第三章 封《と》じる者 穿つ者 (3)
サン・クレメンテ基地の奥で見つかった少年たちへの事情聴取を行う光輝。
主となって動いていた3人が話す内容とは――。
3
光輝は自分の名字と階級だけを告げたのだ
が、見た目にも20代前半と分かる容貌に、准
将と言う階級は、少年たちを相当に驚かせた
らしい。
おずおずと、ナジャル・ラジェーシュ、シ
ン・イリエスク、ルーサ・オルドリアン…と、
3人の少年はそれぞれに名乗った。
ルドゥーテ衛星唯一の国営教育機関で、共
に机を並べて学んでいたらしい。
「まず、誰がおまえ達をここまで連れてきた?
いや、ルドゥーテで会った人間でも、ここま
で連れてきた人間でも、ここでおまえ達に無
茶を言った人間でも良い。名前が分かるヤツ
はいるか?」
てっきり、営倉内を支配下に置いた事を責
められるのかと思いきや、それ以前のところ
から聞かれた3人は、一瞬、面食らったよう
に顔を見合わせた。
「経緯からすると、面と向かって、おまえ達
に自己紹介する馬鹿は、まぁいないだろうが、
誰かに呼ばれていたとか、身分証的なものが
見えたとか、覚えていないか」
「馬鹿…」
「いや、喰いつくのそこじゃないよね、オル」
「あ、ごめんナージャ。えーっと…ルドゥー
テの学院に来た軍人っぽい人は、副学長とし
か話していなかったから、副学長に聞いて貰
えば、多分分かります」
「なんか、もう生きてない気がするけど」
「ちょっ…シン!ええっと、それで、それか
ら…サン・クレメンテに来る時の艦は、スラ
ゴナール社のポーシャ行き、アルビオレック
ス行きの定期船でそれぞれ乗り換えをして、
最後アルビオレックスで、金星軍の補給艦に
乗った――筈です。宇宙港の隅で、定期船塗
装されていたんで、最初は気が付かなかった
んですけど、中の人は軍服だし、基地に普通
に着艦出来たしで、アレ?って思って。階級
は分かりませんけど、メイカー艦長って呼ば
れていらっしゃいました、確か」
「あー、その名前僕も軍医のオズワルドさん
から聞いたかも。シンが、他の若い子達に手
を上げてた軍曹だか誰だかに回し蹴り喰らわ
せて、薬品棚ぶち壊しちゃって、艦長が頭抱
えてたとか何とか…」
「うるさいよ、ナージャ!そのあと、その、
ゾラー軍曹が罪状否認した後、黙秘で喋らな
いって、残った薬で自白剤に仕立てて飲ませ
たの、おまえだろ⁉︎俺もオルも、すっとぼけ
るの大変だったんだからな!」
口調自体は10代の少年らしさを伺わせるが、
言っている事や、やっている事は、現役の一
般兵以上である。
「それ…今喋ったら、僕ら、とぼけた意味な
くない、シン?」
「だよね、オル。それに、残った薬で出来る
のは自白剤くらいだ…って、オズワルドさん
がメイカー艦長に答えてたのも聞いたし、別
に当てずっぽうでやった訳じゃないよ、僕だ
って」
「…んだよ、2人揃って!って言うか…やっ
ぱりやってたんだな、ナージャ……」
3人揃って、しん…と、部屋が静まり返っ
たところで、パン!と、光輝が両手を合わせ
て叩いた。
ビクリ、と身体を縮こませた3人に、短く
「次」とだけ答える。
「つ、次、ですか?」
どうやらこの3人、交渉・戦闘・医療と、
己の役割を決めて、動いていたようである。
これに、別の部屋にいると言う、更に若い
少年たちを戦力と見做したなら――それとて
最小単位の「軍隊」だ。
先ほどから、光輝に面と向かって話すのは、
その中での「交渉役」であろう、ルーサ・オ
ルドリアン――彼らの間で「オル」と呼ばれ
ている少年だけである。
ただ、あとの2人も自由に話しているよう
でいて、ちゃんと、自分が耳にした士官の名
前を会話に混ぜているのだから、下手な下士
官よりも、理解力は高い。
「基地に入ってから、ここまでの経緯が――
『次』だ」
「ああ…えっと、はい。メイカー艦長は、
『学校と現場は違うから、知っているつもり
