第二章 サン・クレメンテ攻防戦〈前編〉(4)
サン・クレメンテ衛星基地に残されているだけの戦力で、地球軍との争いと、基地の凍結されたプログラムの解除は、果たして両立するのか――。
4
「無茶振りだ……」
第七艦隊副司令官が指揮する艦の中で、艦
載機を出発させる準備をしながら、スタフォ
ードは呻いた。
「空戦隊最強、泣く子も黙る第一艦隊艦載機
部隊があるのに、何で俺?」
そもそもは、旗艦の艦載機部隊の小隊長、
大尉として艦に属していたスタフォードだっ
たが、発進して、旗艦が基地に着艦しやすく
なるよう、周囲を掃討するよう命じられてい
る間に、旗艦そのものが撃たれて屠られてし
まい、小隊ごと副司令官の艦に収容されて、
今に至っている。
立場が浮いていた感は確かにあったのだが、
艦隊参謀であるバルルーク大佐から呼び出し
を受け、艦載機による基地への最接近を命じ
られようとは、思いもしなかった。
詳しい指示は、艦載機に搭載されていると
しか、自分も聞かされていないと老参謀は言
い、何をさせたいのか、と聞きかけたスタフ
ォードの疑問は、空中分解させられてしまっ
た。
『…まぁ、そう言うな。艦載機戦闘とか白兵
戦の必要があるなら、それも一案だが、今回
は特殊事案だ』
「……やっぱり、大佐かよ……」
シェルダンが、どこからどうやって、他所
の艦の中のコックピットに通信を入れてきて
いるのか、スタフォードは聞くのも怖かった。
「っつーか、何やってんだよ一体。大丈夫な
のか、通信?」
『問題ない。今は私が第一艦隊司令官代理だ』
「はぁあっ⁉︎」
第一艦隊艦橋で起きた出来事は、まだ第一、
第七、お互いの艦の幕僚クラスにしか、情報
は共有されていなかった。
当然スタフォードは、知る由もない。
「…まぁ、いいや。詳しくは今度、飲みの席
で聞くわ。とりあえず、俺に今から何をさせ
たいのか、説明してくれる?」
バルルークが出発を急かしていたからには、
相応の事情はあるのだろう。
大尉である自分は、上層部が望む仕事をす
るだけースタフォードの切り替えは、早かっ
た。
少なくとも、シェルダンは無意味な事をさ
せないと、知っている。
(たまに、いやしょっちゅう、無茶振りだけ
どな)
――そんな本音は、おくびにも出さないが。
『バルルーク大佐に、艦載機への〝積込〟を
頼んだんだが、あるか?』
「積込?…あ、これか。一つ、弾薬と入れ替
えたとか言ってたな、そういや」
『基地の見取図は?送られてきているか?』
「ちょい待ち。えーっと……?…あのさ、こ
のピンポイントで光ってるのって、何」
シェルダンに問われるまま、一つ一つ確認
をしていたスタフォードの声が、嫌な予感…
とばかりに、段々とトーンダウンしてきた。
『それは、基地のメンテナンス用の外部ハッ
チを開ける、非常用パネルのある場所だ。ス
タフォード、なるべく早いうちに艦を出て、
その積込荷物をそこへ撃ち込んできて欲しい
んだが』
「………は?」
『外れたら外れたで、船外遊泳でも何でもし
て、それを埋め込んで貰わないとならないん
だが…あぁ、予備の装置と船外作業服も一応
必要か。まぁそうなると、いくら第一艦隊の
艦載機部隊が最強と言われていようが、勝手
が違うだろう?だから、万一を考えると、お
前にしか頼めないんだ、スタフォード』
「いやいや!そもそも、そんなモン撃ち込ん
で、どうすんだよ⁉︎敵基地攻めてんじゃない
んだから!」
外部ハッチの非常用パネルにウイルスを仕
込んで、内部のネットワークを乗っ取るのは、
戦艦や基地を外から堕とすための定石のよう
なものだ。
何で味方の基地に、そんなことを仕掛けな
くてはならないのか。
と言うか、予備のウイルス拡散装置に船外
作業服、タイプの違う銃や近接戦用ナイフに
煙幕弾まで、足元にキチンと積み込まれてい
る事に、今、気付いた。
「……俺にどうしろってんだよ、じーさん…
…」
『…バルルーク大佐が、私が頼んだ物以上の
物を用意しているのは、何となく分かった。
いずれにせよ、武器もパソコンも艦載機も、
まんべんなく扱える戦闘機乗りは、お前くら
いだろうよ、スタフォード。だから、お前し
かいないと言ってるんだ』
「…マジで、外から基地堕とすつもりなのか?
