。
「……親父さん、俺もう興奮してきちゃいました」
「うむ、美女を前にして、それは男として……いや一匹の獣としては当たり前の反応だ。分かるぜ」
「エへへ……早く拝みたいぜ。その立派なモノを」
「くそう、俺だって人目を憚らない立場なら行ってたのに……畜生。うんっ?」
悪い、少しだけ間違っていた。
……下心は決して無いだって?
そんな訳無いだろう。
寝ぼけているのか、俺は。
美しい女性、それもスタイルも抜群ときている。
この事実に期待せずして、何が男か……。
何が変態か!
(待ってろよ、美女の占い師さん! すぐに行かせていただきますからね!)
胸に期待を抱き、俺はそう奮起する。
「ねぇねぇ、おじちゃん達。今、綺麗な人の事をお話してたの?」
……と、そうして。
必要な情報を何とか入手でき。
わざわざ場を変えてまで尋ねておきたかった話が終わり一段落つきそうな時だった。
「僕にも教えてよ。途中からで聞けなかったんだ。悪魔さんの口から聞きたいなぁ……」
(へぇ?)
背後から声がした。
少年か少女かイマイチ区別がつかない若い声が。
丁度俺の死角となる位置から声が入って来た。
「お願い、悪魔のおじちゃん。僕、綺麗な女の人に興味があるんだ……えへへ」
(うーむ……声の年齢的に多分早い気もするけど、まあいいか! 性の教育は大切だしな!)
しかし、俺は相手の確認は敢えてしなかった。
だって……声の主など見なくて充分さ。
どうせ、こんな質問をするのは少年だろう。
性知識という人間として。
男として習得すべき知恵を求める時期。
興味がありながらも、人の目を気にしてしまい中々手を出せない初々しい時代。
「フッフッフ、そうか、まだ幼き少年よ。知りたいか……ならば仕方ないな」
あの純粋無垢だった若き日の記憶が蘇る。
学校の帰り道に投棄されたいやらしい本をこっそり読んで興奮していた時を。
まだ汚れていなかった。
あの時代の自分と『少年』を照らし合わせて。
「それで、そのおっぱいについてなんだが」
「うんうん!」
その姿を【視野に入れる事】なく。
これも立派な教育だと思い語ってあげた。
腕を組み、集中する為に【目を瞑り】。
何度か頷きを交えつつも。
「次にお尻についてだが――」
「教えて、教えて!」
人生の先輩として聞いた情報を。
女性の美点も兼ねて赤裸々に伝えてあげた。
話題にあがった占い師の魅力を。
たわわに実っているという胸。
加えて背後にはもう一つの魅惑がある事も。
胸が好きなのかそれとも尻が好きなのか。
その好みは【コイツ次第】だが、ひとまず俺は丁寧に説明してやった。
まだオブラートに包んだ話し方で。
直接的な表現は控えた様な気もするが。
「わーい、悪魔のおじちゃん! ありがとう! わた……僕凄く勉強になったよ!」
すると彼は望んでいた内容が聞けたのか、背後から嬉しそうに喜ぶ声が返ってくる。
「お……おい、アンタ?」
きっと今頃後ろで興奮しているに違いない。
「おいおい……おいおいおい……なあコモリ?」
ふーむ……質問をしてくれた彼には中々期待できる、きっと、良い感じの変態に育ってくれる事間違いないだろう。
「おい、聞いてるのか……コモリ?」
いやあ……何も分からぬ無垢な者に知識を与えるとは非常に尊いものだと感じるぜ。
だって、自分の教育次第ではその白き純粋さを如何様にも染められてしまう重大な瞬間だぜ。
中々にやりがいを感じられるものだ。
来世では保健体育の先生になりたいな。
「悪い事は言わねぇ、目ぇ開けた方が良いぜ……」
「? ……ったく……何だよ親父さん、今子供に性の教育が出来て悦に浸ってたのに」
と、悦に浸っていたのだが妨害されてしまった。
余りにしつこく向けてくる親父さんの言葉に。
しかし止みそうに無いため、仕方なく【閉じていた目を開き】今一度親父さんの姿を目に入れる。
「いやいや……そんな事よりお前、うし…」
すると……何やら只事では無い様子だった。
彼は丁度俺の背後、そう。
無垢な少年が声をかけてきた方角を呼び指し、
「うし……うし……うし、うし」
そんな意味不明な言葉を連呼していた。
何故か酷く青ざめた顔して。
うし……うし……牛か?