にならず、生き残る努力は忘れずに』と、僕
らに最後仰ったくらいなので、普通に僕らが
学校を卒業して、従軍するんだ、程度にしか
思っていらっしゃらなかったと思います。様
子が変わったのは、補給艦を下りてからです。
僕らは全員、あの隠し扉の向こうに押し込め
られましたから」
そこまで言って、少年の目が、何かに気付
いたように、部屋の外に向けられた。
「メイカー艦長から引き継ぎを受けていた人
ですけど…そう言えば、さっきまで僕らと話
をしていた、濃い緑色の髪の方と、同じ階級
章を付けてました。僕、まだ詳しく勉強しき
れていないんで、メイカー艦長のそれとは違
うと言う事と、メイカー艦長よりも階級が上
っぽいと言う事くらいしか分かりませんけど」
「そういや、ちょっとエラそうだったよな、
ナージャ?」
「確かに、メイカー艦長には『ご苦労』とし
か言わないわ、近くにいた警邏担当っぽい人
には『さっさと連れて行け』しか言わないわ
…大分、横柄だったよね。少なくとも、僕は
それっきり顔を見てないし、下っ端じゃない
と思うよ、シン?」
「濃い緑…中佐か」
光輝の目がスッと細められ、3人が思わず
身を寄せ合ったが、光輝は3人の発言自体を
咎め立てたいようではなかった。
一人の話から、他の二人が当時を思い出し
て、記憶と経緯を繋げ、補完している。
本人達はどうやら無意識のようだが、実は
3人の話を時系列で聞けば、事態の流れが正
確に脳裏に浮かぶくらいで、光輝がクドクド
と何かを聞く状況にならないのである。
「その後しばらくは、あの中で講習みたいな
のを受けさせられていました。金星と地球の
勢力分布とか、今、誰が各組織の長なのかと
か…あと、鍛錬的な運動や武器の扱いとか、
でしょうか…。どこに配属されるとも限らな
いから、適性を見極める必要があると言われ
て…。奥のあの部屋、更に続きがあって、訓
練場や医局と裏から繋がってるんです。主に
夜中になると、何人かに分かれて呼び出しを
受けてました」
「うん、特にシンは多かったよね。戦闘方向
に適性があると思われてたのかな?僕は時々
医局にヘルプに駆り出されるぐらいだったけ
ど…」
「言われてみれば…。逆にオルは、何かの資
料を山積みされてたよな?おまえは行かなく
て良いから覚えろ、みたいな?確か3人くら
いがローテーションで来てたよな?」
「あ、うん。僕はロートさんと当たる事が多
くて…。シンはベルデさん、ナージャはアズ
ロさん…だったよね?だけど、あれ多分本名
じゃない気が…」
「あぁ、何かコードネームっぽい感じはした
かも?他の人が、違う名前を言いかけて、慌
ててアズロって言い直した…的な事あったし
ね、実際」
「俺も『ベルデのメンテ頼んだ』って指示飛
ばしてるの聞いた。言われて考えれば、アレ、
武器とか戦闘機とかの名前だったっぽい」
こいつら…と、光輝のこめかみが、ピクリ
と引きつった。
恐らくこれは、個別に聞けば「分からない」
「詳しく覚えていない」「大した事は話して
ないと思う」等々で、情報が聞き出せないパ
ターンだと悟ったのだ。
どれが重要な情報かを判断出来る予備知識
がないため、まかり間違えば、全てが本人達
の中で「どうでも良い情報」扱いとなってし
まい、後になって「聞かれなかった」だの
「そんなに大事な話だったとは思わなかった」
だの、手遅れになってしまうパターンである。
3人が3人とも、驚異的とも言える記憶力
を持っている事に、ルドゥーテ衛星の特異性、
あるいは徴用兵として狙われる理由の一端を
見た光輝だったが、今はそこは、後回しにす
る。
「…それから?」
引きつったこめかみを揉みほぐしている光
輝に、話が脱線したと思ったのか、3人が慌
てたように姿勢を正す。
「す、すみません!どうでもいい話でした――」
「それを判断するのは俺だ。良いから、見た