アレは、もはや味方じゃない…のか?」
『閉じこもりの中が、まだ味方である事を信
じたい』
「閉じこもりって何だよ……っつか、地球軍
に見つかって撃墜される危険に、中から撃ち
落とされる危険も加わるのかよ……」
『すまないな。戻って来たら、少佐に推薦す
るようトルナーレ大将かシーディア中将に言
っておく』
「全っ然、足りねぇ!大佐が准将になった時
に、高級士官用クラブ『翼』で、一番高い酒
とツマミ奢ってくれるくらいでないと、絶対、
割に合わねぇ!」
最後は、ほとんどヤケになってスタフォー
ドは叫んだが、存外、シェルダンにも思うと
ころはあったようだ。
『……それなら私とて今、ツケで飲み放題し
たところで、文句を言われる筋合いのない重
責を担ってるが……いや。いい、分かった。
そこは責任を持って交渉しよう』
「……誰と?…まぁ、良いけど…いや、良い
のかコレ…?」
ブツブツと呟きながらも、準備の手は止ま
らない。
ただ言いたいだけだ、と言う気持ちは分か
らなくもないので、シェルダンもそこは混ぜ
返さない。
「よ…っと。んじゃ、ま、サクッと行ってく
るわ」
『頼む。要らないだろうとは思うが、一応、
第一艦隊艦載機部隊から、何人か待機はさせ
ておくから。地球軍に見つかりそうになった
ら、目くらましにでも使ってくれ』
第一艦隊艦載機部隊は、かつてフレッド・
トルナーレがその長として、無双と言われた
程の活躍をした部隊で、今、その隊は通称“
トルナーレ”隊と呼ばれ、軍の空戦隊の中で
も屈指の実力者が集う隊として、戦闘機乗り
が一度は憧れる隊と言われている。
「……おぉ。天下の〝トルナーレ隊〟を囮と
か、怖くて出来ねぇから、自力で頑張るわ」
『そこは任せる』
「宇宙空間で無駄に通信は飛ばせねぇから、
後は戻ってからで良いよな?」
『構わない。どのみちウイルスプログラムが
拡散し始めれば、すぐに分かる』
「まぁ、必要なら…後でウイルス回収くらい
は手伝わ…なくもない。っつーか、ばら撒い
た責任とって手伝えとか、後で言われるんだ
ろうし」
肯定も否定もないが、返ってくる低い笑い
声に、だよなぁ…と、スタフォードはひとり
ごちた。
自分の行動が、全体の中で実は相当重要な
位置にあった事をスタフォードが知るのは、
実際に基地が使用可能となり、中に入れるよ
うになってからの事である。
この時は、ただシェルダンに頼まれた、く
らいの感覚で、飛び立っていったのだった。
※ ※ ※
「…〝乗っ取り〟の方は、どうやら見つから
ずに始められそうですな」
空中に浮かぶ宙域図と、点滅しながら動く
光にチラリと視線を向けながら、バルルーク
がそう、上官へと告げた。
大丈夫でしょうか、などと月並みな事は彼
は言わない。そこは適材適所、出来る者がや
れば良いと、バルルークは思っている。
彼はただ、言われた物を(時々オマケは付
けるが)用意するだけである。
そして彼の現在の上官、光輝・グレン・カ
ミジョウも、そこは何も言わない。
光輝にしても、そこは既にシェルダンに任
せてしまった事なので、余程の事がない限り
は、何も言うつもりはない。別に、独りでや
れと言った訳でもないので、誰をどう使おう
が、シェルダンの自由である。
――と言うより、光輝の意志さえ見せてお
けば、他艦の上官を使役してでもそこへ着地
させようとするのがシェルダンなので、近頃
では、その途中経過に関しては、何か言おう
とも思わなくなっていた。
「…なら、次だ」
「かしこまりました」
宙域図から基地部分が縮小され、代わりに
各艦隊の現在地と、指揮を取る士官が何人か
ピックアップされた。
「シェルダン大佐ほどではないにしろ、そこ
そこ現場での柔軟性に見込みがある士官を充
てておきましたよ。後で文句もつけにくいよ
う、第一艦隊の士官中心で。閣下はあまりそ
このところ、関心はおありでないでしょうが、
私が後で苦労させられますんでね。自衛です。
派閥力学とは、そう言うモンです。ただちゃ
んと、最後に美味しいところは第七艦隊が持
っていけるようにしてありますから、そこは
