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 第2話

 そう言えば。

 私の名前は遠い異国の言葉で「雪」を意味するそうです。なんとレヴァナントの王女に相応しい名前なのでしょう。私にこんなにも素敵な名前を下さったお父様とお母様が一体どれほど深くレヴァナントの地を愛していたか、窺い知れるというものです。わざわざ異国の言葉を持ってくるあたりにまた、教養と奥ゆかしさが感じられます。


「ほら、分かりますか?雪というのはただの氷ではなくて、一粒一粒が複雑な六角形をしているのです。昔の人はこれを花に見立てて、六の花と綴ってリッカと呼んだそうです」


 そう教えてくれたのはデイジーでした。何時の頃のことだったかは生憎と思い出せませんが、初めてまじまじと見た雪の結晶が、確かに六枚の花びらで出来た花の形をしていたものだから、不思議と言いますか、驚きの新発見と言いますか。兎に角、とても興奮したのを覚えています。あの日見た花のことなら、今でも鮮明に思い出せます。


「そんな形をしているから雪は空気を抱えて熱を逃がさない、つまり、雪のおかげで暖かいのです」


「雪が?温かい?」


「もっとも、冬の晴れた日の朝がかえって寒いのはホーシャレーキャクによるところが大きく……」


 デイジーはそんなよく分からない難しい話も沢山知っていました。お父様からの信頼が厚いのもなんだか頷けます。

 昔お母様の輿入れの際、その縁談をぶち壊そうと目論む輩がいて、当時流れの傭兵だったデイジーがお母様の影武者になって、襲い来る悪者を片っ端から薙ぎ倒し……なんて話を思わず信じてしまいそうになるほど、デイジーは強くて、賢くて、気が利いて、そしてお父様からもお母様からも厚い信頼を得ていたのです。旅立とうとするデイジーをお父様とお母様が、あの手この手で引き留め、結局私が一人前になるまでなら、という約束になったと聞いています。それでも何となく、デイジーはこのままなし崩しに、ずっとレヴァナントに居続けるんだろうな、と思っていました。

 ちなみに輿入れの日の大立ち回りの話は国中で語られていますが、嘘っぱちに決まっています。子供を喜ばせるための作り話です。レヴァナントの地がどんな所かを知っていれば、そんなの子供にだって分かる話です。

 でも、デイジーに首根っこを掴まれて動けなくなる度に、デイジーだったらそのくらい本当にやってのけるんだろうなぁ……と、しみじみと思うのでした。




 熱い湯船は苦手です。何だか肌に痛いし、胸も苦しくなるし、上がったら上がったで急に寒く感じるので、できる限り避けたいものです。ですがデイジーに睨まれていては、大人しく膝を抱えて首まで浸かっているよりほかありません。


「綺麗なお花でしたね」


 ワイトは随分と喜んでくれたようで、その点については無理をした甲斐があったと言えます。


「でも、姉上の方が綺麗です」


 と、無邪気な顔で続けられた日には、満更でもありません。


「毎日キチンとお風呂に入って下されば、もっと綺麗になりますよ」


 デイジーが手桶にお湯を汲みながら、横から口を挟んできます。


「仮にも姫様は王家の第一子、ゆくゆくは女王としてこの国を治める方なのですから。もっと身嗜みに気を遣い、忍耐というものも学んで頂かねばなりません」


「う~……」


 デイジーのくどい言葉に、思わず唸ってしまいます。頭からお湯をかぶり、お説教はシャット・アウトです。


「心配しなくとも、姉上でしたら母上の様に美しく、父上の様に立派な王様になれることは間違いありません」


 満面の笑みと共にワイトが太鼓判を押してくれるのは嬉しいのですが、残念ながらそれに軽々しく同意することは出来ません。私はお父様の公務を見ていますから、それが如何に大変なものか知っています。ですから、思わずポロリと本音がこぼれてしまいました。


「王位は、ワイトが継げばいいのに」


「僕が、王様ですか?」


 目を丸くして聞き返すワイトに、微笑んで頷き返します。

 ワイトは何かにつけて、姉である私を立ててくれますが、一つ年下の弟の方が聡く、思いやりの心に満ちているというのは国中の誰もが口を揃える所です。別にそれで僻む訳ではありません。確かにちょっと我儘で身勝手な所があるのは自分でも自覚しているつもりです。

 それでも私にも私の取り柄というものがあります。それが一つの私が王位継承者たる証でもあったのですが、ただ実際の問題として、上手くやれそうな者が責任ある立場に立つ方が、理に適っているのでは?と子供ながらに考えてしまうのです。


「何を馬鹿なことを仰っているのです。まだまだ国王陛下はご健在ですよ。それに、王家の血筋の中で最も年長の者が王位を継ぐのが習わしです」


「でも、王位に相応しいかどうかなんて、年齢だけでは計れないでしょう?他所では姉ではなく、弟が王様になる国も沢山あるって……」


「確かにそういう取り決めの国も多くあります。ですが、その様な国家にとって一大事、他所の国がこうだからと言って、易々とレヴァナントにも取り入れられるものではありませんよ。

 それに、今の時点で姫様を差し置いて王子を次期国王に推す理由なんて…………そうですね、面倒事を弟に押し付けようとする人は、王位には相応しくないかも知れないですね」


 やっぱり、デイジーにはしっかりとバレてました。

 何やら小難しい顔をしていたワイトが、不安そうに訊ねます。


「もし、僕が王様になったら、姉上はどうなるのですか?」


 流石のデイジーも、これには苦笑いでした。

 大方、そうなったら私が側から居なくなってしまうのでは?とか、そんな心配をしていたのでしょう。全く、本当に可愛い弟です。


「そうしたら私は、ずっとお姫様?」


 ワイトの頭を撫でていると、デイジーから深い溜め息がこぼれます。


「勘弁して下さい。私は一体いつまで姫様のお守りをしていればよいのです?」


「んっふふ、そうですよね。私が早く一人前にならないと、デイジーは未来の旦那様を探しに行けませんものね」


 今すぐにでも捜索に乗り出さないと、もう手遅れのような気もしますが、とは心の中でだけ。

 そもそも、デイジーが本気で旦那様を探しに行きたいのか、怪しい部分もありますが、まだまだ私が「何をもって一人前というのでしょうか?」などと言っているようでは、それもまた随分と先のことでしょう。


「ずっとお姫様……それも、いいですね……」


 脚を伸ばして身体を沈めた浴槽の中で、ぼんやりと呟くのでした。

のっけからお風呂回です。この頃からお風呂嫌いな幼女です。だが慈悲は無い。


りっちゃんの特性上、本編では色々と制約が厳しいのですが、在りし日の姿を描くこちらでは存分にやりたい放題やっていきたいな!

お風呂でキャッキャッ言わせたいじゃない!

オシャレも沢山させてあげたいじゃない!

もふもふもふらせてあげたいじゃない!


この後ももうしばらくは、ちょっぴりやんちゃでワガママな幼女の日常をお届けします。

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