1話 神……様?
「あ、姫さま~!姫さま~!目を覚まされましたぞぉ~!」
「…………っ」
すぐ傍で騒ぐ存在によって俺の眠りは妨げられた。目覚めは最悪、乗り物酔いでもしたようなクラクラとする気分の悪さに自然と口に出そうとした悪態も声にならず、小さく息を吐き出すだけ。何度も胸にかかる小さな圧迫感もその原因の一つ……というのも胸の上で何かがポムポムと跳びはねている何かがある、いや何かが居るのだ。
「……んだよこれ」
ぼんやりと未だはっきりとしない視界の中で胸の上で跳びはねる何かを両手で掴む。サッカーボール大の丸い球体、その感触は何というか……ふさふさ?……もふもふ?妙に手触りの良いそれを弄るように撫でまわす。いや、まだよく見えないんだってマジで。
「……おお?……うっむふふ、おふっ!そこは……んふっ!なりませんぞぉ……」
指を動かすたびにそれは声を発する。内容はともかく渋い声だ、こうタキシードとか似合いそうな初老紳士のイメージ。……内容はともかく。
視界がはっきりしてくると掴んでいるのは毛むくじゃらの白い球体、天へと突きだした二つの長細い耳、正面に存在する目、口、そして球体の形を少し崩すように存在する鼻。俺の手の中で微笑んでいた……兎の生首が。
「はっ!?きも!」
俺は体を起こしながら反射的にそれを投げ捨てた。当り前だリアルな造形の巨大な兎生首とかどんな嫌がらせだよ!寝起きのサプライズにしても質が悪いわ、生首で攻めるなら某キャラクター風にデフォルメしておけ。即バクペだこん畜生め!……いや、落ち着け俺。
「ぶっ……むごっ!?……ぶ、無礼な吾輩を投げ飛ばすなど――」
「黙れ!こっち向くな!きめぇ!」
ポフポフと気の抜けた音を立てながら跳ね転がった生首がくるりと顔を向けた。跳びはねながら何か言っているが、深みのある声が見た目の気持ち悪さと相まってシュール過ぎる。
「な、な、な、……貴様!姫さまに御創りいただいた吾輩のこのプリチーな姿をきも――」
「チャオチャオ、気分はどう?」
尚も湯気でも出そうな剣幕で何やら戯言を垂れ流す生首、それも横から声をかけてきた少女によって遮られるのだが――
「君は?」
下から上へ視線を流しながら少女を観察する。一昔前に女子の間で流行っていたような覚えのあるどこぞのメーカーのスニーカー、赤いチェック柄のスカート、胸元にワンポイント入ったTシャツを身に着けているが、スニーカーのロゴとTシャツに印刷されたキャラクターは俺が覚えていつもものとどこか違うような……同じような?
「姫さま、姫さま!この男吾輩のプリチーな姿を!プリチーな姿をぉぉ!」
「うんうん、うさビはプリチープリチー。きもかわいい的な路線で。」
姫さまと呼ばれた少女は生首――うさビを抱き上げると慰める様にそれを撫でながらこちらに視線を向ける、ドヤ顔で。そいつこっち向けんな。
「可愛い要素が微塵もねぇよ……」
「えー、そうかな?」
「まったくもって無礼な男ですな」
とりあえずお前は黙れ生首改めうさビ。正直見た目だけでなくネーミングセンスもどうかと思うが。
うさビ――うん、やっぱり生首でいいな、生首とじゃれあう少女は小柄な体で生首を抱える様にして抱いているが、身長は150あるかないか、整った日本人顔で肩ほどまで伸ばした黒髪。出るとこは出ていて絞るべきところは絞られている理想的な体系か?うん、好みだ。大きく胸元の開いたTシャツを着ているので目のやり場に困——おい生首、もっと横に寄れ!
「あ、そうそう私美咲。」
「ヘぶっ……姫さま~……」
突如生首を投げ捨て思い出したように名乗ると、俺に向き直り屈んで目線を合わせてくる。そして――
「訳あって神様やってます。」
――ピッと伸ばした手で小さく敬礼しながら、どこか恥ずかしそうに神を名乗った。