1-8.変態が現場に向かう間に
細分化前タイトル
『もうボス戦かよ』
初掲載 2018/07/29
細分化前の投稿文字数 22624文字
細分化 2018/09/24
気が付けば昼を越えていた。
「ふう……これで一段落か……」
……我ながら損な役回りだと思う。
それを証拠に朝一から【最後の客】。
女の子と悪魔を強引に町から退去させた。
そしてそれついでに、今しがた。
町中で性懲りも無く蔓延っていた質の悪い商人も全て叩きだし。
その終わりにはというと…………。
「…………まさか、こんな辛いとはな……」
まだ……この町に残ってくれていた奴ら。
町思いの住人達へ退去の勧告も同時に終えた……。
まだこの町の事を愛していると、面と向かって言ってくれた住人を追い出そうとした。
だからこそ……俺は町長として失格だ。
最もこの町の存続。
住人を気遣うべき立ち位置だというのに。
だが……こればかりは……。
この強制退去の勧告だけは。
例え、罵倒を浴びせられようとも。
物を投げられようと行わなければならなかった。
自給自足の道が絶たれた以上。
食料の確保に苦悩し痩せる住民を放置は出来ない。
残念で悔しく心苦しいが、水というこの町繁栄の大元、生活に必須な物を失った。
町長に就任し、10年という月日を越えたこの時。
まだまだ現役として治めるべきこのプルミエルは死んだんだ。
だからこそ、ここから住民を離れさせなくてはならなかった。
最早これは町長としてではない。
共に町の繁栄を見て、育んでくれた。
家族同然の大切な『同志』を見捨ててはおけん。
それで……俺は。
住民達の【最後の望み】を聞き入れた後に。
「ふう……」
ここへ戻って来た。
祖父の代から引き継いだこの宿屋へと。
「……皆、この町を最後まで愛してくれていたんだな」
そしてカウンターの椅子に腰かけ思い返す。
住民達が口を揃え最後に願った事、それは……。
『今日だけ、これがここでの最後の願いです。この一日だけは町を廻らせてほしい。自分たちが育って来た町をもう一度巡り、長年の思い出を振り返って記憶に残し別の町へ移住したいのです』と。
聞いた途端、涙が出そうになった。
男泣きをしそうになっちまった。
別に早々と町へ見切りをつけ離れた人間を恨むわけじゃない。
だが、ここまで町を愛してくれる人の優しさに感動したのだ。
「さて……気まぐれで見て回るか」
そこで、俺は多分そんな住民達の思いにほだされたんだろう。
俺は以前まで予約も多く、賑わっていた宿屋の中を。
客商売に夢中でいつも奮闘していた日々で。
その内で忘れていたガキの頃の思い出に浸りつつ。
カウンターの席から立ち、宿内を見て回る事にした。
木で組まれた床の香りを感じ。
無人の客席などを目に移しながら……。
「懐かしい……確かここに刻んである目盛りは……」
まずは木の柱に刻まれた横線と俺の名前。
親父が俺の身長を測る時に使っていた柱だ。
十歳を超えるまで周期的に測ってくれていた。
身長が伸びた時はその調子でもっと食って、食って、食いまくってデカくなれ! 俺みたいに一人前の男に早くなれよと、自慢を交えながら励ましてくれていた。
「おお、これも……。喧嘩した時の跡だ。あの時はクソ痛かったな。手が割れるかと思った」
そうして次は柱から壁に目をやる。
これは酒癖が悪く非常識な客と喧嘩になった時だ。
避けられ空振りした拳が激突してしまい、まだヒビが残る食堂の壁の端。
自力で塗料を塗って補修したとはいえ、よくよく見るとまだ残っていたんだ。
「お、やっぱりまだここにあったか……今まですっかり忘れてた」
その様子は傍から見れば……老人。
独り言を呟く耄碌した野郎に見えた事だろう。
