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土豪 43

盛り上がりに欠けることは重々承知していますが、

次回までは村人とオークの地味な話が続くであります。

 薄暗い穴の底に小さな人型の影たちが蠢いていた。

時折、身体を揺すって、小山のように身を寄せ合っているのは、寒さを凌ぐ為だろう。

這い寄る冷気に身体を震わせながら、か細い呻きを洩らしているのは、河辺の村へと攻め寄せていまや敗残の身の洞窟オークたちだった。

一敗地に塗れ、さらに逃げ遅れた洞窟オークたちは、いまや村人の虜囚となっていた。

村中央にある小高い土山に開いた隧道に放り込まれている彼らだが、元は村の共有物置として使われていた穴倉は奇妙にじめじめとしている。

出入り口は分厚い頑丈な木戸が備え付けられており、非力な洞窟オークたちには逃げようも無い。

「……寒い。寒い」

そう呟きながら、身体を震わせるばかりである。

「糞ッ!今日は特に冷え込んでやがる」

牢の片隅で固まっている洞窟オークの誰かが吐き捨てた。

応じるように別の誰かがぼそぼそとか細い声を洩らした。

「火にあたりてえな。あったけえ、火によ。舌を火傷するくらい熱いスープも」

「飯はまだかよ」

食事は一日に二度、扉が開いてライ麦や雑穀の混ざった酸っぱい粥が一杯だけ与えられる。

碌な手当ても受けてない怪我人は、傷が悪化するままに放置されていた。

寒さと飢えに衰弱して、死ぬ洞窟オークもいる。

そうなれば、牢番のゴブリンたちが文句を言いながら何処かへと運び出していくのだ。


 残してきた女子供たちに思いを馳せる者がいたにしろ、虜の身では家族が人族の豪族に捕らわれていると知る由もない。

部族としてはもはや滅びたも同然の洞窟オークたちは、だが、幸か不幸かそのことを知らずにいる。

そもそもが飢えに追い詰められて他種族の村へ攻め込んだ身であった。

村人たちからの慈悲を到底、期待できる立場でもなく、大半の洞窟オークが一様に暗い表情をしたまま身動きもせずに無気力に土床に寝そべっていた。


 ふと、入り口近くにいた洞窟オークが身動ぎした。

身を起こしながら、僅かな日の光が洩れてくる土牢の頑丈な扉を見やる。

「……何かあったか?」

言った声には、まだ張りが残されていた。

「ん?なにがだ?」

隣にいた洞窟オークが怪訝そうに眉を顰めると、最初に身を起こした洞窟オークに尋ねる。

幾ら夜目が効く洞窟オークでも、この暗闇の中では隣にいる者の表情すら見分けるのも難しかった。

闇にぼんやりと浮かぶ影法師に話しかけているようなものだ。

「……外から何やら喚き声が聞こえたような気がした」

出入り口をじっと見つめる洞窟オーク。隣の洞窟オークは肩を竦めて力なく俯いた。

「……飯にはまだ早い。奴隷商人でも来たかな」

奴隷商人。その言葉に微かなざわめきが牢内に広がった。


 つい先日、屈強そうな剣士を二人護衛につけた小男が穴倉を訪れた。

松明を掲げた村人に案内され、洞窟オークの間を歩き回った狡猾そうな目付きの小男は、元気そうな者や怪我を負ってない者を指し示しめして外へと連れ出した。

外で村人と話し合っていたのは、代価の交渉であろう。

値が折り合ったのか。連れ出された洞窟オークたちが、数珠繋ぎに縄に縛られたところで扉は閉められた。

敗者の末路とは言え、仲間たちが奴隷として何処とも知れぬ土地へと売られていく光景を目の当たりにするのは、神経を削るものがあった。

すすり泣く者、歯軋りする者。自然、誰もが気持ちは滅入ってくる。

洞窟オークのうちには不安に苛まれて正気を失う者もいたし、自棄になって喧嘩っ早くなっている者もいる。

