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土豪 19

 意気消沈しているエルフ娘を引き連れた女剣士が広場に戻ると、村人たちはまだ宴を楽しんでいた。

かがり火が盛んに燃やされ、その周囲を幾つもの人影が箍が外れたように歌い叫び、踊り狂っていた。

大地に影法師を投げかけながら、狂乱の一歩手前の踊り手には冬にも関わらず立ち込めている熱気のうちに半裸の男や乳房を剥き出しにした女が混じっている。

酒の匂いをプンプンさせて路傍でひっくり返っている少年たちを跨いで、村長に歩み寄った。

 宴の主賓である女剣士が席を抜け出していたのには、気づいていたらしい。

眉を上げて怪訝そうに見つめてきた村長に暇乞いを告げると、なにやら面食らったような顔をした。

「もう陽も落ちている。今日は泊まっていきなよ」

恩人である女剣士には礼もしたいからと盛んに引き止めようとしてくるが、傍らのエルフ娘は疲労困憊した様子で俯いている。友人を休ませてやりたいが、今の河辺の集落には見知らぬ者らが見かけられた。若い女が戦の興奮冷めやらぬ若衆の彷徨う集落で眠るのは躊躇われると告げると、村長も納得したのだろう。苦笑して肯いた。

 別れを惜しむ村人たちの誘いを断って、二人の娘は帰路についた。

村の外に出ると辺りは濃密な闇のベールに包まれていたが、やがて歩いているうちに夜道を歩くには困らない程度に目も慣れてきた。


 群雲に浮かぶ半月が煌々と夜道を照らしている。時折、吹き抜ける夜風に草だけが静かに靡いていた。風に乗って賑やかな歌声がエルフ娘の耳に届いた。

ふと振り返ってみれば、河辺の集落が闇の彼方に朧に浮かび上がっている。

本当は、夜道を歩くのは気が進まなかった。

蟠る闇に自分の位置を見失う恐れは常にある。

慣れない土地で夜道を行く旅人は、余り賢いとは云えない。

それでも河辺の集落と竜の誉れ亭を結ぶ道は、二人の娘にとって何度となく往来した経路であった。

道を見失って曠野へと踏み込むのを恐れて慎重に歩を進めている。

目印となる地形もまた、夜の世界では陽の光のもととは異なる姿を見せていた。

記憶のうちで見慣れたはずの丘陵や雑木林も、彼方で蟠る黒々とした陰でしかなかったが、幸いに二人の足元には往来する旅人の足に踏み固められた道が続いている。

用心深い女剣士は、時々、立ち止まっては行く手を再確認していたが、エルフは酷く疲れている様子で始終一貫して沈黙を保っていた。

 林や丘のほうから時折、狼の遠吠えが聞こえてきたものの、娘たちがハッとして周囲を見回しても獣の迫る気配も姿もなく、狼たちは恐らくは遠いところに獲物を追っていると思われた。

左右に連なる丘陵地帯に迷い込むことも、道を見失うこともなく、二人の娘たちは静かな道を青白い月の光に導かれて進んでいった。


 村を出て半刻程度も歩いていただろうか。エルフ娘は夜目が効く性質らしく、その時まで迷いのない歩調で先頭に立って歩き続けていたが、旅籠が見えてくる辺りの場所で何やら躊躇いがちに急に立ち止まった。

「……どうした?」

夜空に瞬く星々を見上げつつ、何やら憂鬱そうに思い悩んでいたが、女剣士の問う声に首を振って微笑んだ。

「……なんでもない。行こう」


 旅籠の間口まで行くと、新しい用心棒だろうか。

短く髪を刈り込んだ、やや人間には似ているが見慣れぬ種族の亜人が斧を持って扉の横の椅子に頑張っていた。

やや人相の悪いずんぐりした亜人を見て、女剣士が珍しそうにしげしげと見てから、

「ホブゴブリンか」

背丈は人よりやや低い程度であろう。茶色い肌のホブゴブリンは女の二人組を値踏みするようにじろじろと見ていたが、別に呼び止めることも無く、すんなりと入り口を通してくれた。


