内緒な隊長
前大戦の英雄で、責任感の強い人。
信義に厚く、自分の正義を貫く意志の強い人。
自分にも他人にも厳しくて、妥協を知らない人。
漆黒の瞳とさらさらの黒髪が冷たい印象を与えるけれど、部下からの信頼の厚い人。
天涯騎士団第五空挺団の海戦部隊に所属するカイト・アマガサキ隊長はどういう人なんですか?って聞かれたら、私はこう答えるの。
でも私だけが知っているカイト・アマガサキのことは教えてあげない。
私と彼だけの、秘密。
本日も第五空挺団の戦艦リヴァイアサンの食堂は大忙しだった。
食事ラッシュは過ぎたものの、後片付けに追われる料理班のスタッフは疲労困憊といったところか。
食料班のイリニヤ・メリライネン二等騎士曹もずっと立ちっぱなしで、さっきからムクみがちな足がジンジンと痛んでいた。
「料理長、今日のメインは評判良かったですよ!」
配膳台に積み上げられたトレイはどれもなめつくしたようにきれいで、今日のメインの『鶏肉の中華蒸し』が美味しかったらしくほとんど残飯が出ていない。
味気ない食事をいかに美味しくするか、レシピを考えに考えた甲斐があったというものだ。
「そうかっ!!食事が美味いと士気も上がるからな、俺たちは重要な使命を帯びているってわけだ」
料理長は嬉しそうだ。
カロリーは高くていいのだが、脂っこいものはあまり好まれない。宇宙でのきつい任務では、さっぱりとして口にしやすいものがいいらしい。
「あれ?誰かまだ食事を取ってない人がいるじゃんか」
配膳台の片隅に置かれたトレイはまったく手をつけられておらず、すっかり冷めてしまっている。
「今のシフトで食事にきていない奴って誰だ?」
「そういえばアマガサキ隊長の姿は見てませんね」
「はぁ、またか・・・・・隊長のことだ、仕事が立て込んでいて暇がないんだろう」
「イリニヤ、出番だぞ」
別に誰が運んでもいいのだが、イリニヤがアマガサキと付き合っていることを知ったスタッフたちがアマガサキ絡みのことをすべて任せるようになってしまったのだ。
「温めなおしてやるから早いトコ持って行ってくれ、隊長のお腹と背中がくっつかないうちにな!!」
料理長が豪快に笑いながらバッシっとイリニヤの背中を叩いた。
冗談なのだが、細身のアマガサキのお腹はいつか本当に背中とくっついてしまうのではないかと思うことがある。
イリニヤとしても食堂に姿を見せなかったアマガサキのことが心配だったので食事を運ぶことに異存はなかった。
「アマガサキ隊長、いらっしゃいますか?」
イリニヤが部屋の前のインターホンに向かって話しかけると、すぐに返事が返ってきた。
『ああ、イリニヤか』
自室にいるのならきちんと食事を取ってもらいたい。
アマガサキが食堂に来れば、イリニヤがわざわざ料理を届ける手間をかけずにすんだというのに。
「アマガサキ隊長・・・・お食事をお持ちしました。開けてください」
幾分凄みをきかせた声で用件を伝えると、即座に扉が開いた。
どうせ仕事でもしているのだろうと思って中に入ったイリニヤだったが、意外なことにアマガサキは書斎机に突っ伏したままで何をするでもなくじっとイリニヤを見つめていた。
「具合でも悪いんですか?」
机に突っ伏したアマガサキの目の前にトレイを置くと、イリニヤは腰に手をあててアマガサキを見下ろした。
別段顔色が悪いわけでもないので心配することはないだろうと思ったイリニヤだったが、アマガサキの目をじっと見つめ返す。
心配事があるとかそういうのではないみたいね。
目は口ほどにものを言うといわれる通り、アマガサキの目もご多分に漏れずわずかな感情さえも映し出す。
イリニヤがアマガサキの冷たい印象の漆黒の瞳から読み取ったことはもっと別のこと、多少のイライラ感だった。
アマガサキはイリニヤの顔をじっと見ながらむくりと上体を起こす。それからおもむろに自分の膝をポンポンと叩いた。
何も言わないが、言いたいことはわかっている。
『膝に乗れ』という合図だ。
「私は仕事中です。隊長がご飯を食べてくれないと仕事が終わりません」
足が痛いのとアマガサキがしゃべってくれないことにイライラしたイリニヤはその場から動かずに片眉を上げると、アマガサキの瞳の色が昏くなった。
「カイト」
「は?」
「カイトと呼んでくれなければご飯は食べない」
「……………」
この人は何を言っているのだろう。
「また我が侭病ですか?」
アマガサキのイライラの正体はこれだったようである。
むっつりした表情で立ち上がると、アマガサキはイリニヤの前まできた。
「イリニヤ」
「我が侭隊長の命令は聞きません」
イリニヤはふいっと顔を逸らして腕を組む。
「恋人のお願いも聞けないのか?」
「カイトはずるい」
そんなうるんだ瞳で、そんな甘い声で言われると断れないじゃない。
「ずるくなんかない、当然の権利だ」
結局、アマガサキ…カイトに抱き上げられたイリニヤはなすがままにカイトと共に椅子に座ることになってしまった。
カイトはイリニヤをぎゅっと抱きしめると嬉しそうに柔らかな髪に頬を寄せる。
「こうでもしないとイリニヤと一緒にいられない」
