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土豪 30

 土壁の前に頭から血を流して横たわるオークに近寄ると、ベーリオウルの郎党は乱暴に足蹴にした。

鈍い音がしたものの、老いた召使いは襤褸切れのように地面に蹲ったまま、ぴくりとも動きだす気配を見せなかった。

「売り物にするんだ。あまり乱暴に扱うなよ」

リヴィエラに窘められた禿頭の郎党は、笑いながら肩を竦めた。

「いや、死んでる。売り物にするなら、手加減しねえといかんぜ」

混ぜっ返された郷士の娘は、肩を竦めると拗ねたように唇を窄めた。

「オークの婆さんなんか、誰が買うんだね?」

「つい、今さっきとで言ってることが違いまさぁ」

兵士たちの中には、主に怪我を負わされた兵士だが、執拗に抵抗した洞窟オークを切り刻みたがっているものもいて、リヴィエラがちょっとした小遣いにもなる事を思い出させてやらなければ、彼らの命運もそれまでだっただろう。

勿論、売られるオーク達が、郷士の娘の『親切』に感謝することなどない。

幼馴染のリヴィエラが奴隷の値段について楽しげに会話を交わすのを耳にして、パリスは反吐を吐きたいほどに胸糞が悪くなり、地面に唾を吐き捨てた。


 冬の夕暮れに、盆地の散村に冷気が忍び込んできた。

肌寒さを避けるようにあばら家に踏み込むと、パリスは手近にある粗末な丸太椅子に腰を降ろした。

薄暗い茜色の光の中、彼の目前で捕虜となった洞窟オークたちの列が連行されていた。

衝撃に虚脱した洞窟オークたちは、泥と血糊に塗れた全く哀れな姿であった。


 ベーリオウル一党の捕虜の扱いが優しいとは勿論、云えなかったが、しかし、それでもオーク族が他の種族を虜囚とした時の扱いはさらに過酷であるし、曠野ネレヴに棲む蛮族でも特に凶暴な部族となると、そもそも捕虜を殆ど取らない。


 ヴェルニアでも辺鄙な地に隠れ棲まう先住種族のうちでも尤も凶暴で原始的な一握りの種族は、もっと酷かった。

原始人たちは、恐らく、町や村に住む文明人に憎しみを覚えているのだろう。

町では卑屈に振る舞いながら、その癖、少しでも隙を見せれば盗みを行い、女を犯し、悪行が見つかれば住人によって私刑に合うことも度々で、また憤懣を晴らすように、己の縄張りに踏み込んだ者がいれば、相手がオークであろうと人族であろうと、はたまた荒野の蛮族であろうと、縄を打って蓄獣のように四つん這いに歩かせたり、散々弄りながら痛めつけ、最後には生皮を剥いで殺すのだ。

女の腹を断ち割りって歓ぶ輩もいるとの噂も耳にしていた。恐らく事実だろう。


 辺境に棲まう人族勢力とオーク族勢力、両者が訪れる前より辺境に棲まっていた先住民、そして荒野の蛮族たち。

辺境と曠野の数ある勢力は他者を憎み、恐れ、定期的に血で血を洗う抗争を繰り返していた。

恐怖を表情に浮かべ、足を引き摺りながら埃っぽい道を歩いていく洞窟オークたちの列の上に視線を走らせたパリスの物静かな薄い茶色の瞳と、連行される一匹の洞窟オークの視線が合った。

洞窟オークの小さな黄色い眼から、如何な感情を読み取ったのだろうか。

豪族の息子パリスは、怯んだように僅かに表情を強張らせてから、誰に聞こえるでもない嘆きの言葉を口の中で呟いた。

憎悪だ。互いへの恐ろしい憎悪と蔑みが更なる憎しみを呼んで連鎖している。

この憎悪は、辺境に棲まう全ての民の血と嘆きを飲み込んで貪欲な豚のように際限もなく肥え太り続け、だが、いつかは己の体重を支えきれずに辺境に棲む俺たち自身の頭の上に崩れ落ちてくるに違いない。

