#26 あの頃
――これは、チヒロがツキカゲ村に来てまだ間もないころの話である……。
ある日、この村に『人間族』の少年がやってきた。名前は『チヒロ』。名前以外の記憶はない。そして、チヒロがこの村に住むことが村長から発表された……。
生まれた頃からツキカゲ村にいる『猫族』の少年、ナオはこれまで『人間族』を見たことがなかった。耳は横についていて、尻尾もない。ナオはチヒロのことがとても気になっていた。
それは『人間族』だからというのもあるが、もう1つ、ナオはチヒロの無表情の影に悲しそうな雰囲気があるように感じたのだ。
あれから2日後、チヒロが家からいなくなってしまった。みんなが手分けして探している中、ナオは「チヒロはあそこにいるんじゃないか……」と感じた。そしてナオはその場所へ行ってみることにした。
……ナオの予想は当たっていた。チヒロはツキカゲ村のシンボルでもある『オオツキカゲ』の前に立っていた。
「……ねぇ」
ナオが声をかけると、チヒロは驚きバッと後ろを振り向いた。
「えっ……?」
ナオも驚いた顔をする……。チヒロは……涙を流していた。
ナオとチヒロは、ツキカゲ様の前に座っていた。
「えーと……」
チヒロは申し訳なさそうに何か言いたそうにしていた。そういえばまだ名前を言っていなかったことをナオが気づく。
「あぁ、俺はナオ 見ての通り『猫族』だよ」
「あ……俺は」
「チヒロでしょ?」
「えっ、なんで……」とチヒロは驚く。
「村長から聞いたからね」
それに対し、チヒロは「あぁ、そうなんだ」とどうやら納得したようだ。
「そんでさ、どうしてここに?」
「うーん、なんとなく来てみたってだけで……」
それからチヒロは話を続ける。
「この2日間で何か少しでも自分のことを思い出せるかなって思ったんだけど……全然だった」
「……」
チヒロが話している間、ナオはチヒロの方を見て真剣に聞いていた。
「このまま何も思い出せないままなのかなって……でも考えれば考えるほど不安になってさ……」
チヒロの深刻な悩みに、ナオも悲しい気持ちになる。そしてナオは自分には何が出来るかを考える。
「まぁ、考え込んでもしょうがないか、少しずつでも……」
「チヒロ!」
チヒロが何か話していたようだがそれをナオが遮る、チヒロに言いたいことが決まったようだ。
「不安になったらいつでも俺に相談して!」
「えっ?」
「俺だけじゃなくて……トモやマモルもいるし! この村の人はみんないい人だし!」
「……」
「とにかく……不安になったらいつでも俺が助けてあげるからね! 友達だから!」
「!」
ナオは話し終えたのか、その場に座る。チヒロはそんなナオをじーっと見ていた。
「チヒロ?」
どうしたのか聞こうとしたとき、チヒロの手が俺の方に近づけてくる。そしてその手は……ナオの頭に乗る。
「なっ!?」
「……」
(なんで俺は今、頭を撫でられているんだ!?)
ナオは困惑していた。しかしナオは、すぐに気持ちよさそうな顔になる……。
それから5分くらいたっただろうか、ナオとチヒロは村長の家へ向かっている。ナオはなんで自分の頭を撫でたのか理由を聞くと、チヒロは「なんか撫でたくなって……」と申し訳なさそうに答えた。
『チヒロに頭を撫でてもらう』。これが習慣になったのはあの日からである……。




