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土豪 22

 藁の床に力なく横たわる農婦に手製の薬を与えてから、エルフの娘は悔しげに唇を噛み締めた。実のところ、黒い丸薬はよく効く鎮痛剤に過ぎず、同時に与えた化膿止めの薬草も何処まで効くか分からない気休めでしかなかった。

 それでも、安らかになった母親の様子を見た少女は、心底、安堵を覚えたのだろう。エリスの掌を強く握って深々と頭を垂れてきた。

何もかもがやりきれなく思えたエルフの娘は、咄嗟に顔を背けかけたものの、しかし、少女を突き放すべきでもないと考え直した。多分、幾らかの慰めを与えられただけでよしとするべきなのだ。

結局は、強張った表情のまま少女の頭を撫でると、二、三の励ましの言葉を与えて、今にも崩れそうな泥造りの小屋を逃げるように後にしたのだった。


 小道をとぼとぼと歩いて村道まで戻る途中、表情を曇らせたエルフは何気なく呟いた。

「……森に帰りたいなあ」

揺籃の地であった穏やかな南の森へ帰れたら、どれ程に楽しいだろう。

やがて小道の入り口が近づいてくると、はしばみの樹の茂った傍らに女剣士が腰掛けて休んでいる姿が目に入った。

エルフ娘を見とめて手を振りながら立ち上がった女剣士だが、何やら樹上が気になるようでチラチラと見上げている。

「流石に此の季節にはないか」

「好きなの?ヘーゼルナッツ」

訪ねられた女剣士は、友人の横に立って歩きながら肯いた。

「曽祖父の荘園の庭に、はしばみやさんざしがはえていてな。

子供の頃には、腹が減るたびに摘まんではよく奴隷頭に叱られたものだ」

過去への郷愁が女剣士の黄玉を思わせる瞳に浮かんでいた。

女剣士を叱れる奴隷がいたらしい事実のほうが、エルフ娘には驚きであった。

「曽祖父自身は、見るだけで何も生らぬが美しい草花を好んでいた。

今思うと心の無聊を慰めていたのかな。荘園の庭をよく手入れしていた後姿を覚えている」

「庭園?」

興味をそそられたのか、首を傾げたエルフ娘を見つめて女剣士は言葉を続ける。

「うん、春から夏にかけて色とりどりの花が咲いてな。

満開の時期はそれは綺麗だぞ。君にも何時か見せたいな」

「それは……見たいな」

不器用ではあるが慰めの気持ちが伝わってきて、エルフの娘は胸が暖かくなった。

庭園の美しさに想いを馳せつつ、想い人の故郷に招かれたことをエリスは歓んだ。

二重の意味で顔を輝かせたエルフの娘の嬉しそうな様子に、女剣士も口元を綻ばせて肯いた時

「おい!」

突然に二人の娘の背後から若い男の声が浴びせられた。


 不躾に浴びせられた威圧的な響きの呼び声に、エリスは僅かに緊張した。何事かと素早く振り返ってみれば、茶色い髪をした若い男が駆け寄ってくる。

動き易そうな革の旅装に身を包み、手首には鉄製の腕輪を嵌めていた。

「あ、あんたを探していたんだ!

相棒が怪我をして……薬師なんだろ!是非に見てもらいたいんだ!」

どこかで見た顔だが、誰だったかは思い出せない。エルフ娘は首を傾げつつ訊ねてみた。

「……怪我人がいるのか?」

「相棒だ。昨日の穴オーク相手の戦で酷い怪我を負った。助けてほしい」

 唖然としているエルフ娘の前で、目の前に躍り出た茶髪の青年は必死に息を整えながら矢継ぎ早に事情を話し始めた。話が真実なら、目の前で必死に話している冒険者の相棒は結構な重症を負っているらしい。