そしてその時は、辺境の誰も彼もがその重さに押し潰され、破滅してしまうだろう。

そのことをパリスは恐れていた。

過去、数十年に渡って幾度となく繰り返されてきた人とオークの争いが、飽きもせずにまた始まろうとしていた。

その戦が如何な形に終わろうと、これから先も形を変えて繰り返されるに違いない。

お前たちは何の為に生まれ、死んでいった。そして、俺は……姉さんやリヴィエラは。

腹を切り裂かれて地面に転がる洞窟オークを眺め、独りごちてから、パリスは一瞬だけ僅かに背を丸めると背中を慄かせた。

勇敢な青年でありながら、同時に善良な心根の持ち主であるパリス・オルディナスは、繰り返される争いにやりきれなさを覚えながら、それでも大勢の者を見捨て、自分一人戦いから遠ざかって安全な場所にいる事は出来ないのだった。


 オークの少年たちの目の前で死体を蹴り飛ばし、或いは捕虜を畜生の如く乱暴に扱う人族の戦士たちは、気の弱い人間なら気死しかねないほど濃密で威圧的な暴力の気配を全身から発散していた。

殺伐とした雰囲気を纏った彼らは、虜となっている三人のオークの子供たちにとって、話しかけるのも躊躇われるほどに恐怖の対象であったけれども、しかし、耳に挟んだ会話はけして聞き過ごすことの出来ない内容で、長の子供であるグ・スウは敢えて口を開いた。

