表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遊人倶楽部  作者: ヨコワケデュガリー
活動記録01 新人部員
3/28

見る前に跳べ

貞治は風呂から上がると、

いつものように番台のおばちゃんから

牛乳を買った。

そしていつもなら一気飲みするはずのその牛乳を

今日ばかりはちびちびと飲んでいた。

壮吉の誘いのことが今でも忘れられなかったからだ。


貞治は部活には苦い思い出があった。

中学生の頃、西鉄ライオンズに

あこがれて野球部に入っていた。

ポジションは遊撃手、どんなボールでも

確実にキャッチすることが出来ていた。

さらに攻撃でも打順は四番、ホームラン数も

チームで一番多かった。

これだけ見れば選手としては最高かもしれないが、

チームメイトとはうまくいかなかった。

チームメイトがエラーをすれば貞治はその選手と

試合後には大喧嘩するなど、いつも軋轢が生じていた。

そして二年生の冬に練習試合で両足を故障、

野球選手という夢は潰えてしまった。

そして高校では特に部活もやらずに

友達もいない寂しい学校生活を送っていたが、

二年生のときにクラスメイトになった

壮吉とだけはなぜか仲がよかった。

男友達がいない、それだけの共通点から

二人は意気投合した。

まぁ、壮吉には女友達がたくさんいて、

貞治には友達すらいなかったのだが。


そして翌朝、アパート前で貞治はいつものように

唯一の友人が迎えに来るのを待っていた。

そして、アパートの前にアルピーヌ・A110が

停車した。

「おはよう、壮吉」

挨拶を交わし、貞治は助手席に乗り込んだ。


「なぁ、お前が今やってる部活って

何部なんだ?」

貞治が壮吉に尋ねた。

「遊人倶楽部だ」

壮吉はハンドルを握りながら答えた。

「遊人倶楽部?」

貞治はどんな部活か分からなかった。

野球倶楽部というのがあるのならおそらく

野球をするのだろうし、

美術倶楽部というのがあれば

美術をするのだろうが、

遊人倶楽部という倶楽部は

どんな活動をするのか想像できなかった。

「どんな活動をするんだ?」

当然貞治はこう質問した。

「別名をプレイヒューマンクラブ、

その名の通り人生を謳歌し、

思いっきり楽しむ部活だ」

ますます分からない。

「入部者は性別も国籍も構わない、

大学の学生じゃなくてもいいんだよ」

「いや、それはダメだろ……」


「ところで、その部活は

誰が顧問しているんだ?」

貞治の質問が続く。

「お前の担任である若山教授だ」

「おっさんが?」

貞治は意外な名前に驚いた。

そんな会話をしているうちに車は

駐車場に着いた。

車を降りようとした貞治に、

壮吉は一言だけ言い残した。

「入部、待ってるからな」


その日の昼休み、貞治は工業部の

教室で新二郎に話しかけた。

「なぁ、おっさん」

「何だ? アルバイトなら

紹介しないぞ」

新二郎はバットを吸いながら、

競馬新聞を見つめていた。

「おっさんが顧問やってる

遊人倶楽部ってあるよな?

それってどんな部活なんだ?」

新二郎はタバコの煙の輪っかを

口から吐き出し、貞治の顔にかけて

こう言った。

「見る前に跳べって言葉知ってるか?

どうこう言うよりやってみろって意味だ」

「え?」

貞治は意味が分からなかった。

「部室は北校舎三階、図書室の隣

活動時間は放課後からならいつまでも」

それだけ言うと、再び競馬新聞を

読み始めた。

「ほら、学食行って来い

そこに立ってもらってると気が散る」

新二郎は50円玉を貞治に手渡すと

あっち行けのジェスチャーをした。

「今日はオレがおごるから」

新二郎はそう言った。


学食まで向かう途中で、貞治は考え事をしていた。

「あの言い方は今日は来てみろってことか?

それにしても、50円じゃ何も買えないっつーの」

貞治の中で一つの決心がついた。

※用語解説


西鉄ライオンズ……現在の埼玉西武ライオンズ。

1969年当時、リーグ優勝5回

日本一3回の栄光に輝いていた。


アルピーヌ・A110……フランスの自動車メーカー

アルピーヌが製造していたスーパーカー。


バット……野球道具ではなく、

「ゴールデンバット」というタバコの愛称。

日本最古のタバコの銘柄にして、日本で最も安い

タバコ。

芥川龍之介や太宰治も愛用していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