「親父さん、牛がどうかしたのか?」
「ち、違う……うし……うし……」
どういう事なのだろうか?
彼のその様子は、最早見ているこちら側にまで不安を与える程の度が過ぎた動揺ぶり。
目を見開き、汗を流し、身を震わせ。
何かに恐れおののく様に酷く取り乱していた。
まるで見てはいけない何かがいる様な……。
「悪魔のおじちゃん。今日はありがとう、いっぱいスケベな知識を教えてくれて。……ねぇねぇ、どうだった? 【私の声】、ちゃんと子供の声に聞こえた? ねぇ、【コモリ】?」
「いひっ!?」
言葉よりも先に体が反応を示してくれた。
少年もとい……聞き慣れた声の主に。
ピョンッ! と座っていた体が本能に従って突発的に跳ねてしまった。
(えっ……嘘……だろ。そんな……馬鹿な事が)
いや……だって。
待機していてねと頼んだじゃない。
男同士の会話に水は差さないでほしいと。
それで邪魔をしないでねと頼みましたよね?
「そ……そんな……う、嘘」
し、しかし、真実を確かめなければならない。
「うし……うし……うし」
対して正面の親父さんは相変わらず連呼中で。
もう既に明らかな程。
不穏な空気立ち込める最中だが。
(ゴクリ……)
…………唾を飲み俺は首をひねる。
恐る恐る、ゆっくりと。
まるでプレミアが付いたレアフィギュアの首の向きを、傷つけない為に動かす様に。
首が折れぬよう慎重に。
お気に入りの角度へ動かすあの感覚と同じ。
徐々に……徐々に……緩やかにして。
……俺は視線を背後へ向けた。
「ふふ、事細かな情報ありがとう。これで貴方をいたぶるのに遠慮は要らないわね」
「あっ………………」
………………………………。
…………………………。
……………………いた。
………………案の定立っておられました。
我らの勇者アナスタシア様が。
それも大層お怒りのご様子で……。
…………………いや、待て待て。
「……………………」
俺は沈黙を保ったまま今一度、首を前へ戻す。
もしかしたら。
ひょっとしたら。
ことによると。
これは……幻覚かもしれない。
そうだとも、あんな恐ろしい目を向けてくる少女が世界を救う勇者の筈が無い。
きっと俺が心の中で生み出した背徳感が、俺を咎める為に想像した産物かもしれない。
だから、もう一度だけ。
一言も言葉を口にせずに振り向いてみた。
すると……あら不思議!
「あらあら、どうしたの。そんなに私の存在が信じられないかしら?」
………………やっぱりいました。
……うーん非常に残念、全部聞かれちゃった。
何処が、あら不思議! なのか……不思議なのは俺の思考回路だろうが。
「さあ、二度見までして気は済んだかしら?」
「モ、モオォォォォ……モーモー……」
思わず鳴いてしまった。
決意染みた強い視線で詰め要る彼女が放つ。
そのあまりの衝撃に、殺気に。
恐らく親父さんの『うし』に釣られたのだろう。
肉体が恐怖を認知し。
震えが始まる途中で俺はそう口に出した。
最早生き物を見る温かい目では無く。
ハイライトの消えた死んだ目で。
もうその数秒後には。
私がコイツを【肉塊】に変えてしまうのねと。
そうもの言いたげに冷酷な目を向ける彼女に。
「さてと、遺言はあるかしら?」
それも既に『準備万端』の状態の彼女。
背中に構える杖からは光の刃。
空いた片手は魔力を纏わせたビンタの構え。
いつでも殺る気満々よと言いたげな。
底知れぬ気配を漂わせている。
しかし!