特に目的も定めずにフラフラと歩くこの姿を。
しかし、そんな誰も聞きもしない思い出を。
一人で口走りながらも俺は巡る。
「すっかり埃かぶっちまってやがる……」
今度は親父がまだキッチンの料理をしていた頃だ。
まだ手伝いで皿洗いをしていた頃に誤って割り。
棚の影に隠した二つに割れた皿達を今頃見つけた。
「あの日は飯抜きで死ぬかと思ったな」
……あの時は親父に隠していたが。
明らかに皿の枚数が足りない事で、結局その日中にすぐにばれてしまい大目玉。
こっぴどく叱られた後に倉庫へ一日放置された。
だが……後になって分かったんだが。
親父が怒っていた理由は皿を割った事では無く、
「あの時怒ったのは嘘をついた事だったんだよな、親父」
そんな埃塗れで汚れた半分の皿を眺めつつ。
俺は親父の性格を思い返す。
……昔から曲がった事や嘘が大嫌いだった。
超が付く程、馬鹿真面目な親父だったんだ。
だから……親父が俺を怒ったり理由はそこ。
隠蔽して免れんとした俺を許さなかったんだ。
「親父は今考えれば、本当にカッコいい男だった」
ずっと前に祖父と祖母が亡くなり。
少し前に親父もお袋も亡くなった。
だが、まだ青臭い若造の頃の俺は。
当時親なんか大嫌いな反抗期のクソガキで。
親など子の成長を妨げる枷だと思っていた。
「…………本当に良い親父だった」
けれども……。
ここまで歳を食い。
その年齢に近づいて実感できる。
真に……自分の親父は誠実な人間だったと。
誇れるような真面目な生き様だったと。
「よいしょっと、俺が食う分は……よし、これなら今日くらい何とかなりそうだな」
そうして俺はそんな記憶が蘇る。
このキッチンが妙に恋しくなり、愛用のロッキングチェアを運び。
残っていたパンやジャガイモなどの食料を確認して、腰を落ろす。
それで……まるで空でも眺める様に。
天井へ目をやって、また物思いに耽る。
(そうか……もう……俺はここから離れちまうのか)
……いざ町を離れるとなると、やはり恋しいものだ。
まして自分が生まれ、ここまでの生涯を共にした。
何不自由なく生き、こよなく愛してきた町だ。
いや……大元を辿るならば。
この宿屋を立てた祖父の時代まで遡れるだろう。
「確か話によると……ばあちゃんとジジィはこの町で宿を立て、子供にも恵まれたんだったな……」
昔話が好きだった祖父母から。
絵本代わりによく聞かされた出会いの話。
そこからの苦労話、楽しかった話。
本当に童話の様に毎日毎日聞かされていた。
「そしてその子供である親父はこの町でお袋と出会って、結ばれた後に俺が生まれたのか」
そして今度は親の世代。
これは……お袋から聞いた。
散歩や遊んでもらった時によく聞かされた。
もう二人共いないが、俺の頭には残っている。
「………………………………」
そう、鮮明にまだ覚えているんだ。
あの時の記憶が、思い出が。
「………………………」
まだまだしっかりと。
映像の……様に……。
「…………あ……れ?」
あっ、これはまずいな。
非常にまずいぞ……。
目頭が熱くなってきやがった……。
今更、本当に今更だったが。
無くした物が蘇ってきやがった。
町への執着心が熱を持ち始めてきやがった。
親子三代に渡ってこの町に世話になったという大恩が。
全てを忘れて、この町を離れようと非情になる。
そう決意した筈なのに俺の信念が揺らぎ始めた。
捨てた筈の町への情が……湧いてきたんだ。
「くそ……」
住民へ強引に退去を命じた手前情けなくなった。
そうだ……同じだったんだ。
俺も住民達と同じだったんだ。
今この町で最後の思い出作りに励んでいる住民と。
……どれだけ寂れても故郷は故郷なのだ。
「くそ……くそ……」
頭をもたげて、目元に雫が浮いて来る。
