4話 ”やつら”に魔法は通じない
「あそこが、避難先?」
巨大な白い建物。病棟がそのイメージに近い。
その片隅にぽつんと立つ小屋。あれが避難先だという。
スケールで比較してしまうだけで、十分に大きい建物ではあるのだが…。(病院の本棟と近くにある附属病院というか、広い校舎と体育館、というか)
ユイは応えるよりも先に走りだした。
仲間のことが心配なのだろう。あとにつづく。
「キャロちゃん!」
扉を開ける。
「!? 誰なのあんた。ユイの何なの?」
扉を開けた先には、ユイと同等のかわいらしさ、それと、気品にあふれている女の子がいた。未成熟な容姿が邪魔をしているが……。
その子はユイが見知らぬ男を連れてきたことに目を見張っている。
「怖い顔しなくてもだいじょうぶだよキャロちゃん。
この人は、勇人さんはね……ユイのこと、助けてくれた人なの」
「お、おいユイ……!」
ユイが俺の右腕に、腕を絡ませる。
「なっ、なな、なっ……んですって!!」
キャロットは驚きのあまり声を張り上げる。
よほど衝撃的だったのだろう。数秒、目をまんまるくして、口を開けたままだ。
ユイが近寄って、キャロットの手を握る。
キャロットは腰を掛けている椅子ごとこちらを向いた。
その椅子は、手で押すことによって移動できるタイプのものだった。
転生するまえに俺が使っていた車イス……に似ている。
パッと身、現実世界のものに搭載されている便利な機能などはない、シンプルなもののようだ。文化的には現実世界よりは劣る……のか?
「ふ、ふーん……」
品定めするような目をしている。
信用できるひとかどうか、考えているのだろう(もう手遅れな気もするが
第一印象大事。気をつけないといけない。(もう手遅れな気もするが
彼女からは近づいて来なかったので、自ら前に歩み出る。
「俺は勇人。ユイから話は聞いてる。よろしくな、キャロット」
握手を求めていく。現実では運動会の変な種目でやったくらいのおおよそ縁のないことだったので、緊張する。
すると、ただでさえ厳しい目つきだったキャロットが、敵意むき出しに歯をギリギリ。
「フン!」
え、なにがフンなんだ。まずいことしたか?
「あなたのようなどこから来たともしれないやつに握らせてあげるほど、私の手は安くない」
「!?」
た、高飛車! よく見ればこの子、それっぽい要素の塊だ。
綺麗に切りそろえられた前髪。腰のあたりまである長い金髪。
なんか高貴そうな銀色のカチューシャめいたもの。
衣装はユイと同じ海軍制服風のものにレースがついたVer(特注?)。
紺のプリーツスカートもこの子が着ていると王族のそれみたいに見える。
もしかしたら、と頭頂部を見るとやはり生えている、耳。
この子はネコミミらしかった。機嫌悪く鞭のように荒ぶる尻尾も同じように。白い尻尾だ。
お嬢様っぽい感じがしてたんだよな。
でも、実際こうバシっと格差で拒絶されるとは。
転生しても人間、うまくいかないものだ。
「ほ、ほらキャロちゃん! ユート様ショックで固まってますよ。
握手どうしてもダメですか?」
ハッ。呆然としてしまっていた。
「いやよ。気に喰わない。大体ユイ。あいつらはどうしたの。
どうして一緒に帰ってきてないの?」
「それは俺から話そう」
「?」
こちらへ視線を向けて、メンドくさそうに目を細めるキャロット。
「キミたちの仲間は裏切った。ユイを見捨てて逃げたんだ」
「なん、ですってぇ!?」
これまでも十分刺々しかったキャロットの声色が、最高潮に尖る。
「あ、い、つ、ら……。少しでも信じようと思って馬鹿だったわ……」
ワナワナと怒りを溜めるキャロット。
話しかけるのもためらわれるやつだこれ。
「キャロちゃん。……あの人たちも仕方なかったんだよ」
「何が仕方ないっていうの! 女の子見捨てるなんて最悪中の最悪!」
ド正論だが半ギレで言っているので怖い。
いつ怒りの矛先がこっちに向かうかとびくつく俺をさておき、
ユイがなだめようとする。
「あの人たち、逃げちゃう前にいってた。
『ユイを助けてたらみんな死んでしまう。仕方ないんだ』って」
だが、火に油だった。
「んっ殺そっ」
「キャロちゃん!?」
「あはは、じょーだんじょーだん」
目が笑ってませんが。
「もう、びっくりさせないでください」
「ここは特別な作りだから外から攻撃されることはない。
いつ、どうやって奴等を見つけて潰すかを考えないとね」
「キャロちゃん!?」
「目がぐるぐる回っちゃってるよユイー。かわいいんだからもう」
キャロットはユイの腰に手を回す。ぎゅっとしている。
頬ずりしているように見えるのは気のせいか。だらしなく口を開けて、少しよだれを垂らしそうになってあわてて口を閉じるように見えるのは気のせいか。
スキンシップ、……だよな?