ご安心下さい」
「………」
ドヤ顔、と言う語彙は光輝の辞書にはない。
ただ、文句があるなら言ってみろ、的な空
気はそこに感じた。
充てられている士官の顔と名前を一瞥した
光輝は、文句の代わりに画面上の士官の位置
を、片手を動かして何人か入れ替えた。
ほう、と、バルルークが息を吐く。
「確かに派閥だ何だとは、どうでも良いが、
土壇場で功を争われるのは迷惑だ。不穏な芽
は摘んでおけ」
どうやら光輝は、派閥こそ把握していない
ものの、いったん自分の麾下に入った各士官
の性格や、士官同士の相性は、ある程度見極
めがつくらしかった。
常時、バルルークが追いつけない程の量の
書類に目を通している光輝の、速読や記憶、
情報を取捨選択する力は、余人の追随を許さ
ない。
彼は、なるべくして史上最年少将官になっ
ていると、こんな時バルルークは思う。
「では閣下、どこから始めましょうか」
「まず、この遊撃勢を動かせ。向こうの戦力
をこちらの左翼側に引きつける」
そう言った光輝は、自艦の床を、指し示し
た。
「…敢えて申し上げますが、今、ご自身が最
上位でいらっしゃるのは、ご自覚済みですか
な」
「俺が実質トップに立っている事を何人が知
る?中身がどうであれ、第一艦隊艦隊旗艦が
中央にいれば、兵の士気は上がるし、遊撃か
ら俺の艦が出る事で第七艦隊の士気も下がら
ない。そう返せば満足か、バルルーク」
「ですから『敢えて』と」
軽く頭を下げるバルルークに舌打ちしつつ
も、光輝はそれを咎めたりは、しなかった。
「遊撃が出る事で攻めてくる主戦力は、前衛
の連中にあしらわせろ。大将艦と後衛艦は、
陣形を広げずに、少しずつ、敵の後方に艦を
回りこませていけ。小惑星帯に紛れて通り抜
けられる腕のある連中で固めてあるだろうな。
いずれバレる事は確実だが、あまりに早すぎ
たら囮にもならん」
「……偃月陣形を少し変形させましたか。後
方艦を少し割いて、相手方の退路を防ごうと
しているように見せかける、と」
光輝は直接それには答えなかった。
と言う事は、間違ってはいないのだろう。
「…俺が知りたいのは」と、冷ややかな言葉
が、代わりにそこに続いた。
「この、後ろから展開させる艦に食いつくの
が〝誰〟かと言う事だ。そこは下手な士官に
確認をさせるな。見間違いや勘違いは、全滅
する未来しか生まない」
「…では、それは私が確認を」
「そこに司令官旗艦が食いついてきたなら、
地球軍の増援部隊が近くまで来ていると考え
ろ。参謀長が殿に残って、司令官を先に合流
させようとしているーとな。その場合は遊撃
と前衛で、全力で参謀長艦を叩く。そのまま
司令官を増援部隊と共に基地圏外に弾き出し
てしまえ」
「もし、参謀長艦が食いついてきたなら?も
しくはそれ以外だったら?」
「増援はまだ。単純に背後に回られたくない
と考えた。そう言う話になる。どちらでもな
いなら、普通に局地戦として、総数を削いで
いけ。いずれどちらかが出てくるまで続けさ
せろ。参謀長艦だったら――」
光輝の手元の制御卓から、細い光が空中の
宙域図に伸びる。
「ここで地球軍の艦隊を分断する。司令官旗
艦を囲む陣形をとらせて、参謀長艦に降伏勧
告だ」
「参謀長艦に…ですか?」
「そこから実際に司令官旗艦を囲い込んで潰
すには、お前が計算した、艦隊燃料や弾薬の
残量では足りない。司令官に降伏させたとこ
ろで、参謀長が増援を呼びに退いたら意味が
ない。参謀長に「おまえが降伏するなら、司
令官は逃がしてやる」と持ちかければ、こい
つが命がけで司令官を説得するだろうし、司
令官にも、増援と共に戻って来ないよう言い
含める筈だ」
「シェルダン大佐が、基地の凍結プログラム
を、それまでに解除させれば――」
「そんな不確定な事を組み込んで動けるか。
せいぜい、自分が基地から撃たれないよう自
衛させておけ」
もっとも実際に基地から撃たれれば、この
作戦が成り立たなくなるが、その程度なら、
シェルダンに任せておいて良いだろう―――。
言葉の裏で、光輝がそう言っているように、
