3話「最初にやらなきゃいけないこと」
このペースでやっていける気はしませんが、なんとか書き溜めていきますのでお付き合い下さい。
一つ、国同士の争いごとは絶対禁止
二つ、魔物や未知の脅威に対しては世界共通で協力し合う
三つ、貿易や取引については各国の判断で決める
から始まる、10条の世界条約によって、この世界の平和は保たれているらしい。
しかも、これを定めたのはオレの旧友だった。
ベルファーレ・トレブルという、偉大な学者だ。前世のオレの次に有名人らしい。
こいつの記憶は強く残っている。
こいつはとんでもない、女好きだったからな。
トレブル家とはうちは古くからの付き合いで、うちは戦好きで有名な一族ではあったが、向こうは反戦派で有名な平和を好む一族だった。
普通なら相容れぬと判断するところが、なぜかオレとあいつは意気投合した。
ただ、あれは女の好きそうな美形で、オレは基本的に根暗。そこも全く違う。しかも、あいつは反戦派ではあるものの、オレが羨むほどの身体能力の高さを持っており、頭もそう悪くない。
オレは奴を、右腕だと思っていたのだが。
奴はオレより、女を取った。
オレが爵位を奪われていた頃、あろうことか奴はその頃懇意にしていた女性と旅行に行っていた。まあ、オレが最も仲が良かったと言っても過言ではないので、奴の留守中を狙われたのかもしれないが、オレとしてはショックでショックで。
最後に会ったのは、奴が旅立つ前。
『じゃーな!俺がいない間はジャックの世話、頼んだぜー!』
その一言。ジャックというのは奴の愛馬のことなのだが。やたらめったらオレに懐いていた。
ああ、ジャック世話もオレが追い出されてからは誰がやっているんだろうな。
ベルファーレの父君が継いでくれていればいいんだけど。
そんな風に自室の窓辺から外を見ると、王室の草原が見えた。
思えば、記憶が戻ってから外に出ていないな。
少し外空気でも吸ってみるか……
そう思い、席を立った。
「姫様、どこへ行かれるのですか?」
しまった。忘れていたがいまのオレは姫であって、多少自由の聞く伯爵家子息ではない。そんなに軽々と外出はできない。
外を見て回りたいというのは理由になるのだろうか。
そこでオレはひとつ、良いことを思いついた。
「マリウス様に、会いに行きます」
マリウス・ディヒバリウスは、オレ=リィアリスの婚約者候補とされている男だ。
公爵家の長男であり、大変優秀だという噂だ。
今までのリィアリスは、とても外に見せられるものでは無かったのだが、いまは違う。
オレという前世の記憶が蘇ったいま、もはや中身は違うものと考えても良い。
召使いの印象は、一転して良いものに変わり、たった2日で人気者だ。
いまは兄ファルスに無茶を言って、魔法の先生と剣の先生を探していただいている。
ファルスも甘々なので断れまい。出来るだけ厳しく優秀な先生を、と頼んだので、少々時間がかかっているのだろう。
昨日の図書館でのオレの決意に、なぜか弟も乗っかってしまったし。
『ぼくもおねえさまを守れるくらい強くなります……!』
と必死に訴える弟に可愛すぎてつい許してしまったのだが、平和な世の中で一体何から守るというんだろう?魔物かな?
「それは、また。何故でしょうか?会いたいのであれば、お呼びしますが」
オレの発言によほど驚いのだろうアルフレムは、数秒停止していたが元に戻るとやっと言葉を返した。
ちょっと失礼だな、と思わなくもないが、問いの答えも考えてあったので問題ない。
「私は、王宮の外を知らなさすぎます。外に出るのもまた、必要だと思うのです」
キリッと決めるリィアリスの顔は、前世のオレの五千倍はカッコいい。
女の子だし、六歳なのに、ちょっと狡い。
「では、せめて1時間後にしていただけますか」
「どうして?」
いまと1時間、なにが違うのだろう?