 薄汚い雑魚寝の客が大勢転がっている土間を抜けてから、廊下を通って借りてる部屋へと戻った。

エルフ娘が懐から鉄の鍵を取り出して扉を開けると、部屋は真っ暗だった。二人の息遣いと白い息だけが、静寂の漂う黒い闇を彩っている。

エルフの娘が寝台へふらふらと近寄って倒れこんだ。相当に疲れていたに違いない。

 枕に顔を埋めて深々と溜息を洩らしてから一声だけ呻くと、エルフの娘はそれっきり動かなくなる。

廊下の隅にある水壷で僅かに口を濯いでから、黒髪の女剣士も寝台へと潜り込もうとしていたが、友人が不気味な唸り声を上げたので思わず静止した。

「寝苦しそうな姿勢だな」

魘されているらしいエルフ娘に呟いてから毛布を掛けてやると、女剣士も寝床へとゆっくりと横たわった。

 エリスが悩みを抱えているのは分かるが、さてどうしたものだろう。

己が殺人者になったのを苦悩しているのか、なんとやら言う洞窟オークに追われていた農婦が怪我をしたことを気に病んでいるのか。

まあ、精々悩めばいい。悩むのは若者の特権だと、頬杖をつきながら女剣士は魘されているエルフ娘を眺めてつらつら考えていた。

他人事だと思って突き放している訳ではない。

友人に対して心配はしている。

だけど同時に、己一人で解決するしかない種類の悩みの世にはあるのだと女剣士は思っている。

「どんな答えを出すにしても、よく考えておき給えよ。

ある意味で此れから先の君が進むべき道を決するのだろうからな」

エリスの苦しみが己の在り方を決める為の苦悩だとすれば、出来るだけ自分一人で決めるべきだと思っていた。

 女剣士自身は、人を殺すことに対して躊躇も呵責も殆ど覚えない種の人間である。

長い伝統を持つ戦士の訓練と文化が作り出した精密な殺人機械の一つであり、冷酷さは彼もしくは彼女たちシレディア人戦士貴族階級の第二の天性になっていた。

命には美しく価値が在ると知りながら、パンを毟るように人の命を奪える。

他者との共存は意味が在ると思いながら、必要ならば蟲を潰したほどにも後悔しない。

彼女のうちには、なんら矛盾はない。殺すべき時、殺すべき相手に慈悲をかけてはならない。

しかし、そんなアリアであっても、己の在りようについて些かの葛藤を覚えていた時期もあった。

他者の命を奪う、そこに至るまで呵責や葛藤は在って然るべきだろうとも思う。

己なりの答えが見つかるまで、好きなだけ苦悩すればいいのだ。

エリスの事は好いている。もし潰れそうなら、私なりの助言はしよう。

うつ伏せになって呻いているエルフ娘を冷たい眼差しで見ていたが、やがて欠伸一つするとゆっくりと目を閉じた。

女剣士が横になると、すぐに躰の奥底から心地よい疲労が泡のように浮き上がってきた。

今日は沢山、殺したな……死体の山を積み上げた。よく眠れそう。

微笑みを浮かべたシレディア人の娘の意識が心地よい闇に落ちる間際、エルフの娘が洩らした苦しげな呻きが耳に残った。


 クーディウス一族のフィオナ率いる斥候たちが河辺の小集落に辿り着いたのは、夜半であった。

殆ど休む事無く馬を飛ばして先行していたリヴィエラが、丁度、村を見下ろせる坂道の頂きで待ち受けているのを見とめると豪族の娘フィオナは馬を止めた。

「……リヴィエラ?」

フィオナの呼びかけに応えて馬を寄せてきた幼馴染の表情からは、夜の闇を通しても、はっきりと困惑している様子が窺えた。