「……売り物ってどういう事だ?皆殺しにするんじゃなかったのか?」

洞窟オークの小僧如きに対等な口の聞き方をされて、郎党の一人は機嫌を損ねたのだろう。

グ・スウに近寄ってくると、凶暴な眼を見開いてまじまじと少年を見つめてきた。

僅かな怯みも見て取れないと見るや、無言のまま、硬い拳で小僧の腹を強烈に殴りつけてきた。

「ぐふぅ」

蹲ったグ・スウの髪を掴んで引き摺り立たせると、さらに二、三発殴りつけてから、地面に倒れたオークの小僧の顔に唾を吐きかけた。

「ん、ああ」

捕虜の人数を数え、売り飛ばす際の値踏みをしていた郷士の娘リヴィエラが戻ってきた。

商品の吟味は大切な仕事で、一段落ついた彼女は上機嫌な様子を見せていた。

「あれは嘘だよ。殺しても金にはならんだろう。まあ、抵抗した奴は殺したがね」



「君ら、洞窟オークでは大した金にはならんだろうが、ティレーでも、ゼオニスでも、でかい町に連れて行けば小遣い銭くらいにはなる」

リヴィエラは、荒縄で数珠繋ぎに手を縛られた洞窟オークの列を見回して、器量の良い顔立ちに御満悦の表情を浮かべて囁いた。

パリトーの村に戻ってしまえば、奴隷たちの処分はきっと自分に任されるのは違いない。

かなりの収穫だったので、興奮して鼻腔を膨らませている。

パリスなどは奴隷にも同情するかも知れないが、それならそれで、売り払うまでは精々、慈悲深く扱ってやってもよい。


 東のティレー市にしろ、南王国のゼオニス市にしろ、千人規模の人口を抱える大きな城市になると、小さな村とは違って、よそ者に賃金を払ってでも働き手が求められてくる。

特に壁作り、石切りや溝掘りなどの重労働や、糞尿の処理など穢い仕事の働き手は常に求められているが、手が足りる事は滅多にない。

自由労働者や出稼ぎの農夫であっても、辛い仕事を好き好んでする者はけして多くないし、雇うのであれば対価を弾まなければならない。

そこに奴隷の出番がある。

大きな城市では、奴隷は常に一定の需要を持っていた。

そうした町の店舗が集る大通りの一角には、大抵、奴隷を扱う商家もあって、近隣一帯から農園主などが奴隷を求めて訪れることもある。

また、そうした大きな町の奴隷商人たちとベーリオウル家は、些少の付き合いがあった。

例え洞窟オークとは言え、数十人も纏めて売れば幾らかは色もつくだろう。

北から商品を求めてやってくる奴隷商人などなら、鉱山などに売る為に纏め買いすることもあるだろうし、或いは、直接に取引の機会して大きく儲けられるかも知れない。


時折は、リヴィエラ・ベーリオウルも、己の無慈悲な行動に嫌気が刺すこともある。

オーク族は、人族を憎んでいる。殺さなければ、殺される。

一人でも二人でも多くのオーク族を殺すことが、民草や仲間を救うことに繋がる。

それがリヴィエラ・ベーリオウルが学んできた、どうしようもなく動かしようのない世の現実であって、だから彼女は、自分に出来る精一杯のことをしている。


二人のオークの子供。特に少女の方は、怒りに燃える瞳でリヴィエラを睨んでいたが、猿轡を嵌められている為にその罵り声は不明瞭な呻きにしか聞こえなかった。

リヴィエラは、痩せた少年に笑顔を向けると、馴れ馴れしく頭を撫でて親しげな口調で宣告した。

「君と母親は一緒に売ってやろう」

洞窟オークの族長の息子グ・スウは、離れた場所から、じっと此のやり取りの一部始終を目に焼き付けていた。

どうして、人族は、こんな酷い事をしながらそんな顔が出来るのか。

まるで善行を積んでいるかのように、金髪の娘は楽しげに笑っていた。


痩せたオークの少年ウィ・ジャが呆気に取られた様子で、リヴィエラを見つめた。

呆然とした様子で、のろのろと言葉を紡ぎながら弱々しく抗議する。

「……か、母ちゃんは逃がしてくれるって」

オークの子供の擦れた声を耳にした人族の郷士の娘は、ふてぶてしい笑顔を立ち尽くすだけの哀れな少年に向けた。

「殺しはしないとは云ったが、逃がすとは云ってないぞ?」

「だ、騙したな!」

激昂するウィ・ジャを面白そうに眺めてから、リヴィエラは冷淡に指摘する。

「人聞きが悪いな。勝手に勘違いしたのに」

「最初からその心算で……こッ、この野郎」

