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1-9.変態は初めてボスキャラと戦いました※挿絵有り

細分化前タイトル

『もうボス戦かよ』

初掲載 2018/07/29

細分化前の投稿文字数 22624文字

細分化 2018/09/24



「ゼェゼェ……くそ…………」

「…………強いわね……」


 ……俺達は苦戦を強いられていた。

 昨日親父さんが言っていた情報通り。


 初見となる毒素を持つ厄介な敵達との戦いを交えつつ。

 どうにか輪上に広がる林を抜けた先にある件の湖に俺達はたどり着いた。


 だが……流石は異変の元凶だけあり。

 付近の草木は色を失って枯れてるか、或いは青や紫という異様な色に変色。

 その本体となる湖はヘドロか何かと誤解する程に腐蝕。

 緑に黒を混ぜたみたいにどす黒く濁っていやがった。


「これでも食らいやがれ!」


 そんな見るのも不快な場所こそ。

 今俺達が攻撃を交える戦場だった。


 それも既に何度も攻撃が行き交い時が経過する中。

 対峙するはこの湖を汚し根城にするモンスター。


「グルルルル……」


 下流へと水を流す水路を塞ぎ、今も低い唸り声をあげているボスだ。


(くそ……まさか、こんなヤバそうな奴だったとは思っても見なかった)


 その姿はまさに井戸から這い出た魔物。

 下半身はその苔塗れの古井戸で隠し、どんな形状なのかの確認は出来ない。


(流石ボスだ。さっきまでの毒のスライムとか、木に化けた擬態野郎とはビジュアルが違う)


 対して、露わになっている上半身についてだが。

 これはどちらかと言えば半魚人に近い。


 足が尾ひれとなっている人魚とは逆で。

 ゲームで例えるならサハギンか。

 マ―マンとでも言えるだろうか。


 さらに詳しく言えば、こう。

 紫色の毒々しい同色の鱗に包まれた肉体。

 頭部から背中まで届く魚らしいヒレ。

 揃った大きさの角が二本の対になって生えているという奴だった。


「グガア!」


「来るぞ! 避けろ!」

「分かったわ!」


 続いてその攻撃についてだが。

 その太い腕による振り回し攻撃や。

 

