第3話
拷問は釜茹でだけでは終わりません。お風呂から上がると、大広間でお父様が待ち構えていました。
「お~!りっちゃん、聞いたぞぉ~。まぁたやんちゃをやらかしたそうだな!」
お父様も頬擦りも嫌いではありませんが、このおヒゲのもぞもぞ感だけは頂けません。
後ろに控えたデイジーが口にしたのは、苦言というよりも、ほとんど愚痴に近いものでした。
「そろそろ私では手に負えませんよ、国王陛下」
「何を言うか、デイジー。お主で手に負えなかったら、誰がりっちゃんの面倒を見るというのだ」
お父様の大真面目な言葉に、大広間のあちらこちらから不自然な咳き込みが聞こえてきます。抗議の声を上げたいところですが、ここで口を挟んでも余計に風邪引きさんが増えそうなので、止めておきます。
ワイトがお母様のもとに駆け寄り、ひとしきり頭を撫でてもらったら、みんなで朝ご飯の待つ食堂へと向かうのでした。
朝ご飯が済んだらお勉強です。お勉強は嫌いではありません。何事でも学習や訓練によって習得し、自分のものにできた時の喜びには、美味しいものを食べたり、綺麗なものを見た時のものとはまた違った感動があると思うのです。
「うう~ん……ちっとも動きません……」
水銀の入った器に手を翳していたワイトが、今にもべそをかきそうになっています。
「ははは、流石にワイト王子にはまだ早かったですかな?」
王宮魔導師のベリアスがふさふさの白髭を撫でながら笑います。
今日は魔法のお勉強、それも少し難しいと言われている魔法、金属術のお勉強です。金属も比較的始原的な要素ではありますが、それを意のままに操ろうと思うと水や炎よりも数段困難になります。個々の金属によって性質が異なりますし、何より定形のものであり、硬いからです。なので金属術の入門は、今ワイトが挑戦していたように水銀を操るところから始めるのが一般的なのだそうです。
「さて、姫様はどうですかな?」
ベリアスに促されて、ワイトと交代します。
テーブルの上の器をしっかりと見据え、まずは水銀をそっと包み込むイメージ。翳した両手からは不可視の魔力が溢れ、水銀を一つの塊へとまとめ上げていきます。意識を集中したままゆっくりと持ち上げていけば、それこそ水操術のお勉強の時と同じように、水銀は球体となって宙に浮かび上がります。が、すぐにまたゆっくりと下ろして器に戻します。
「ダメ。これじゃ、柔らかすぎるもの」
水操術の時には、勢い余って部屋中水浸しにしてしまったのを思い出します。あの時はデイジーに怒られただけで済みましたが、今回はそうもいきません。何せ扱うのが水銀、猛毒です。万が一のことがあってはならないので慎重に、慎重に器へと納めます。感心しきりのベリアスをよそに今度はポケットからちっぽけな金ぴかの棒を取り出します。こんなこともあろうかと、自分で用意しておいた素材です。
「このくらいならいけるでしょ」
さっきの水銀でおおよその感覚は掴めています。それに今度の素材も金属の中ではかなり柔らかい部類に入るもの。やってできない事はないでしょう。
一方の端を魔力で固定し、反対側を摘まみ上げます。すると面白いほど滑らかに引き延ばされ、細く糸状になった金属が魔力の軌跡を追って宙を踊ります。まるで飴細工のようです。ふっと思い付いてこの金糸で“レヴァナント”の文字を綴ってみたり、一度塊に戻して今度はお日様やお月様、お星様を象ってみたり。思っていた以上に素直に、金属は私の魔力に従ってくれます。粘土遊びをしているのとほとんど変わらない感覚です。
「わあっ!姉上、凄いのです!」
さっきまでしょげかけていたワイトも、次は何の形が現れるのかと心を躍らせて待ちわびています。こうなってくると私の方も悪戯心が騒ぐのを抑えられません。今度は塊の真ん中にくびれを作って、潰れたピーナッツ形の板にします。それがモゾモゾとうねると、二つの顔が浮かび上がって、
