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土豪 28

暫しの間、リヴィエラはすすり泣いている少年を無情な冷たい目付きで眺めていたが、やがて一転して声に多少の暖かみを含ませながら穏やかな口調で訊ねた。

「少年……名前は?」

痩せたオークの子供は、啜り泣きながら、おそるおそると襲撃者の頭目格の一人であろう人族の女を見上げた。

「……ウィ・ジャ」

「ウィ・ジャ。お前たちも村人を皆殺しにしただろう?

なのに、自分たちばかりは命乞いするのかね?それは些か都合が良すぎるだろう」

顔を上げたウィ・ジャは、人族の娘の言葉にぎょっとしたように叫ぶと必死に弁解を始めた。

「ち、違う!生きている。村人は……お、俺たち、女子供には手を出してないよ!」

「へえ、何人くらい生きている?」

初めてリヴィエラが興味をそそられた様子を見せた。ウィ・ジャは甲高いきんきん声で叫ぶ。

「たくさん……たくさんだよ」

オークの少年は、数を知らないらしい。

僅かに落胆しつつも表情には出さず、リヴィエラは首を傾げて言葉を続けた。

「ふむ……ウィ・ジャ。

村人が本当に生きているなら、お前と母親だけは、助けてやらない事もない。

ただし、お前が正直に私の質問に応えてくれたらだ。いいね?」

「ほ……本当か!?だ、だけど、他の奴は……」

恐怖に激しく強張っていた顔を微かに明るくしたオークの少年に、しかし、リヴィエラは釘を刺すのを忘れない。

「ただし、よく考えて答えろよ。

嘘をついてもすぐに分かる。そうなれば、取引はご破算だ」

喪失への激しい恐怖に脅えながらも、一縷の希望に縋りつくようにウィ・ジャは肯いた。

懸命な気持ちも、叫んだ言葉も、だけど目の前の女に巧みに誘導されてるとは素朴な洞窟オークの少年は遂に気づけなかった。

残り二匹のオークの子供は、郎党たちに押さえつけられていた。

人が壁になってろくに聞こえないだろう。ちらりと一瞥してから、リヴィエラは質問を始める。

「村人は、誰が生き残っている?」

「スーとか、アンとか……」

素っ頓狂な子供の答えに、リヴィエラは形のいい眉を跳ね上げた。

「……女子供の名だな。大人の男は生きていないのか?」

「……お、男も抵抗しなかった奴と捕まえたのは生きてるよ」

質問は続いた。何人生き残っているのか。見張りは付けているのか。

「……か、数は」

どうも大きな数をよく知らないらしい。

此の時代は、町の人間でも識字率は低く、読み書き計算の出来ない文盲が大半である。

まして辺境の穴居部族の子供である。三以上の数を知らなくても不思議ではなかった。

「両手の指くらい?その倍?」

具体的な数を示されて、オークの少年は懸命な表情で己の指を眺めた。

「両手の指の倍……くらいだと思う」自信なさげに答えると付け加えた。

「み、見張りはつけてるよ」


淡々とした口調ながら、郷士の娘は痩せた少年から根掘り葉掘り村の情報を聞き出していった。

「見張っているのは戦士か?」