「ぐっ! 畜生……少しかすったか」


 今、俺が食らってしまった。

 鋭利さを持ったヒレを生かした引っ掻き攻撃という。

 その筋肉質な見た目に違わぬ、単純で力任せの攻撃。


「コモリ、大丈夫!? さあ回復の薬よ、すぐに飲んで!」

「かすり傷だから大丈夫だ……。それにもう数が少ない。大切に残しておくんだ」


 加えて速度については。

 その体格の大きさが影響し鈍重で遅い。


「……攻撃の時は避けるのに徹した方が良いな」

「そうね……まだ見切れる早さだものね」


 対してこちらは身軽な組み合わせであり。

 練習と戦闘経験のおかげかそれなりに空を舞え動けるまでに成長した俺。

 対して同じく戦闘を経て、攻撃の躱し方も上達してきたアナスタシア。


 例えるなら身動きの取れない重戦車と歩兵。

 それもキャタピラは破壊され、足を失っている戦車だ。


 さらに言えば……その残された攻撃手段である主砲も。

 動きの遅さが災いして、攻撃が読まれる。

 下半身の制約で動けず、攻撃も当たらないという。


 戦況としてはまさに絶好のチャンスであり。

 形勢は有利の筈だったのだが……。


「ゼェゼェ、それよりどうだ、アナスタシア。攻撃効いてる?」

「ハァハァ、全然よ……魔法だって効果が出ているとは思えない。物理だって同じよ」


 俺達はいつしか苦戦していた。

 こうして息を切らし、傷も負い始めていたんだ。


 それこそ初めこそ素早さに物を言わせ。

 怒涛の攻撃を叩きこんでいた。


 俺は飛びかかる勢いのまま、棍棒で何度もその硬い鱗めがけて殴り掛かる。

 そして相棒アナスタシアは攻撃魔法を挟みつつ、魔力を込めたその杖による攻撃。


 それも単に殴るのではなく。

 先端に備わった宝玉に魔法を込めて出る光の刃。

 それをまるで薙刀の様に振るい斬りかかっていた。


「くそ……」


 けれども俺達二人は今ではこうして。

 敵の手から逃れるように離れて会話していた。


 別に攻撃を外してまくっている事ではない。

 むしろ動きがとろく、『その場から』動かない。

 それこそ……海上で錨に固定された船の如く。

 井戸からはみ出ている上半身は動かしても、その井戸自体は決して動かさない。


 あくまで水の流れを妨害する為に水路に留まっていた事で全て命中していた。


「それに弱っているようには見えないわ……どうなっているの」

「分からん……でも、攻撃の回数では何倍も当ててるのにな」


 だが……戦闘が始まり攻撃が飛び交い始め。

 時間が次々と流れる中で俺はこちらが劣勢だと薄々感じ始めていた。


 まだ倒せたここまでの雑魚とは違い。

 コイツは……この怪物は強いと。


 ゲーム、特にRPGでボスと戦う時。

 まさに今の様な状況が同じとも言えるが。

 これが例えとして当てはめやすい。


「随分と攻撃を当てているんだぞ。そろそろ倒れても良いだろう……」


 ……もうハッキリ述べようか。

 それこそボス特有のとんでもない耐久力だった。


 物語の起承転結の内。

 転の辺りで立ち塞がるボスという位置のキャラ。

 話の盛り上がる部分に該当する為に強く設定される事が多く体力も高い。


 映画とかでも同じであり。

 特に海外のヒーロー物であればよく分かりやすい。

 ワンシーンで敗北する様な黒幕の腰巾着では無く。

 異常な耐久で主人公を追い込む奴に該当する強敵だ。


 ……要するにタフだったのだ、それも尋常ではない位に。


「ハア……ハア……攻撃が弱すぎるのかしら」

「いや、さっきお前の斬り付ける攻撃が当たった時は苦しんでいた。だから効いてる筈だ」

挿絵(By みてみん)



 だからこそ……信じたかった。

 タフながらも俺達の攻撃は傷を負わせていると。

 そう……信じたかった。


 しかし、相手はそんな俺達の願いなど意にも返さず。

 自身に接近してくる俺達へ容赦なく攻撃を仕掛ける。


(さすがは怪物だ。一筋縄ではいかないか)


 加えてスタミナだって怪物だけあり差があった。

 だからこそ、こっちは慣れない長時間の戦いで疲弊し、動きが鈍くなって来れば……。


「コモリ……さっきの傷から血が――」

「大丈夫だ。回復薬はお前がいざという時に使え」


 速度で勝っていた強みを失えば負傷。

 情けないが反応が遅れてしまい、攻撃も受けてしまう羽目になる。


(くそっ、いてぇ……相手は殆ど動いていないってのに)


 ……傷を負った際は強がりをみせたものの。

 ヒレの鋭い攻撃を受けた背中が痛みだす。


 奴の指と指の間に生えたあの鋭いヒレに斬られた傷が。

 ガラスの破片や新しい紙でスパッと切れたようにじわじわと痛んでくる。


「ガルルルルルル…………」

「くそ……あっちは息も切れてないな」


 俺が傷口を押さえ、距離を開けているこの間。

 井戸魚人はギリギリと見せる牙を鳴らして。

 ずっと、こちらを睨み続ける。


 テリトリーへ入ってこさせない威嚇みたいな。

 自然界における動物の様に侵入すれば反撃。

 只では済まさない事を示しているように思える。


「にしても……変わった怪物ね。離れたら攻撃してこないなんて」

「ああ、あの町の兵士も死者が出なかったのは早々に退却したからなのかもな」


 だが、逆にその部分。

 『そこ』がラッキーでもあった。

 俺達が『まだ』負けていないのだ。


 疲れが見える長時間の戦闘により。

 相手の方が有利に転じつつある現状であっても。


 こちらから攻撃を当てても崩れずに。

 一番すばしっこい俺の動きをついに捉え、一撃を当ててきた。

 アナスタシアだって大きな傷は負ってないが、所々に切り傷が見えていても。

 いくら、飲めば治癒力の上がる回復薬があるとはいえ、数が限られる時点で乱用も出来ないという中であっても……


「グルル……ガルルル……」


 まだ俺は往生際悪く生きている。

 こんなボロボロでヘロヘロの。

 負け確定状態でもだ。



 けれども……。



(? だが……何故だ?)