比較的に気持ちを強く保っている者も、その表情は絶望に彩られていた。


 「奴隷」という言葉を耳にして、今さらながらに己が今置かれている現状が身に染みたのだろう。

身体を震わせた洞窟オークが憂鬱そうな声で嘆いた。

「俺たち、どうなる」

「よくて石臼引きの奴隷。悪けりゃ最悪、北の鉱山送りだ」

その答えを耳にした洞窟オークが、聞くんじゃなかったと吐き捨てつつ身を震わせたのも、牢獄の冷気ばかりが原因ではなかっただろう。


 探鉱や採鉱が未熟な時代、当時の技術で採掘できる数少ない鉱山は極めて貴重であり、また人命が軽かった背景もあるだろう。


 この頃、鉱山には人の体に悪影響を与える有害な放射能があると人々は信じていた。

蒸し暑い中での長時間の労働は、空気の悪い地底の劣悪な環境も相まって過酷な作業に従事する鉱夫たちを酷く消耗させ、その健康を蝕んだ。

粉塵が舞う坑道での作業は、働く者たちの健康を損ね、その肺を蝕み、血痰混じりの咳をするようになる。

鉱山で働く者に特有の原因不明の肺病でやせ衰えていく鉱夫たちを見て、当時の人々は、地下の放射能が人の健康を害する原因だと考えたのだ。


 故にこの時代のヴェルニアでは、大概の鉱山は極めて劣悪な労働環境であり、人命を浪費するように経営されているのが普通であった。

しかし、それでも王侯は金属を求める。金属が稀少な時代。所持する金銀、銅が富の量であり、鉄や青銅で作られた武具がすなわち力を現していたからだ。


 しかし、病の原因や予防さえ人々には不明な時代である。ドウォーフ族以外の種族で鉱夫を生業とする者がいても、長生きする者は稀で、年季奉公であれ、強制労働であれ、鉱山における人手は慢性的に不足している。

人族とエルフ族の諸王国とオーク族やトロル族の部族連合が激しく争っている北ヴェルニアにおいては、人手不足は特に顕著であり奴隷の需要が大きかった。

戦争で敵国の民を連れ去り、奴隷を買い集め、蛮族の村を襲って人狩りを行い不足を補おうとする君主もいれば、道行く農民や旅人などを浚い、或いは自由労働者を口先で騙し、鉱山へと送り込む口入れ屋や奴隷商人も珍しくない。

人を浚うオーク。オークを狩る人。人を餌食とする人。オークを襲撃するオーク。

中原の人族の諸侯が浚われた領民の返還を求めて、北の王の一人と干戈を交えたという事例すらある程だった。

件の諸侯がトロルの上王と手を結ぶ気配まで見せ始めた為に、流石に王国も慌てて領民を返還したのだが、浚われた時は百人近くいた村人が一年後には僅かに三十人しか生き残っていなかったという話までまことしやかに囁かれていた。

兎にも角にも、奴隷に落ちた者や戦争捕虜となった者たちにとって考えうる最悪の事態が北方の鉱山へと売り飛ばされることである。


 暫らくの間、物問いげな眼で出入り口の分厚い樫の扉をぼんやり眺めていた洞窟オークだったが、やがて物音が錯覚だと結論したのだろう。

肩を落としてから、隣の洞窟オークを見やった。

「……おとついも奴隷商人が来たな」

「痩せた小男だろ」

「違う、その前のドウォーフだ」

少し小首を傾げてから、隣の洞窟オークは思い出したようにようようと首を振るう。

「ああ、いたな。金色の指輪つけて丸々太った樽みたいなドウォーフの爺。

爺の癖に厚化粧して着飾っていた。不気味な奴だった」

人族やエルフ族が民族によって肌や髪、瞳の色が異なり、身長、造形も違うようにドウォーフという種族も千差万別である。中には他の種族が一見しても雌雄の区別がつけがたい容姿の部族も少なくないのだが、洞窟オークはそのような知識など知らないし、観察眼も持たぬので判別が付く筈もない。

