1-5.変態は勇者を励ましました
細分化前タイトル
『ついに始まった冒険』
初掲載 2018/07/22
細分化前の投稿文字数 20673文字
細分化2018/09/24
「……ったく、あんまり町長の俺がよそ者に話をするのも気が進まないんだがな」
俺が町について尋ねた後。
追加の椅子を持って来て腰を落ち着かせた親父さん。
店主もとい町長であった彼はそう口にしつつも、
「んじゃ、一度しか言わないからよく聞いてくれよ」
話をしてくれた。
町の平和を脅かした水の異変……この『汚染』について。
「あれはほんの少し前の事だ。町の住民達が口を揃えて作物が一斉にダメになったって騒ぎになったんだ。それで原因もはっきりしていた。川の水が濁ってやがったんだ。そりゃ、もう毒でも混じってんじゃねぇかって疑いたくなる程にな。幸い起こったのは夕方で皆、その日使う分の水を確保していたし、井戸の水に影響が出たのは少し経ってからだった。だから幸いな事に住民に異常は無かった」
死者や、汚れた水で苦しむ人は出なかった。
そこは彼の言う通り、本当にラッキーだったのだろう。
俺もアナスタシアもそれについてはホッと一息が口から洩れる。
「だが、町への被害は甚大だ。この町主力の農作物も全部ダメ。同時に家畜を飼っていた奴もこの町で作られる餌を食わせていたから貯蓄していた分以外は全滅。勿論水なんて売れるもんじゃねぇ。要するに稼げなくなった。だから町民の殆どは荷物纏めて他の町へすぐ移住しちまった。さらにこの一連の後にはついに『水すら流れてこなくなっちまった』。もうお手上げだ」
そんな彼の説明のおかげで町に住民の姿が無かったのも改めて理解出来た。
農作物で金が稼げなくなり生活に支障をきたすならばそうなるのは必然。
稼げる場所、もしくは作物を育てられて安定した生計を立てられる場所へ移る。
他にも長年住んでいたこの町を思う優しい住民も苦渋の決断の末、町長である彼自らその人々の事を考え、話し合った末に町から出ていく様に勧めたという。
「ってな訳で。この町はもう終わりさ。俺はアンタ達を見届けた後、残った住人と門番引き連れて、この町を去る。俺達を支えてくれたこの町だが、まあ生きるためなら仕方ねぇがな。ガッハッハ! もうこれで満足だろう!」
……さっき親父さんが外の景色を眺めていた時に発した言葉。
明かりが灯っている家を見て溢した発言。
あれはまだ残っている住民へ向けていたんだろう。
「さあ、こんな親父の辛気臭い話を聞くより寝た寝た!」
そうして薄い頭頂部を擦りながら。
彼は笑いつつもカレーの感想を伝えた時とは違う。
腹の底から笑っていたと思しきさっきとは真反対。
今は何処か寂寥感を漂わせ、発するのだった。
「親父さん……」
「うん? どうした」
けれども……。
それだけの説明だけでは……。
「座ってくれ……まだ聞きたい事がある」
「………………もういいだろ」
「…………いや……まだダメだ」
俺達はまだ納得が出来ない。
「……何が原因だったんですか?」
今度の質問を発してくれたのはアナスタシア。
話を終えた様に装い、去ろうとする親父さんの方へ顔を向けたまま。
彼女は真相を尋ねる。
そう……まだ俺達は聞いていない。
「………………」
すると彼女の質問は動かしていた彼の足を止めた。
席を立ち、そそくさと部屋へ戻ろうとした彼を。
「教えてください。まだ私達は肝心な部分を聞いていません。そこまで異変を理解していて、原因を知らない筈がありません。町民以外に話すのは嫌だというのは分かります。でも私はこの町の北からか感じる『邪悪な気配』の原因を知りたいのです。勇者として!」
……多分信じて貰えないのは承知の上だっただろう。
だが、彼女は相手からの情報を引き出す為に。
そう下手に繕わずに正直に伝えた。
すると……その言葉を聞くと親父さんは意外な反応を見せた。
「勇者とは……大きく出たねぇ。お嬢ちゃん……それ、本当か?」
きっと嘘ハッタリと内心では疑っているのだろう。
「本当です…………」
「………………」
けれども、彼は彼女が向ける真っ直ぐな視線に。
嘯く様な人の目には思えないそのぶれない瞳に。
「…………………………。良いだろう、お嬢ちゃんに騙されてやる」
暫しの沈黙を挟んだ後に信用を勝ち取れた。
コミュ障だった俺にとってそれは不可能だったろう。
長い間人と話さずに自宅に籠りっきりの日々が続くと自分でも危機感を覚える。
人に声をかけられるだけで軽いパニックを起こす位だった。
そんな俺が目を合わせて話す?