 それこそ初めは自分たちが見つけたパターンだと思い上がった。

 ヤバくなったら、一旦離れて回復や休息を挟めると。

 ボス的との戦いの筈なのに。


 逃走可能・・・・で。

 戦闘回避・・・・が通用すると。


(何だかおかしい……なんだろう)


 攻撃中は倒す事にのみ集中していた。

 無論、こいつを倒す為に来たのだから。


 だが、こうして戦闘が進行し傷を受け始め。

 小休止を入れ脳が冷静さを取り戻すと……。


(なんで止めに来ないんだ……)


 一度距離を置けば、相手の必ず取る行動は威嚇のみ。

 例外は一切無い。


 こちらが怒涛の攻撃を繰り広げようと。

 また、どれだけ相手側が優勢であっても。

 敵への接近を止めて、距離を開けた途端に。


 絶対に、必ず、百パーセント止める。


(?)


 ……明らかにおかしかった。

 プログラムでローテーションを組まれている訳がないんだぞ。

 まして創作品に身を置いているのではない。

 俺達がいるのは雰囲気こそそれだが……。

 確かに痛みなど実在する現実・・に俺はいる。


(何か……動けない事情があるのか?)


 だからこそ……。

 少し捻って考えてみた。


 敵の動きを把握したという自惚れから。

 不可解という疑念へと考えをシフトし。


 我ながらゲームのやりすぎで頭が鈍っていたと恥じつつ。

 こちらを凝視し、敵意を向けてはいるが。

 決して追撃をしない奴へ……疑問を抱く。


「………………」

「コモリ、大丈夫?」


 すると俺が急に黙り込んだ事で心配したのか。

 隣でそう優しく声をかけてくれるアナスタシア。


「……心配かけて悪いな。大丈夫だ、でも一旦この場で待機だ。下手に攻撃はするなよ」

「何か、策があるの?」

「今考えてみる。それまでは手を出さない方が良い」


 ……いくら美少女大好きの俺だって。

 彼女の傷つく姿を黙って見ていられる程歪んじゃいない。

 だからこそ俺は彼女を安心させるために。

 勝手に突っ走って大怪我を負わないよう返事した。


(………………)


 そして……没頭した。

 ひたすらに考えた。

 インテリキャラを演じたい訳では無いが。

 目を瞑り、口元に手を当てて黙考してみる。


 普通に考えるならこんな攻守が常に入れ替わる。

 忙しない戦闘ならこうも呑気している暇はないが。


 今は状況が状況。

 相手は威嚇のみで追撃も何もしない。

 こちら側も攻撃を仕掛けない、攻撃が飛び交わないという戦場では異様な光景。

 だからこそ時間の余裕があった。


(…………………………)


 長考が許される。

 対抗策を練る思考の時間に猶予が与えられる。


「……………………癒しの力を……」


 隣でアナスタシアは回復魔法を使っているのか。

 その暖かさを感じながらも……俺は自分の世界へ入り込んでいった……。

 それこそ眠り、深い夢へ落ちていく様に。

 情報を整理しつつ、意識の奥へ奥へと。


 そうして戦いで熱くなり。

 上昇していた体温が下がる中で考えた。


 すると……。



【助けてくれ! 助けてくれ!】



(!?)


 集中力が深まる最中に聞こえてきた。


【もう僕は限界だ……お願いだ!】


 少年の声が。

 それも聞き覚えのある声。


(まさか……。いや、間違いない。あの夢の声だ!)


