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Eon Crusade  作者: 水廉
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穏やかな日、奪われた日常

序章です!

日の当たる庭園に、爽やかな風が吹き抜ける。


青空が映る小さな池は日の光を反射し、きらきらと宝石のように輝いていた。


その様子を木の上から眺めていると、遠くからパタパタと駆けてくる足音が聞こえた。


白銀の短い髪に、草木の色をそのまま写し取ったかのような銀緑の瞳。


その幼い少女は膝下まで丈のあるドレスを着ていながら、全力で走ってくる。


「…何をそんなに急いでいるんだ」


気がつくと、思わず声をかけてしまっていた。


少女は足を止め、きょろきょろと辺りを見回し、不思議そうな顔でこちらを見上げる。


「誰か…いるの?」


いつもそうだ。彼女は間違いなくこちらを見ているのに、その目は自分を映していない。


しかし声だけは聞こえるらしいのだ。


上手くいけば会話ぐらいできるかもしれないが、何を話せばいいのかわからないためできるだけ声はかけないようにしている。


のだが。


(…やってしまった)


息を潜め、少女が立ち去るのを待つ。


少女はしばし戸惑っていたが、やがて気にしないことにしたのか、再び走り出した。


色とりどりの花が植えられた花壇を眺めながら微笑んだり、ひらひらと舞う蝶を追いかけて躓いたり、無駄に忙しそうである。


その危なっかしさを面白いと思い、暫く静かに見つめていた。


その時。


「久しぶりですね、ルディス」


久々に聞こえたその声に、すっと背筋が伸びる。


「…エディーナ様」


視線を下ろすと、日傘をさしながら見上げてくる、美しい女と目が合った。


彼女の名はエディーナ。強大な魔力を持つ、セルビオン国の王妃であり、先ほどの少女の母親である。


少し癖のある彼女の髪は墨を流したかのように黒く、瞳の色はとても深い翠だ。


「珍しいですね、あなたがこの庭園にいるなんて…会うのはあの子が生まれた日以来かしら?」


「…ああ、そうだな。あなたの頼みだから暇な時はあいつを監視しているが、何度も死にかかってるぞ」


「あらまあ、そうなの?確かに教師の方々にもすぐに脱走する、隠れる、危険な目に遭いそうになると愚痴を言われるわ…」


エディーナの言う通り、彼女の娘は勉強が嫌いで、終わるとすぐに逃げ出す。


さらに歩き回ることが大好きで、しょっちゅういなくなるのだ。まるで困らせることを楽しんでいるかのように。


この前は少し目を離した隙に階段から落ちそうになり、わざわざ助けてやった。


もちろん、自分の姿が見えない少女には、何が起こったのか不思議で仕様がないというような顔をされたが。


「あなたとは似ても似つかんな。全く落ち着きがない」


「そうですね、もしかしたらそこは国王に似て…」


ふとそこで言葉を切り、彼女は思い立ったように言った。


「…幸せな生活を送るわたくしたちのこと、恨んでいますか?」


ルディスは突然の問いに戸惑った。


恨むと言われても意味がわからなかったからだ。


「…あなた方が幸せなら、それでいいんじゃないのか?その問いの真意はわからないが、俺はそう思う」


そう返すと、エディーナは小さく笑い声を上げてそうですね、と呟いた。


そして、彼女は真剣な面持ちで口を開く。


「ルディス、近いうちに世界を揺るがす何かが起こります」


「何か…?」


曖昧な言葉に問い返すと、エディーナはゆっくりと頷いた。


「ここ最近、この地を守護する精霊たちが騒いでいるのです。間違いなくこの城の者も、あなたも、巻き込まれるでしょう。その時は、あなたの思う通りに動きなさい」


「…エディーナ様?」


ルディスはどこか確信のこもったエディーナの物言いに、首を傾げた。


「あなたは既に、何が起こるのかわかっているんじゃないか?」


エディーナは一瞬肩を震わせ、困ったように眉根を寄せた。


「わたくしの口から言えることは…全て、あなた次第、ということかしら」


そう言ってエディーナは微笑むと、踵を返して木陰から離れながら呟いた。


「大丈夫よ、何をしてでも、あの子だけは…リティエラだけは守ってみせるわ」


ルディスは大きく目を瞠る。


鼓動が早鐘を打ち、まるで日の光など届いていないかのように視界が暗くなった。


(なんだ、この感じは…)


エディーナは振り返ることなく、少女の元へと歩いて行く。


「リティ、そろそろ戻りましょう。次は教養のお勉強ですよ」


「あ!おかあさま!さっきね、声が聞こえたの!誰なのかわからないけど…」


「あら、そうなの?妖精さんかしらねぇ…」


「うん…お話ししたかったなぁ」


エディーナは微笑んだ。


遠目でもわかるほど、本当に愛おしそうに、大切なものを見つめる眼差し。


理由はわからないが、その慈愛に満ちた表情が空恐ろしかった。恨めしいと感じた。


(なぜだ?俺はなぜ…)


自分の足場が崩れ、沈んでしまうかのような錯覚に襲われる。


「いい子にしていれば、きっと会えますよ。さあ、早く戻りましょう」


「うう…はい…」


母親に手を引かれ、とぼとぼと城内へ戻っていく幼い少女。


それを見送る木の上には、一つの影。


「エディーナ、様…」




それは平穏が崩れ去る、ほんの一週間前のことだった。


それから七日後の夜、無邪気な笑顔も、それを慈しむ微笑みも、美しい庭も、全てが炎に包まれ、奪われた。



その時、自分は何を思っていたのだろうか。


何を、考えていたのだろうか。


ただ一つ、覚えているのはーー





「…こんなの、知らない…」





震える声で発される、悲痛な叫びであった。




次回『明朝の戦い』です!

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