唾を散らして喚いているウィ・ジャを見つめながら、リヴィエラは頬に指を当てて少しだけ考える素振りをした。

「だけど、うん。族長の子供も抑えておきたいな。

 何処にいるか教えてくれれば、母親を期待どおりに助けてやるよ」

身を屈めたリヴィエラの囁きに、ウィ・ジャは一瞬だけ目を瞠った。

一緒に捕まった残り二人の友人の方に視線を走らせてから、或いは何もかもを諦めたのか。

痩せたオークの少年は、貝のように口を結んで沈黙に閉じ篭った。


族長夫人は、やはり石のように沈黙して、リヴィエラを睨みつけていた。

「貴方と貴方のお母さんだけは命を助けてあげると約束したな。

 それだけではない。望み通りに、逃がしてやってもいいぞ」

ウィ・ジャに対するリヴィエラの誘惑は続いた。

「奴隷頭の地位に付けてあげてもいいし、奴隷に売り払わないで解放してあげてもいい。

 約束は守るよ。大切なんでしょう?お母さん」

地面を俯き、涙を零しているウィ・ジャの耳元で優しく美しい声で囁いた。


「んー!んっ、んんっ、んんんんー!」

猿轡を今度こそ厳重に掛けられているオークの少女が身を捩った。

「何か云いたいことがあるの?」

激しい唸り声が気になったのか、リヴィエラは外してやるように郎党に命じた。

途端、罵声が飛び出してくる。

「てめえ!死ね!糞女!猿!オークでなし!人め!人族野郎!」

「人に人って云って悪口になると思ってるのか。ま、いい。黙らせなさい」

郎党が容赦なく頬を張り飛ばた。汚い布の塊を口に入れて猿轡を厳重に嵌めようとする。

「ま、待って!」

必死に顔を振りながら、オークの少女ジグ・ルが叫んだ。

「あたしだ!あたしが族長の娘だ!」


「……お前が?」

一瞬だけ呆気に取られ、馬鹿にするように鼻を鳴らしたリヴィエラ・ベーリオウルに禿頭の郎党が近づいて囁いた。

「……お嬢」

「分かってる。ハッタリかも知れない。だが……」

南方語で小さく囁きあいながら、疑わしそうにオークの少女を眺めてリヴィエラは思案を凝らす。

確かに小娘は、そして黙り込んでいる小僧も、他の洞窟オークの子供らより仕立てのいい服を着ている。

両者とも肉付きがいいのは、食べるものにも困らない環境にいたからであろう。

即ち、親の地位が高かった証に違いない。

族長の娘だとしたら、モラには気の毒だが、後でくれてやるわけにもいかないが……さて、どうだろう。


「……頭領の餓鬼は男だと聞いていたけれど?」

リヴィエラは、さりげなくカマを掛けてみた。反応は芳しくない。

「はあ?あたしが男に見えるかよ」

ジグ・ルは素早く頭を回転させて、敢えて勘違いしたような受け答えを返した。

この時は、オークの子供の命懸けの覚悟と演技力がリヴィエラの観察眼を上回った。

判断に迷いつつ、リヴィエラはウィ・ジャを見つめて訊ねた。

「あれは、本当に族長の子供なの?」

痩せたオークの子供は、数瞬、迷いを見せてから、震える指を上げてすっと指差した。

「そうだよ。あいつが……族長の娘だ。だから、母ちゃんと俺は逃がしてくれよ」

ウィ・ジャとあわせる様に、ジグ・ルも懇願して隣にいるグ・スウを一瞥した。

「あたしも人質になる。だから、ウィ・ジャたちとこいつは逃がしてやってくれ」

少し考えてから、リヴィエラは裏切り者の少年の背中を母親の方へと押しやった。

「……ウィ・ジャ」

何か言いたげに呟いたジグ・ルに駆け寄ると、痩せたオークの少年は堪えるように身体を震わせつつ小声で謝罪した。

「御免……ジグ・ル。でも、俺……」

オークの少女はしばし無言で俯いてたが、首を振ると踵を返した。


リヴィエラはしばみ色の目に皮肉な光を走らせながら、お涙頂戴の三文芝居を眺めていたが、

「族長の子には縄を後ろ手に縛って。母親も抑えておこう」

命令を受けた男たちが動き出し、二人の子供を引き離した。

親子だと言い張った女オークの方へと乱暴に突き飛ばされたジグ・ルは、おずおずと族長の夫人に近づいてから、躊躇しつつ、そっと呼びかけた。

「……か、母ちゃん。ぞくちょ……親父も捕まっているって。

 あたし達は、きっと親父への人質に使われるんだと思う。