「あのですね……これは違うんですよ。敵情を知るのも冒険では大事でしょう? そりゃあ、少し聞いた情報がアレだったかもしれませんけど……別に下心があったわけでは」
ここで諦めるなんて俺らしくない。
普段は使いもしない左脳をフル回転させて。
馬鹿の俺は抗う術を模索し導き出す。
そして機転を利かせてすぐに動きだした。
「そりゃあ、美しい人に限って怪しい部分があるだろ。もしかしたら魅了して相手を操る魔法だってあるかもしれないだろ。だからこの聴取は必要な事だったんだよ」
勿論するのは言い訳だ。
虚言を弄しての必死の弁明。
さながら詐欺師の如く巧みな言葉攻めで。
彼女の説得を試みる。
まあ、しかし、確かに今回ばかりは流石に言い訳が立たない位は承知しているさ。
現場を押さえられてしまい。
挙句の果てには確かな証言まで聞かれたのだ。
だから俺だってそこまで愚かでは無い。
けれども……少しはごまかせるかもしれない。
ある程度減刑されるかもしれない。
十分の一? 百分の一?
千分の一? 一万分の一?
そんな極微小な可能性にすがる事を決め。
こうして懸命に口を動かした。
今日を生き抜くために。
後……秘策もあった事だし。
「まあ、確かにお前の嫌う破廉恥な内容も含まれていたかもしれない。そこは俺が悪いと思っている。だが情報の集め方は人それぞれだ。そうだろう? 結局は相手から役立つ情報をどれだけ引き出せるかだろ。……だからこういう質問のやり方しか無かったんだよ。でもお前の気分を害したというなら素直に謝る、ごめんなさい。ほら、この通りだ……」
そう、これだ!
それこそ俺の今発した発言だ。
ただ頭ごなしにこちらの理を押し通して。
一方的な弁明をするのではなく。
俺自身が一応、今回の論争の中で。
しっかりと【罪の意識を認知している】事。
この反省の意を織り交ぜる。
冷静な言葉遣いこそ重要だったのだ。
加えて、この頭を下げる行為も重要な点だ。
(勝ったな……俺は生き残った)
よって、こんな言動を並べられたなら、いくらトサカに来ている彼女でも情が湧くだろう。
きっとお説教位で済ませてくれるだろう。
そうなれば、俺の勝ちだ。
多少の痛みを被る結果にはなるだろうが、所詮そこまでで、僅かでも被害を抑えられれば充分だ。
(流石、俺だ。逃げ口上に関しては負けないぜ)
まるで自軍の全滅を事前に予見し。
いよいよとなれば被害を抑えるべく。
逃げに徹する軍師の様な頭のキレ。
まったく自分でもやりきった感があるぜ。
後はこの波に乗って有耶無耶にしちまえば……。
「で、遺言は?」
全然ダメだった。
彼女は聞く耳すら備えてなかった。
とても議論の余地など見いだせそうになかった。
何が秘策だよ、まったく。
いい加減な事ばかり考えやがって。
ふざけるのも大概にしろよって話だよ。
誰がこれから処理される家畜の命乞いに耳を傾けるんだよ?
ほらほら、俺よ。
自分の眼ん玉ひん剥いて、よく見てみな。
眼前の『執行人』の姿をよ。
彼女は俺の言い分を聞いてくれそうか?
(うん……無理だな!)
あの生気の片鱗も感じない冷たい瞳は処刑方法を模索している目だ。
既に俺を生物とは思っていない目だぜ。
もう……どうしようもなかったんだ。
「ええっと……その、優しくお願いします……せめて一撃で。一発の痛みだけでお願いします」
「大丈夫よ、一撃で済ませるから。安心して」
「ああ、そうですか……」
そうして……結局俺は。
「うぎゃああああああ!?」
キツイお灸を据えられる羽目になったのだった。
一応、温情で杖の刃にぶった切られずに。
ビンタ一発で済みはしたが……。
「あぶっ!? うぶっ!? おぶっ!?」
水きりした石の如く。
何度も地面を跳ねながら。
その罰を受け入れたのだった……。
……とまあ、ともあれ。
こんな茶番を挟みつつも。
「さあ、行くわよコモリ」
「は……はい……行きましょう、アナスタシア様」
とりあえず何とか区切りはついた。
粛清された俺は頬にまた酷い痛みを覚えつつ、執行人に連れられる形でプルミエルから退散。
復興の期間含めて半月以上の日数を過ごした最初の町から退いたのだ。
こうして冒険の中でプルミエルを攻略した俺達は、町長から推奨された次の目的地へ。
美しい占い師がいるという。
新たな地方『フォレスタ』目指して。
多くの地を巡る旅が再開されるのだった。