1日目
2014年11月3日:初投稿
2015年2月20日:文章手直し
2022年5月21日:推敲
朝日がまだ顔を出していない暗闇が支配する中、いつも通り自然と目が覚める。
いつものようにカーテンを開くも、部屋の中は薄暗いままだ。グッショリと水分を含んだ寝間着を脱ぐと、電気もつけずそのまま赤色の半袖シャツとジーパンに着替える。
俺は脱ぎ捨てた寝間着を拾うと、そのまま隣の部屋へと移動した。
共通スペースの端に置かれた洗濯機に寝間着を放り込むと、台所に視線を移す。
既に台所に立っていた母親がこちらを振り向くと、ゆっくりと近づいてくる。
「体には気を付けるんだよ」
そういうと、手に持っていた巾着袋を手渡してくれた。
「ありがと、母さん」
そう、ここまでが俺の日常。
「行ってくるよ母さん」
微笑み返してくれる母親にそう告げると、玄関の片隅に暗闇に紛れて置かれていた紺色のドラムバックに手をかける。手に持っていた巾着袋を収納すると、そのままドラムバッグを持ち上げ玄関を出た。
真夏なだけあって、生暖かい暗闇を纏った風に全身を撫でられるだけでぶわりと汗が虹に出てくる。
「また連絡するから」
8月7日水曜日。
俺は夏休みに入ると、すぐに宿題に着手し一気に片づけた。
そして残る2週間全てを、旅に費やそうと去年から心に決めていた。
来年は受験中ということもあり、この機会を逃すわけにはいかなかった。
去年、高校進学時に知り合った友人と交流を深める中、世界を見てみたいと考えるようになった。そんなある日、俺は友人にバイト先を紹介してもらい、今日この日のためにコツコツと貯金をするようになった。
「中結 東です。大中小の中に縁結びの結びでナカムスビ、東西南北の東とかいてアズマです。16歳で、特技は物事の記憶です」
「東君ね。身長高いね、180㎝くらいあるかな? 肉付きもいいし、短髪で見た目も問題無しね。いいよ、今日からよろしく」
人相が強面なこともあり初めてのバイト面接は不安だったけど、オーナーは気さくな人で紹介してもらったその日からバイトに雇ってくれて、ホッとしたのは記憶に新しい。
そんなことを思い出しながら歩くこと20分。
最寄り駅につくと同時に、日の出が小さな駅を照らし出す。そんな光景を記憶に残しながら、改札口へ向かうと俺は空港までの切符を買い、ホームへと直行した。
時刻は朝の五時を過ぎた頃。次の電車を待つために、俺はベンチに腰掛ける。
『間もなく、2番ホームの電車が通過いたします』
アナウンスにつられ、電光板に目をうながす。そこには電車が通過しますという文言が流れている。そして数秒後。
『ガタンガタン、ガタンガタン』
目の前の電車が通り過ぎる。
そして、再び向こう側のホームが視界に入る。
刹那。
俺の脳裏に理由のわからない違和感がよぎる。
絶対的な違和感。
「気持ち悪い」
『カシャ』
言い表せない違和感から、気持ち悪さをつぶやいた俺は、刹那のごとく記憶に残り続けていくフォルダへアクセスしていく。そして特別意識して、今見ている風景を一枚の写真として写真記憶に保存した。
視界に映るホームは、一瞬にして写真記憶として保存される。
鮮明に記憶された写真記憶は、リアルタイムに脳内でチェックをすることができる。
目の前に映し出される光景はそのままに、俺は写真記憶の中にある違和感を探し出す。
写真記憶は、俺が幼い頃から持ち合わせた特技であり、悩みの種だ。
周りのみんなは、記憶した事が思い出せないとか、忘れたとか、その感覚の意味が俺にはまるでわからいまま育ってきた。
大切なものは特別な写真記憶に保存して、好きな時に見返せば忘れることは無いのだから。勿論、意識せずとも常に写真記憶は増えていくばかりで、特別意識してインデックスを張らなければ記憶の中からピンポイントで一枚を探し出すのは苦労する。
そんな特技を持つ俺は、小学生・中学生時代はテストの時に満点以外の点数をとったことはなく、何故皆は間違ったり、忘れ物をしたりするのだろうと俺は一人、頭を悩ませた。
周りと何かが決定的に違うと理解した俺は、その頃からこの世界で生きることが退屈だと思うようになっていた。
といっても、高校に入った時にできた親友が、そんな俺の考え方を聞いて躊躇なく俺をボコッてくれた日から、写真記憶だけではどうしようもない現実がある事を身をもって知り、今では写真記憶の事では憂いていない。まぁ、負けっぱなしが嫌だったから、日々体を鍛えるようにしたし、あいつのバイト先で一緒に働きだすようにもなった。
そんな話はともかく、違和感をさぐるために保存した記憶を何枚も保管されている寸刻前の写真記憶と照らし合わせ、目の前の光景とパラパラとリンクさせていく。
そして、ある一枚の写真記憶から、目の前の光景とズレが生じる瞬間を見つけてしまった。
電車が通過した後だ。目の前の無人のホームが、ある瞬間を境に無人では無くなったので。
人が突然現れた。
電車が通り過ぎコンマ数秒の差で、その人物は突然と、唐突に。
いつのまにか視界に映るようになっていたあの少女は一体何なんだ?
ベンチで寝そべっている少女の存在に、俺はぞくりと身震いさせた。
『部活、か?』
紺色のセーラー服を身にまとっているが、かなり服装が乱れている。
首元の赤いリボンに至っては、クチャクチャ状態だ。
そんな少女の頭もとには、空き缶とパンの袋が雑多に置かれており、寝転がった少女はベンチを独占したままこちらをジッと見つめていた。
「朝から変なのがいるな……」
静寂の中つぶやいた声は、構内にスゥと飲み込まれるように響き渡った。
すると、どうやら声が少女の耳に届いてしまったのだろう、ビクンッと勢いよく少女は跳ね起きた。