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土豪 23

 夜気の冷たさに、ふと、目が醒めた。

毛布の中でぎこちなく身体を動かしながら、エリスは高い天井を見上げてみる。時刻は何時頃だ

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運営の警告があったのでカット


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 虜囚となったオークたちの呻き声や絶叫が夜の闇を切り裂くたび、眠りを破られた奴隷たちは不安そうに顔を見合わせて、身体を震わせた。拷問は一昼夜に渡って続いている。

 郷士の娘リヴィエラは、捕虜とした洞窟オークの指を捻じり上げ、生爪を剥がし、焼けた石を押し付け、傷口に塩を擦り込み、天上に吊るして棒切れで滅多打ちにした。

 彼より屈強な大男でも音を上げただろう苛烈な拷問を受けながら、しかし、族長のグ・ルムは、一言も喋らなかった。

強い眼差しに強固な意志を湛えて、歯を食い縛ってただ耐え続けた。

 屈強の奴隷たちや雇った冒険者を助手に、休みなく洞窟オークを責め立てては、情報を取り出そうと企んでいた郷士の娘だが、洞窟オークの頑固さに遂に音を上げると、拷問を中断し、信じられないといった様子でかぶりを振った。

「しぶとい奴だな」

 屈強の盗賊や人食いのオグル鬼でさえ、泣き喚いて許しを請うたほどの拷問を此処まで耐え切ったのは、目の前の洞窟オークが始めてであった。陰惨な表情をして罵詈を浴びせていたウッドインプや、サディスティックな嗜好の赤毛のドウォーフも、冬にも関わらず冷や汗を浮かべながら、己らより背丈の低い虜囚の亜人に感嘆の入り混じった驚愕の眼差しを向けていた。


 虜囚に食事を与え、手当てするように奴隷に命じてから、リヴィエラは納屋を後にした。

郷士の娘は重たい足取りで重厚な石造りの母屋へと向かうが、徒労感もあって冴えない表情をしている。

 虜囚の隠している秘密はなんとしても取り出さなくてはならない。死なれては元も子もないのだ。

しかし、此の侭では其れも難しそうだ。もっと激しい拷問を施せば、洞窟オークを殺してしまう。

そして死ぬほどの苦痛を与えても、今のままでは到底喋るとは思えなかった。

手強い奴だ。さて、どうしたものか。

 思索しながら、生欠伸を洩らすリヴィエラ。幾度か休息は取っているものの、拷問が行なう側にとっても気力や体力を消耗する重労働であることに違いはない。

瞼を擦りながら、ささくれ立った気分のリヴィエラが母屋への小径を歩いていると、背後から呼び声が掛かった。

「リヴィエラ」

 やや悪相になっている郷士の娘は、険しい目付きで呼びかけてきた方向に首を向けた。それから相手の顔を見て露骨な溜息を洩らした。

「人の顔を見て、溜息を吐かないで欲しいものだね」

 傍らには弟のパリスと数人の郎党を引き連れて歩み寄ってきた豪族の長女フィオナが、不満げに渋い顔をする。パリスは拷問を好かない性質らしく、リヴィエラの動き易い装束に付いた返り血を見て、僅かに首を振った。

「……疲れているんだ」

どうやら失恋したらしい。苦い想いで呟いたリヴィエラの表情は、確かに生気を欠いている。

「例の捕虜は何か吐いた?」

 幼馴染の疲労困憊した様子を見て、フィオナはマントの中をまさぐって革袋を取り出した。

飲み物を受け取ったリヴィエラが口に含むと、フィオナの好きなベリーの絞り汁だった。

冷たい甘味は、確かに疲れた頭と身体に心地よく感じられた。普段から智恵を絞る仕事の多いフィオナが、酒精の類よりジュースを好んでいる理由も分かるような気がする。

「……一言も」

 首を振ってから、リヴィエラは虜囚たちを閉じ込めている屋敷の一角を睨みつける。

「一筋縄ではいかない奴だよ。あんなしぶといのは初めてだ」

 郷士の娘の洩らした言葉には、忌々しさと共に賞賛するような響きがあった。

口元を掌で覆いながら再び欠伸するリヴィエラを眺め、やや表情を改めたフィオナも深刻な口調で最近の噂を告げる。

「オーク共……少人数だけど、北へと向かう姿があちこちで目撃されている。何を考えているのやら」

 豪族勢の攻撃に備えて人数を集めているのか、はたまた攻勢を掛ける為に戦える者を招集しているのか。未だ見当もつかない。浮かない顔をしている豪族の娘フィオナを見てから、リヴィエラは私案を告げる。

「やはりあの人に話を聞きに行こうと考えている。何か知っているのは違いないのだから」

「屍の山を築き上げるような剣士を相手にあなたと交渉させるのは、気が進まないね」

「……それほどの腕だったか」

 フィオナの嫌そうな呟きに、難しい表情のパリスが口を挟む訳でもなく声を洩らすと、側に控えている中年の郎党ヘイスが肯きながら補足した。

「街道筋では、結構な噂になっています」


 急に不機嫌そうに渋い顔を見せて地面に視線を彷徨わせた豪族の長女は、年相応の若い娘にしか見えなかった。幼馴染の変化に戸惑いながら、リヴィエラは問いかけた。

「フィオナ、あの人を嫌ってるのか?」

 東国人の剣士アリアが嫌いというよりは、根拠もなく幼馴染のリヴィエラに近づいて欲しくないと感じただけだ。奇妙に嫌な感じがするなどと子供っぽい言葉を言い出せるはずもない。