バルルークには聞こえた。
あえて楽観的、常識的と思われる言葉を挟
んで、光輝の反応を伺ってみたバルルークだ
ったが、光輝は、そのどれをもバッサリと切
り捨てた。
司令官を逃がせば、一時的とは言え評価に
響く可能性もあるのだが、それよりも自分が
出した補給資料を読み込んで、動きを組み立
てられれば、苦言の呈しようもない。
『閣下は極端なくらいに〝馬鹿が嫌い〟だと
言う事と、軍人の本分以外に関心がないと言
う事をまず理解されていれば、閣下の下につ
くのはそれほど難しい事ではないと思います
よ。取り入って出世するのではなく、自分の
力で勝負をしたい士官には、むしろ呼吸がし
やすいくらいではないかと』
バルルークの配属と入れ違いに、トルナー
レの下へと配属替えになったシェルダンは、
バルルークにそう、言い残して行った。
――今ならそれが、よく分かる。
今更出世にそれほど興味がないバルルーク
でも、自分の本分を理解されて、活かされる
のは、気分が高揚する。
「かしこまりました。では、各艦の行動指針
書を上書きして、参謀長艦の動きを逐次こち
らに流させます。最終的な位置が掴めるまで、
遊撃勢の指揮に関しては閣下に丸投げさせて
頂きますが、宜しいですかな」
「……とんだ参謀だな」
「あれもこれもと、分不相応な事をしない事
が長生きの秘訣だと思っておりまして。その
代わり、敵参謀長艦の位置は間違いなく特定
してみせましょう」
一瞬、呆れたような光輝の視線が飛んだが
――確かに、戦う事と、戦況の正確な分析を、
独りで行う事は難しい。
「いいだろう。その代わり、この艦が多少突
出しようが先陣に立とうが、口は挟ませんか
らな」
返事の代わりに、バルルークは黙って頭を
下げた――。
※ ※ ※
跳躍を一度しか行わず、可能な限りの速度
で艦隊を引き返させたアルフレッド・シーデ
ィアだったが、それでも、事態は動いていた。
索敵システムの端に、退いて行く地球軍第
一艦隊を捉えたが、自陣の戦力を考え、深追
いはせずにそのまま行かせた。
システムからその影が完全に消えた頃、自
軍の旗艦に連絡を取ろうとしたシーディアは、
通信画面の向こうに現れたのが、艦長代行の
貴水である事に眉を顰めた。
『申し訳ありません、シーディア中将。この
回線で、どこまで話して良いのかと言う事も
あるのですが、何より報告事項が多過ぎます。
出来れば、旗艦艦橋に合流頂いて、改めて場
を設けさせて頂きたいのですが…』
「――それで、機を逸するような事にはなら
ないと、貴官が断言出来るのであれば、否や
はないが」
自分よりも職位の低い士官に対して、やや
意地の悪い問い方をしたシーディアだったが、
貴水はチラリと後方に一度視線を投げただけ
で、表向き、動揺は見せず、頷いた。
『地球軍が退いたので、いったんは、外敵か
らの脅威は横に置いて良いとの事です。中将
がこちらに合流される、あと数時間で、基地
の制御も奪い返せるだろうから、話しはそれ
から――と」
「……それは、誰が?」
『前者はカミジョウ准将、後者はシェルダン
大佐です。トルナーレ大将閣下は負傷されて、
現在は医局です。お命に別状はないそうです
ので、そちらについても、お越し頂いてから
で問題ないかと』
命に別状ないと言えど、「トルナーレ負傷」
の一言で、充分にシーディアの周囲はざわつ
いたので、貴水は敢えてこの場では、副司令
官の話に口を噤んだ。
「……確かに、この回線越しに短時間で聞け
る話ではなさそうだ。承知した、では後程そ
ちらの艦橋で」
――そして、あと1時間で合流出来る所ま
で来た時に、恐らくはトルナーレ大将麾下の
部隊と思われる艦載機部隊が、嚆矢状になっ
て基地へと向かって行くのを目にしたシーデ
ィアは一瞬、誰かの嫌がらせだろうかと真面
目に考えた。
後々になって聞けば、凍結されていた基地
のプログラムを一部解凍して、外から着艦出
来るまでになったのが、そのタイミングだっ
たと言う事なのだが、残っていた面々を考え
た時に、自分にケチをつけられては困ると思