 きっと、何か云う事を聞かせたいことがあるんだ」

族長の夫人は、息子を一瞥してから身代わりとなったジグ・ルを抱きしめて、その耳元で小さな声で優しく囁いた。

「……そうだね。でも、ありがとう」

だけど、豪族の娘リヴィエラ・ベーリオウルは、気の強いオークの少女が考えていたよりは、ずっと狡猾で用心深かったのだ。



「……母ちゃん」

ウィ・ジャも、召使いの女オークに駆け寄り、しかし、仲間を裏切った彼に母親は優しくなかった。

心が張り裂けそうになりながらも、ようようと母親に近づこうとした痩せたオークの少年は、力強い腕に思い切り突き飛ばされた。

地面に尻餅を付き、困惑し、泣きそうな顔で母親を見上げると縋りつくように救いの声を洩らした。

「かあちゃ……」

息子の懇願するような呼びかけに返答する母親の声音は、氷点下の冷たさを思わせた。

「あんたは……あたしの子供じゃない

 あたしは、仲間を裏切るようなやつを……産んだ覚えはない」

散村の風景が夕刻の茜色の日差しに染まっていく中、母親に拒絶されたウィ・ジャは蒼白な顔でただ立ち尽くしていた。



腕組みしながら此の後の算段を色々と立てているリヴィエラに、郎党の一人が歩み寄った。

「小僧のほうはどうするね?こいつも、いい服を着ている」

部下の云いたい事を理解して、郷士の娘は用心深そうに肯きながら指示を下した。

「小僧は逃がさない。小娘の騙りかも知れんし。

 族長に言うことを聞かせるには小娘が必要だが、小娘を動かすには小僧が必要かも知れん。

 だから、念の為に両方、押さえておこう」

郎党が満足そうに同意するのと同時に、ジグ・ルが絶句していた。

「……なッ!」

族長の本当の子供であるグ・スウだけでも逃がそうと考えていたのに、台無しだった。

痩せた少年の意味ありげな視線を、リヴィエラの注意深く鋭い瞳は捉えていた。

浅知恵と三文芝居には騙されなかったようだ。


強張っているジグ・ルの額を流れる汗を眺め、瞳を細く眇めてから、リヴィエラは立ち尽くしているウィ・ジャに話しかけた。

「そう言う訳だ、少年。

君は約束どおり見逃してやる。母親と共に、何処へなりとも……」

獣のように凶暴な唸りを喉から発していたウィ・ジャには、リヴィエラの言葉は聞こえていなかった。

痩せた胸のうちで自分たちを踏みにじる人族への憤怒が荒れ狂い、心のうちにあった何かが切れた。

老オークの落した得物が怒りに猛るオークの少年の目に入った。

素早く小刀を拾い上げると、痩せたウィ・ジャは怒りを雄叫びを上げてリヴィエラへと飛び掛った。

しかし、文字通りに百戦錬磨である郷士の娘には、まるで通用しなかった。

不意を突かれたにも拘らず、リヴィエラの身体は反射的に動いた。

あっさりと飛び退って躱すと、その拍子に後ろに纏めたくすんだ金髪が鞭のように宙に舞う。



むやみやたらと振り回している鈍い刃が、夕日を反射して淡く煌めいた。

「うああああ!」

二度、三度と切りかかられるも、リヴィエラは余裕で身を躱しながら嘲笑を浮かべた。

「おいおい、止めておけ。そんなもの振り回して危ないぞ」

窘められたウィ・ジャは侮辱に顔を真っ赤にし、なおも喚きながら狂犬のように飛び掛ってくる。

さすがにリヴィエラが嫌な顔になる。

「いい加減にしろよ、餓鬼が」

息子が斬られると思ったのか、此の光景を目にした召使いの女オークが顔色を変えた。

瞳に残忍な怒りを走らせて素早い動作で中剣を抜き放つと、リヴィエラは中腰から素早い一撃を繰り出した。

痩せたオークの少年の手から武器を叩き落す心算であった一撃は、だが、女召使いが間に飛び込んできたことで致命的な一撃へと変わってしまった。

良質な鉄剣の刃先は、熱したナイフがバターをきるように易々と女オークの腹部を断ち割った。

強烈な一撃を子供の身代わりに受けた小柄な女オークが、悲鳴を上げて切り倒された。

リヴィエラは一瞬だけ硬直し、思わず苦い表情を走らせた。

だが、オークの少年も隙に付け入る余裕はなく、呆然として立ち止まっていた。

「……あちゃん」

柳の木の根元。よろよろと倒れている母親に縋りついたウィ・ジャを見て、リヴィエラは決まり悪そうな顔をして佇んでいた。

