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土豪 31

 辺境は、ゴート河以東の土地においては、古くから人族とオーク族が勢力を争ってきている。

利便性に長けたなだらかな平野部の大半は、人族の住まう土地であり、対して不便な丘陵地帯がオーク族の主だった生息地であった。

地が痩せ、水も乏しい土地柄と、恐らくは人族に対して抱いている敵愾心や侮蔑も要因なのだろう。

オーク族は、財貨や食料を求めて定期的に人族の領域に入り込んでは、旅人を襲い、農園を荒し、何年かに一度は村を襲撃して略奪を行なった。


 オークは、人(というよりオーク以外の全ての種族)を下等な種族と見做し、拐かした人々を奴隷として酷使し、時に遊びで嬲り殺しもする。

それに対する人族の報復もまた苛烈なもので、オークの領域に攻め込んでは度々、村を焼き払い、時に女子供に至るまで殺戮した。


 オーク側領域の出入り口に当たる丘陵部の狭隘な渓谷には、オーク族の村々を守る為に強固な砦が築かれていた。

そしてオーク族の生存領域を守る為の門番として砦を任されているのは、衆目が一致するところで丘陵地帯のオーク族で当代最高の戦士と目されている巨漢の戦士ルッゴ・ゾムだった。

砦の本丸と城門を結ぶ細い通路を、六名の武装したオークの戦士が通り過ぎていった。

丘陵オーク族の王子ルッゴ・ゾムが支配する砦の中庭では、黒エルフやゴブリンの商人にドウォーフの鍛冶職人や皮革職人、そして見たこともない亜人や刺青を入れた蛮族の傭兵たちや娼婦が道を行き交っては、荒々しく罵り声を上げたり、取引を行なっていた。