無理だよ、何か怖いしさ。
例えやましい隠し事が無くっても自然に目を背けてしまうよ。
「そうだな……まあ全部話してやるか。そうじゃないとアンタ達は納得しないだろうしな」
とまあ、ひとまず親父さんを席に戻す事に成功しそのまま続きを話してくれた。
この事件で一番大切な部分。
水が汚れた大元についてを、
「まず、ここの町の水は。ここから『北にある湖』から全部流れてきてんだ。だから、お嬢ちゃん。本当に北からの邪気を感じたとして、何となく察しはつくだろう?」
「「ま、まさか……」」
それはアナスタシアが察知した邪気が溢れる位置と合致する。
もう既に答えは出かかっていたが、確証を得る為に最後まで聞く。
「そう、水を汚していたらしき『怪物』がいたのさ。俺達が見に行った時にはもう手遅れ。湖は毒沼みたいだった。さらにそいつは町へ水が来ねぇように湖の水路に居座って塞いでやがった」
……案の定だった。
俺とアナスタシアが予想した。
ボスらしき怪物がいたのだ。
「それでな……実はな」
さらに。
彼が話してくれた残りの内容によると。
湖が汚染されてから時間が経過しある程度町の混乱が収まった直後。
彼は町の兵士たちを総動員し、件の湖。
湖で周囲を覆う林を越えた先で一行が目の当たりにしたのは怪物。
もう見る影もない程に穢れきった酷い色をした湖の水路に留まっていたらしい。
それで、親父さん達は原因と思しきその怪物を倒すべく。
果敢に立ち向かったが、結果的には惨敗し、撤退。
それからは兵士達も恐れてしまい。
勝てない怪物相手に白旗をあげ町を放棄するに至った。
一応こちらも死者こそ運よくいなかったが……勝てないという恐怖心だけが残されてしまったという結末だった。
「情けない話だろ。こんな厳つさと筋肉しか取り柄のねぇ奴に力での敗北はキツイもんさ。町の古株が言うには、きっとあの湖にいるって言い伝えの『守り神様』がいなくなって、今度はあんな怪物が出てきたんだってホラ話を今じゃあ真に受ける位だ。まあそれも関係ないがな、ハハハ」
そう町の古い言い伝えを交えつつも。
話を終えた彼は見え透いた強がりを見せる。
親父さん! そんな事ないぜ!
……俺は思わず情けの言葉をかけそうになったけど、
(そんな生半可な言葉は無駄だ)
そう俺は自分に言い聞かせ軽々しい発言を控える。
こうして心を折られ、敗北した人間を癒すには。
そんな見え見えの言葉ではダメだ……。
彼を癒すなら、もう一度取り戻すしかない。
「……アナスタシア」
「ええ、コモリ。分かっているわ」
だから……戦う決意はもう既に。
話の前からすでに固まっている。
そうだ、この町にもう一度平和を取り戻すんだ。
かつての栄光を、今一度この町に光を戻すんだと。
俺達は内心で意気込んでいたんだけど。
「お、おい……おいおい……アンタらまさか……。馬鹿な事は考えるなよ!」
すると親父さんはこちらの考えを察してか。
慌てた様子で机に身を乗り出して、必死に忠告を促して来た。
「分かった! 今日の代金はタダにしてやる! だからもう忘れろ! なあ?」
それも続けざまに言葉を並べる。
彼の考えを察するなら、もし自分の話で大怪我。
さらに死なれたりすれば目覚めが悪いと思ったんだろう。
「もうこの町は終わりなんだ! あの怪物は倒せねぇ! 諦めるんだ……お嬢ちゃん」
……決して長い付き合いな訳ではないが。
この親父さんの事だ、俺達が勝手に向かったにもかかわらず。
もしもの事があれば一生後悔するだろう。
その拭えない罪悪感に彼は苦しむ事になるのだろう。
だから……俺達は余計な事を口走らずにこう返答した。
「考えすぎだ、親父さん。安心してくれ、俺らだって馬鹿じゃない。今の話でめっちゃビビった。そんな怪物相手に誰が戦おうっていうのか。なあ、アナスタシア?」
「ええ、その通り。私達だって死にたくはないですから、絶対に明日の朝ここを離れます」
「ほ……本当か?」
「「嘘は言わない」」
勿論、親父さんに止められない為の嘘だ。
けれど、正直それを口にするのはちと辛かった。
別に俺自身は嘘を付く事にあまり躊躇いは無い。
元々ネットの掲示板で高学歴を語って調子こいて威張り腐っていたくらいだし。
けれどもひねた俺が珍しくそう感じたのは、
(……アナスタシア)
彼女の様子だった。
特に注目をしたのはその手だ。
男とは違うその繊細な細い指をしまい込んだ拳。
(そうか……そうだよな)
嘘をついた時から震えていた。
グッと締めつける貝の様に力を籠めて。
怒りを抑制する時に拳を抑えるのと同じく。
感情を必死に押し留めていたんだ。
時折冗談も交えて笑いを作ってくれる彼女だが。
こんな真剣な場面では嘘をつかない。
持ち前の性格。
