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1-10.変態は守護者様と話をしました

細分化前タイトル

『もうボス戦かよ』

初掲載 2018/07/29

細分化前の投稿文字数 22624文字

細分化 2018/09/24


 ……僕は解放された。

 二人の勇気ある者によって。

 闇の奥から引き上げられる様に。

 自我を取り戻し、姿も元に戻る事が出来た。


「本当に助かったよ。君達が来てくれなかったらもっと酷い事になっていただろう」


 金の髪をした可愛らしい少女が放ってくれた。

 聖なる力帯びた魔法によって湖は浄化。


 そして、それは同時に。

 僕の魂から邪気を取っ払ってくれた。


 だから怪物から戻った僕はこのいつもの。

 幼い少年の姿へと戻り、話せている。

 強力な浄化のおかげだった事もあり。

 非常に清々しい気持ちで。


「はい、私達も貴方を救う事が出来て良かったです」


 そしてそんな開放感に溢れる中で。

 僕は湖を覆う木に体をもたれかけ。

 その二人と触れ合う事にした。

 肩を並べて座り、友人の様にして。

 気兼ねする事無く話していた。


「この湖も綺麗になったし、何と礼を言えば良い事やら」

「いえ、私達が勝手に出しゃばった事です。あまり気にしないでください」


 そう僕に告げたのは。

 実に温かい、僕が好む聖なる力を持つ少女で。

 湖の浄化をしてくれた大恩人という事もあり。

 まだ会って間もないが信頼も出来た。


 だから、会話も弾んだのかもしれない。


 けれども……。

 そう話をする最中。


「貴方はこの湖の妖精か何かなのか? 噂じゃあ守り神って聞いたけど」


 なるべく意識して避けていた存在。

 悔しいが恩はしっかりと感じている。

 それに何故か心の奥の声まで聞いたというじゃないか。

 絆を深めた者や聖なる者でもない限り、そんな事はありえない。

 だからこそ悪い奴では無いと分かっていた筈。

 けれど……、それでも……、僕は避けていた。

 それでも彼は尋ねてきた。

 右側に座っていた小さな悪魔が尋ねてきたのだ。


(…………………………)


 僕はモンスターを嫌う。

 これは以前から全く変わらない。

 理由はごく単純、殺意などの邪気を発する者が多いからだ。

 それもよりによって悪魔だ。

 はっきり言って口を聞きたくも無い。

 だが……。


「惜しい、でもそれに近いね。守護者だよ、僕は。今はこんな少年の身なりをしているけど。人々が暮らす前からずっと長い間に渡ってこの湖の守護を務めているのさ」


 我ながら不思議だった。

 なんと答えてしまった。

 僕はハッキリ言って頑固だ。

 いくら恩人とはいえこんなモンスターと言葉を交わすのは嫌。

 けれども、どうした事か。


「へぇ、でもまさか怪物の正体が守護者様だったとは」

「悪い奴にかどわかされてね……」


 気が付けば平然と会話をしていた。


「もし守護者様が良かったら事情を聞かせて貰っていいか?」

「ああ、君が望むなら。でも本当に情けない話だから、がっくりしないでくれよ」


 まるで森の家族と話をするように。

 気が合い、信用した者へ語る様に。

 僕はペラペラと話してしまった。

 自分の恥である今回の発端までも。



「……それで去ろうとした黒ローブの奴は僕に問いかけたんだ。『ここ数年でお前を信仰し、感謝する人間を見たか?』ってね。僕は答えられなかった。すると奴はその隙を付いてきたんだ」


「どうなったんだ?」


「すると奴はこう諭して来た。『そうだ、お前を信仰する者などもういない。何故なら人とは薄情な生き物だ。初めは恵みに感謝した素振りを見せるが、じきにその有難みを忘れる。それが日常となり恵まれる事が当然と考えるからだ。そしてついにはその恵みをくれた恩人などとうに忘れ、己の欲望に利用する。まさにお前の嫌う邪悪そのものではないか?』ってね」



 だからいつの間にか。

 僕は少女だけでは無く。

 その隣でいた悪魔にも寄り添って発言していた。

 しかし、自分がそんな行動に及んだ事について。

 何となくではあったけど、納得もしていた。


「痛い所を突かれたって自分でも思うよ。別に貢物が欲しいなんてがめつい事を言うつもりはないよ。でも僕は確かにあの町で生活する人々からの感謝を望んでいた。もっと言えば、僕の守っているこの湖が彼らにとってどれだけの助けになっているか知りたかったんだ」


 何故だかさっぱり分からないけど。

 この小悪魔からは。

 モンスター特有の邪気を感じなかったんだ。


 それこそ……僕を怪物にした。

 あの骸骨神官の様な苛立ちを覚える気配も。


 …………普通はあり得ない。

 モンスターは古来より邪悪より生まれ出でた存在。

 つまり邪気の吹き溜まりとも呼べる者。

 けれども、彼からは感じなかった。


「それで奴はその心の隙を突いて、鷲掴みにするように言ったんだ。『ならば、お前の手で湖を穢してみよ。さすれば人間達も実感するだろう。自分たちの育んできた幸せな日常は優しい守護者様が保ってくれていたのだと痛感し、泣いて信仰する様になるぞ』って」