まま聞いたままを話せ。妙な忖度をするな」
「は…はい。えーっと、それから…そうだ、
ある日、夜中に訓練場に行った筈のシンが、
血相変えて帰って来て、僕やナージャを叩き
起こしました。訓練場が、戦場になってる――
って、言って」
「いつものように裏道から訓練場に出たら、
血の臭いと怒声で、めまいがしそうになって。
いったん、俺らをあの部屋に戻したベルデさ
んが、絶対に外の様子を知ろうとするな、動
くな、って言い置いて行ったんだよ。俺らの
方から、外には出られないって分かってはい
ても、何かやりそうだとは思ったんだろうな。
特にナージャとか」
「まぁ、否定は出来ないよね。警邏室の人に
泣き落としするとか、こっちの営倉の人をけ
しかけるとか、やってやれない訳じゃないし」
「ナージャ…。あの、それで実際、半日くら
いは大人しくしていたんですけど、今度は誰
も食事を持ってきてくれなくなって、そうも
言ってられなくなったんです。僕たちはとも
かく、もっと小さい子もいますから。それで
3人で手分けをして、営倉への扉と、医局へ
の扉、訓練場への扉――それぞれを、壊して
開ける事を試みようって話になりました。一
度に全部を開けるのは、さすがに危険だろう
から、どれかが開いた時点で、他は止めて引
き返す事にしよう、って」
「で、結局オルが、こっちの営倉と繋がって
る扉を開けたのが、一番早かったんだよな。
多分だけど、医局や訓練場と違って、こっち
には物理的な鉄格子が障害としてもう一回あ
るから、他よりセキュリティが弱かった可能
性あるしな」
「…負け惜しみはやめようか、シン」
「おまえに言われたくないよ、ナージャ」
「ま、まぁまぁ。きっと、シンの言ってる通
りだと、僕も思うよ。それで…まずは僕たち
3人が様子を見に出たんです。そうしたら――
もう、結構な人数が倒れていて」
「ちゃんとした器具がないから何とも言えな
いけど、食事に何か混ぜられていたんだと思
う。お皿はひっくり返ってるし、こう――喉
を掻きむしるように倒れていた人もいたし」
「倒れていなかった連中は連中で、虚な目で
暴れてたもんな。あぁでも、そんなんだった
から、かえって俺でも何とかなったのかも。
で、とりあえず気絶させて、空いてた部屋に
まとめて放り込んだ」
「それで、警邏室どうなってるんだって話に
なったんですけど…。営倉内の部屋に設置さ
れてる緊急用の内線電話で呼んでも、誰も反
応しなくて。同じように倒れてるのか、そも
そも誰もいないのかも、ここからだと判断出
来ないし、困っていたら…ナージャが…」
「医局のアズロさんの内線番号、覚えてたん
だよな、こいつ」
「たまたま、耳にする機会があっただけだっ
て、シン。それも、その時点まで忘れてたし。
ホント、たまたまだよ」
しれっと答える少年に、他の2人が胡乱な
目を向けたが、光輝が何かを言う前に、慌て
て両手を振って話を続けた。
「あの…そう言う事で、医局にかけたんです。
だけどそうしたら、電話に出たのが、アズロ
さんじゃなく、この基地の責任者だって言う
男の人で」
「基地の責任者の名前を知らないし、多分だ
けど、アズロなんて医務士官はいないしで、
こいつら誰だって、そりゃ思うよね、その人
も」
「言いたい事は色々あると思いますが、とり
あえず、食べる物ー食べられる物を下さい…
って言ったのは、オルだったよな、確か」
「うん、少なくとも僕じゃないよ、シン。こ
の際、固形食糧でも文句言いません、って横
から言った覚えなら、あるけど」
「あー…俺も『喉も渇いてます』って付け足
した覚えなら…あるな、ナージャ」
「……結果その人は、固形食糧とお水を持て
るだけ持って、ここに飛んで来てくれました
……」
少年たちは、恐縮しきって小さくなってい
るが、思わぬ示唆を得た光輝は、こめかみに
あてていた手を、ふと外した。