「……フィオナ、襲われたのは本当に河辺の村なのだろうか?」

奥歯に物が挟まったような物言いは此の幼馴染にしては珍しいもので、豪族の娘は不審そうに眉を顰めてから事情を尋ねてみた。

「どういうこと?」

「見れば分かるよ」

郷士の娘リヴィエラが指差した先にある河辺の集落では、何やら宴が開かれているのが見て取れた。

篝火の周囲で人族やホビット、ゴブリンなどが騒ぎ、歌い、踊り狂っている。

その陽気な歌声は風に乗って此処まで届いてきた。オークの姿など影も形もない。


 一瞬、豪族の娘フィオナは、言いようのない不安に襲われた。

もしかして自分は途方もない勘違いをしたのではないか。

偽の使者に騙されたか。或いは、別の村に勘違いしたか。

息を整えて気持ちを落ち着けてから、いや、其れはないと考え直した。

救援を求めてきた農夫は一応の顔見知りであるし、確かに河辺の村と告げていた。

多少の戸惑いを見せながらも、フィオナは部下たちと顔を見合わせた。

夕刻にパリトーを発った少数の斥候隊は、騎馬が二騎と騎鳥が三騎の編成である。

騎鳥に乗った他三名は気心の知れた者らを選んでいるが、彼らもまた困惑した表情を見せていた。

「撃退したのでしょうか?」

斥候隊では一番、若年のルドが予想外だといいたげな声を出した。

「やはり、そうかな。うん。どうもそのようだね。

村の中では、大勢の人間が祝っているようだし……自力で撃退したのではないかな」

肩を竦めて話すリヴィエラに、フィオナは内心で安堵の気持ちを覚えた。

河辺の村落は小規模な集落だと記憶していたから、十中八九はオーク族の手に落ちているものとフィオナは覚悟していた。

敵地への偵察とあってやはり緊張していたのが、自然と肩から力が抜けた。

「どうされますかい?お嬢。……いやさ、フィオナさま」

もう一人の従者である壮年の傭兵ヘイスに問われ、豪族の娘は数瞬を思案に耽っていたものの、直ぐに気を取り直した。

「撃退できたのならば目出度いことね。兎に角、行ってみましょう。事情も知りたい」

顔を見合わせてから部下たちも直ぐに肯いた。



 村に近づていく途中、郷士の娘リヴィエラが鼻をすんすんと鳴らしてから顔を歪めた。

「なんか臭いな」

「そうか?」

首を傾げた壮年の傭兵も、だが、直ぐに臭いに気づいた様子だった。

近づくにつれて、不快な饐えたような臭気が強くなっていく。

村に入って直ぐの空き地のところに人の背丈を越えた小高い小山が見える。

そこから臭気は漂ってくるようだった。

五人とも、最初は其れが何か分からなかった。

村の境界の柵に差し掛かったところで、ようやく正体が分かって五人は立ち止まって息を呑んだ。

村の入り口には夥しい屍が積み上げられていた。


 夜道に騎馬を飛ばすというのは極めて危険な行為である。

当然、随員に選ばれたのは勇気にも技にも欠けるもののない者たちの筈だが、想像を越える光景に絶句していた。

「おおっ!これは、一体!」

騎鳥が脅えたようにぎゃあぎゃあと耳障りな叫び声を上げて勝手に後退った。

「どう!落ち着け!……どう!」

落ち着かせようと手綱を強く引っ張るものの、馬や鳥の興奮は収まらない。

埒が開かないと見て一端、村の入り口から離れてから、地面に降りると手綱を取って徒歩で歩き始めた。

少なく見積もっても五、六十体。

いや、下手をすれば八十体を越える屍が無造作に積み上げられている。

