第10話
正直に言いますと政にまつわるあれこれはについては、スクワラたちがうまくやってくれると信じていました。私が口や手を出すようなことはそうそうないだろうと。
ですから、早々に私の裁可を仰がれた時には、とても面食らってしまったのです。
「犯人捜し、ですか」
「左様でございます」
ベリアスがいつにも増して硬い表情で答えます。隣に並んだスクワラとデイジーも険しい表情です。
この3人の間であの晩餐の犯人捜しについて、意見が割れているというのです。
ベリアス曰く、
「一刻も早く下手人を捕らえ、相応の報いを与えねばなりません。事は王家に対する冒涜。看過できることではありませんぞ」
「しかし現状、水面下の捜査では完全に行き詰ってしまっている。これ以上はあの晩餐にあったことを公にして捜査の手を拡げるしかありますまい。それは下策だと言っているのだ」
スクワラはそれに反論します。
現状、王家としてはあの日の晩餐に何があったのか、明言していません。箝口令を敷き、あくまで晩餐のあとで王家の者が体調不良となり、医師たちの尽力も空しく、お父様とお母様は帰らぬ人となった、という体です。もちろん、人の口に戸は立てられませんから、不穏な噂話が城下に流れているであろうことは想像に難くはありません。それでも、
「事件があったことを認めてしまえば、レヴァナントはそのような襲撃を許す、杜撰で愚昧な国であると周囲は認識しますぞ?国の体面の問題だ!そちらの方がよほど禍根となるわ!」
スクワラが唾を飛ばしながら熱弁します。
片や真相を究明し、断罪する。
片や事実を隠匿し、無かったこととする。
相反するそのどちらもが国の威信を護るためという、同じ想いに根差している。
なるほど、これはなかなかに難しい問題と言えるでしょう。国の威信に関わるとまで言ってしまったのであれば、ひいてはそれは国のゆく末にも関わること。臣下の判断で決められることでは、もはやありません。
「デイジーはどう思いますか?」
「私は……私も犯人を捕らえるべきだとは思います」
意見を促されたデイジーはどこか歯切れが悪く、彼女がその先を続けるのをただ黙って待ちます。
「レヴァナント王家の穏やかな日常を台無しにした者を野放しにしておくなど、私にはとても耐えられません」
彼女の拳に痛いほど力が込められているのが見て取れます。
「しかし、犯人捜しというのはなんだか、不毛なような気がするのです。何と言うか、建設的ではないと言うか……」
「何を言うか、デイジー殿!」
今度はベリアスが声を張り上げます。
「下手人を挙げることができれば、あれからずっと怯えておられるワイト王子の不安が取り除けるというもの。王家の日常を取り戻すためにも、それは早急に必要なことであろう?」
ベリアスの言はもっともです。それを否定することはできないと思ったのか、デイジーとスクワラの視線が私に集まってきます。どうやら、私が決を下すべき時が来たようです。
「私としても当然、犯人を許すことはできません。犯人を捕まえることがワイトの平穏を取り戻すために必要とあらば、なおのことです。ですが捜査を拡大して、それでももし犯人が捕まらなかったら?そうしたらワイトはどうなりますか?」
そうなったら私の可愛い弟は一生不安に怯え続けることにもなりかねません。少なくとも犯人が捕まらないうちは、彼の不安を取り除くことはより一層、困難なこととなるでしょう。
想像するのはそれほど難しいことではない筈なのに、答える者はありませんでした。
沈黙の上に、更に言葉を重ねます。
「もっと言えば、これは私個人の感情の話になるのですが……私はこの国にそのようなことを企む者が、或いはそのような企てに手を貸す者がいるとは思いたくありません……民を疑いたくないのです」
ベリアスの口から深い溜め息が漏れます。
「それで、後悔はなさいませんか?後でやはり、となっても、その時ではもう遅いかもしれませんぞ?」
「……はい。捜査は打ち切って下さい」
結局のところ、国としての体面だとかよりも、私個人の想いを優先した、我儘な決断だったともいえるでしょう。これが実質的に、私が初めて為した女王としての仕事となります。
その決断が正しかったのかは、今でも分かりません。