「ノティーツはまだ、その時点では意識があ
ったのか……」
「あ…はい。その時は、副官の方が亡くなら
れた直後と言う事で、医局にいらっしゃった
みたいです。僕たちを基地の中で引き継いだ
のが誰なのか、ロート、ベルデ、アズロって
言うのが誰の事なのか、すぐに分かったみた
いだったんですけど、僕たちには教えてくれ
ませんでした。知ってしまうと危険になるか
ら、と」
「俺らだけならともかく、下の子たちが危険
になったら、どうする?って言われると、さ
すがに…なぁ…?」
「そうだね。いくら僕たちでも、引き下がる
しかなかったよね。あの人、副官亡くなった
事に相当ショック受けてたみたいだったし、
これ以上犠牲は増やしたくないって感じで…
って、オル?どうかした?」
「…何でもないよ、ナージャ。あの人、副官
の人のこと、好きだったのかなぁ…って、何
となく」
「…何だよ、オル、いきなり」
「ごめん、ごめん、シン。何となくだよ、何
となく。基地の責任者にしては、あまり裏が
無さそうって言うか…少なくとも、僕たちを
連れて来て、閉じこめた側の人じゃないなぁ
…って思ったら、何となくそう見えたって言
うか、ね」
「まぁ、副官の人云々は、僕は分からないけ
ど、確かにちょっと、真面目で危なっかしい
人っぽかった。あの時点での医局なんて、怪
しくない訳ないのに、あそこから動かなかっ
たもんね、あの人」
「そのうえ、勝手に裏道から、俺とナージャ
とオルを出して、臨時の従卒兼ボディーガー
ドだの、医者見習いだの、副官だのって言っ
て、側に置きだしたもんな。あれ、俺ら連れ
てきたヤツらにケンカ売ってたんだろ?自分
は分かってるぞ、みたいなプレッシャーって
言うかさ」
「…うん。そうだよね…もっとちゃんと、無
茶だって、止めれば良かったんだよね…」
「…っ。いや、オルだけのせいじゃないよ。
僕もせっかく、薬の解析を手伝って良いって
言われたのに、結局間に合わなかったし…」
「そっ、それなら俺だって、ボディーガード
出来なかったし…っつか、こっちに食事運ん
で、戻ったら倒れてたとか、ナシだろ…っ」
そこで悔しそうに肩を落とす3人に、光輝
はこの3人が、ノティーツを存外慕っていた
のではないかと、内心で思った。
「それで…どうしてここに留まっていた。医
局への通路があったのなら、外へ出て、艦を
奪うなり、一般兵に紛れるなりの選択肢もあ
っただろう」
「…それは、選択肢にはなかったです、逆に」
「うん、そうだよね、オル。僕らはともかく、
最年少10歳の子は、引っ張り回せないよね」
「っつーか、むしろここにいて、『来るなら
来い、俺が返り討ちにしてやる』ってくらい
の勢いだったってゆーか…」
「あの…もちろん、ナージャやシンが言って
いる事もあるんですけど、一番問題だったの
は、僕たちがいなくなったら、今まで定期的
に学院に送られてきていた抗生物質とかは、
どうなっちゃうんだろう、って思ったと言う
か…」
「抗生物質?」
僅かに片眉を上げた光輝に、顔を見合わせ
た3人が、思い切ったように、光輝に向き直
った。
「今までも2回くらい、学院から連れて行か
れた先輩達がいるんですけど、誰も逃げ帰っ
て来なかったし、一緒に行けば、代わりに届
けると聞かされていた物資も、その通りちゃ
んと届いていたんです。だから僕たちも、学
院を出る事自体は迷いませんでした」
「ルドゥーテの開発、移住は、僕たちでまだ、
第3世代です。つまりまだ、未知の病気なん
かは確実に存在していて、特効薬が無理でも、
抗生物質があるだけでも、死なないで済む命
はあるんです。僕はオルほどの頭も、シンほ
どの腕っぷしもないけど、医者の卵としては、
学院で誰にも負けないと自負してた。いずれ
抗生物質じゃなく、特効薬を僕が作るつもり
で、学院を出たんです。…だから手ぶらで帰
るって言う選択肢だけは、なかったです」
