7話 学園潜入
翌朝。
テーブルに座る三人。俺たちは今後について話していた。
「学園に潜入しよう」
「探したいお友達がいるんです」
ユイは賛成した。しかし、キャロットは乗り気ではなかった。
「私は気が進まない……。ここにいても、しばらくはだいじょうぶじゃない」
「だとしても、ここにいるだけではジリ貧だ。
やがては、どん詰まりになる」
「……わかってる」
「キャロットにも、探したい人はいるだろ?」
「……ええ、いる。でも、ここで待っていれば来るかもしれないでしょ」
「探したいのは学園の生徒だろ?」
「……」返事がないのは、肯定の証か。
「なら、学園を探すべきだ。自力でぬけ出すのは厳しい。
俺たちから、助けに行くべきなんだ……!」
キャロットは長い間堪えていた。だがやがて、打ち明ける。
「……わかってた。はじめからそうするべきだって……。
でも、勇気が出なかった。臆病だった。あんたに言われるのは癪だけど、やるしかない、よね……!」
「話はまとまった、な」
「私も探したい。お兄さまを」
こうして学園を探索することに決まった。
学園を覆う門壁。
そのそばにはバイターの群れ。
入らせてほしそうにひたすら壁にぶつかっている。
「一気に潜入するぞ!」
ユイとキャロットがあとについてくる。
門の左前方にいるやつらの注意を引き付ける。
その隙に右方向から先にユイたちが進入する。
ユイがキャロットの車イスを押していく。床に転がっている死体を避けたりするので、なかなかスムーズには進まない。
二人のほうへ行こうとするやつを追いかけて脚を蹴り飛ばし、頭を潰す。
それからまとめて片付けた。
「こっちはだいじょうぶだ!」
ユイたちに合流する。
門を通過し、学園内に突入。施設には校舎が二つある。
ユイによると新旧のものが並び立っているそうだ。
「ユイ、キャロット、先にいけ! 殿は俺が務める!」
校庭に蔓延るバイターを始末しつつ、ユイたちの通っていた新校舎を目指す。
あと一歩でというところで、不意に背後から高速で迫ってくる何かを感じた。
「!?」
ガキィン
気配のほうへ振り向き、腕を盾にして弾き返す。
それは、矢だった。地に落ちた矢をとっさに拾う。
「ユート様、どうかしましたか?」
何者かが襲ってきたのだろうか。
「いや、なんでもない」
サイボーグ化した目は遠くの景色を捉える。
クロスボウを構える謎の影がいる。
視界にとらえた時点で、矢をそいつに向けて投げつけた。
人間離れした肩力が、風を切り勢いよく飛ばされていく。
影が倒れる。直撃していればいいのだが。
「先を急ごう」
図書館へ辿り着いた。
入口を開ける。
近くにあるテーブルには、手に本を広げたまま頭を喰われている生徒。
あちこちに、本を抱くようにして逃げようとしたが叶わなかった生徒の亡骸がある……。
図書館特有の紙の匂いがしない。
壁や床についている血の匂いが、ここが図書館であることを忘れさせる。
棚という棚が倒れ、重なっている。
「ひどいことになってるな……」
「ユート様。あれは」
ユイが指差す先には、長机。それも、何層にも積み上げられている。
粘着テープで一つひとつが固定されているので、安定している。
部屋の天井まではおおよそ十メートルといったところ。
だいたい七メートルくらいまで長机が連なる様子は、異様だ。
「柵、のつもりなのかな?」
キャロットが疑問符を浮かべる。
たしかにこれだけ横にも縦にも幅をもった”壁”があれば、奥へはいけないだろう。
「奥にだれかいるのかもしれない」
隙間から覗く。
「いない。まさか、もうバイターに……?」
「どこかに隠れているんでしょうか」
「きっと無事よ。これだけのことやってるんだから」
ガタッ
「ん?」
なんか聞こえたぞ。
ガタッ、ガタッ
「上の方から、でしょうか」
「私にもそう聞こえるわ」
ユイとキャロットが耳をぴこぴこ上下に動かす。
しっぽも気配を察知するみたいにぴんと伸びている。鬼○郎か。
「上にいるのか?」
「あ、あんな高いところにぃ!? ど、どうすれば……?」
キャロットが眉をひそめる。耳もしっぽもしょぼんと沈んでしまった。