口を半開きにして死者の山を眺めているフィオナも、不意に受けた精神的衝撃に完全に凝固して絶句していた。

「全て洞窟オークの屍のように見えるのだけれど」

近寄って興味深そうにまじまじと見つめている郷士の娘リヴィエラだけが、一行では唯一冷静を保っているように思えた。

「……撃退したのではなく、返り討ちにしたようだね」

友人に云われて、豪族の娘はようやっと口を聞くだけの気力を取り戻した。


 冬にもかかわらず、額には冷たい汗がどっと吹き出していた。

ルドは吐きそうな顔で胃の腑の辺りを掌で抑えていたし、日頃は豪胆な性格を見せるヘイスも強張った表情で何やら呟いているだけだった。

年若い女子のメリムに至っては、失神寸前で腰を抜かしていた。

肩を竦めたリヴィエラが振り返って、血の気の引いているフィオナに問いかけてきた。

「で、どうする?村の中にいってみる?」

並外れて豪胆さなのか、或いは無神経なのか。

酸鼻極まる光景を前にして、郷士の娘は平然としているように見えた。

友人の肝の太さを少し羨ましく思いながら豪族の娘フィオナは気丈に肯いた。

「メリム。貴方はパリトーに引き返して、援軍の必要はないと父に報告なさい」

使い物になりそうに無い郎党に伝令を兼ねた帰還を命じてから、フィオナは気の進まない様子で死体の山をまじまじと眺めた。

「やはり、事情を聞いてみるべきでしょうね」



 豪族の娘フィオナ率いる三騎の斥候が村に入ると、すれ違った人々は何事かと驚いた顔をして見上げてきたが、中にはほろ酔い気分で千鳥足で歩いているもの、歌っているものも見かけられた。

「妙ですな。村人の手負いが妙に少ない」

すれ違った村人たちの格好をさりげなく注視しながら、壮年の傭兵が独り言のように呟いた。

その言葉に肯いたリヴィエラも、群集の姿形に鋭い視線を走らせている。

辺りの農夫や村人たちは其れほど貧しくも豊かでも無い。

概して平凡な布服を纏った普通の民草であった。

戦闘の痕跡か。薄汚れた姿をした者が多かったが、みすぼらしい格好をしている者は意外と少ない。

そして何より、オークとやりあったにしては大きな傷を負った者が殆どいなかった。

どこかに隔離されて静養しているとも考えられるが、どこか腑に落ちない。


 村の中心を目指して広場に入り、篝火に照らされてみれば、目にも彩な戦装束を美々しく纏った豪族の娘が身分ある者だと人々にも直ぐに分かったのだろう。

腰には錬鉄の小剣を吊るし、手首には蛇の彫刻が象嵌された青銅製の長腕輪。

青銅の胸当てに市松模様のマントを翻している姿に人々は自然と道を明けていく。

広場で踊っていた男女が動きを止めた。

歌っていた人々も沈黙して、広場がしんと静まり返った。

武装した騎馬の一行を怪訝そうな視線で見つめてくるもの、恐れと警戒の眼差しを向けてくるもの。反応は様々であったが、充分に注目を集めたのを承知してからフィオナは朗々と声を張り上げた。

「私はクーディウスのフィオナ。村長はいますか?」

クーディウス。クーディウスだとよ。偉い殿様じゃねえか。ここら辺だと一番だよ。

物々しい闖入者の正体が分かったからだろう。

人々の纏った警戒と敵意の雰囲気が心なしか緩んだようにフィオナには思えた。

ざわついている人々の中には、ホッとしたように笑顔となる老人や歓迎するように声を上げた若者などもいたが、そうした人波を掻き分けて地味な年増の女が一行の前に進み出てきた。

