冷たい視線、届く声
リハビリで書きました。
「化野はいつも明るいよね」
この世に生を受けて18年、私が幾度となく言われてきた言葉である。私にはそんなつもりは無いのだが周りから見ればとても楽観的でお気楽そうな人間に見えているらしい。「いつも明るい」とい彼女の瞳はどこかで私を嘲笑っている。
私はそんな彼女に向かっていつもの笑顔を見せる。そうしていつものお決まりのセリフを言うのだ。
「えーそうかな?普通だけど」
どの口が言っているのだと自分自身に問いかける、これは私の本当の姿ではないことを私はちゃんとしているはずだ。
なのに「いつも明るい私」をやめることが出来ないでいる。
もしかして私は一生自分ではない自分を演じ続けなければならないのか。そう考えると目の前が暗闇に包まれるような気分になる。
私はそんな暗闇の中で叫び続けるのか、永遠に死ぬまで。
「誰か、本当の私を見て!」
その声はきっと誰にも届かないだろう。
誰からも「いつも明るくていい子ね」と言われる私、化野真桜に向かって冷たい視線を浴びせる人がいる。このクラスの地味で目立たない人、篠宮理人だ。
関わったことなんてほぼ無いに等しい彼になぜ嫌われているのか私は分からない、分かりたくもない。
彼の冷たい視線を感じると体の芯まで凍ってしまったかのように動けなくなる。どうしてそんな目で私を見ているのかと問いたい、けれど言えない。
そんな篠宮と一緒に今なぜ下校しているのか。
隣で歩いている篠宮は黙っている、私も話しかけたりはしなかった。
きっかけはなんてことはない、篠宮と私は同じ委員会に所属している、そして仕事が残ってしまい気がつくと外は真っ暗になっていた。
窓の外を眺めて真っ暗で少し帰るのが怖いと思っていた私は次の瞬間もっと怖い目にあう。
「帰るか、家どこ?」
「え?」
篠宮が私の方を見ている、その目はいつもの冷たい目ではなかったことに戸惑い更にその後篠宮が私を家まで送ると言い出したことに更に戸惑った。
そして、今に至る。
無言の登下校は気の合わない友達とはまた違った居心地の悪さだ。
今こそ常日頃から感じている疑問をぶつけるときではないか?いや、そんなことを聞いて自意識過剰なやつだとも思われたくない。さっきからずっと堂々巡りだ。
急に篠宮が歩くのをやめた。
「え、何」
「あのさ、何か言いたいことあるだろ」
篠宮が私をじっと見る。
「な、何も無いよ」
「嘘つけ、言ってみろよ」
ああ、またあの目で私を見ている。その目は私を凍りつかせる。
「…でよ」
「声が小さい」
握りしめた拳が震える、もうこの感情が怒りなのか恐れなのか羞恥心なのか分からない。
「そんな目で私を見ないでよ!」
自分自身の大声に驚く、篠宮は表情を崩さず私を見ている。
「あ、ごめん…」
「謝らなくてもいいだろ」
篠宮はふっと笑う。なぜ笑うのか。
「俺、お前のこと嫌い」
「嫌い」という言葉が私に心に針のように突き刺さる。
「正確にはお前の愛想笑い、他人に合わせすぎるところ、か」
「変わんないよ…それは私の本質だから」
「違う、お前はちゃんと自分を表に出せるだろ?」
「無理、そんなことしたらみんなに嫌われる…」
「いいじゃん、他人なんてどうでも」
「良くない!篠宮は男子だからそんなこと言えるんだよ」
女子は1度輪から外れたらもう入れてもらえない。それは1度経験して学習した。だから、今度は間違えないように頑張ってきた。
それを目の前にいる1度も話したことの無いやつに何がわかるというのだ。
「別にお前がどうしようと勝手だけどさ、疲れないの?」
疲れる、こんなの本当の私じゃないし、でもだいたい女子なんてそんなもんでしょ。
「お前いっつも疲れた顔してる、見てて辛気臭いんだよ」
目頭が熱くなる。こいつの前で泣きたくない。
「社会に出たら嫌でも嫌いな奴と付き合っていかなきゃいけない。だから学生の時くらい嫌いな奴は嫌い、て感じてもいいんじゃねえの?」
「友達がいないのは辛いよ」
「もし、お前に友達がいなくなったら俺が友達になってやるよ」
その目はもう冷たくなかった。温かくもないけれど、だけど私が見てきた誰よりも真っ直ぐに私を見てくれている。
私はようやく誰かに本当の自分を見てもらえたような気がした。
「いなくなったらじゃなくて今なってよ」
「いいけど」
その日私はようやく本当に笑えた気がした。