「来てくれ!」

「ちょっと!」

 じれったくなったのか。話を打ち切った男が些か乱暴に手を引っ張ったので、エルフは小さく悲鳴を上げた。強引な行動に、女剣士が素早く間に割って入った。

露骨に不快そうな眼差しを焦っている茶髪の男に注ぎながら、女剣士は眉根を顰めている。

警戒の眼差しに怯んだのか。自分の態度が、人を呼ぶには些か礼を逸したものだと、今さらながらに気づいたのか。

「悪かったよ。急いでいたんだ」

性急な言い訳のように呟いてから、取り繕うように腰の脇に在る袋へと手をやった。

「金はある。なあ、頼むよ」

冒険者のレオと名乗った男は必死の形相に見えた。

翠髪のエルフは、眉の下から蒼い瞳でじっと男を見ていた。

嘘をついてる様子ではないと判断したエルフの娘は、溜息を漏らしてから肯いた。

「……取りあえず、怪我人を見てからね」

パッと顔を綻ばせた冒険者のレオは、喜色満面で肯きながら先に立って歩き始めると、手招きをした。

「ああ、こっちだ」

冒険者の若者が向かう先からは、静かに川音が響いてきた。


 河から程近い野原に、傷病人の為に提供されているあばら小屋がぽつねんと建っていた。河辺の村の家屋の例に漏れず、葦で葺かれた屋根と泥造りの壁。扉などというものはなく、地面は剥き出しの土間でひんやりと冷えていた。


 エルフの娘が小屋の中に入ると、入り口近くで身を休めていた男が訝しげに顔を上げた。狭い小屋だが、見回してみれば薄暗い室内に四人の男女が力なく寝転んでいた。

「こっちだ。姐さん」

何時の間にやら親しげな姐さん呼ばわりに辟易したエルフの娘だが、肩を竦めながらも手招きするレオに歩み寄ってみれば、片隅にある毛布の上に明るい茶髪をした女性が寝かされていた。