思考を巡らせるが、特に思いつかないので素直に聞いてみる。
「国王様が帰られてからでも、遅くはないでしょう」
思えば、そうだった。
父である国王は、年に二度ほど開催される大陸会議に出かけていた。
往復で4日、現地で2日という長い期間をかけるその旅は、ちょうど今日の昼前に帰ってくるという話だった。
つまりアルフレムは、親父に許可を取ってからにしろと言いたいわけだ。
確かに、王宮で蝶よ花よと育てられたこのわがまま姫は、城の庭より外に出たことがなかった。
それならば仕方あるまい。気長に待つとするかー…
「国王陛下のお帰りだーー!!」
そう考えていると、オレの言葉に応えるように、ファンファーレが鳴った。
父と母が、帰られた。下心抜きにしても嬉しくなる。
頬を紅潮させ、歓喜の表情を見せるオレを見て、アルフレムは微笑ましく言った。
「良かったですね、姫様」
「ええ、ありがとう、アル!」
「アル?」
あっ、喜びすぎて縮めてしまった。
アルフレムは騎士団の中で、『アル』という愛称で親しまれていた。
羨ましいな、と多少思ってしまっていたのでつい出てしまったようだ。
「ご、ごめんなさい、アルフレム」
「アル、で構いませんよ。姫様」
「本当?ありがとう!」
無邪気に微笑むと、アルはらしくなく照れ笑いを見せる。
この男は、意外に姫に弱いのかな。なんて不純なことを考えながら、アルと共に自室を出る。
この場にケルクがいなくて良かった。
週に一度の休暇をもらっているケルクに申し訳なく思いつつ、揉め事の起きなかったことへ感謝する。
父親を説得しに行かなきゃだしな!
るんるんで廊下を歩いていると、国王ウィリアムの執務室前に到着した。
父親とはいえ国王陛下。
気を引き締めてかかろう、そう思った時。
おもむろに扉が開いた。
「……リィアリス?」
「おとう、さま」
お帰りなさい、そう言おうとしたのだが……
むぎゅ、とめいいっぱいの力で抱きしめられてしまい、声が出せない。
「ああ!私のリィアリス!ただいまッ!!」
こういうところ、ファルスとそっくりだよなぁ。さすが親子。
そう思いつつも、この人は6日ぶりの娘との再会だし、と少し甘やかしてやる。
背中に手を回してポンポンと優しく叩くと、なぜかウィリアムはオレから離れた。
「おかえり、お父さま。どうかしましたか?」
軽く首を傾げて聞いてみると、目の前の父親から、きゅんっという擬音語が聞こえた気がした。
ああ、超絶美少女だもんな。中身も美少女になったら最強だよな。
オレが自覚する時点で何かダメな気がするが、取り敢えず本題に入らないとだな。
未来の旦那候補も、きっちり断っておかないとだし。
「いや、私のリィアリスになにか心境の変化があったようだが、些細なことだ。それで、どうしたんだい?なにか頼みたいことがあるみたいだけど」
ウィリアムと言う男、伊達に若くして国王になっていない。
なんせ、今の年齢25だぞ。若すぎだろ。怖いわ。
しかも内政も外交も、ほとんどウィリアム一人で回しているも同然と聞いた。
若くして有能な父は、娘のことにも敏感なようだ。
「お父さま、私、外に出ようと思います」
覚悟を決めて言ってみるが、なかなか難しいものだ。
父も親バカと言っても、以前のリィアリスがまともであったとは思っていないだろう。
だとすれば、常識的に考えてOKをもらえる確率の方が低い。
が、ここで意思を曲げるわけにはいかない。目を逸らさず、父の瞳をじっと見つめる。兄や弟と同じ蒼い瞳がオレを見つめ返した。
「……わかった。行ってきなさい」
「……!お父さま、ありがとうございます!」
父は静かに目を伏せた。目は口ほどに物を言う、父はオレの瞳を見てなにかを感じ取ったのだろうか。
取り敢えず許可はもらった。
まずは一つ、外の世界を知ること、王宮の外を見ること。
今の世界を知らないといけない。
そのついでに、公爵家子息の顔でも拝んでやろう。
オレは父といくつか約束を交わし、城を出た。
まずはあの窓辺から見える、草原の向こうに!
パパもお兄ちゃんも優秀なはずですよ…
ただちょっと親バカとシスコンなだけ…。