リヴィエラの意外そうな声に、豪族の長女フィオナは感情を抑えて首を振った

「別にそう云う訳ではない。確かに腕は立つのだろうが……ん、何か分かるといいね」

 云い渋るフィオナは、どうも普段の明瞭さを欠いていた。釈然としない面持ちでフィオナを眺めていたリヴィエラだが、気を取り直して、もう一人の幼馴染に訊ねかけた。

「パリス、今日の見回りの順路は?」

「変更するさ。まだいるかどうか分からないが、竜の誉れ亭の方に行こう」

肩を竦めた豪族の息子パリスに肯いてから、リヴィエラは押し寄せてきた眠気に瞼を揉んだ。

「えっと……出発は?」

「昼の少し前だ。何故?」

怪訝そうに訊ねてきたパリスの前で、リヴィエラは大きく欠伸してから涙目を拭った。

「それまで少し寝るとしよう。出発する時に起こしてよ」





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カット


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 鳥肉と蕪、キャベツ、玉葱、豆、人参が浮かんだコンソメスープには、出汁としたブイヨンがよく効いており、深みのある塩味となっていた。

 鳥肉も新鮮なものをよく煮込んだお陰で、脂がスープの表層に浮かんでいる。

湯気を立てている壷から、エルフは大麦のお粥を手早く木皿によそっていく。

 炙った腸詰と玉葱に蕩けたチーズを絡めて僅かな魚醤で味付けた料理に、玉葱や人参、胡瓜の酢漬け、そして目玉焼きが食卓に並ぶ。

「魚醤がね。厨房に入ってたんだよ。南方からの行商人から壷で買ったんだって。

 今は冬だから、内陸まで持ってこれるって。で、分けてもらって」

 料理の内容を説明しているエルフの娘を眺めながら、女剣士は静かにエールを啜っていた。

「はい」

 エリスに手渡されたスープの椀を眺めてから、アリアは微かに眉根をよせた。

勇猛果敢な武人と称されるカスケード伯アリアテートも、身内同士で争う事が珍しくない東国貴族として、一面では病的に猜疑心の強い側面を持っている。

疑い深さは時にアリアを罠から救いもするが、時に人格上の欠点としても作用することもあった。

今も理性では有り得ないと分かっているのに、友人に対して無用の疑念を抱いてしまう。

 エリスが私を毒殺することはない。彼女は命の恩人だ。貧しいが誠実な人間に思えるし、動機もない。仮に私を殺して金を奪う悪党なら、他にも幾らでも機会はあった。

暖かいスープで木の匙で掬い取り、女剣士は胃袋を暖めた。美味い。当然に毒など入っていない。

それに彼女は、私に友情と一方ならぬ好意を抱いてもいる。

そしてどうやら、私も彼女に好意を抱いてきたらしい。

 胡瓜のピクルスを摘まんだ後、アリアは指をナプキンで拭いながらそれを認めた。

キスは悪くなかった。背筋には、まだ痺れるような快楽の余韻が漂っている。

分析しながらも、心の奥底から血塗られた追憶が絶えず昏い声で囁きかけてくるのだ。

本当にそう云い切れるか?女は分からない。お前は彼女の事を何も知らない。

親友や血族、恋人とさえ、しがらみと因縁に縛られて互いに刃を向け合ったのだ。

何故、知り合ったばかりの他人を信じられる。

粟立つ疑念を鎮めるために、女剣士は対面に坐るエリスの蒼い瞳をじっと見つめた。

「どうしたの?」

 真正面から見つめ返してくる穏やかな眼差しに安堵の念を覚えると、アリアは口元に柔らかな笑みを浮かべた。

 私はどこかで他者の裏切りを恐れている。まるで影に脅える臆病な子供のように。

恋人になれば、互いにもっと踏み込んだ間柄になるだろう。

肉体関係を結べば、私の身も心もエリスに対してある程度、無防備になる。

その気になれば、彼女は毒を使って簡単に私を害せる訳だ。

猜疑心の強さを自覚つつも、其れを抑制する術もアリアは一応、身につけている。

気持ち的に信じたいのか、本能と理性の両方で信じられると結論したのか。

兎に角、女剣士が心中で抱いた友人に対する疑念の霧は薄れて払われつつあった。

 構わない。エリスは大丈夫だ。信じてもいいだろう。

もし害されたなら、その時はその時だ。

見る目の無さを、冥府で待っているかつての敵たちに嘲笑されるであろうな。

まあ、喧嘩をした時には注意が必要か。

 エールを一息に傾けた女剣士は、杯を置くと手を組んで皮肉っぽい笑みを浮かべた。

誰も彼も疑って。東国貴族とは難儀な人種だ。神々から見れば、きっと滑稽に違いない。



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