「う、上にいるかたーっ、ユイたちはあなたを助けに来ましたっ。
無事だったら返事をしてくださいっっ」
ユイが声をかける。目を>< みたいにしながら。
「……」
しーん。反応がない。
「ふたりとも。ここに脚立があった」
「おお、でかした! けど、」
三メートルといったところだ。
高さが足りない。
「任せて。私の力が助けになると思うから」
「!?」
「前に話したでしょ。私の魔法は生育魔法。つまりは」
キャロットが魔法を使う準備にかかる。
たしかポッターというメガネは指を鳴らして発動していたけど……。
「それっ」
キャロットが両腕を前に向けて大胆に広げる。\(^o^)/って感じだ。
それが発動キーのようで、キャロットの手からは金平糖のような白い輝きが放たれる。
それに覆われた脚立。すると、みるみるうちに脚立が……。
「伸びてる!?」
脚立の段数が増えていく。これで、机の上にいる何者かと接触できる。
「すごいな! 生育魔法って一体?」
「対象のもつ特性を伸ばす、用途限定。所詮Bランク魔法よ」
といいつつ少し自慢気だ。まんざらでもないらしい。
「おかげで助かった!」
「あ、あのユート様、キャロちゃん。あちらに階段が……」
ユイの指す方には二階へ続く長い階段が。
「えっ。……じゃあそれで行こうか」
「何だったの、もう! ユイのバカっ!」
「ごめんねキャロちゃん」
しょんぼりとうつむくユイ。イヌ耳も下を向いていた。
「許してあげるーっ!」
ユイに抱きつくキャロット。うぇへへへ。嬉しそうにしている。
よだれが出そうになってすぐに「ハッ」と凛とした態度に戻る。
「コホン。……じゃ、階段使おっか」
階段を上がっていく。スロープ型の、バリアフリーなやつ。手すりもある。
ユイ。俺。キャロットの順。
ユイは心配なので俺が後ろでフォローしたかった。
キャロットが最後なのは、俺が後ろにいようかと訊ねたら
「さ、さささ最後でもだいじょうぶっ! へーきだってばっ!」
といわれたので信じることにした。
「段差急だし、スカートまじまじ見られるの、なんか、はずかしぃし……」
いつもはハキハキしゃべるキャロット、このときはまたもぐもぐ小さな声でひとりごちていた。癖なんだろうか?
「それにしても、本だらけだな」
二階には壁棚一面に天井の高さまで本がしまわれている。
「ユート様すみません。ここには来たことがあったのに、階段のことをすっかり忘れていて……」
「しばらく来られてなかったんだろ。忘れるのも仕方ないって」
「…………ぴぇ」
「キャロット?」
「!? な、なななによっ! こ、こここわくなんてないんだからっ!」
手すりをつかむキャロットの手ががたがた震えている。
「ならだいじょうぶだな」
「!! そ、そうよっ、だい、じょうぶ……こわく、ない、こわ、ぴぇ……」
目がうるうるしている。高いとこ、苦手だったようだ。
「下を見ないほうがいい」
「……! い、いわれなくてもそうしてる、わ、よ……ふん……」
キャロットの怯えが止まった。
これ以上は何も言わなくて良さそうだ。
ひとまずホッとしていると、階段が終わった。
二階についたのだ。キャロットの到着を待って、一息つく。
すると、それまでもかすかに耳に入っていた声(?)がはっきりとした音で聞こえてくる。
「……ぷぁー。……ぷぁー」
「何か声がするが」
「……ぷぁー。……ぷぁー。くぁ……すぅ……」
「寝てるん、でしょうか」
「こんな高いところで!?」
簡単には信じられない。
だが、机はそれなりの幅で積まれている。それくらいの余裕はあるのか?
「とにかく、そこまでいってみよう」
壁伝いの道を机のそばまでいく。
机の上に寝そべっているのは――ユイたちと同じくらいの女の子だった。
「「あ、あの子!」」
と二人の驚く声がする。
「知っているのか?」
ユイとキャロットが視線を交わす。
こくんと頷く二人。
「はい」ユイが応える。
「あの子はリトリーさん。この学園一の秀才さんなんです」
「歴代の生徒たちに例を見ない、十歳にして飛び級入学。でも、学園一の――」
「サボり魔でもある」
手をこめかみのあたりに当て、キャロットは呆れるのだった。