 女性を一瞥して、微かにエリスは息を飲んだ。駆け寄ったレオは手を握って励ましているが、なるほど確かに容態はよくなさそうだった。

戦傷だろう、裂傷や打撲が何箇所も女の躰の目立つ箇所に刻まれている。

厳しい顔つきになったエリスの目の前。

「リース。薬師を連れて来たぜ」

得意げに青年が報告すると、女が億劫そうに唸りながら半身を起こした。

薬師と聞きつけたからか。周辺の怪我人たちが様子を窺うように視線を向けてきた。

救いを見出したかのような貧しげな彼らの顔つきに、内心、警戒を覚えたものの、億尾にも出さずにエリスは女性の傍らに屈み込んだ。

傷の具合を確かめてみる。女冒険者の身体には、膏薬が塗られ包帯が巻かれている。雑ではあるが、一応の手当てはしてあるようであった。


「傷の手当は誰が?」

「……村の婆さんが」

 磨り潰したガマの穂と恐らくは植物油を混ぜたのであろう膏薬が湿布にしてあった。

それに恐らくはオトギリソウ。主に化膿止めの効果があるといわれている夏の薬草だが、季節外れゆえに効果は薄いかも知れない。

そうしたことを説明しながら、エルフの娘は包帯を紐解いて傷の具合を確かめた。

「あんたは腕のいい薬師だって旅籠の親父が云ってた。普通なら死ぬような傷を癒したって」

レオの言葉に肯いたエルフの娘は、傍らに立っている女剣士と意味ありげな視線を交差させた。

「頼む。リースを助けてやってくれ!」

冒険者の若者の必死の言葉に男女の関係かともエルフは推測したが、よく見れば怪我人と顔立ちがどことなく似ている。

或いは、姉弟なのかな。首を傾げたエルフの娘だが、関係ないし、興味もない。

怪我の容態を一通り診察した半エルフは、難しい顔をしてなにやら躊躇っていたが、やがて渋々といった様子で呟いた。


「……助かるとは限らないけど手は尽くすよ。其れでもいいなら引き受けてもいい」

「ほ、本当か?」

 明るい顔つきになった青年に、エルフは重々しく肯きかけた。

第一印象が良くなかった為にやや構えて見ていたが、よく見ればまだ若さの残る顔つきだった。素直な物言いもあいまって、エリスよりも二、三歳ほど年下に見える。

「傷を縫う必要がある。それでも分からないけれど、体力があれば……」

「ぬ、縫う?」

エルフの言葉に素っ頓狂な声を上げたレオ青年だが、今までの沈黙を破って傷病のリースがか細い声を上げた。

「レオ」

相棒の名を呼んだ女冒険者は、横たわった姿勢から指を伸ばして青年の茶色い髪に触れ、宥めるように言葉を続けた。

「昔、森の民から聞いたことがある。エルフたちはそうやって傷を治すのだと……普通の人々では手の施しようもない傷も治せる癒しの技を持っているそうだよ」

「だけど……いいのか?」

躊躇いがちなレオ青年に青ざめた表情となったリースが肯きかける。

「信じてみよう……どの道、此のままでは私は」

云ってから疲れたように溜息を洩らした女冒険者を見て、冒険者の青年が肯いた。

エルフは己の技を疑われるのには慣れていたので、気にした様子は見せなかった。

「やってくれ」

折り曲げた人差し指を形のいい唇に当てて、エルフ娘が瞳をキュッと細めた。

「その前に代金の話を。癒しの術を施すなら其れなりの治療費は貰うよ。

手間隙も掛かるから貴方にも手伝ってもらうし」

はっきり云ったエルフの薬師に、冒険者は肯きかけた。

「金なら、在る」

 レオが腰の財布から大切そうに取り出したのは、小振りな打刻銅貨が三枚。

差し出された掌の上を凝視したエルフの娘は、切れ長の瞳を困惑したように伏せた。

報酬を差し出した冒険者は、だが、沈黙しているエルフの娘に不安そうな表情を見せ始める。

「……足りないか」

「……大した金額だね」

平坦な声でやっとエリスは呟いた。絶句していたのは、思っていたよりもずっと高い報酬を提示されたからだ。

旅籠の親父の言葉には、それだけの重みと信用があるのだろうか。

常のような怪しげな小娘の薬師ではなく、辺りの顔役が太鼓判を押す腕利きの薬師と見られているのだと気づいて評価の差に苦笑を浮かべた。

今まで見たこともない金額に引き受けようと肯きかけた時、急に傍らの女剣士がエルフ娘の袖を引っ張った。

真剣な顔つきでそのまま小屋の隅の方まで引っ張っていくと、小声で耳打ちしてくる。

「君、引き受ける前にもう少し粘ってみたまえよ」

「だけど……」

エルフ娘は露骨に躊躇を見せる。其れが女剣士にはどうにも歯痒い。

弁は立つし、頭も悪くないのに人が良過ぎる。

いや、逆か。頭がいいから、此れまでお人好しな部分があっても生きてこられたのだ。

「正当な対価を求めるのはけして悪いことではない」

苛立ったように女剣士に凄まれて、エルフが気おされたように瞳を伏せた。

「……それは」

「どんな関係であれ、私と長く付き合うのであれば……君を軽んじたくはない。言ってることは分かるだろう?」

アリアはアリアなりに、エリスのことを考えての意見なのだろう。

射抜くように鋭い眼差しでじっと見つめてくる。



 しばし、隅の方で話し合っていた二人の娘だが、やがてエルフが戻ってくると報酬の上乗せを要求してきた。報酬について話し始めたレオとエリスだが、エルフの方が立場も強かったので強気の交渉が出来たし、弁も立った。

外科を施す医者の診療費は総じて高いのが相場で、エルフの要求もかなり厳しいものだったが、幸いにしてレオの懐は若い冒険者にしてはかなり暖かった。二、三のやり取りの後、最終的には指先ほどのベルバ銅貨と平たいテュカ真鍮銭を五枚ずつ、ノーズ地方で採れた北方産の欠けた瑪瑙、柔らかな上等の兎革を四枚、それに漆黒の自然石のビーズで手を打った。