 深い暗闇の中で、他に邪魔が入らない孤独の空間で聞いたから鮮明に記憶している。

 声以外の刺激が何も無かったからこそ分かった。


【これ以上は……誰か……誰か】


 さらに、それは近かった。

 もう、すぐ傍で助けを求めていた。


(でも、なんで今頃?)


 確かに聞こえた。

 しかし、何故だ?

 なんで今頃になって聞こえるんだ?


(?????)


 何か重要な暗示なのか?

 この声が一体何を意味するのか?


 そう思考を重ねつつ俺は答えを探してみた。

 必要が無いと判断したら目を開いて。

 考えをリセットする為にも。


 すると…………。

 その答えはあっけなく返ってきた。

 それは声の主がくれたのだった。


【僕はこの湖を守る存在なんだ! 誰でも良いんだ! 助けてくれ! もうこんな僕ではもう湖を守れそうにない! 自我も薄れてきた……誰だって良い! ここの水を、この湖を浄化してくれ! それしか……それしか皆を救えないんだ。守れないんだ!】と。


「ハッ!?」


 俺は起きた。

 意識を戻して来た。

 巡る思考の渦、謎めいた夢の中から現実へ。

 そうして即座に確認した。


(ま……まさか)

「コモリ?」


 首を何度も左右に動かし、慌てて景色を見渡す俺。

 後ろから唐突な俺の挙動を怪しむ声が聞こえる。

 それでも、俺は今一度戦場の様子延いては怪物の様子をよくよく見直した。


 攻撃が来ない離れた位置から。

 こちらの行動に警戒し、監視されつつも。

 俺はじっと怪物の姿を見て、遂には『モノクル』までも取出して見た。


(そうか……やっぱり……なるほどな)


 すると気がついた……。

 推測が解へと変わりつつある事に。

 散らばっていた複数のパズルピースから、次第に一枚の絵が浮かぶように。


「アナスタシア……よく聞いてくれ――」


 俺は説明した。

 一応は憶測で物を言っているせいで完全な正解では無い。

 もしかすれば何処かずれているかもしれない。

 けれども、俺の考えでは限りなく正解に近い。

 俺の解釈、そしてこの場の光景との整合性を。



「そんな……じゃあ……私達が戦っていたのは……」


「ああ、そうさ。俺達も宿屋の親父さんも誤解をしていたんだ。でも。もう俺達に『戦う意味は無いんだ』、もうこれ以上互いを傷つける事は無い。誤解は解けたんだ。だから、アナスタシア。力一杯の浄化魔法を頼むぜ。あの町を、そしてここを救ってあげよう」