勇者という人々に希望を与える肩書も相まって。
頼ってくれる人を落胆させる行動を非常に嫌うのだろう。
しかし状況的にはこの嘘は仕方ない。
こっちにだって一飯の恩がある。
危険を承知で行く無謀な俺らに付き合ってもらう訳にもいかない。
だからこそ、この嘘は必要な嘘なんだ。
「そうかそうか。それならいいんだ。じゃあ互いに早く寝よう。寝不足は美容の天敵だぜ、お嬢ちゃん」
そうすると。
そんな彼女の嘘の返事に満足してくれたのか。
「じゃあ俺は部屋に戻ってるからな。明日でお別れだが、また何処かで会おうや!」
親父さんは席から離れて。
俺達へ早く寝ろよと再度告げて自室へと戻っていった。
……嘘を信じてくれたのか。
はたまた疑われているのか。
いや……もうこの際その是非はどうでもいい。
「よく耐えたな、偉いぜ。アナスタシア」
成功の是非を問うよりも真っ先に俺はアナスタシアを褒めた。
辛抱強く本音を隠した彼女を、
「ええ……ありがとう……コモリ」
ぎこちない笑い方だった。
表情が硬く心から素直に笑えていない。
「多分、店主さんがっかりしていたでしょうね。勇者って名乗ったくせに……」
そして、落ち込んでしまった。
(アナスタシア……)
彼女は本当に勇者という呼称に責任を持っているのだろう。
ここ何日かの彼女の動きを見ればそんな事は何となく分かる。
こういうと身も蓋もあったもんじゃないが。
以前まで辺境の田舎娘だったアナスタシアが今。
武器である杖を手に持って襲い来るモンスター達と戦い成長しているのだ。
臆病で何もしない俺なんかとは違って勇気ある者に相応しい生き方をしているんだ。
(違う……お前は……少なくとも俺はお前を信じてやるぞ!)
だから。
そんな健気さが目立つ彼女へ俺ははっきりとこう言ってやった。
「そんな事ないぜ。それに俺達がこの町を元に戻してやれば丸く収まるだろ! 時には勇者だって嘘は付くさ。でもそれはこの町を救う為なんだろ? じゃあ大丈夫だ。勇者だって神じゃない。人なんだ。それともお前は小さな嘘で世界を救いたいって強い願いを嘘にしちまうのか?」
正直上手く言えたのかは分からなかった。
ただ心の奥にモヤモヤとざわつき。
残っていた思いを一気に吐きだした。
一人寂しく深夜のアニメとかを見ていて。
キャラクターにこう言いたかったみたいな。
ラブコメの告白シーンで俺ならこう言ってたなみたいな感じ。
「お前はこの世界の希望になる勇者なんだろ。なら自分が正しいと思った事に堂々としろ!」
ファンのハートをガッチリ掴み。
萌えさせる……燃えさせる様なカッコつけたセリフ。
そして……録音して十年後くらいに聞いたら、きっと十中八九恥辱で死を謀りそうになる様な言葉を……恥など捨てて、そう力強く伝えたのだ。
「!?」
そうすると……勇者アナスタシアは顔をあげた。
先まで悲愴な面ではなく、目覚めた様な顔で。
ハッと何かに突き動かされたかの如く。
霧が晴れたような明るさが戻った。
「……本当に貴方みたいな相棒を旅の始めに見つけて良かった」
すると彼女の手がまた俺の頭へ触れ優しく撫でてくれた。
いやあ、実に気持ちが良い。
もうこの場で眠れるくらいの癒しを感じる。
あぁ、ダメ、角の間は……ヤバい、このまま快感で昇天しそうだ。
「そうね、貴方の言う通りだわ。悪魔に説得されるなんていけない気がするけど」
まあ……冷静に考えればそうですよね。
悪魔に諭される勇者なんて聞いた事ねぇや。
「でも、コモリは私の大切な仲間。悪魔の姿をしていても貴方は優しい心があるものね」
(うぐっ!?)
その言葉に俺は自分の心を張り裂きたくなった。
ごめんなさい……君が美少女だからとか、ラスボスを倒す旅ってカッコいいじゃんとか。
欲望とか名誉とか実に人間臭い利害の一致で付いて来て、マジごめんなさい!
この通り撫でられて喜ぶにやけ顔で深くお詫び申し上げます。
「じゃあ、今日はもう寝ましょう。明日は分かってるわね?」
「ああ! この町を放棄して一目散に逃げるんだよな! 当たり前だよな!」
「そうね! やっぱり悪魔の貴方を滅してから怪物退治に行くわ!」
俺達はその会話で思わず吹き出してしまった。
一応寝ている親父さんには聞こえない様に少し声を落として。
まあ、まだ怪物に会いもしていないのにグズグズ考えても仕方が無い。
とにかく明日、必ずこの町の水を取り返す事。
そしてもう一度このプルミエルを、水と繁栄で潤すんだと。
店主の親父さんが見ていた賑わいを今一度復活させてやると。
(面白くなってきた……異変解決、これぞ冒険の醍醐味だ!)
俺はそう心躍らせながら、彼女と寝室へと向かうのだった。
まだまだ俺達の冒険は始まったばかりだ。
そう、ここからが勇者の冒険らしい旅なのだ。