 まるで『あの時』の様に……。

 話すだけで気が紛れる。

 話し好きな僕にとって癒される。


「それで、聞き入れてしまったのさ……。それで目覚めたら怪物になって湖を汚していた。慌てて水流を止める為に僕は動いたけれど、全てが遅かった。全く守護者失格さ」


 だから最後まで話してしまったのだろう。

 途中で口を挟まずに聞き届けてくれた悪魔へ。

 信用とも呼べる感情すら抱いて。


「……なるほどな、そんな事が」


 そうやって事の発端を話し終えた後。

 僕の発言に彼は数回軽く頷いた。


 さて……どんな言葉を浴びせてくるのか。

 守護すべき場所を自ら破壊する醜態を晒して。

 どんな非難を浴びせてくるのだろうか。

 僕は彼の続けざまに口にする言葉に耳を傾けた。


「でも何処が失格なんだ? 確かに貴方は水を自分で汚して化け物になった。でもすぐに過ちに気が付いた。それで被害を食い止める為に水路を塞いだんだろ。怪物に身を変えても、懸命にその責任を全うしようと踏ん張ったんだ。そんなの並大抵の奴が出来るはずが無い。本当にこの地を愛していないとな、そうだろ?」

「!?」


 瞬間、思わず私はドキリとした。

 彼の向けてくれた気遣いの言葉に。

 人間が持つという恋愛の感情とは違う気がする。

 けれど、温かく心地よい言葉。

 あまり認めたくはないが、多分僕は……この。

 この悪魔に信頼を抱きつつあったんだろう。


 だからこそ、私の真意をしっかりと。

 そこまで理解してくれる者の返事に対して。 


「ハハハ、実に不思議な悪魔だ、君は。とても私が嫌うモンスターとは思えない」


 そう笑って返した。

 僕が認識する欲深い人間なら文句の一つでも言うだろう。

 生活が滅茶苦茶になったとか。

 自分達の生活を返してほしいとか。

 僕の軽率な行動の結果、魔物に惑わされた。

 だから被害を受けた彼らの言い分は最もだ。


「……僕の真意を知ってくれて嬉しいよ、ありがとう」


 だが、責められる事は無かった。

 それどころか称賛を浴びせてくれた。

 敵意を見せ攻撃までしてしまった僕へ。

 だからつい彼へお礼までも告げた。


「へへへ、守護者様からありがとうって言われたぜ。アナスタシア、凄いだろ」

「そう、良かった。じゃあもう思い残す事は無いわね。この湖で浄化してもらいましょう」

「何っ!? だからアレは事故だったって散々説明しただろ。っていうかやっぱ気にしてたんだな!? まあ、でも本当に柔らかくて大層気持ちよかったです、ご馳走様!」

「ぐっ……今、私が引導を渡しあげる!」


 僕の言葉が原因ではないと信じたいが。


(ふっ、なんて元気な人間達なんだろうか)


 そんな騒がしくも駆けまわるその姿を見て、笑ってしまった。

 まるで子供の喧嘩の様に無邪気な二人の様子に微笑んだ。

 なんと仲が良い事だろうか。


「ほらほら、未来の勇者様がそんなに攻撃外してどうするの? 当ててみろよ」

「貴方だってそんなに逃げ回っていて、どんだ腰抜けね」

「何だと!?」

「何よ!?」


 こうして互いにいがみ合っても怒りを感じない。

 久しく人間を見ていなかったからかとても愉快だ。

 顔を真っ赤にして悪魔を追う聖なる力を持った少女。

 逆に彼女を振り回す杖をひょいひょいと軽い身のこなしで躱す悪魔。

 まるで聖と邪、光と闇。

 互いに相反しながらも絆を持つ彼らを傍観するのは実に心地よかった。


 と、そう心安らぐ時を過ごす中だった。



「あ、アンタ達……どうして」



 僕の湖へ新たな客が訪れる。

 今度は片手に槍を持った男性だ。

 髪の薄い、老けた男性がやって来たのだ。


「あっ! 宿屋の親父さんじゃねぇか。なんでここに!?」

「えっ!? あっ、本当だわ。違うんです、これには事情が…」


 すると、楽しい喧嘩が彼の登場で止んでしまった。

 勇者と名乗る少女と悪魔の動きを止められた。


 …………知り合いなのだろうか?