「……せ、戦士じゃない」

首を振ったオークの少年に、リヴィエラは顔を顰めながら聞いた。

「酷い事をしてないだろうな」

洞窟オークの子供は、慌てた様子で弁解する。

「む、村人たちは大人しくしている。酷いことはしてないよ。

俺たち、同じものを喰ってるんだ」

意外な言に、リヴィエラは微かにはしばみ色の瞳を細めた。

それが本当なら、確かに扱いはそれほど酷くないかも知れない。


「村人には、何人くらいの見張りが付いている?」

次の質問の意味がよく飲み込めず、痩せたオークの少年は戸惑いを見せる。

「えっ……えっと、片手の指くらいだよ」

「二十人を五人で見張っているのか」

独り言のように呟いてから、郷士の娘はやや厳しい声音になって訊ねてきた。

「村人は暴れなかったか?見張っているのは戦士のオークか?それとも普通の部族民か?」

人族の女の訊ねてくるのは、オークの少年にとっては、まるで意図の分からない質問が多かった。

口ごもった少年を見下ろしながら、リヴィエラは何故か不機嫌そうな顔を見せ始める。

内心とは別に表情を操作していただけなのだが、何かで機嫌を損ねたのだろうか、と焦ったオークの少年は、質問の意図も意味も分からないながらも答えようと必死に頭を絞る。

「……み、見張りは……」

答えないうちに、リヴィエラは重ねて質問をぶつけてきた。

「戦士たちは他の仕事をしているのか?」

考える余裕もなく、混乱しかけているオークの少年は必死に思い出そうとする。

「……う、うん」

「では、何をしているの?」

郷士の娘のその問いかけに、腕を押さえられて項垂れていたオークの少女が何かに気づいたようにハッと顔を上げた。猿轡の下からくもぐった叫び声を洩らす。

「ひゃ(や)めろ!ら(だ)まれ!フィ・ファ!」

すぐに郎党の一人が、でかい掌で喚いているオークの少女の口を塞いだ。

「静かにしてろ」

「んっー!」

暴れている少女を戸惑ったように一瞥してから、痩せたオークの少年はすぐに尋問者に向き直った。


「……せ、戦士たちは、交代で村に来る道を見張っているんだ」

痩せた少年の言葉を聞いて、リヴィエラは独りごちた。

「交代で……では、やはり、戦士は殆ど残っていないのだな」

村に残っているのは女子供ばかりで、その数もさして多くはない。

リヴィエラ達も推測はしていたが、今、その確証がひとつ取れた。

郷士の娘は、郎党たちと顔を見合わせてから愉快そうに笑みを浮かべた。


リヴィエラは、曠野の蛮族を相手にしてそれなりに尋問のやり方を学んでいた。

オークの少年ウィ・ジャが性根のところで臆病であり、しかも大切なものを守る為に必死で、嘘をつく余裕などないこともすぐに見抜けた。

一つ一つの質問には意味がないように思えても、回答を繋ぎ合わせることで全体的な情報を読み取ることは難しくなかった。

簡単なテクニックと田舎芝居のような演技であっても、狭い世界で育った無知な幼い子供を誘導し、情報を聞き出すのは、リヴィエラにとって掌で転がすようなものだったに違いない。