「あーこんなにかわいいユイを……やっぱりあいつら許せないわ」
「待て待て。落ち着け。少し、落ち着け」
「……なによ」
少し暴走ぎみだったキャロットだが、俺に話しかけられると正気に戻った。
「聞かせてほしいことが少しある。いいか? 状況確認だ」
「別にいいけど。あんたホントに信用していいのよね?」
「そこは信じてもらって構わない」
「……ユイのこと、助けたのよね?」
「ああ」
「……私のことも助けるつもり?」
「もちろんだ。ユイはいい子だ。そのユイの友達だっていうんだから、守るさ。絶対にな」
「絶対に。ふーん……」
キャロットはまだ疑いの目を向けているが、そこにいくばくかの興味が混ざりだしているようにも感じられた。
「だから安心してくれ」
「言っとくけど、ユイに変なことしたらただじゃおかないからね」
「ああ、その心配はない……と思う」
「?」
ユイからは父性を感じられてるらしいから。
「それで、聞きたいことって何?」
「ここは一体どんな施設なんだ」
「そんなことも知らないの? あんた一体……」
得体のしれないものを見る目だった。
北海道の人たちがGを見る感じ。
「ユイには話したが、俺はここの世界の人間ではない」
「はあ!?」
「だから、世界の詳しいことはなんらわからない。
キャロットにも、尋ねると思う」
ここへ来るまでにユイから聞くこともできたのだが、
キャロットともしっかり話をしたかったため、自分からこういった話は教えてくれなくていいとあらかじめユイとも話していた。
わざとらしくため息を付いたキャロット。
もしや、教えてくれないのでは……不安が押し寄せてくる沈黙。
そのあとで、腕を組んで睨めるような目でキャロットが言う。
「特別。愚鈍そうで意思薄弱そうで無能そうなあんたに特別に教えてあげる」
ああ、良かった……。
そう思いながら、ふいに優衣のことが頭によぎった。
思えば優衣も、病院にお見舞いに来てくれた時はダメダメな俺に冷たい言葉を毎日のように言っていたっけ……。
世界が”あの日”終わってからは怖いくらい優しかったから、すっかり忘れていたけれど。俺は優衣に少しでも感謝の気持ちを伝えようとしてただろうか? ありがとう、と……。
「ありがとう、キャロットって優しいんだな」
「っは、はあっ!? べ、べつに、優しくもないしっ、私はっ、当たり前のことっしてっ……あ、あんたどうして泣いてるのよ――っっ!?」
「え?」
目頭が熱くなっているとは感じていたが、そうか、泣いてたのか……。
熱っぽい雫が、頬を撫でるようにして床へ落ちるまで、気付かなかった。
それから、ここのことを聞いた。
元・国立魔法研究学園マク・ウル。
そこに作られた魔法研究実践区域。
世界がバイター(ここではゾンビをそう呼ぶらしい)によって終末を迎えてから、”避難所”として使われている場所。
入り口は5メートルほどの鉄柵が使用されている。
「ここ、魔法教えてるとこなの!?」
「そうよ。私達も使える」
「なん……だと!? なら、どうして魔法を使って
そのゾン……バイターを倒さないんだ!?
世界はここまで、バイターによって崩壊しているんだ!?」
「倒さない、んじゃない。”倒せない”、のよ」
「えっ」
「私たちは見てる。ここへ逃げる途中私達をかばって戦ってくれた先輩たちが、
鍛錬を重ねて使えるようになった炎や氷の魔法を使っても、バイターを倒せなかったところを。
――なすすべもなく、喰われるところを」
この世界において魔法はゾンビに無意味なのか……。
なんという行き場のないやるせなさだ。
今まで強さの絶対的尺度が魔法だったはずなのに、物理攻撃で戦うしかない。圧倒的価値観の逆転。生き延びるのが厳しいはずだ。
ならばこそ、俺がバイターを倒す。蹴って殴って、倒してやる。使命感がより重いものとなって背にのしかかってくる。だがやってやる。
この肉体が、俺の武器だ。
「私は生育魔法。ユイは回復魔法。ね、ユイ?」
重い雰囲気を飛ばすためか、ユイに明るく同意を求めるキャロット。
「は、はい! ユイの魔法は戦えるものではありませんが……、もしケガなどされたときには、ユート様のことを癒やします!」
「私は今すぐユイに癒やされたい…もごmg」
キャロットが何か口走るが、ユイには聞こえない小声だった。
話を聞いているうちに、部屋の窓から見える景色は闇夜に変わっていった。
どうして魔法研究実践区域が避難先となっているか。
学園自体は、もはやバイターの住処となってしまっているから。
「立ち入ることは不可能」
とキャロットは言っていたが、もしもここにいるバイターを殲滅し、学園を解放することができれば、より多くの人が避難できる、かもしれない。
だが、食料調達の必要もあるだろう。
ユイたちは調達に失敗した。
今、ここにどれだけの食料が残っているのだろう?
「今後のことを考えようと思う。まず、何をすべきか――」
「あんたに仕切られるのは癪だけど……とりあえず、逃げたやつを探そうよ!」
「ほっといても構わないんじゃないか? まずはここの中を捜索しよう」
「ここを? どうして? いつ戻ってきて襲ってくるかわからないじゃない」
「ここに戻ってきたり、邪魔が入ったとしても、俺が倒す。
まずは、現状把握だ」
「!? そんなの、現実的じゃない。当面の敵を排除することを優先するべき」
「待て。それはあとでいい。食料は、調達しなくてもおそらく、”ここにある”」
「えっ、それって、どういう……」
「これは推測だが――」
入り口のほうで爆発音がした。
「なんだ!?」
数人の男たちの悲鳴と、肉を貪る音も……。