咄とリヴィエラの洩らした舌打ちを耳にして、やるべき事を思い出したのか。

母親を見取ったウィ・ジャが立ち上がった。

凄まじい憤怒に形相を引き攣らせ、ぎらぎらと光る白眼で母の仇を睨みつける。

「止めておけ」

無駄だろうなと思いながらリヴィエラは忠告してみるが、オークの少年の目には決意の光が宿っていた。


「小僧。あの世で母親と仲良く暮らせ」

突然、背後から振り下ろされた斧が頭を強打して、ウィ・ジャは呆気なく崩れ落ちた。

オークの小僧を不意打ちした郎党は、飄々とした様子で主人であるリヴィエラと視線を合わせた。

「……そんな事は命じてないぞ。グーズ?」

淡々とした口調でありながら、リヴィエラの声音は、やや危険なものを含んでいた。

髭面は怯んだ様子もなく、肩を竦めてにやりと笑みを浮かべた。。

「禍根は断っておくべきですぜ。お嬢」

傍で一部始終を目にしていた他の郎党たちも髭面の仲間に同調した。

「そうでさぁ。餓鬼でも、いずれは大人になる」

「どうせ許してやる心算だったんでしょうが」

まだ甘いと言いたげに揶揄されて、リヴィエラは肌寒い冬の空を仰ぎながら嘆息した。

日はもう沈みかけていて、天の半ばまでを藍色のベールが覆い尽くしている。

「まあ、恨んでもいいけど、こうする心算じゃなかったんだよ」

倒れたオークの小僧を一瞥して淡々と呟くと、過ぎた事は仕方ないと割り切って、首を振りながら素早く気持ちを切り替える。


「改めて云っておくけど、その小僧も小娘と仲が良さそうだから連れて行こう。

 小娘に言うことを聞かせるためにね」

郎党たちに言いつけてから、リヴィエラは族長の連れ合いへ近づいていった。

露骨な嫌悪の眼差しを女オークに向けられながら、血に濡れた刃をちらつかせて恫喝の言葉を吐く。

「子供や仲間を死なせたくはないだろう?

 子供が大切なら、隠れている連中に出てくるように云え」

女オークの眉が軽蔑の感情に跳ね上がったのを見て、リヴィエラは族長夫人の頬を強烈に張り飛ばし、泥の中へと倒れこませた。

「人質が二人いる意味が分かるか?一人は見せしめに使える」

立場を教える言葉に、女オークは肩を震わせた。

のろのろと立ち上がった洞窟オークの族長夫人の表情に、諦念と不承不承ながらの服従を読み取ってリヴィエラは肯いた。


あばら小屋の中に、疲れた表情を浮かべて休んでいたパリスを見つけた。

傍らでは暖かな火が踊り、栗毛の女兵士が甲斐甲斐しく世話を焼いている。

いかにも優しげな風貌の雑兵と楽しげに会話しているのを目にして、このような女性がパリスの好みなのかと邪推しつつ、リヴィエラは指揮官に提案した。

「パリス。準備が整い次第、出発しよう」

「村に泊まらないのか?」

顔を上げたパリスは怪訝そうな顔で問い返してきた。

肩を竦めたリヴィエラは、手を振って村を示した。

「まだ隠れている奴がいるだろう。それに此処は、守りに弱すぎる」

百にひとつもないだろうが、オークの新手や援軍が来る事を恐れている。

「クェスの農園なら近場だし、此方の人数も増える」

リヴィエラの提案に膝を指で軽く叩きながら、パリスは首を傾げた。

「夜道を行くより……」

「松明を多目に用意すればいい。半刻少しも歩けば……あそこなら守りも堅い」


捕虜たちの輪へと入れられた洞窟オークの族長夫人は、二人の少年を抱きしめていた。

其処此処に得物を手にした(洞窟オークから見れば)巨漢の人族の兵が佇んで、会話する者を殴り飛ばしたり、逃げ出そうとする者がいないか見張っていた。

灰色の外套を着込んだ人族の女頭目が歩み寄ってきて、見張りたちに告げる。

「これから長く歩く。松明を用意させて腹に何か入れておけ、捕虜たちにも一応、何か食わせておこう」

「……つれていく。何処へ」

殴られるかも知れないと危惧し、二人の少年を庇うように背中に廻してから族長夫人が尋ねてみると、リヴィエラは鋭い視線を返してきたものの、意外とあっさりと教えてくれた。

「パリトー。クーディウスの村だ」


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