#9 黒帯
――村長の家・居間
「お茶です」
「「…………」」
2人はずっと無言だった。片や俯いている村長、片や腕を組んで村長から目を離さないタケオ。お互いに一言もしゃべらない状態が続いていた……。
「おい」と村長がやっと口を開く。しかしその矛先はチヒロだ。
「なんで家に上がらせたんだ?」
「え、いや……」
チヒロが何かを言おうとすると、「カズナリ」とタケオが口をはさむ。
「なぜ、無視を続けていた?」
「…………」
「理由があるなら言え」
村長のこの思いつめてる感じをチヒロは見たことがなかった。よほどこの人と会いたくなかった理由があるのだろうか……と疑問に思うチヒロ。
「怒ってるんだろ……あのことで」
「ん?」
村長の言葉にタケオが首をかしげる
「あの時のことを怒って来たんじゃないのか?」
「あの時……?」
「あの時だよ!最後に戦った時に……あんたが大事にしていた黒帯を持っていってしまったんだよ!」
「……へ?」
思わぬ告白にチヒロは開いた口が塞がらない。
「ええい、待ってろ!」
村長は自分の部屋に行ってすぐに戻ってきた、右手には小さな袋を持っている。
「これだこれ!」
村長が袋の中から取り出したのは古びた黒帯だった。
「アンタと戦った夜に飲みに行ったんだ。その途中にあんたもやってきて、挨拶しようと思ったがトイレに行っていたのかそこにはいなかった。その時にアンタの黒帯が落ちていたんだ、そして拾った時にアンタが戻ってきた。ワシはついそれを隠してしまい、自分の席に戻ってしまった……」
「……」
「すぐに返そうとしたが、気づいた時にはアンタはとっくに帰ってた。まぁ、また会った時に返せばいいかと思っていたんだが……次の日、聞いてしまったのだ。その黒帯はアンタの宝だと!なくなって大捜索中だと聞いた!」
「……」
「すぐに返そうと思いアンタの道場まで行ったが……アンタの鬼のような顔をみてこれはダメだと思いその日は諦めた そして次の日、ワシは実家の村に帰ることになり結局黒帯を返すことはできなかった……」
村長が熱弁をしている中、タケオは目を瞑り何かを思い出しているようだった。そしてチヒロは……なんじゃそりゃ!と心の中でツッコんでいた。
「すまん!あの時に返せばよかったと今でも思っていた!本当にすまん!」
「……カズナリ」
そこでタケオがようやく口を開く。
「このくらいで許せないのはわかっている、だが…」
「何を勘違いしているのだ?」
「……ん?」
タケオのその言葉に村長は気の抜けた顔をする。
「それはワシの宝じゃないぞ?」
「「……え?」」村長だけでなくチヒロも唖然とする。
「ワシの宝は確かになくなったが、次の日に道場内で見つかったのだ」
「じゃ、じゃあこれは」
「練習用のただの帯だ 大体、そんな大事な宝を外に持ち歩くわけないだろう」
「……」
「なんじゃそりゃ!!!」
チヒロは今度こそ声に出して叫んだ。そして村長は……。
「なんだ、そうだったのかー!ワシの勘違いかー……ん、じゃあアンタ何しに来たの?」
「『何しに来たの?』じゃない! お前と勝負しに来たんだろうが!」
「あ、勝負?いいよ!」と村長はあっさりと了承をする。一体さっきまでの緊張感は何だったのだろうか……。
「じゃあ、夕方にこの村の道場でいいか?」
「わかった……お前との勝負、待っておるぞ」
そして、タケオは帰っていった……。村長は、力なくため息をこぼす。
「別に返しても問題なかったんだね……でもなんで返せなかったの?」
「……だってあの人、いつも怒っている感じがするんだよなぁ……やっぱり苦手だあの人は」
「村長も意外と弱いトコあったんだね」
「まぁとにかくこれで悪夢にうなされることもないだろう……」
「あー、うなされてたね そういえば」
……次回へ続く