「あたしが村長でさ」

物々しい一向の意図を測りかねたのだろうか。

歓迎しているとは言いがたい用心深そうな眼差しで上下に値踏みしながら、

「クーディウスのお嬢さまが、こんな辺鄙な村に一体、何のご用件でしょうか?」


 取りあえずと一行が案内されたのは、かがり火が焚かれる広場に面する小さなあばら家であった。

ルド青年を馬の見張りに残して、三人は村長の住まいだというあばら家の扉を潜った。

部屋の隅にある藁の寝床では、鼻水を垂らした少女が安らかな寝息を立てて眠っている。

「リネルと申します……クーディウスの殿様の噂は常々、窺っております」

言葉遣いは慇懃であったが、どうにも言葉の端々に警戒している風がフィオナには感じ取れた。

「オークに襲撃を受けたとの報を聞きつけ、急ぎ駆けつけた次第です」

「はぁい」

何とも締まらない声で返してきた目の前の年増女だが、茫洋とした表情を湛えながらも狡猾そうに瞳を光らせて豪族の娘の出方を窺っている。

碌に返事を返してこない村長に眉を顰めながらも、豪族の娘は言葉を続けてみる。

「敵は多勢だったと聞きました。よくぞ撃退されましたね」

「……はぁ」

云われてから村長はゆっくりと肯くと、ぽかんと口を半開きにしたまま豪族の娘を見つめ返してきた。


 典型的な鈍い農民の反応であるが、荒らされたように見える部屋の半分は既に綺麗に整頓されている。

薬草などが使いやすいように並べてあり、使える家具と壊れた家具が分けられている。

仮にも村長なのだから、頭が悪いとは思えない。

恐らく韜晦して言質を取らせないことに徹しているのだと推測した。

しかし、警戒される理由がフィオナには分からない。

微かに戸惑いを覚えながらも、豪族の娘は投げかけた反応を待った。

「……それは、でも、何とかなりましたで」

何やら聞き取り辛い発音でぼそぼそと言葉を返してくる年増の村長。

全く歓迎されていない。こうまで露骨な姿勢だと、流石に気分は良くない。

「百体近い死体の山だ。此れでは近隣の洞窟オークの戦える者は根こそぎだろう。

一体、どんな手妻を使って追い返した。いや、討ち滅ぼしたのです?」

此の侭、問答を続けていても埒が明きそうにない。フィオナは単刀直入に訊ねてみた。

「此の村には、其れほどの武具の備えも戦士もいるように思えぬが」

壁に寄り掛かっている壮年の傭兵も、鋭い声音で村長に問いかけた。

「偶々、村にねぇ。ええっと。旅の剣士さまとドウォーフが滞在なさっていてね。

その方達が当たるを幸い……」

其処まで云ってから年増女の村長は口ごもって、首を横へと振った。

オーク族との戦が近づいている最中、腕の立つ連中についての噂話には豪族の娘も興味を覚えた。

「その剣士とドウォーフの姿かたちについて詳しい事をお聞かせ願えませんか」

「あたしゃ、よく知らないんですけどね。へえ。

あの……村の連中が見てたんじゃないかね?聞いてみたら、如何かねえ」

間延びした愚鈍な話し方はどこか胡散臭く、聞いている者たちを苛立たせた。

「……食料や、薬など、なにか必要なものは?」

「いいえぇ、なんとか、なりますで。ほんとに……昔から、辺りで助け合ってきたで……よそ様から貰っても、礼も出来ませんですから……」

頭を下げながら、村長はフィオナと目線をあわせようともしない。

聞きたかった事は取りあえずは聞き出せたので、不快な会話は打ち切って豪族の娘フィオナは立ち上がった。


 別れを告げて家の外に出てから、豪族の娘は軽く歯軋りする。

丁重な態度を取られている筈なのに、何故か相手にされてないような気がした。

あいつは愚鈍を装っている。だけど、何故だ?

