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鳴り響く蝉の合唱、波打ち際で波が浜を打つ音、そよ風が木々の葉を揺らす音、そして涼しげな風鈴の音色。夏らしい炎天下の日、日常らしいその中に響く警報とサイレン。銃声、破壊音、悲鳴、泣き声、呻き声、怒声、そして・・・少女に迫る黒い巨大な影、
「っ、やめろおおぉぉぉ・・・・・・」
彼の声は・・・届かない・・・。
◆◇◆◇◆◇◆
「うわぁっ・・・、はあ、はあ」
そして少年は目を覚ました。時計の針は午前3時、日も昇らない夜と夜明けの間、見上げた月は大きく欠けてまるで嗤っているかの様で、
「・・・・・・」
彼は何も言わずに再び眠りに落ちる、声の届くことのない悲しみの連鎖の中へ。
◆◇◆◇◆◇◆
「お・・・い、お・・・ろ。おい、翼起きろ!」
「うわぁっ!」
「うわ、じゃないだろ。わざわざ起こしてやったのに、ああ、あと汗びっしょりだぞ」
彼はさぞめんどくさそうに言い放つが、これがいつもの日常である。
「ああ、ありがとう一咲」
「いいかげん凪でいいって言ってるだろ、・・・もう3年目になるが」
彼は頭を掻くと「早く来いよ」と言い残して部屋を出て行った。ここは海軍候補生教育育成学園生用寮、その一室。そして彼がこの部屋の主である大空 翼である。今日は新学期初めの始業式であり晴れて3年生となり、部屋も個人部屋となったのだが、
「ちょっと広すぎるなあ・・・」
と彼から広過ぎるらしい。
「はあ、もう7時か」
もう3年間ここで暮らしているので体が勝手にてきぱきと準備を開始する。ものの数分で制服に着替え刀を帯刀し寝癖の立ったまま部屋を後にして、一階の食堂へ下りる。そこにはいつもと同じ席を占拠する集団がいた。
「毎回言うけど勝手に朝食を選ぶなよ」
「でもいつもこれだろ?それに今日は雪乃さんが取って来てくれたんだから感謝してろ」
席の端に座りトーストを齧っている彼女がこちらを見る。
「ありがとうございます、雪乃さん」
「どういたしまして、・・・今日もよろしく・・・」
「ああ、よろしく」
翼は朝食の置かれているいつも通り海峰の隣に座る。
「おはよう海峰」
「ん?ああおはよう。スレインも来たらしいよ」
「やあ翼、どうだい朝は?」
淡い金髪(オフゴールドの髪を持った少年がトーストセットを持って翼の前の席に座る。
「最高、とは言えないけど良い方かな?」
「アホか、雪乃さんに運んどいてもらっておいてそりゃないやろ」
「だよな~」
後ろに座っていた同級生のトウジとケンスケが文句を言い、トウジが翼の頭を叩く。
「痛いな~、そんなに強く叩かなくてもいいだろ」
「いいや、いる」
「そうだそうだ」
2人は翼をからかい始め彼自身はそれを受け流す。わいわいといつも通り騒がしい席から少し離れた凪の横に座り朝食を摂るシアはそれを無視して黙々と食べている。そんな日常が新学期の今日もまた始まった。
◆◇◆◇◆◇◆
午前9時、始業式が始まりA、B、C組を合わせた3学年、計360名が体育館に整列する。学園長や教師達の長くつまらない話がやっと終わり、3度目の組分けが発表される。まあ毎回のことだが、A組がスレインと雪乃さん、B組がシア、伊奈帆でC組が僕と凪とトウジ、ケンスケとなった。まあこの3人とは腐れ縁だし分かりきっていたことだが伊奈帆がA組でなかったのが驚いた。
彼は2年の時から戦略班としては異才を放っており実技・筆記試験共に高成績を残していたのでそろそろB組からA組に昇級するかと思っていたが相変わらずB組のままだったのだ。当の本人は別にいいと言っているがやはり周りはそうではなかった。
「やっぱり伊奈帆クンがA組になれなかったのは新型じゃないからなのかしら?」
「そうだろうな、上はやたらとそこに拘るからな・・・、たくっ新型だから有能って訳でもないっつうのに」
そう、この学園には組分けには明確な基準があり、A組は新型カタフラクトと適合しているか、B組は量産型であっても成績面で高得点を保持しているか、C組は操縦できない者や整備兵を目指す者、訳アリ者が集められている。因みに一咲は整備兵を目指しており翼は訳アリ者、そしてトウジとケンスケは、
「どうせ俺達は操縦が下手くそですよ~だ」
とまああまり上手ではない者に入る。
「そう言えば翼クンは実技も成績もそれなりに良いと言うよりも実技は1位なのにどうしてC組なの?」
「ん?ああそれは・・・」
「こいつには色々訳アリなんだよ」
「訳?」
「うん、まあ色々とね・・・」
「それってどんな?」
と、雪乃が更に聞こうとしたその時、後ろから声が掛けられた。
「あら雪乃さん、またそんな人達とお話をなさっているの?」
「か、神崎さん・・・」
「あらアリサでいいのよ、雪乃さん。それに比べて………」
現れた彼女は翼達を見下した目で見る。
「なんやとコラ、毎回言うけどな、テメェいい加減にせんかコラ!」
「そうだこのヤロー、むがっ」
突っかかりそうになったトウジとケンスケを翼が抑え込む。毎度のように首に腕を回し首と口を押えるヘッドロックをかまして差し上げた。
「何か御用で?」
いつも通りポーカーフェイスで彼女に対し聞き返す。3年もこんな感じでつきあってるのだ、いい加減無難な対処方法も思いつく。
「いいえ何も、ただ雪乃さんに用があっただけで貴方達には一切ありませんよ」
彼女のわざと言う勘に来る言葉に凪は舌打ちし、周りのスレインや海峰達にも気まずそうな雰囲気が漂っている。まあシアの方はどこ吹く風というか無視に近いが、
「そうですか、では僕達はもう教室に行くのでどうぞごゆっくりと」
「いいえそれには及ばないですよ、もう終わりましたから」
彼女は意地悪く微笑むと取り巻きの女子達を引き連れてA組の教室に去って行った。しばらくして翼はトウジ達を解放し大きなため息を吐く。
「なんやねんあのアマは!はたかしたろか」
「全くだよ」
「2人共、口が悪いよ」
彼は2人と向き合う。
「しっかしあんなこと言われて翼は腹立たんのか」
「いちいちイライラしてたら3年も同じ学校に居られないよ」
「なんやと!それはワシが短気ってことか!?」
「……否定しない所もあるけど違うよ。毎回言うけど気にするなって事だよ。それにAと揉めると後々面倒だよ」
「そらそうやが・・・」
トウジはまだ納得し切っていない様だがそこで凪がストップを掛けた。
「もうその辺にしてぼちぼち時間だ、教室に行くぞ。じゃあな4人共、また後で」
「うん凪達もね」
「じゃあまた後で」
「じゃあね・・・シア」
「・・・・・・」
彼女は翼を無視して先に教室に向かった。翼は少し悲しそうな顔をするとすぐに教室に走って行った。