「あれも、ローナの奴隷商か?」

隣の洞窟オークが脅えたような苦しいような顔で言ったのを聞いてから考え込む。

「多分、もっと北だ。沢山の毛皮を纏っていたからな。鉱山で使う奴隷を見繕っていたのかもしれねえ」

「鉱山……糞。畜生。グ・ルムの糞野郎。口車になんか乗るんじゃなかった」

隣で嘆く声を耳にしても、洞窟オークは何も言わなかった。

「そうか。俺は、夢を見れただけよかった」

ただ闇をじっと見つめてから、独り言のように言った。


 洞窟オークたちの糞尿は、牢の隅に置かれた桶に溜められていた。

一日に一度、数匹のゴブリンの見張りの下で首に縄をつけられた奴隷オークが始末している。

扉の外から、何やら甲高い叫び声や鳴き声が聞こえてきた時、洞窟オークは糞尿の処理化と思ったが、ゴブリンたちは叫んでいるばかりで入ってこない。

なので、すぐに鈍い音を響かせながら重たい扉が開き始めると、洞窟オークは意地の悪いゴブリンがなにやら新しい悪戯を思いついてやってきたのだろうと身構えた。

外から光が差し込んだ。

と、眩しそうに手を翳して眼を細めている洞窟オーク達の目に、入り口からゆっくりと牢に入り込んでくる人影が移った。

「奴隷商に……」

警戒しながら呟きかけた洞窟オークが人影を目にして途中で絶句した。

立ち止まったのは、牢の天井にも頭が届きそうな信じ難いほどにオークの巨漢だった。

大木のように長く節くれだった逞しい腕は、巨大な戦斧を軽々と扱っている。

金属製の環を縫いこんだ牛皮の革鎧を纏った分厚い胸板からは、全身これ筋肉の塊とでも言うべき、恐ろしい力が窺えた。

穏やかな、その癖、妙に深みを感じさせる眼差しで洞窟オークを見下ろすと鷹揚そうな笑みを浮かべる。

「助けに来たぞ。こんなところはさっさと出ろ」

信じられない思いの洞窟オークは言葉も出ずに、隣の洞窟オークと顔を見合わせた。

分厚い雲に遮られて、冬の弱々しい陽光も、しかし、数日振りに牢の外に出た洞窟オークたちによっては、生き返るような心地にしてくれるこの上ない天の恵みだった。

外では数匹のゴブリンや人間が血を流して地面に倒れていた。

残りのゴブリンたちは、脅えた様子を隠しもせず頭を抱えて崖傍にうずくまっていた。

眩しそうに手で庇いながら外へと踏み出した矮躯の洞窟オークたちは、不思議そうな眼差しで外を歩き回ったり、警戒している大勢のオークの戦士たちを見上げていた。




 河辺の村の其処そこ彼処かしこで血生臭い殺戮や略奪が起こっている最中、村長であるリネル親子のささやかな住まいからも静寂を破って物の割れるような音が鳴り響いてきた。

壁に立てかけた棍棒にリネルの手が届くよりも速く、踏み込んできたオークの手が素早い蛇のように動いて女の腕を掴んだ。

そのまま凄まじい腕力に任せて年増女の腕を締め上げる。

「あがっ、あああ!誰か!誰かぁ!」

苦痛に顔を歪めたリネルは声にならない悲鳴を上げつつ、助けを呼ぼうと叫んで暴れた。

「大人しくしろ」

顔に傷のあるオーク族の巨漢が苛立った様子を見せて女の頬桁を張り飛ばした。

平手の一撃に壁まで吹っ飛び、打ち付けられた激しい衝撃に白目を剥いて崩れ落ちるリネル。粥を入れた鍋がひっくり返る。

「おいおい、ボロ!何してくれてるんだ!」

戸口の外から声が呼びかけられ、巨漢のオークも焦った様子で舌打ちする。

「糞ッ、やりすぎたか?」


 なにやら声を掛けられながら、二度、三度と顔を軽くはたかれる。

ようやく正気を取り戻したリネルの顔を、鼻梁から顎に掛けて無残な向こう傷の残る巨漢のオークが覗き込んでいた。後ろの壁際では、頭巾を深く被ったオークがしゃがみ込んで土鍋に残った粥を舐め取っていた。

向こう傷のオークの凶相に小さく悲鳴を上げたリネルは、一度張り飛ばされたにも関わらずもがき始めた。

「誰か……誰か!来ておくれ!オークだよ!誰かぁ!」

口の中に血の味がした。舌を動かすだけで年増女のぐらぐらと揺れている奥歯が痛む。

喉から声を張り上げるも、誰一人来る気配もない。

隣家まで距離もあるから仕方ないとしても、闖入者のオークが動揺する気配さえ見せないのは何故だろうか。


 疑問が氷解したのは、向こう傷のオークが嘲るような笑い声を喉の奥から響かせた時である。

「無駄だ。近場の家は押さえた。歩いていた奴も片付けた。助けは来ない」

年増女の背筋を氷塊が滑り落ちたかのように冷たい戦慄が走りぬけた。

「……まさか……そんな」

よほどの衝撃を受けたのか。向こう傷のオークの嘲るような眼差しに真実を直感してリネルの顔が青ざめていく。

「……だって」

意味をなさない単語の羅列を口走りながら、立ち上がったリネルがよろよろと田舎道へと進み出て視線を走らせれば、視界の先に大地に倒れている農夫の姿が目に入った。

いびつな姿勢で天の一角を見つめ続ける死者の虚ろな眼差しに、足から力が抜けたようにリネルはへたり込んだ。


 向こう傷のオークが傍らへと歩み寄ってくると、リネルの肩をぐいっと引っ張った。

「止めておくれよ」

弱々しくリネルは呟いた。

「あたしみたいな貧しい農婦を虐めても、何にもでないよ。旦那」

宥めるような下手に出た口調で媚を売りつつ、リネルが誤魔化せるように話しかけると、零れた雑穀粥を指先で舐めとっていたオークが立ち上がって頭巾を外した。

「へへっ、無駄だよ。姐さん。あんたが村長だってのはボロも知ってるんだ」

見覚えのある顔にリネルが大きく目を見開いた。

数日前に村のゴブリンが密偵だと騒ぎ立てていた自称旅人の半オークの青年を村長は覚えていた。

暫らく震えていたリネルだが、やがて肩を落とすと力なく首を振るった。

「……あんた、密偵だったのかい」

一瞬だけ苦味を顔に翳らせた半オークのフウだが、

「悪いな、姉さん。俺を吊るしておくべきだったのさ」

次の瞬間、ふてぶてしい笑みを浮かべて嘯いていた。


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