「姉上と……僕も!」
裏面の留め金の細工に少し手こずりましたが、姉弟二人の顔が並んだバッチの出来上がりです。ワイトの胸元に付けてあげれば、その笑顔はどんな宝石や貴金属よりも眩い輝きを放ちます。
「いやはや、これほど鮮やかに操られるとは。流石は王家の血筋ということですかな」
ベリアスはベリアスで、思わずといった感じで感嘆の声を漏らすのでした。それを聞きとったワイトが詰め寄ります。
「ねぇ、ベリアス。僕も姉上みたいに上手にできるようになれるかな?」
「うう~ん、どうでしょうなぁ~?魔法の業は生まれ持った素質によるところが大きいと言われております。しかし、日々の鍛錬でもって伸ばすことが出来るのもまた事実。王子が努力を怠らなければ、神様もきっと応えて下さることでしょう」
ベリアスの曖昧な回答にワイトは難しい顔を見せます。それを宥めるように言って聞かせます。
「そう言えば。パセリには魔法の力がたくさん詰まっていると言いますね。今度からご飯にパセリが出たらこっそりワイトに分けてあげましょう」
この言葉で納得できたとは考えにくいのですが、私もベリアスも間違いなくワイトの魔法の上達を願っているということは、聡い弟にはちゃんと伝わったようです。
「うん、僕、頑張る!」
と、鍛錬を再開する後ろ姿からは強い意志が感じられます。
しかし、ワイトがそんな風に真剣に取り組むほど、私は彼に対して申し訳なく思うのでした。何故なら、私はワイトがどれほどの研鑽を積もうと、彼が望むほどの魔法の力は得られないだろうと知っていたのです。そしてそれは私に責があると言って、概ね間違っていないのです。
その話は私が魔法の勉強を始めた頃、つまり年子の弟がまだ魔法の勉強を始める前にベリアスから聞きました。それは王家の者と、ごく限られた少数の人間にだけ伝えられる、レヴァナントの血脈にまつわる秘密です。
――レヴァナントの血には強力な魔力が秘められている。しかしそれを得る者はただ一人、王の長子に限られる――
噛み砕いて言えば、レヴァナント王の第一子には生まれながらにして類稀な魔法の才能が受け継がれるのだそうです。それは圧倒的なまでに強大な魔力の継承であり、王位継承の決め事もどうやらこの辺りに根差しているようです。
いくつか疑問に思う点はあります。例えば、よくこれまで子供が生まれる前に王が死ななかったものですねー、とか。しかし、理屈はそれなりに通っていますし、何よりも自分の魔法的才能が恵まれ過ぎているという証拠が現にあります。それこそこんないわくがあるから納得できたと言っても過言ではないでしょう。
ともかく、私には王家に代々受け継がれてきた魔力が生まれながらにして具わっており、ワイトにはそれがありません。私がいたからワイトは人並みの魔力しか与ることが出来なかった、というのは言い過ぎにしても、私が生まれていなければ、お父様からこの途方もない魔力を受け継ぐのはワイトであったことは間違いありません。王家の者であるが故に、それを学ぶ機会に恵まれているという優位はあっても、ワイトが魔法使いとして大成する可能性は一般の人たちと大差ないのです。
先程のやり取りから案外、聡い弟は自分の魔法の才能に限界があることを薄々感じ取っているかもしれません。それでもひたむきに鍛錬に打ち込むのは、私たちを安心させるため、というのは考え過ぎでしょうか?
賢くて思いやりのある、私の自慢の弟。
そのいじらしい後ろ姿を見ながら、やはり私よりもワイトの方が、民を統べ、導いてゆくに相応しい人物だろうと、改めてそう思うのでした。
「ところで姫様、あのインゴットはどちらから?」
「えーっと、そのぉ……」
「……陛下には報告しておきますぞ」