戸惑っていた豪族の娘を見かねたのだろう。それまで無言のまま一部始終を聞いていた幼馴染のリヴィエラがそっと耳打ちしてきた。

「多分ね。弱小の郷士だから、傘下に取り込まれるのを警戒しているんだよ。

クーディウスの勢力下に入ったら、幾らかは税を取り立てられるでしょう」

「ああ、なるほど」

云われて、ようやく合点がいった。フィオナは思わず舌打ちしそうになった。

強勢を誇る豪族が、他所の村を勢力下に取り込んで税を取り立てるようになる。

それ自体はよく聞く話ではある。されど、組み込むのも良し悪しなのだ。

支配した領主には、同時に飢饉の時には領民を救い、また盗賊やオークなどから領内を守る責務も生じるからだ。

パリトー近隣の村々なら兎も角、根幹地から半日の距離にあるこんな小さな村など態々、自勢力に組み込もうなどとはクーディウスは考えていない。

「分かっていたなら、もっと早く忠告してくれてばよかった」

周囲から敬われ、丁重に扱われる経験が多い豪族の娘である。

村長との話し合いに感情も昂ぶっていた。

つい苛立ちを抑えかねたフィオナが文句をつけると、幼馴染は傷ついた表情を見せてから何かを言い掛け、しかし口を閉じた。

リヴィエラも会話の途中で気づいて、友人に忠告したのだ。

それをまるで間違いをおかした召使いに対するような口調で叱り飛ばされて、馬鹿馬鹿しくて言い訳する気にもなれなかった。

豪族の娘フィオナは普段は人当たりもよくて冷静なのに、幼馴染のリヴィエラに対してだけは短慮で意地が悪くなる時が在った。そこがまた郷士の娘には腹立たしい。

フィオナの奴、私にだけ辛く当たるときがある。なんなのだ、こいつ。

郷士の娘は多少、興ざめした眼差しで友人を一瞥して、視線が合ったのでふいっと顔を背ける。


 友だちだと思って、つい甘えが出たのかも知れない。

友人の怒りの気配が、無言のうちにひしひしと伝わってくる。

怒って言い返される方がずっとマシに思えた。

嫌な気配に背中を冷や汗に濡らしながら、豪族の娘フィオナも唇を噛んだ。

偶には口の滑ることもある。八つ当たりしたのは悪かったけれども、長い付き合いなのだ。

リヴィエラも分かってくれてもいいのに。

互いにまだ若く感じ易い年齢でもある。二人の間に、やや気まずい空気が漂った。

豪族の娘が謝ろうと口を開いた時、場を取り成すように壮年の傭兵が先に口を開いた。

「その剣士とドウォーフとやらを探してみませんか?

