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第11話

 犯人捜しを諦めたとはいえ、それはワイトの不安をそのままにしておいてもよいということではありません。そんなことがあっていいはずがありません。

 一番分かりやすい方法を私がこの手で握りつぶしてしまったのです。であれば責任をもって私がワイトの不安を取り除くのが、筋というものでしょう。そもそも私以外にそれをできる者が、果たしているのでしょうか?

 デイジーは私がワイトに心無い言葉を投げられて傷付かぬようにと、私がワイトに会いに行くのを止めました。

 しかし傷付くことを恐れていては、痛みを分かち合うことも、分かり合うことさえ出来ません。それを丸ごと受け止め、寄り添え、支えることもまた、姉である私の務めでありましょう。

 お医者様からはまだ当面の間は自室で静養、様子見だと言われておりましたが、その言に大人しく従っていられるのもそろそろ限界でした。訪ねてくる者も稀な自室では寂しくて、いえ、退屈で。軟禁に耐えかねていたところに都合のよい口実を手にした私は、夜中に部屋を抜け出し、一人、そっとワイトの部屋へと向かうのでした。

 立春をもう幾日も過ぎているというのに、城壁の内にはまだまだ雪が多く残っていたと記憶しています。まばらに、まだらに顔をのぞかせる地面が、まだ春の到来には程遠いのだと言いたげに見えました。空には月が白く冷たく、それこそ雪のような輝きを放っていました。その割には寒いと感じた覚えはありません。

 とても静かな夜でした。こっそりと自室を抜け出してきた身ですので、自身の足音に怯えながら、ゆっくりと進みます。

 ワイトの部屋へと辿り着いた私は、躊躇うことなくその扉を推します。内鍵はかけられていなかったようで、扉は小さく軋みながらも難なく開いてゆきます。

 ワイトが引き篭もってしまったという話でしたが、鍵も掛けずにいるということは、誰も彼もを拒絶しているのではない、むしろ本当は寄り添ってくれる誰かを待っていた、そう解釈してもよさそうです。まぁ、鍵がかけられていたところで、窓から忍び込むなり、《解錠の魔法》を使うなり、どうとでもなるのですが。

 しかし、素直に扉を開いていったのはどうやら悪手だったようです。扉の隙間から身体を滑り込ませると、ベッドの傍らに控えていた忠実な護衛と目が合ってしまいました。


「お願いだからいい子にしててね?アンドリュー」


 扉の軋む音に目を覚ましたのでしょう。淡い小麦色をした長毛の守護者は立ち上がり、こちらを睨みつけています。優しく語りかけてみたものの、アンドリューが警戒を解く気配はありません。

 普段から私よりもワイトに懐いていましたから、その忠誠心がワイトの方へと向いていることは、頭の中では理解できます。それでもこうも露骨に態度で示されると、なんだか納得がいきません。私だってアンドリューと仲良くなりたい一心で、目一杯なでなでしたり、そのしっぽを追いかけてじゃれ合ったり、たくさん一緒に遊んできたはずなのですが。

 そんな私の思いを知ってか知らずしてか、私が一歩部屋の中へと足を踏み入れると、直ちに警戒のレベルは引き上げられます。低く唸るだけだったのが、眼をむいて、牙を剥いて。明らかに私のことを外敵とみなしています。

 これには少々困りました。もしもこれで騒ぎになって誰かが駆け付けてきたならば、少しだけ面倒なことになるでしょう。大人しく自室で療養しているようにと言われていたのに、それに背いてしまったこともありますが、それよりもデイジーが言っていたことを無視して、一人で勝手にワイトに会いに来たことの方がよっぽど彼女を困らせてしまいそうな、そんな予感がします。

 アンドリューの背後へと目をやれば、そこにはこんもりと盛り上がった毛布の山が一つ。

 その山に埋もれて私の可愛い弟は、救いの手が差し伸べられるのを今も待っているのです。ここで引き下がるわけにはいきません。

 身を屈め、アンドリューと目線を合わせて。できる限り優しい口調で懇願します。


「少しの間だけでいいから、静かにしていて。ね?お願いだから」


 身を低くしたのが良かったのか、それともしっかりと目を合わせたのが功を奏したのかは分かりませんが、アンドリューの緊張が、不意に解けます。その鼻から微かな音を立てて空気が漏れ出していき、それにつれてアンドリューの身体もしぼんでいくかのようです。

 きっとその主人がナーバスになっていたのがアンドリューにも伝播してしまっていたのでしょう。そのせいで何もかもが敵に見えてしまい、私のことも私と認識できない程に緊張し、警戒していた。これはきっと私の考え過ぎではないと思います。今、目の前にある困惑したような、少し間の抜けた表情は、なんだかばつが悪そうにしているようにも見えます。その顔がもう、私の考えを肯定する材料としては充分なように思うのです。


「ありがとう、アンドリュー。ずっと、ワイトに寄り添って、支えてくれていたのね」


 自然と顔がほころぶのでした。

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