人族やホビットでありながら、略奪目当てにオークの配下に加わろうとやってきた雑多なならず者も幾人かは混じっている。

丘陵地帯の伝説的な戦士であるルッゴ・ゾムが、人族と戦うために手勢を集めている。

点在するオーク族の集落に噂が出回って、ほんの数日。

ルッゴ・ゾムの母体であるゾッグ族は愚か、丘陵の様々な氏族の村から大勢の兵士が集ってきていた。

列を為した戦士達が引っ切り無しに砦にやってきては主に面会を求め、鉄や青銅製の武具を貸し与えられて傘下に加わり、ルッゴ・ゾムの兵団は大きく膨れ上がっていく。


オーク族の民衆に対する夫の信望の高さが窺えると同時に、大きな戦への予感を感じさせるその光景を目にして、空恐ろしさを感じた女オークのジジは僅かに唇を噛んだ。

先刻から盛んに行き交う人並みを眺めながら、夫の剛勇への信頼と、戦への恐れ。相反する二つの気持ちにジジは物憂げに瞳を揺らしていた。

砦のバルコニーに佇んでいたジジが物音に気づいて振り返ると、砦の司令官で夫のルッゴ・ゾムがその巨体を揺らしながら近づいてくるところだった。

「……風が冷たくなってきた」

火傷の傷跡の残る妻の髪を優しく整えてから、中に入ってるように告げたがジジは首を横に振った。

砦の司令官は、後ろに二人の部下を引き連れていた。

副官を務める屈強の戦士ボロが、ジジに会釈してから詰まらなそうに吐き捨てた。

「フウめが、戻ってきた」

後ろからやや遅れて歩いてくるのが、人族の領土から戻ってきたばかりの半オークのフウ。

出会う度に何時も異なる変装を行なっているが、今のフウの格好は遍歴の自由労働者にしか見えなかった。

ルッゴ・ゾムは、ジジの傍らに控えてる人族の奴隷女に毛布を持ってくるように命じる。

見目麗しい奴隷女の背中を好色な目付きで見送ってから、密偵を務める半オークの青年フウが口を開いた。

「渡し場の村には、確かに少なくないオーク小人たちが虜になっている」

副官の灰色オークが鼻を鳴らした。

「確かなのか?」

「おう、この目で見たぜ」

肯いてから、真剣な表情となってルッゴ・ゾムに訴えかけた。

「でかい町の奴隷商人が護衛つきで引き取りに来るって噂も耳にした。

もし助けるんだったら、出来るだけいそがにゃならんぜ、旦那」

重々しく肯きながら、ルッゴ・ゾムが訊ねかける。

「捕まっている場所は?」

「見つけた。奥にある村の古い共同倉庫だ。

 土山に挟まれてちょっとばかし分かり辛い場所にあったが、俺が案内する」

肯いたルッゴ・ゾムは頬を撫でながら、腹心の戦士ボロへと問いかけた。

「ふむ。ボロ、動かせる兵は?」

「使い物になる連中に絞っても、志願兵は三十を越えている。

 もともとの手勢と併せれば五十二、三か」

顔に向こう傷を走らせたオークのボロは、醜悪な笑みを浮かべながら兵数を諳んじた。

最後に一言、付け加えるのを忘れない。

「ちっぽけな村一つ攻め落とすには、充分すぎる兵だ」


「ご苦労だったな。下がって休んでいるがいい」

労を労いながら、ルッゴ・ゾムは密偵のフウに革製の財布を投げ与えた。

「へへ」

宙で素早く掴み取った半オークのフウは、報酬をその場で確かめると、司令官のルッゴ・ゾムに慇懃に一礼してから踵を返した。

財布の中には、オークやゴブリンの間で流通している鉛製の打刻貨幣がぎっしりと詰まっていた。

貨幣としての価値は低い鉛貨だが、物価も安い丘陵の村々で寝食を済ませるなら一ヶ月程度は喰えるだろう。

「ボロ、兵は何時でも出られるようにしておけ」

「おう」

重みを楽しむように財布を弄びつつ、階段へ向かうフウが、女奴隷とすれ違い様に尻を撫でた。

怒ったように睨み付ける人族の女奴隷にウィンクしてから、階下に消えていく半オークの密偵フウを、ボロは胡散臭げな視線で眺めていた。

胡散臭げな半オークの若者フウは確かに密偵としてはなかなかに有能で、司令官からは信頼を勝ち得ているものの、他の有力なオークからも金を受け取っているのではないかとボロは密かに疑っている。

密偵としてのフウの有用さは認めているものの、ボロはどこか信用できない臭いを感じていた。

ふざけた野郎だと心中で罵倒しつつ、気持ちを切り替えてルッゴ・ゾムに訊ねかけた。

「本当に、洞窟オークを助けたらすぐに引き返すのか?」

ルッゴ・ゾムは眉を顰めてボロを見るが、副官は遠慮なしに言葉を続けた。

「略奪を期待している奴も多い」

「仲間を助けると、勇敢なちびに約束しちまったからなぁ」

ルッゴ・ゾムは溜息を洩らしつつ、太い指で頭を掻いた。

「其処は行く連中に念を押しておけ。一番の目的は小さい連中を助けることだ。

略奪は、手早く済ませろってな」


足早に戻ってきた奴隷女がジジに毛布を手渡した。

幼い頃の火傷の後遺症が原因で、ジジはびっこを引いている。何かを言いたげにルッゴ・ゾムとボロを見つめていたが、やがて女奴隷に付き添われて杖を付きながら暖かい屋内へと戻っていった。


砦の司令官であるルッゴ・ゾムの言葉に露骨に不機嫌そうな表情を見せていたボロだが、やがて肩を竦めると肯いた。

「……少し待てば、もっと増えるぜ。村の一つ二つで終わらせるよりもよ。

 もっと大きな獲物を狙ったらどうだ。ルッゴ・ゾムよ」

声を潜め、周囲を見回してから、ボロは熱心な口調で身を乗り出した。

最初から五、六人と連れ立ってやってくる者たちも多いが、単独や二、三人でやってくる者も多かった。

手勢を引き連れた郷士層にも、下層の農民兵にも、ルッゴ・ゾムの人望は広く届いている証だとボロは解釈している。

唆すようなボロの言葉に、だが、ルッゴ・ゾムは首を横に振った。

「俺があからさまに兵を集めれば、カーラやバグを刺激することになる。

万が一ってこともあるしな。今の時期に身内同士で争うほど、馬鹿馬鹿しいことはない」

ボロは俯き、押し黙った。

ルッゴ・ゾムは僅かに躊躇いを見せてから、重々しい口調で腹を割って話しはじめる。

「それにこれ以上、兵を集めれば、皆、俺に先頭に立って人族と戦うように求めるだろうな」

「おいおい、自信がないのか?俺は何時か、あんたが人族を蹴散らす時が来るって思ってるんだぜ」

おどけたように笑ったボロだが、ルッゴ・ゾムは険しい表情のまま副官のボロを見返していた。

「気が進まないのか?」

ボロの問いかけに、巨躯を揺るがすとルッゴ・ゾムは重たい声で返答する。

「いい勝負は出来るだろうな」

「……だったら」

「いい勝負じゃ足りない」

ルッゴ・ゾムの口調は真剣で重々しく、ボロも生半な気持ちでは口を挟めなかった。

「丘陵は貧しい土地で、おまけに氏族たちはばらばらだ。

 一度負けたら、兵を集めるにも、育つにも時間が掛かる」

腕を組み、唸り声を上げながら、ルッゴ・ゾムは眉根を寄せて深刻そうに言葉を続けた。

「分かるか?建て直しが効かないのさ」

「……だが、よ」

「此方が十人育てる間に向こうは倍を育てる。

 その上、その気になれば、他所のでかい町から傭兵を百人だって連れてこれる」

どうやらボロには見えてないものが、目前のルッゴ・ゾムには見えていたようだ。

幾度となく人族と干戈を交え、卓越した戦士として幾人もの敵を倒しながら、結局は押し切れずに虚しく兵を死なせたルッゴ・ゾムが、昼夜を問わず考え続けて漸くに達した結論が其れだった。