腕の立つ者が一人でも二人でも欲しい時期です。

それほどの使い手なら、知り合っておいて損はありません」

「ああ、うん……そうだね。詳しい事情も聞けるかも知れぬ。会ってみよう」

ぎこちない表情で肯いてから、豪族の娘は村長の家へと振り返った。

あばら屋の戸口に佇んで、三人を見送っていた年増女に言葉を投げかける。

「誤解しないで欲しい、リネル殿。

オークに攻められたと聞いて様子を見に参っただけです。恩に着せる心算は毛頭ない」

他意はないのだと、一応、云うだけは云ってみる。

鈍そうな表情で耳を傾けている年増女の村長も聞くだけは聞いているが、信じてはいないようだった。特には反応を見せようともしない。

「オーク族は、辺境に住まう全ての民にとって共通の脅威のはず。

こうした時節に郷士や豪族衆が不和反目していれば、犠牲になるのは民草でしょう」

豪族の娘の説得は、しかし、村長の警戒を解けなかったようで、首を横に振った年増女は暗い顔をして何かを曖昧に呟いたがフィオナには聞き取れなかった。

云うべきことを云ってから、豪族の娘は部下たちと友人を促がして歩き出した。

「……難しいな」

閑散とし始めた広場を横切りながらぼやきを洩らした豪族の娘に、壮年の傭兵が真面目腐った顔で話しかけた。

「一度、試みて駄目だったからといって、諦めるのは早いですよ」

「そう……そうね」


 フィオナが幼馴染に謝る時節を逸しているうちに、外で待たせていた若い従者が三人に駆け寄ってきた。

顔に雀斑の残る郎党のルドは、得意満面の手柄顔になって胸を張って主人の娘に報告する。

「フィオナさま。村人に話を聞いたのですが、オークを撃退したドウォーフと剣士がいるそうです!」

「で?」

豪族の娘が歓ぶと思いきや、思いもかけない冷淡な反応を見せられて、気の小さい若者はおどおどし始めた。

「……そのドウォーフは、まだ村に滞在しているそうです」

「剣士……か。あのシレディア人か、それとも別の使い手か。

兎に角、ドウォーフの方には会ってみよう」

旅の途中でもあるし、相手にも相手の都合があるだろう。

試みる価値はあるだろうと、不機嫌そうだったフィオナも気を取り直して従者たちに笑いかけた。


 ドウォーフを探しつつ、二手に別れて村人たちに話を聞いてみることにした。

と言っても、態々、細かく質問してみる必要は無かった。

フィオナとルドが最初に近づいた村人の方から、訊ねられる前から恐ろしく強い女剣士の噂や敵の首魁を叩きのめしたドウォーフの活躍について得意満面で自慢げに喋り始めたからだ。