 と、そう僕が尋ねようとした矢先。


「い……いたのか……」


 ふと気が付くと。


「?」


 彼は私を見ていた。

 必死に弁明する様子を見せる二人では無く。


「……まさか本当に……守り神様が」


 目を見開き、驚いた様子で。

 どうやら話も聞かれていたらしい。

 けれども、そうした中で僕側にも再び不思議な事が起こる。


「あれ? ……もしかして……君は……」


 僕もまた彼の姿を見て驚き、感じ取る。


 懐かしく、それでいてまだ残る記憶の中から。

 思い出し、蘇らせ、照らし合わせる。

 『ある人物』の面影を。


 だから……思わずこう聞いてみた。

 我ながら聞かずにはいられなかった。



「……君は『あの時の子供』……なのかい? ずっとこの湖へ遊びに来てくれていた……」

「なっ!? ……なんで俺を、俺の事を? ……『ここ何十年』も来ていなかったのに」



 確かに随分と風貌は変わっていた。

 僕が最後に彼を見た時は何十年前。


 そう……過去によく僕の元へ来てくれていた物好きの人間だ。


 僕が堕ちてしまった原因でもあった感謝の念。

 多くの住民がそれを意識しなくなった中でも。

 彼は……いや彼の一族だけは時折顔を見せに来てくれていたのだ。


 そして僕は答えた。


 風貌が変わってもなお何故、彼があの時の子供かを判断出来たかを。

 当然といえば当然かもしれないその事実を。



「ああ、分かるさ……君はお父さんによく似ているんだ。僕は知っている。君が生まれた時も君の家族は全員で僕の元へ来て、いつも見守ってくれてありがとうと、感謝を何度も向けてくれた。それからもお母さんによく連れられてきた事も、少年になっても青年になっても友人達を連れて自慢げに話していた事も。一人で来た事も、全部知っているさ。だから覚えている」



 顔や身長は変わっても、血筋も本人の雰囲気はずっと変わらない。

 本当によく似ていたのだ。


 顔こそ厳しそうな男性だったが。

 実は子供思いの真っ直ぐな父親に。


 それに僕は姿を見せなかったが。

 は何度も何度もここへ来ては賑わせてくれた。

 たまに多くの人を連れてきて。

 自慢げに僕の守っているこの湖の大切さを伝えてくれた。

 だからこそ、記憶にしっかりと刻まれていたんだ。


「そうか……やっぱり俺達はアンタに守られていたんだな。ずっとずっと……」


 対して場に立ち尽くしたまま、彼は言葉をそう口にした。

 堪えきれなくなったのか、涙を数滴瞳から流しながら。

 大人らしく、声は荒げる事無く静かに。

 自分ながら動物以外に姿を明かさなかったのは卑怯だと今更ながら思う。

 けれども、人は神や守護者という特殊な存在が実在すると知れば、それに依存してしまうと考え、僕はあくまでも見守り傍観するだけの立ち位置を維持していたのだ。


「…………ありがとう……本当にありがとう……俺をここまで育ててくれてありがとう……。俺達の町もずっとずっと守ってきてくれてありがとう……」


 彼の言葉に僕はまた安らぎ。

 癒され、胸の奥が再び熱くなる。

 その向けてくれた感謝が光となって。

 僕の中へ入るような気すらもした。


 久しく忘れていた。

 人が向けてくれる優しさを思い出させてくれた。



「さあ……もう帰るといい。こうして僕の湖は救われた。これから君は君の出来る事を。そこの二人から聞いたよ。水が元に戻ったのならすぐに町の復興準備をするんだ。いいね? もう僕の事は忘れるといい。僕と君達人間では住める世界も違うしね」



 と、嬉しかったんだが……。

 あまり慣れ合いすぎるのも気が進まない。

 守護者としてでは無い。

 どの道、僕が出来る事は依然として変わらないからだ。


 僕には湖の守護だけしか出来ず。

 他に何かを望まれてもそれ以外は出来ない。

 だから少し距離を置くようにして。

 そう冷たく忘れる様に促した。


「ま、待ってくれ! だが、それじゃあ今までアンタをないがしろにしてきた俺の気が収まらねぇ。何か望む物を言ってくれ! それを俺が全力で叶える!」


 ……本当にどこまでも。

 恩を忘れない生真面目な男性だと思う。

 どうやら世代を超えても変わらないようだ。

 風貌だけでなく、性格まで引き継がれているらしい。

 乳飲み子だった頃から。

 成長していくまで何度も見てきた彼らしい言動。


(全く……恩を忘れない人間ってどこまで真っ直ぐなんだろうか)


 だから……何もいらないといっても。

 恐らく……彼は引かないだろう。


 よって、僕はすぐに素直な返答を告げた。

 僕にとって大切だったものを。

 そしてこれからも望む物を。

 こちらの返事を待つ彼へ告げた。


「残念だけど、一番欲しい物はね……もう『貰ったのさ』。君から受け取った。純粋な感謝の心を。だから後は君の町が再び栄えていく様子さえ分かれば、僕も守りがいがあるんだ。僕が守る事で誰かが喜んでいる。守護者としてはそれだけで充分なんだ。だから頼んだよ……親友」


 唯一の人間の親友へとそう向けたのだった。



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