「やはり戦士は殆どいないようですね」

話しかけてきた郎党に、郷士の娘は上機嫌そうに肯き返していた。

「この小僧が本当の事を喋っていればの話だけれどね」

急に尋問者たちの雰囲気が変わったことに心細さを感じながらも、痩せたオークの少年はぽつんと立ち尽くしていたが、

「カマを掛けられたんだ。この間抜け!」

暴れて猿轡をずらしたオークの少女が、再び苛立たしげに痩せた少年を叱り飛ばした。

「村を攻めるのに、守りを知りたかったんだよ!」

実際に、ウィ・ジャがしでかしたのは、リヴィエラの推測に補強する材料を与えただけである。

どの道、人族の一党が村を攻めるに決まっていたのだが、云ってはならない事を云った自覚を兎も角もウィ・ジャは持ち合わせていた。

痩せた身体が徐々に細かく震え始めると、相貌からは血の気が引いていく。

「ごめ、御免よ。だけど、おいら……母ちゃんが……」

言うべきでない言葉を吐いた少年は、罪の意識で潰れそうになりながら、青ざめた顔でうわごとのように呟きつつ身体を震わせていた。

「まだ、聞きたいことが幾つかあるよ、ウィ・ジャ」

穏やかな口調のリヴィエラに顔を覗き込まれて、オークの少年は涙目で尋問者に向き直った。

「遠征の指揮を取ったのはお前たちの酋長?それとも戦頭かい?」

嘘をついても他のオークに聞かれれば分かってしまうのだ。

嘘を見抜かれるのも恐かったし、この狡賢い人族の女がどういう意味で聞いているのかも少年にはまるで分からない。

「……ぞ、族長だよ」

リヴィエラに冷たい瞳を向けられて、痩せた少年は悔しさと恐ろしさに身を震わせて正直に答えつつも、悔しさに拳を握り締めた。

「そう。それで……族長の家族は何処にいるの?」

「云うな!ハッタリだ。何も答えるな!」

再び少女が叫ぶが、傍らにいた郎党が大きな掌で頬を激しく張り飛ばした。

「恐れる必要はない。お前たちの酋長は捕らえてある。もう何も出来はしない」

リヴィエラの脅かすような言葉に、痩せた少年は哀れなほどに縮こまり、ますます緊張で顔を青ざめさせた。



村の様子を偵察しているパリスの背後から、下草を踏みつけながらリヴィエラとその手勢が近づいてくる。

六人の兵士と共に丘陵の稜線に身を潜めながら、合流した二人は襲撃の段取りについて手早く手筈を整えていく。

窺える丘陵の稜線から覗き込みながら、リヴィエラはパリスに囁きかける。

「やはりトリスは制圧されているようね」

リヴィエラを一瞥してから、パリスは村に鋭い視線を注ぎながら難しい顔をした。

「小さい村だが、人数が意外と多い……侮れないぞ」

「いいえ。実際には、女子供が多い。

村人もかなりの人数が生き残っているようだし、楽な戦いだよ」

怪訝そうな視線を向けられて、リヴィエラは不敵な笑みを浮かべながら応えた。

四半刻(30分)のさらに四分の一もしない尋問だったが、村の守りについて脅えるオークの小僧が知りうる全てをリヴィエラは言葉巧みに洗い浚い聞き出していた。

「もう夕刻になる。連中は明るい日差しに弱い。

夕刻直前に西に廻り込んで、夕陽を背景に攻め込めば優位に戦える」

少し考え込んでから、パリスは沈黙を保ったまま視線で言葉の先をリヴィエラに促がした。

「私たちが先陣を切る。もし敵が多勢なら、一端引いて味方と合流し、戦いやすい場所で迎え撃つ」

郷士の娘は言葉を続ける。

指先で村の地形を示しながら、脳裏に描いた作戦を説明していった。

「敵の数が少ないようなら、あの広場かな。想定外にあまりに多いようなら、あの路地で食い止めつつ、パリス達の半分が路地を横切ってから敵の背後に回りこむ」

リヴィエラの観察眼は正確で、素早く降した采配も妥当に思えた。

周囲の者たちも自然と納得しているようだった。

「どうかな?」

訊ねられたパリスは、少しの間、何か言いたげにしていたが、リヴィエラの案に特に穴は見つからなかった。

「よし、それで行こう」

咄嗟に考えたにしては、中々の作戦だと思えて、結局は承諾する。


「曠野を思い出しますな」

「へっへっ、オーク共、腰を抜かすだろうぜ」

陽気で凶暴な笑顔を浮かべた郎党たちに囲まれ、僅か五名で先陣を切ろうというリヴィエラにはまるで緊張した様子が見えない。

不敵な笑みを浮かべて、じっと泥作りのあばら屋が点在する散村トリスを鋭い眼差しで観察しているが、横合いからのパリスの視線に気づいて不思議そうに首を傾げると見つめ返した。