「ええ、分かったわ。この魔法を最後にしましょう」



 すると彼女も納得してくれた。

 きっと彼女だって同じだっただろう。

 恐らく煮え切れない違和感を持っていたに違いない。


 でも、そこへ答えらしき物が組まれる事で疑いの糸は解けた。

 余分な糸が消滅し、現在の手元には真実の糸だけが残った。

 だからあれこれと聞く事なく、解決策に素直に乗り行動に移る。


 これ以上、『彼』と攻撃を交えずに戦いを終わらせる方法へ。

 別に大ダメージを与える最強の呪文を使ったりせず終焉へ向かうように、


「そうだ、初めから俺達は間違っていたんだ」


 俺達はもう怪物へは近づかなかった。

 代わりに湖へと寄った。

 この汚れ、穢れ、濁りきった水が溜まる澱んだ湖へ。

 僅かながら鼻に来るキツイ臭いも発する場所へ。


「安心してくれ。今、救ってやるぜ。」


 一つ情報を思い出したのだ。

 さして気にしていなかったとある話を。


「天の力よ、この聖なる力を我が元へ!」

「グルル…………………………」


 すると、俺の考えを決定づける様に動かなかった。

 俺達が戦いを放棄して、湖へ焦点を合わせても。


 怪物は……動かずに只々見ていた。

 俺の隣でアナスタシアが湖を浄化しようと詠唱しても。

 ずっと変わらずに『彼』は水路に留まっていた。

 妨害する意思など全く見せずに。


 いや、それだけでは無かった。


「………アア…アリ……ガトウ……」


 唸り声をあげていた威嚇を止め、笑っていたのだ。

 そんな喉から絞り出した様な深く。

 ぎこちない声ながらも。


 礼の言葉を俺達へ向けてくれた。


「ああ、もう苦しむ必要はなくなるぜ」


 俺達の大きな誤解。


 それは『突如湖に怪物が現れ、湖を荒らし水も止めた』。

 と、そう認識を誤った事だった。


 まあ今まで見た事の無い怪物が現れたら、確かにそう思いたくもなるだろう。

 結果的に町の人々は水に困窮して、生活が立ち行かなくなったのだから。

 さらに死人こそは出なかったとはいえ、討伐しようと向かってきた兵士たちを返り討ちに。

 傍から見れば平和を崩す言葉の通じない怪物と思うだろう。


(でも、別の視点で考えてみたら全然違うじゃないか)


 そこで。

 ならば……どうして? と俺は考えてみた。


 何故、こいつは町へ侵攻しないのか?

 数日以上も経過しているとの事なのに。

 兵士も負かした、充分に恐れさせた。


 それなのに、どうして水路から動かない?

 なぜ、頑なに動こうとしないのか。

 それもなんでわざわざ水を止める事に。

 水路に留まる事に専念しているのかと。


 そうした色んな疑問が連なると。

 割と答えはあっさりと出た。

 親父さんの言っていた湖の言い伝えのおかげで。


(そうさ、こいつの正体は……)


 ……彼は『必死に止めていた』のだ。

 この穢れた湖の水が下流へ流れるのを。


 もし、こんな汚水が下流へ流れでもすれば。

 たちまち植物は次々と朽ち果て汚染されてしまう。


 そうなれば、もう手遅れだ。

 それこそ人の生活どころか周辺の生命が消えてしまう。

 加えて澱んだ気を含んでいる為に、恐らくモンスターも増え中には毒素を持つ者も出るだろう。

 ここの林で現れたような奴らと同種のモンスターが……。


 だからこそ。

 彼は『湖の守り神』として。

 最悪それだけは食い止めたかったのだろう。


 …………例え人々から攻撃を一斉に受けても。

 このせき止めを阻止されない様に手加減し追い返した。

 怪物という存在の内にある暴力性、凶暴性を抑え込み。

 彼もまた、その邪気と戦っていたんだと、


(そうか……アンタの正体は……)