「聞いてると、まるで勝ち目がないみたいだな」

憤怒に顔を歪めて絶句していたボロは、暫らくしてから漸く肩を竦めると、ルッゴ・ゾムを眺めて訊ねた。

「……俺たちは勝てんのか?」

「分からん。だが、無闇に挑みかかって、虚しく力を費やしてはならん」

慎重に考えながらルッゴ・ゾムは、腹心の問いかけに答えを導いていった。

「今のオーク族は、各々が好き勝手に人族と戦い、或いは和睦を結んでいる。

 此れをまず一つに纏めなければならないが、まず其れが困難だ。

近隣のオークたちは、人族の居留地で分断されているからな」

切りつけるように強い眼差しのボロの視線に、ルッゴ・ゾムも強い眼で見返していた。

「だが、オーク族に戦う力はあるのだ。

種族は、雄々しい魂を持っている。時を待つのだ」

ルッゴ・ゾムの言葉に、ボロが歯軋りするほど強く奥歯を噛み締めた。

「……何時までだ?」

「敵が弱まり、割れる時。その時を待って、結集したオークの力を叩きつけ、完膚なきまでに打ち倒してしまわねばならない。必ずその時が来る筈だ」

夕焼けを眺めながら呟きを繰り返すと、ルッゴ・ゾムは陰気に黙り込んだ。



夜が訪れた。

骨身に染み入るような冷たい夜気に背筋を震わせてから、農夫の男は畦道に足を止めた。

「……空耳か?」

何か聞こえたような気がしたが、気のせいだったかも知れない。

何しろ今日は大変な一日だったから。

酒臭い息を吐きながら、農夫は群青色の夜空に散りばめられた星の煌めきを仰いだ。

洞窟オークたちが攻めてきて、村を乗っ取った。

二日前の事だ。いや、昨日だったような気もするし、三日前のような気もする。

記憶も混乱していたし、農夫はあまり頭が良くなかったので、正確な日付は既に曖昧になっていた。

だが、まあ覚えてないのは、どうでもいい事だからだろう。

昨日だろうと、三日前だろうと、人生に大した違いはないのだ。

忘却は救いだ。家がぶち壊れたことも、こうやって酒を飲んでいる間は忘れられる。

女房が死んだ時も、農夫はそうやって悲しみをやり過ごしてきた。

つい先ほど、奇特にも何処かの豪族の兵士達がやってきて連中を追い払ってくれた。

村人があまりにも情けない顔をしていたからだろうか。

兵士たちの指揮官が、幾らかの食べ物を置いていってくれた。

若い癖にやたら深刻そうな顔をした変な男だった。

何かに悩んでいるのか、ずっと眉間に縦皺が入っていた。

あれは将来、禿るな、などと農夫は思う。

ずっと緊張感を漂わせていた若い女もいた。

こっちは恐かったので、農夫は遠巻きにしていた。

置いていった食い物はその場にいた連中が独り占めにしてしまったが、農夫も蕎麦と麦酒を一袋せしめることが出来た。

それを食い尽くしたら、どうなるかは考えないようにしている。

戦は嵐のように村を荒れ狂い、旋風のように村から去っていった。

村人には身内や知己を失って途方に暮れたように嘆き悲しんでいる者もいれば、自棄糞に酒を飲んでくだを巻いている者、虚脱したように俯いたり、呆けている者もいた。

だが、大方は家に帰って寝ているようだ。

村の道端や空き地には、いまも洞窟オークの死骸が転がっている。

農夫が何気なく頭を振るった時、また呻き声が聞こえてきた。

今度は錯覚じゃない。誰かがいるらしい。

久方ぶりに酒を飲んで親切な気分になっていた農夫は、助けてやろうと、音が聞こえたと思しき家屋へと足を踏み入れた。

「村長の家かぁ」

月と星々の光だけが照らす夜の村は、所々、濃密な闇を持って人が立ち入る事を拒んでいたが、しかし酔っ払い、大胆になっている農夫にとっては馴染みの土地という事もあって、警戒心が薄れていた。

裏庭の片隅、倒れている人影が呻いているのを見つけて無遠慮に近づき、覗き込むと

「おい、生きてるかぁ」

それは頭から血を流して横たわった洞窟オークの少年であった。



日は沈んだばかりだが、外では早くも冷たい夜風が吹き荒れている。

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ダイジェスト


アリアとエリスは一緒にねんねした

きゃー 


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