第9話
あの時、自分に何が出来るだとか出来ないだとか、そんな小賢しいことを考えてしまったのは、今にして思えば、それは全く良くなかったことでしょう。理屈を与えてしまえば、畏れは形を成してこの身を縛る枷となります。
私の手を取ったままのデイジーもまた、目に見えぬ何かに縛られているようでした。私同様、やりようの無さにやり場のない想いが雪崩込んできて、身動きが取れないでいる。彼女のそれはきっと、私のことを慮ってのことでしょう。
レヴァナントの早朝の空気が二人を凍てつかせていたのは、そんなに長い時間のことではなかったと思います。
小さく扉を叩く音に応えれば、扉はゆっくりと遠慮がちに開かれ、そこには大臣のスクワラと魔導師ベリアスとが並んでいました。
「デイジー、姫様にはどこまで?」
「……両陛下の崩御と、王子の現状はお伝えしました」
ベリアスの問いにデイジーが力無く答えます。
神妙な面持ちのベリアスの眼差しが、今度は私へと向けられます。
「此度のこと、心よりお悔やみ申し上げます……」
スクワラと揃って深々と頭を下げ、それを受けてこちらも小さく頭を垂れます。
単にそんなお悔やみの言葉を述べにきたわけではないことなど、二人の雰囲気を見れば分かります。
重苦しい空気の中、やがてスクワラが仰々しく口を開くのでした。
「姫様におかれましては、未だ心落ち着かず、不安も尽きないことかと存じ上げます。そのような中、真に恐縮ではありますが幾つかご相談させて頂きたいことがございまして、参った次第です。よろしいでしょうか?」
「相談?私に、ですか?」
「左様でございます」
思えばこの時の私は、状況を正しく理解しているつもりでしたが、実際には私の理解では多少の不足があったのです。
「まず第一にご相談したいのが、国政についてでございます。陛下がご逝去あそばされた今、第一子であらせられる姫様が女王陛下としてご即位なさるのが順当かと存じます」
「私が……女王様?」
「左様でございます。勿論、執政に当たってはベリアス殿やデイジー殿や、この私めも微力ながらお力添えしたいと思っております。一先ず、新女王陛下が快復されるまでは、重要な案件は逐一報告、ご相談させて頂きながら、簡素な案件についてはある程度私共目の方で採択させて頂きたいと思うのですが、如何でしょうか?」
「私なら、もう大丈夫です」
「しかし聞いておりますぞ?夜も眠れずにベソをかいて、食事も全く手をつけておられないとか」
「ベソなんてかいていません!」
しかし認めたくはありませんが、指摘は概ねその通りです。傍らでデイジーも難しい顔をしています。
とは言え、仮に私が全くの健康であったとしても、現実問題として国政にまつわるあれこれを一人ですべてできるとは思えません。勢いで反論したものの、私には指導力はおろか、判断力も知識すら足りていないことでしょう。何がどう大丈夫なのかを説く取っ掛かりすら無く、二の句が継げません。
意地の悪い指摘を繰り出しておきながら、大臣は表情を緩めて続けました。
「またかつてのようにデイジー殿に叱られながら賑やかにお食事を召されるようになるまでは、ゆっくりとお休み下さい」
それが彼なりのいたわりであると知れば、無下に断ることも出来ません。
ただ、あの賑やかな食卓が二度とないのだと思うと、再度、胸を刺すものがありました。
「分かりました。それでは今しばらくは甘えさせていただきます。デイジーも改めてよろしくお願いします」
私の改まった言葉に、二人は深く頭を下げます。
「喪が明けましたら、盛大に戴冠式を執り行いましょう。それこそ、姫様の誕生日をもう一度改めて祝うほどに。それがリッカ女王陛下の最初のお勤めでございますな」
こうして私、リッカ・レヴァナントは9歳と10日にして、女王に即位したのでした。後に、城下に正式なお触れも出しました。
しかし、終に戴冠式を執り行うことはなかったのです。