 前払いで報酬を受け取った時、エルフの手は緊張に少し震えたかも知れない。

暴力を匂わされて値切られることも、踏み倒されることもなかったのも珍しいが、仮に高額な報酬に腹を立てたとしても、レオは暴力に訴えかける徴候は見せなかった。

相棒の命がそれほどに大切だったのかも知れないし、女剣士の介入を警戒したのかも知れない。

冒険者の若者は相当な対価を支払ったが、此れは貧しい旅人たちには到底、払える金額ではなく、小屋にいた怪我人たちは諦めて俯いたり、首を振ってぶつぶつ呟いていた。


 負傷して横たわっている女冒険者の傍らにエルフの娘が座り込んだ。

「エルフにしては吝いのだな。貴方は……」

やや苦しげな息の下からリースが皮肉っぽい微笑みを浮かべて揶揄すると、エルフは苦笑を返した。

王都ティレオンにあっては王国のティリウスが如くに振舞えというからね。世知辛いのは人の世界だよ」

くすくすと笑ってから、リースは咳き込んだ。

「では、頼む。助けてくれ」

真面目な表情となった薬師が肯いて、革の水筒を差し出した。

「……此れを飲んで。痛みを和らげるから」

芥子入りのワインを患者に飲ませてから、エルフはてきぱきと準備を始めた。

針と糸を取り出し、粉になった薬草の袋を地面に敷いた毛皮の上に並べていく。

「では、レオ君。水を汲んできて。出来れば綺麗な湧き水、ないなら井戸水。

それと薪を集めてきてくれる?」

エルフの指示を受けた青年が外に出て行くと、女剣士は友人にそっと耳打ちした。

「妥当な報酬ではないか」

使用する新品の糸や針など諸々を煮沸する手間隙、施術の難度を鑑みれば、確かに妥当な対価に思えなくもないが、放浪者にとっては、やはり馬鹿にならない金額だろう。

機嫌良さそうに口を滑らせた女剣士を、ちょっと後ろ暗そうな表情でエルフは見つめ返した。

「……そうかな」

「もっと安く引き受けるかと危惧したよ」

「あー、うん……そうしようかとも思っていたんだけど」

何気ない一言だったが、居心地悪そうなエルフ娘は曖昧に肯いた。

「昨日までだったら、そうしていたような気がする」

友人に唆されたとはいえ、結局、吹っかけたのもエルフ自身の判断であった。

森を出た頃のエリスだったら、馬鹿みたいな安値で引き受けていた。

人の命が掛ってると見れば値段の交渉などせず、小屋にいた怪我人たちにも治療を施していたかも知れない。へとへとになるまで己を磨耗させて、挙句、助からなかった時に罵声を浴びられても、じっと耐えているのが常だった。

だけど、深刻そうな顔で唸っていたエルフ娘は、急にそんな生き方が嫌になっていた。

急激な心境の変化を己でも不可解に思いながら、女剣士にやや戸惑ったように蒼い瞳を向けた。

「……いいのかな?」

何を訊ねたかったのか、自分で分からなくなってエリスは口を噤んだ。

平地は人の世界で、人の法秩序が罷り通っている。

皆が顔見知りの森で、誰もが助け合うエルフの世界のようには生きられない。

五年以上も大地を彷徨って、漸くその程度のことが理解できたのだろうか。

或いは、本当はもうずっと前から分かっていて、目を逸らしていただけだったのかも知れない。

限界が来ていて、変貌する切っ掛けを探していたのだろうか。

どちらにしろ、エリスとて幸せになりたかったのだ。


 冒険者のレオ青年が戻ってくるのと入れ違いに、女剣士はひとり小屋を後にした。

いても手伝える事はないし、狭い小屋の中に余り大勢いても邪魔になるからだ。

「朱に交われば赤くなるというけれども、私の責だろうか。

善良なエルフを堕落させてしまったのかな」

地平線に鎮座する西方山脈の黒い稜線を彼方に望みながら、黒髪の女剣士は河原で独りごちている。

エリスは結構、真剣に悩んでいるように見えた。

代価を取るのは当たり前の行為だよ。悩むことはないと伝えたが、多分、もっと根幹の生き方について考えているのだろう。

年を喰ってから今までの生き方を後悔するよりは、若いうちに現実に適応する方がまだいいと、アリアには思えたのだ。

善良なだけでは生きていけない。エリスのような性格なら、清濁併せ呑むのが次善に違いないし、若いうちなら落とし所とて見つけ易い筈だ。

「それにしても……あんなに悩んで、可愛い生物だな、もう」

これからも割り切れないで悩んだりするのだろうか。

 エルフの事を考えると女剣士の胸のうちに暖かい想いが湧いてくる。

古典に記されていた萌えるという感覚だろうか。

エリスに対して保護欲のような感情はそそられるし、好意も覚えている。

しかし、其れが愛かと問われれば女剣士は違うと答えるだろう。

エルフ娘が向けてくる情愛を受け入れることには未だ戸惑いは残っていたが、古来より愛すより愛される方が幸せだとも言われている。

一緒に時を重ねていくうちに、どちらかが心変わりするかもしれないし、愛するようになるかも知れない。


いいさ、今はエリスと一緒にいることにしよう。

そう結論づけて、鼻歌交じりで河原の真ん中までやってくると、女剣士は鋼の刃を引き抜いてゆっくりと中段に構えた。

鋭い視線の先に架空の敵を想像して、均整の取れた肢体に均等に力を漲らせ、軽く息を吐くと共に柔軟運動を兼ねた素振りを始めた。

 鈍った身体を鍛えなおすために、アリアテートは、暇を見ては日々、鍛錬を繰り返している。

基本の型を数十回と反復し、繰り返しているうちに、心は内へと入り込み、余計な想念が消え失せていく。

過去に戦った強敵とこれから殺すべき男女の姿を脳裏に思い浮かべ、彼女は荒々しく身体を動かし始めた。

速く、鋭く、時に威力を乗せ、時に正確に、延々と剣を相手に殺戮の踊りを舞い続ける。

素早く土手を走り回り、飛び跳ね、時に飛び出し、地面擦れ擦れに這い回り、猫のように奇妙な足取りで横に駆けては剣を打ち下ろし、突き、薙ぎ、振り払い、一通りの鍛錬が終わった頃には、正午はとうに過ぎていた。