「なに?」

「気をつけろよ、リヴィエラ」

僅かに苦い想いを抱きつつパリスが見せた気遣いに、リヴィエラは一瞬、呆気に取られた様子を見せていたが、すぐに苦笑を返してきた。

「ふふ」

口元だけで笑い、手を振ってみせると、踵を返して小走りに村へと走っていった。

豪族の息子パリスが見たところ、戦に関してリヴィエラは卓越した手腕と見識を誇っていた。

辺境の名族の若者たちは勿論、戦上手と噂される老兵の豪族たちに比べても、引けを取らないのではないか。

パリスは幼馴染の女性の力量の高さに感嘆を抱きつつも、同時に哀れに思わずにはいられない。

まるで幾年も戦場暮らしをしてきた古強者のように考え、振舞っているリヴィエラだが、一体、何処でそのような采配を身につけたのか。

些か活発すぎる所はあったが、かつては明るい普通の娘だった。

それが再会した時には、鮮やかな手際で音もなく敵を始末する練達の剣士になっていた。

冷静で大胆な戦士となり、オークの巣食う村に先陣きって切り込もうとしている。

随分と変わった。疎遠になっていた数年に何があったのだろうか。

パリスの気忙しげな瞳は、身を隠しながら村へと近づいていく外套の娘の背中を追いかける。

厳しい辺境で生き抜く為には、けして悪い変わり方ではないのだろうが……

友人の変貌にやりきれない想いを抱きつつも、パリスは頭を振って気を取り直した。

考えるのは後だ。今は目の前のことに集中しよう。

相手が洞窟オークとは言え、侮れれば痛い目に合うとも限らないのだからな。

ひとつ武者震いしてから、パリスは大地を大股に踏みしめてトリス村へと歩き出した。


トリスは、何分にも貧しい寒村であった。

他の村人の家に比べれば些かましではあるとはいえ、村長の家でも見栄えのしない泥作りの壁に葦で葺いた屋根の家屋であった。

洞窟オークに攻められた際に村長は殺されており、今、その家は村を占領した洞窟オークの族長とその家族、そして召使いたちの住まいとなっていた。

「あの子たち……遅いねぇ」

あばら家の裏庭で土壷に入れた麦粥を煮ながら、族長の連れ合いである洞窟オークの女がぼやいていた。

木皿を布切れで拭きながら、痩せぎすの身体をした召使いの年増女が相槌を打った。

「折角のご馳走なのにね……どこへいったのやら」

枯れ枝や粗朶を運んできた老オークが、薪を埃っぽい裏庭の片隅に置きながら

「なあに……きっと丘のほうに遊びに行ってるに違いねえ。

そろそろ子供らも戻ってくる頃だて。心配することはねえですよ」

「それもそうだけど……ねぇ」

手元のスープをかき混ぜながら、洞窟オークの女はなおも心配そうに呟きを洩らした。

見上げた空には、藍色の濃密なベールが舞い降りつつあった。

東の地平に広がる夜の闇と対比して、西の空に広がる茜色が何とはなしに血のように見えて、女オークは不吉な予感に意味もなく背筋をぶるっと震わせた。

もうじき日が沈む。洞窟オークが夜目が効くとは言え、夜の荒野には夜行性の怪物や狼が彷徨しているのだ。

族長の連れ合いの浮かない顔色を見て、召使いの老オークが腰を上げた。

「分かりやした。あっしが探しに行って来ましょう」

「すまないねぇ。あの子たちったら、あたしが幾ら言っても聞きやしないんだ」

「グ・ルムが帰ってきたら叱ってもらわないといけませんぜ」

文句を洩らしつつも探しに行く老オークに礼を云った長の連れ合いを見て、召使いの痩せた女オークが苦笑した。


トリスを攻め落とし、豊富とは云えずとも綺麗な水源と風雨を凌げる家を手に入れて、洞窟オークたちの生活は一変していた。

寒い夜にも、もう凍える必要はない。

薪で暖を取り、井戸の綺麗な水を使って身体を洗い、人らしい生活を送っていた。

小村落とは言え、水に乏しい渓谷に掘った縦穴式住居よりずっと住み易いのは間違いない。

かつては半裸の襤褸切れを身体に巻きつけていた族長夫人は、質素ではあるが良く洗った清潔な衣服を身に纏っていた。

召使いたちも、粗末ではあるが暖かい毛皮や厚手の服に身を包んでいる。


貧窮していた生活から一転して、人並みの生活を手に入れた洞窟オークたちだが、人心地ついたら、次はより良い生活を欲するのは人の常だろう。

留守を守っているのは、族長の夫人と召使いたちであったが、後先考えないのはオーク族の悪しき習性だった。

目の前にある食料を食べられるだけ食べようとする欲の皮の張った愚か者、奴隷に暴力を振るう乱暴者、冬の備蓄まで手を出そうとする盗人までいて、留守を守る者たちは部族の者らを抑えるのに砕身していた。


「どうも、みんな落ち着かないみたいだからね。早くグ・ルムに帰ってきて欲しいよ」

召使いの女オークが浮かない顔で愚痴っている女主人に慰めの言葉を掛けた。

「大丈夫ですよ。生活が変わって、皆、不安を覚えているだけですよぉ」

女召使いが続いて言葉を掛けようとしたその時、通りの方から凄まじい断末魔の叫び声が響いてきた。

一瞬にして石像と化したように身体を凝固させた三人の洞窟オークは、ゆっくりと顔を見合わせた。

「今の……なんだい」

囁くように訊ねた声が、しんと静まり返った裏庭に響き渡った。

「これは……」

不安そうに囁きあっている召使いの老婆と中年女をその場に残して、夫人は息を飲んで通りの方を小さな眼で凝視していた。

やがて、建物の影から小さな人影が現れた。

血塗れになった洞窟オークの老人がよろよろと覚束ない足取りで歩み寄ってくる。

「奥さま、逃げてくだせえ。人間共が……」

息を吐くように最後の言葉を囁いた老オークが崩れ落ちると、地面にゆっくりと鮮血が広がっていった。




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