 そう仮定すれば兵士たちの戦闘で死者が出ずに済んだ事。

 さらに近づかなければ戦わない事の辻褄が合う。


 まあ詰まる所、彼は怪物に身を変えても。

 この湖を守ろうとした【言い伝えの存在】だったんだ。


「さあ、アナスタシア。一発頼むぜ」

「ええ、任せて。今、溜めているところよ」


 それで俺が彼女へ合図を出した。

 現在の彼女が使える攻撃魔法の一つを出すように。

 輝く光球をぶつけ、敵を浄化するという言うなれば『光属性』の呪文を。

 濃い邪気で体を覆う者、毒を体内に溜めている敵などに効果覿面の技。


「少し待っててね、ここ一番の一撃にするから……」


 そう告げると彼女は杖の先に魔力を集中し蓄えていく。

 発生当初は握り拳程の大きさだった光の球を発生させて。


「ああ、楽にしてあげよう。彼がそう望んでるんだ」


 戦闘が始まって間も無い時は非常に効果が薄かった光の球の魔法攻撃を。

 雑魚敵とは違いボスらしく丈夫な体だったからなのか……。


 それとも怪物とは言え、元が『守り神という聖なる存在』だったからか。

 とにかく、敵の攻撃がもう来ないおかげで彼女は落ち着いて魔法を使用した。


「神より与えられた聖なる力よ、深き闇から魂を救いたまえ! 浄化魔法『パージ』!」


 彼女は特大の光球を発生させ、それを湖めがけて杖ごと振るった。


 俺は悪魔だからか、離れた場所にいても肌がピリピリする程の聖なる力の強大さ。

 そんな多くの魔力を注ぎこんだ渾身の一撃が杖先から落下する。


 まるで綿毛が風に乗ってユラユラと地面へ落ちていく様に。

 ゆっくりと、ゆっくりと湖の中へと落ちていく。

 効果がイマイチだった敵の胴体では無く。

 今度は湖を浄化する為に光は水面を揺らしながら水中へ浸った後。

 そのまま水面に飲み込まれていくと、やがて消えていった。


 そうすると……。


 カッ!


「うおっ!? まぶしっ!」


 眩い閃光を放つ音と同時に。

 湖は輝きに満たされた。

 太陽の光を反射する鏡の如く。

 反射的に目を瞑るまでに輝く光に。


「はっ? へっ? おいおい嘘だろ!」

「どう、見直したでしょ。でもここまですぐに影響が出るなんて、さすが全力で唱えただけはあるわね。おかげでもう魔力は空っぽだけど……」


 だからなのか……思わず度肝を抜かれた。

 浄化だから、じっくりと。

 ゆっくり変わるのかと思ったが真逆。


「もう浄化が始まってる!」


 変化は予想以上に早く。

 着水し、弾けた光がすぐに浄化を始めた。


 浄水機……いや身近で言えば鍋料理で言う。

 油が浮かんでくる灰汁抜きが近いかもしれない。


 湖に潜み、穢していた澱みが次々と。

 ボコ、ボコと浮かび上がってくる。


 聖なる力に屈服し我先にと。

 どんどんと汚れが這い出てくるのだ。


「すげぇ……これ写真に収めたら、絶対にインスタ映えするな」


 しかも、その汚れが消えていく。

 浮かび消滅していく光景が非常に綺麗だった。


 それこそ、もう見とれて。

 小一時間位無心でいられるほど。


 灰汁が浮いて来ると考えれば、綺麗なイメージは無く。

 どちらかといえば汚い感じだろう。


 そうとも、含まれていた澱みが。

 ヘドロが浮かんでくるのだから当然だ。


 浄化が始まればそれこそ水面は灰汁塗れ。

 折角湖を包んでくれた光を覆う程の。

 ドロドロが浮かんでくるかと思いすらした。


 けれども。


「…………泡だ……泡になっていく」


 そう、浮かんできた澱みはなんと泡へ変化。

 金に輝くシャボン玉へと形を即座に変えて。

 俺の視界を煌めかせたんだ。


 ……それも次から次へと浮かんできては。

 金色に輝いた後に形を変え宙へと消える。


 実際には行った事が無いが。

 多分これは百万ドルの夜景以上だろう。


「ごめん……アナスタシア」

「どうしたの? いきなり」

「これ……最後まで見て行きたい」

「フフフ……分かったわ」


 だからこそ宝の山でも見つけたのかと。

 そう言わんばかりに、俺は最後まで見ていた。

 金の泡が消え、本来の湖の姿へと戻っていく。

 浄化が終わるその瞬間まで。


「………………目を離せないぜ……」


 ただ立ち尽くして。

 見守っていたんだった。


 …………こうして。

 初のボス戦を終えた俺達は事件を解決した。


 腐敗した汚水のたまり場から。

 悪魔の俺は飲めないが綺麗な湖へと。


 そして……怪物も同時に。


「アリガトウ…………ありがとう」


 光の中で。

 黄金の湖の中で。

 その姿を元の守り神へと変えていくのだった。


 ……ちなみに、俺が観察中にかざしたモノクルだが。

 夢の中で若干ながら繋がりを持った事で、ある程度まで正体へ行きついたからなのか。


 望んでいた詳細がこう映し出されていたのだ。

 それはまるで攻略本のキャラクター説明の一文の様に。


『モンスター名【イ・ド】湖を守っていた存在が異形と化した者』と。


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