 ようやっと運動を止めると、吹き出た汗が上気した肌から湯気のように上がった。

呼吸を整えながら手頃な岩に座り込み、水筒を口につけて喉に潤していると、身体の調子も戻ってきたように感じられた。

引き攣れたような感覚は未だ僅かに四肢に残っていたが、あれだけの怪我を負ったのに後遺症は殆ど感じられない。

エリスは、いい腕をしている。

程よく疲れた身体に水分が染み渡っていくのを感じながら、女剣士が満足げに溜息を漏らしていると、土手の方からエルフの娘が近づいて来るのが目に入った。

 患者の傷を縫合し終わったエルフの娘は、集中力を使い切ったのか。ぐったりと疲れきった顔色をして、足を引き摺るようにして歩いていた。

傍らで何やら云ってる冒険者の若僧が、其れでも笑顔でエルフ娘の肩を叩いた所を見ると、上手くいったのだろう。


 汗だくの女剣士を見て目をぱちくりとさせてから、エルフ娘は手にした革袋から何やら包みを取り出した。

「食べた?」

首を横に振るうと、粗末な食べ物の入った包みを手渡してくる。

「買ってきたよ」

不味い昼食をモソモソと口にするエルフの表情は精彩を欠いていた。

軽い昼飯を酸っぱいライ麦パンと焼いた川魚で済ませた二人は、土手に腰掛けたまま、何を云うでもなくゴート河の灰色の流れを眺めていた。


 疲労困憊したエルフは、口を半開きにして彼方へと流れていく白い雲を眺めている。

「お疲れ」

女剣士の言葉に不思議そうに目を瞬いてから、よっこらしょと老人のような掛け声を上げて億劫そうに立ち上がった。

「痛み止めの薬草を使い切った。少し集めてこないと……」

「また明日にしたまえよ」

手を振っての女剣士の面倒くさそうな言葉に、少し考えてから首を振るう。

「いいや。此れだけは今やっておかないと。明日も晴れるとは限らないし」

言いながら草叢に屈みこんで薬草を採取し始めたので、女剣士は友人を待つ間に軽く水浴びをしながら時間を潰すことにした。


 必要としていた薬草をエリスが集め終わった頃には、時刻はもう夕方に近かった。

エルフ娘は慌てて河の水で軽く沐浴を済ませる。濡れた布で身体を拭いてる合い間に、太陽はもう地平線に沈みかけていた。今から旅籠に帰る頃には夜になっているに違いない。


 二人の娘は、河辺の村を後にした。黄昏の西日が大地を照らし出している。

足元では、細長い影法師が歩調に合わせて揺れていた。

エルフの娘は、ぼんやりとしながら歩を進めていたが、唐突に傍らの女剣士が立ち止まった。

険のある鋭い眼差しに警戒の光を灯らせて、女剣士は村に面した北の丘陵をじっと睨んでいた。

不思議そうな友人の視線に気づくと、不機嫌そうにはき捨てた。

「今、何やら影が見えた。狼か、あるいは野生の動物かも知れないが……いやな動きだ。村を窺っているみたいに見えた」

常日頃から警戒を怠らない女剣士が発した警告にも、しかし、疲れてきっているエルフの反応は鈍かった。

「うん、そうなんだ」

如何でもよさそうに云った途端、大きな生欠伸をして掌で涙を拭っている。

子供っぽい動作に苦笑した女剣士が手を握ると、億劫そうだったエルフ娘は一転して機嫌良さそうに笑顔を浮かべる。

女剣士も苦笑すると、踵を返して旅籠への道を歩き始めた。

まあ、いいか。オークの斥候かとも思ったが、まさかな。

あれだけの損害を出して昨日の今日で攻めてくる訳もあるまいよ。



ーーーーーー

エリスが疲れてぐーぐー


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