気がついてしまった、思い出してしまった。
俺もこの町が大好きだった事に。
生き生きとして、馬鹿ばかりしていたあの頃を。
…………いや、そんな中でも。
「…………そうだ……そういえば」
特に鮮明に蘇ったのはそれよりもずっと前だ。
若かったお袋が幼かった俺を背負って。
あの北の湖へ一緒に遊びに行った記憶で。
『自分たちを支えてくれる恵みに感謝して生きるのよ』と何度も教えられた事を。
「アレも思い出して来た……」
そうして……それを機に。
歯車が次々とかみ合う様に連想して記憶が蘇る。
(そういやガキの頃は信じていたんだよな。守り神の話、あの湖は神様が守ってくれているって絵空事を。疑いもせずに。よくよく考えてみれば、あり得ない事だけどな……)
お袋と共に訪れた以降。
暇があれば何度も何度も湖に遊びに行ったことを。
家族と一緒だったり、友人たちと一緒だったりと。
それでこの町はこんな凄い湖に助けて貰っていると。
一人自慢げに語っていた事を。
俺の手柄でもないにも拘らず、勝手に誇りにしていた悪ガキの時を。
…………終いには俺一人だけも。
そこに遊びに行っていた過去を。
「……………………」
くそったれ……。
気が付けば頬を伝ってきていやがった。
雫が、涙が、俺の瞳から零れ流れていた。
「ちくしょう……なんで今更」
思い出というのは卑怯だと改めて感じる。
あれほど、悩み苦渋の決断をしたというのに。
生きる為にこの地を捨てようと固めた筈なのに。
俺の信念は過去の自分によって揺るがされたんだ。
だからこそだったのだろう……。
「よし………………ならば」
そこで俺は選択した。
放棄という新しい一手を。
この諦めを捨てて次の手を試すべく動いた。
「まだ一日あるんだ……」
我ながら唐突な決意であったと思う。
しかし……よくよく考えれば。
その決意に正当性が生じてもくる。
この決断は誤りでは無い、正解だ。
正しいのだと。
「そうだ……当り前じゃねぇか。馬鹿か俺は。まだ見捨てられねぇ奴がいるじゃねぇか」
そう……真に大切なのは。
ここに住まう住民だけでは無いんだ。
この町を支えてくれたあの湖だって。
俺達を育ててくれた家族同然なんだ。
ならば性格上見捨てない。
見捨てられる訳がねぇんだ。
親の代を育ててくれた『恩人』を見捨てられない。
ここまで生かしてもらって、それを見捨てるなんて男のやる事じゃねぇ。
「……残っている住人達にもう一度輝きを見せてやる」
そう考えれば、俺は素早い。
ある程度自制しちゃあいるが。
一時頭に血が上れば即座に体を動かす。
「俺の部屋だな……」
腰を落ち着かせていたキッチンから離れ、自室に。
喧嘩で壊してしまい、結局親父が修復してくれた部屋のドアを開け中へ、
「さて……」
そこで今一度目の当たりにするは自室。
退去の為に荷物整理を済ませ、閑散とした部屋。
少し前までは派手に散らかり、ごちゃごちゃしていた部屋の中で、
「俺は俺の出来る事をやってやる。限界までこの町の為に……」
そう覚悟を決めた。
奴に……もう一度立ち向かってやると。
今回の騒動の発端であろう湖の怪物に。
最後くらい町を思う一人の漢として。
勇気を振り絞って戦ってやると。
「頼むぜ、相棒……」
そして俺は、何重にも布で覆っていた。
ドア横に置いていた細長い得物へ手を伸ばす。
父から貰った狩猟用の槍へ。
湖の戦いで切れ味が鈍り。
敗北後に研ぎ直し、威力の戻った武器を再び持ち。
「もう一度、俺と戦ってくれ!」
包み隠していた布を勢いよくはぐり。
決意のままに俺はそのまま宿を出ていった。
町の命運を握る一世一代の大勝負へ挑む為に。
先刻までの敗北の恐怖を拭い、俺は湖へと急ぐんだった!