って隊を出発させたのかと、素直に事態を捉
えられなかったのも、また確かであった。
「まさか、キルヴェット閣下を一個船団で放
り出して、戻って来るとは思わんかった」
旗艦に合流したシーディアは、まだプログ
ラム解凍が不十分だと言うシェルダンを艦橋
に残し、貴水を連れて、医局を訪れていた。
想定外のタイミングで現れた自らの参謀に、
トルナーレは一瞬目を瞠った後、らしからぬ
微苦笑を浮かべた。
「…あの方も元軍人なんですから、それくら
いやって頂かないと困りますよ。こちらが過
保護に送り迎えする必要すら、本来ならなか
った。まぁそう言う、軍と議会の政治力学的
な話は、今はいいでしょう。それより――」
「そうだな。あまりコルムを重用するなと、
おまえからは釘を刺されていたのにな。自業
自得だ。俺はともかくシェルダンの事は、責
めてくれるな」
「責めてどうします。聞いている限り、その
時点では彼の行動が最善ですよ。…法規局が
聞けば、色々目をむくとは思いますが。基地
のプログラム制御を奪い返す為とは言え、艦
隊の指揮権をカミジョウ准将に丸ごと預ける
とか、旗艦内の権限を貴水大佐に預けるとか、
普通やりませんよ。誰に似たんですか、あの
無茶振り」
「いや、俺じゃないだろ!そこは断固否定す
るぞ!」
後ろに控えていた貴水も、後ろめたくはな
いのに、つい、目を逸らしてしまった。
「と言うか、現在進行形で基地に〝乗っ取り〟
かけているのが、一番怖いんですけどね。彼、
その気になれば上層部のコンピュータにも侵
入出来るでしょう、あれは」
「おぉ…そうだな…」
「彼を御する事が出来るのが、今のところカ
ミジョウ准将しかいないと言うのもどうかと
思いますしね。第一艦隊に所属させておけば、
少しは大人しくなって、良い幹部候補になれ
るかと思ったんですが…カミジョウ准将と組
んだ時との差がここまであると、やはり考え
させられてしまう」
「…おまえ、やけにシェルダンを買ってると
思ったら、そんな事考えてたのか」
呆れたようなトルナーレの呟きを、礼儀正
しく黙殺したシーディアは、その視線を貴水
の方へと向けた。
「…それで、カミジョウ准将の方は?」
「は、カミジョウ准将は、航行不能に陥って、
捕虜になった地球軍の士官数名とお会いにな
っているようで…。あと、基地の現状確認に
向かわせた、艦載機部隊の状況報告先として
も、自らを指示していらっしゃるようです。
あの方、元隊長でいらっしゃったとか…」
「艦載機部隊、血の気の多いヤツ多いからな
ぁ…あと1時間くらい待っとけと言いたいと
ころだが、4代目元隊長に声かけられりゃ、
嬉々として基地乗り込むよなぁ…」
伺うような貴水の口調と、ほぼ他人事なト
ルナーレの口調に、イラッとしたようにシー
ディアの目が眇められた。
「…第一艦隊の司令官って、どなたでしたか」
「心配すんな、もうすぐこの地位はおまえの
モンだ、シーディア」
「……っ⁉︎」
嫌味に、存外真面目な口調で返されたシー
ディアが、らしくもなく、そこで言葉を詰ま
らせた。
「なんか、結構ざっくり内臓系やられてるみ
たいでな。しばらく宇宙空間の航行とか、頻
繁にしない方が良いんだと。いずれ法務なり
なんなり内勤預かりになるだろうから、誰か
が立たないとな」
「閣下……」
「とりあえず、基地の様子がハッキリしたと
ころで、俺は金星に戻る。と、言うより、戻
らざるを得ん。後は、基地の様子で判断だな」
別段、悔しさを見せる風でもなく、トルナ
ーレはヒラヒラと、片手を振る。
「俺の事は、気にするな。下士官だった頃か
ら一緒にやって来た、コルムに肩入れしすぎ
たが為の、自業自得だ。すまんが、この件の
決着は、預けるぞ」
――シーディアの躊躇は、そう長いもので
はなかった。
「承知しました。後は、お預かりします」
諸々の感情を飲み込んで、深々とシーディ
アは頭をさげた…。
後日光輝の下に揃う士官が、少しずつ登場してきています。
やっぱり、配属されるべくして配属されているんですよね、彼らに関してだけは…。