カイトもイリニヤもお互いに仕事が忙しく、なかなか一緒にいることができないのは事実だ。こんなに限られたリヴァイアサン内であっても、2、3日会えない日だってある。
「そうね。でもカイトがこのご飯を食べてくれたら私の仕事は終わりなの。そしたら一緒にいられるから、ね?」
背中にカイトの温もりを感じながらイリニヤは肩の力を抜いた。なんだかんだ言っても、カイトの側が一番心地よい。
「ん、わかった」
わかったと言いながら、カイトは一向にご飯に手をつける様子はない。
「こら、カイト。今日のご飯は美味しいのよ?」
イリニヤは振り返ってカイトの顔を見た。
カイトはじっとフォークを見つめている。
イリニヤがしびれを切らしてカイトにフォークを握らせると、カイトは何を思ったのかイリニヤにフォークを差し出した。
食べさせて・・・・って、子供じゃあるまいに。
「カイト~~~?なんでそんなに態度が違うわけ?いつものきりっとした貴方はどこに行ったのよ」
テキパキと指示を出し、的確な判断で隊をまとめる『隊長』の姿からは考えられないほどに駄々っ子と化している。
二人っきりのときは大体いつもこんな感じなのだが、今日は普段よりも格段に我が侭度が高い。
「最近会えなかった」
膨れっ面で答えるカイトはもてあましたフォークを強引にイリニヤに握らせた。
何があっても食べさせて欲しいらしい。
こんな姿は誰にも見せるわけにはいかない、というか絶対に見せたくない。
イリニヤが差し出したおかずを美味しそうに頬張るカイトはかなり可愛い。
他の男だったら気持ちが悪いと思うが、カイトには「はい、あ~ん」「ぱくっ」が良く似合う。
よく似合うというか、威厳ある隊長が甘えっ子よろしく口のまわりの食べかすを取ってもらっている姿はレアものだ。
カイトは食べている間中イリニヤに甘えながら今日一日何をしていたのかぽつぽつと報告してくれた。
どうやら溜まっていた仕事に一段落ついたらしい。
「はい、これで終わり」
最後の一口を食べさせ終えたイリニヤは満足げにカイトの口元を拭いてやった。
美味しかったのか、カイトは文句も言わずにすべて食べてしまったので後はトレイを食堂に持っていくだけだ。
「さあ、降ろしてちょうだい。これを片付けたらまた戻ってくるから」
カイトの要求通り膝の上にも座ってあげたし、ご飯だって食べさせてあげたのでいい加減にして欲しい。
しかしカイトはイリニヤの腰から手を離そうとはしなかった。
離すどころかさらに抱きしめてくる。
「カイト、いい加減にしてちょうだいっ!!」
少し厳しめに言っても効果はなく、カイトは意地になったかのようにイリニヤの首筋に顔を埋めた。
「そんなこと言って、戻ってこないじゃないか」
ぼそぼそと耳元に呟かれたカイトの声が小さくてよく聞き取れなかった。
「えっ?」
「イリニヤがそう言って戻ってきたことがあったか?このまま手放したら絶対に邪魔が入るんだ・・・・だから離さない」
確かにそうなのである。
イリニヤにも仕事はあるし、忙しそうにしている人を見過ごせるような性格ではない。
カイトは隊長という立場からいつもなんらかの呼び出しがかかる。
そうして結局すれ違いになってしまうのだ。
「俺が部屋から出ると必ず何か用事ができる。イリニヤはまたシフト外の仕事を手伝うんだろう?」
カイトの拗ねたような甘い声がイリニヤの耳に響く。
「だから嫌だ。このままここにいてくれ」
そんなことを言われても。
料理班員としてのイリニヤはNOと言うが、恋人としてのイリニヤはYESと叫んでいる。
イリニヤだって離れたくはないのだ。
いつも以上に甘えてくるカイトにドキドキしながらもついつい厳しくなってしまうのは後ろめたい気持ちがあるからで。
イリニヤはカイトが手を緩めた隙に膝から降りる。カイトがむっとして漆黒の目を細めた。
そのまま文句の一つでも言うのかと思っていたが、カイトは哀しげに目を伏せただけで何も言わなかった。
ここにいるのは『隊長』ではないカイト。
我が侭で、甘えたがりで、意地っ張りな、ただのカイト・アマガサキ。
「わかったわ。私も一緒にいたいから、ここにいる」
イリニヤはうつむいたままのカイトに向き合うようにして膝の上に座った。丁度イリニヤの胸の辺りにカイトの頭がきたのでそのまま抱きしめてやる。カイトのさらさらな黒髪に指を絡ませ、そっと髪にキスを落とした。
「甘えんぼ」
「意地悪」
からかうようにイリニヤが言うと、カイトは顔を胸に埋めたままくぐもった声で答えた。
甘えてくるカイトが愛しくてならない。
『意地悪』なんて言って拗ねるカイトが可愛くてならない。
可愛いといえばきっとカイトはさらに拗ねてしまうから口には出さないのだけれど。
私の前だけでは思いっきり我が侭でもいいよ。
「イリニヤ……」
「なぁに?」
「キス」
「カイトからどうぞ」
「イリニヤからのキスが欲しい」
「……ん、もう。我が侭」
でもやっぱり我が侭な恋人の相手をするのは大変かな?
私だけが知っている、カイト・アマガサキの内緒。
甘えた声で『イリニヤ』って呼んでくれるのが嬉しいから、多少のことは許してあげるわ。
SFファンタジー 宇宙の涯の物語から抜粋。
別サイトからの転載。