「俺は、オルとナージャがいれば、必ずルド
ゥーテは今以上に良くなると思ったから、こ
の2人を守る方に回ろうと思ったんだ。確か
に学院を出る事に拒否権はなかったけど、そ
れ自体は憂いていないし、オルとナージャに
帰る選択肢がないのなら、俺はそれに従うだ
けだし…それは、今も変わらない。…です」
「――だから、お願いします」
3人の頭が一斉に、光輝に向かって下げら
れる。
「僕たちをただ、強制送還する事だけはしな
いで下さい。もちろん、他の子たちの意志は
ちゃんと確認します。だけど少なくとも僕た
ち3人は、抗生物質のために必要な事は全て
受け入れます。だからその供与だけは、滞り
なく行われるようにして頂けないでしょうか?
…せめて今回だけでも」
「オル…」
「しょうがないよ、ナージャ。准将さんの権
限にだって、限度があるよ。こんなに騒ぎが
大きくなっちゃったら、それ以上なんて頼め
ない。あとは3人で、どこに行かされても、
また一から頑張ろうよ」
「だな。どこでも、3人でなら乗り切れるよ
な」
「シン……」
どうやら、話が現状説明から、友情物語に
転がり始めたらしい――。
ここまでだな、と光輝は内心の嘆息を覆い
隠すように、髪をかき上げた。
「何が『准将の権限にだって限度がある』だ。
人に物を頼むどころか、ケンカ売ってんのか、
おまえは」
「す、すみません!そ…んなつもりじゃ…」
「おまえらは、身柄と引き換えに得る筈だっ
た抗生物質をアクシデントで失いかけた。だ
から今度は、得た情報の対価として、改めて
抗生物質を要求した。抗生物質が譲れない主
軸なら、他に何が起きようと、ぶれさすな。
俺の権限だ?俺が同情して『悪いようにはし
ない』と言ったところで、どうせ信用しきれ
んだろうが。自分が手が届く範囲以上の事を
するな。早死にしたいのか」
「…っ」
単に、その身が危険だと言ったところで、
この3人は、下の子達を気にかけるだけであ
る。
多少言い方が乱暴だろうと、今現在、ノテ
ィーツがどうなっているのかに思い至って、
大人しくしていて貰わないと――今現在、彼
らの無自覚の行動が、騒動を大きくした一端
にもなっているため、余計な火消しが生じる
だけなのだ。
多少は自覚したのか、それぞれに怯んだ表
情を見せた3人を一瞥した光輝は、右の腰に
手をあてると、おもむろに、天井近くのカメ
ラを見上げた。
「この録画、消されるなよ。消されたら、当
該部署全員、基地の外に放り出すぞ。それか
ら、通信越しに聞いている体育会系――同情
して、何とかしてやりたいと思ったヤツらだ。
おまえらには、今さら危険の何たるかを説く
気はサラサラない。准将が動くに足るモノを、
持って来い。准将の権限の限界?――そんな
ものは、俺が決める」
「⁉︎」
カメラに向かって、何を言っているのかと、
3人の少年は目を向いたが、更に営倉の扉が
いきなり開いたので、ギョッとしたように身
体を強張らせた。
「分かりました、よ…いえ。ウチの隊、体育
会系多いですからね。テゼルト隊長は立場上、
重石になって頂く必要はあるでしょうが…何
人かはこれみよがしに動かして、自滅か炙り
出しか、やってみます。代わりにシーディア
中将の牽制、お願いしますね。我々一応、第
一艦隊麾下ですし」
開いた扉の向こうで頭を下げたのは、濃い
緑色の髪の男――キンバリーである。
4代目…と言いかけて、慌てて止めたのは、
下げた頭に、光輝の鋭い視線が降って来たか
らだ。
「…その為の録画映像だ。だから、消される
なと言っている。まぁ、消しに来るヤツが、
いたらいたで、分かりやすく捕まえられるが
な。とりあえず、保護かけてバルルークに送
れ。俺もそうだが、こいつらだって何度も同
じ話をさせられたくないだろう」
「承知しました。テゼルト隊長から送って貰
います。ところで、この子たち、どうします?