村人が言うところでは、女剣士が斬った敵の人数は三十とも五十とも知れないそうだった。

「そうなんだよ……此の後、もっと詳しく聞きたいかい?なあ、二人きりになれる場所でじっくり聞かせてもいいんだぜ」

興味深そうに聞いているフィオナに喋りながらにじり寄っていく村人の若者だが、折悪しく壮年の傭兵が豪族の娘のところに戻ってきた。

強面の男が睨みを利かせると、村人も酔いも醒めた様子で舌打ちして立ち去っていった。

「大袈裟な馬鹿者が」

離れていく若者の背中を睨みつけながら、壮年の傭兵も舌打ちする。

相手が惰弱な穴オークであろうと、そんな人数を一人で切れる女などいる筈もない。

精々が五、六人。よほどの強者でも十人がいいところだと、頭を振るった。

「……強ち出鱈目でもなさそうですよ」

噂話を聞きながら目を輝かせていた年少の従者が、不服そうに噛み付いた。

「噂とは、兎角、尾ひれがつきやすいものです」

壮年の傭兵が恐い目で年下の従者を睨みつけながら、窘めるように云った。

「だが、話半分として二十は斬っていることになる」

俯いて考え込みながら、豪族の娘が言葉を発すると、傭兵が顔を顰めた。

「雇えないかと話しかけた郷士や農園主もいたそうですが、どこぞの貴族らしくて無理だったと」

「……あの人かな」

陰気に呟いたリヴィエラは、顎に指を当てて何かを考え込んでいた。

「では、もう一人のドウォーフは?」

豪族の娘フィオナの問いかけに、壮年の傭兵が広場の片隅に視線を向けた。


 篝火の近くで酒盃を煽っていた白髭のドウォーフは、樽のような身体の厚みを持っていた。

腕は太く赤銅色に焼け、血管が浮かんでまるで鋼のように見える。

整った顎鬚は縄のように形よく編まれて腹まで届いていた。

着ている服も上等な革の上着で、外見からは名のある戦士にも腕のある職工にも思えた。

「うむ。なんだね?あんたらは?」

空になった酒壷が幾つか地面に転がっているにも拘らず、酔った様子も見せずに明瞭な言葉遣いで訊ねてくる。

「始めまして、ドウォーフ殿。わたしはクーディウスのフィオナと申します」

自己紹介した豪族の娘は、伝え聞いたドウォーフの武勇を称えてから、昼間の事について訊ねてみた。

グルンソムと名乗ったドウォーフは、重々しく肯きながら視線を瞬く星空へと投げかけた。

「では、攻めてきた洞窟オークは殆どが討ち滅ぼされたのですね」

「うむ……殆ど逃げることも出来なかったはずじゃ」

「なるほど、しかし、よく戦われた。見事な戦いぶりだったとお聞きしました」

「わしは職人だよ。兵士ではない。が……いささかの係わり合いがある人々が襲われているのを放って置くわけにもいかんかった」

「ありがとう。参考になりました。グルンソム」

「なんの……しかし、んん、何か忘れているような気がするわい」

はしばみ色の瞳で焚き火を眺めていた白髭のドウォーフが、目を瞬いてから一行の背に視線を走らせた。

豪族の娘が振り返ってみれば、松明を片手に掲げた村長が歩み寄ってくる姿が目に映った。

「ああ、まだ居たんだね。よかった。フィオナお嬢さま。

話してなかった事があったんだ。昼間の戦でね、捕まえた奴がいるんだよ」

「そうだ。捕虜がおるんじゃった!」

思い出したというように白髭を蓄えたドウォーフの老人も飛び跳ねて叫んだ。

「捕虜?」

「こっちだよ」

少し驚きながらも怪訝そうに顔を見合わせるクーディウスの偵察隊だが、踵を返した村長について歩き始めた。


「剣士さまが尋問していたのを横で聞いていたんですけどね。

ちょっと気になる事を話してまして。オーク族の計画は何処まで進んだのかとか……」

「……計画とは」

豪族の娘フィオナが尋ねると、年増の村長は不器用に肩を竦めてみせた。

「へい。なんでも剣士殿が言うには、連中は辺境を征服する計画を企んでいるそうです」

「辺境を征服?」

フィオナが如何にも胡散臭そうな言葉に眉を顰めたが当然だろう。

一口に辺境と言っても、人跡未踏の地も含めれば、辺境メレブは、東西百里以上の広大な領域である。

(※一里は四キロメートル)

横では失笑した者もいた。

笑わなかったのは郷士の娘リヴィエラだけで、瞳を微かに細めると表情を引き締めた。

辺境は、東西に掛けて文化や言葉、習慣の異なる幾つもの地方を内包している。

更に地方ごとに幾人もの有力な土豪が割拠し、城市が点在しているのだ。

辺境の征服など、万の兵を率いる将軍であっても不可能であろう。

広大無辺な曠野に呑み込まれてお終いである。

到底、正気の構想ではない。まして口にすれば誇大妄想の類と判断されるであろう。

現実感のない言葉をそう断じて鼻で笑ったフィオナの横で、郷士の娘は沈思していた。

小競り合いに幾度となく参加し、時に捕虜の尋問を担ってきた郷士の娘リヴィエラは、今回のオークの動きに釈然としないものを感じていた。

「うちの納屋に納屋に閉じ込めてあるんですよ」

見張りだろう。鼾を掻いて地べたで眠りこけている二匹のゴブリンたちの横を通り過ぎて納屋に入ると、隅の方に黒い影が芋虫のように蹲っていた。

松明の光で照らせば、後ろ手に縛られて足も結わかれている洞窟オークが土間に転がされている。

光に目を醒ましたのか。

もぞもぞと動いて松明に眩しそうに目を細めて呻きながら、洞窟オークは周りを囲んだ人影に敵意の籠もった強い視線を投げかけてくる。

「こいつは寄せ手の大将だそうで……よければ引き渡しますよ」

村長の言葉に面倒くさそうに首をかしげた豪族の娘フィオナの傍らで、リヴィエラが肯いた。

「連れ帰ろう」

強い口調でそう提案すると、フィオナは意外そうに目を瞬いた。

「貴女がそう云うのなら構わないけれど……連れ帰るのも大変そうよ?」

「私がなんとでもするよ。縛ったままのこいつを馬に乗せて、私は歩いても構わない」

言い切った郷士の娘は、床に転がって睨み返してくる洞窟オークの長グ・ルムをじっと凝視する。

辺境の征服計画……それだけ聞けば痴者の夢の類ではあるが、何故だろうか、酷く気になった。

さて、果たしてこいつは何か知ってるのだろうか。




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