言っちゃなんですが、このまま置いておくと、
食事に一服盛られかねませんよ。むしろ、よ
く今まで無事だったと言うべきか――」
「ノティーツが派手に動いていた分、矛先が
逸れていたんだろうからな。だが、どのみち
毒見は全員必要だ。こちらが到着する前から、
食事に毒か薬か混ぜていた、そもそもの犯人
は分かっていないんだからな。どこにいても
同じ事だろう」
「あー…まぁ、そうなんですけどね…」
いたいけな(に、見える)少年たちを、気
の毒に思っているのは、どうやらキンバリー
もだったらしい。
光輝からすれば、故郷のために、既に覚悟
を決めている3人に、今さら同情が必要とも
思えなかったのだが、世間一般からすると、
10代後半の少年の環境としては、酷なのだろ
う。
「…おまえも体育会系か、キンバリー」
「いや…はいであり、いいえですかね…。こ
こまで、歯をくいしばって故郷のために頑張
ってきて、最後の最後に手が届かないのって
悔しくないですか?至れり尽くせり、庇護し
ようとは、思ってませんよ、もちろん。ただ、
足りない何かを補う手伝いくらいは、しても
許されるかなー…と、思いまして」
その場にいた全員の意外そうな視線を受け
たキンバリーは、少年たちに軽くウインクし
た。
「お望みなら、基地にいる間、隊のみんなで
鍛えてあげよう」
「はいっ、お望みです‼︎」
「シン、ちょっと待ってっ!」
「空気読もうか、シン⁉︎」
諸手を挙げた一人を押さえ込むようにして、
残り2人の少年が、恐る恐る視線をキンバリ
ーから、光輝へ向ける。
この場の決定権が誰にあるのか、きちんと
理解している表情だ。
「……テゼルトの許可は取れ、キンバリー」
ややあって、無表情のまま、光輝はポツリ
と呟いた。
その意を察したキンバリーが、口もとを緩
める。
「もちろんです。許可を貰い次第――彼らは
第一艦隊艦載機部隊で、預かります」
営倉の様子は、警邏室のテゼルトと、どう
やってか、艦橋から警邏室の映像にアクセス
していたスタフォード、ベルンフィールドが
リアルタイムで、その他の第一艦隊艦載機部
隊の主だった隊員たちも、さほど間を置かず
に、録画映像を目にする事になった。
光輝曰く「体育会系」の面子であり、テゼ
ルトを始め、彼らは案の定、ルドゥーテ衛星
から、故郷のためにと若くして出て来た少年
たちを受け入れる事に、違を唱えなかった。
その上で、テゼルトの指示の下、基地内で
姿を紛らせているであろう、人身売買犯を探
す事にも目を光らせはじめ、最強の艦載機部
隊が、最強の警察部隊ともなり得る、その潜
在能力に、基地で合流した、トルナーレやシ
ーディアは驚かされたのである。
〝ルドゥーテの狼煙〟
営倉での映像記録は、そんな風に呼称され
つつ、トルナーレとシーディアに提出された
――。
オルドリアン君が、光輝の下に来る前、どうしていたか――と言うところです。
ラジェーシュ、イリエスク、両少年も、この後もたびたび登場する事になります。