襲撃 02
雑木林に開いた空間は、本来の平穏な静けさを取り戻していた。襲ってきた亜人の大半は討ち取ったか、散り散りに逃げ去ったらしく、周囲からは気配は失せていた。
周囲に転がった十余の小柄な亜人たちは、いずれも急所を切り裂かれるか、大きな傷を受けて息絶えている。
「信じられぬ……こやつ、口を割らない為に自害しおった」
頭目格の骸を前にして呆然と呟いた女剣士の姿は返り血に真っ赤に染まっており、エルフ娘は、相も変わらず凄まじい手際だと恐れと感嘆が入り混じったと息を洩らした。視線を転じて、足元に転がっている襤褸を着込んだ亜人たちの亡骸へしゃがみ込む。灰色の肌をした小柄な身体。奇妙に細長い腕とずんぐりした足。一見、顔立ちなどはオークに似ているが、よく見れば違う種族である。
「……こいつら、何者かな」
エルフ娘の呟きに愛剣の血糊を取ろうと悪戦苦闘していた女剣士が、水筒の水と布を取り出しながら如何でも良さそうに応えた。
「さてな……オークの一派かも知れんな。最近、小競り合いが増えているとも聞くし。
或いは賊かも知れぬが」
翠髪のエルフ娘は、どうも腑に落ちないといった口調で考え込んでいる。
「……盗賊でも、オークでもさ。普通、あんな大勢で農婦一人を襲う?」
「何故?」
端的な言葉が女剣士から返されて、首を捻りながら答えを探した。
「割に合わなくないかな。家族連れを襲っていたとしても、二十人で……
それに、そこまで頻繁に行商人や隊商でも通り掛かる道でも無いのに……」
「普段は畑を耕しながら、旅人の通り掛かった時だけ盗賊になる輩もいる」
「あ、そっか。賊だけで暮らす必要はないものね」
小人たちの肌からは垢と埃の入り混じった異臭が漂う。指を鳴らしてから、匂いが移りそうな気がしてエルフ娘は慌てて立ち上がった。臓腑の匂いと混じりあうと、もう耐え難いほどの悪臭である。
「でも、だとしたら追っ手だけで二十人?本隊は何人になる?」
「何を気にしている?まあ、確かに奇妙な連中であったな」
剣を洗い終わった女剣士が、半月で三十人以上を屠った刃を確かめて表情を曇らせる。尋常ならざる頻度で連戦している。些か酷使し過ぎかも知れぬと憂慮していた。如何にパティスの名工の手による逸品とは云え、近いうちに本格的な研ぎに出しておきたい。
優雅な動作で愛剣を鞘に納めてから、女剣士は死んだ小人を爪先で突いて首を捻った。
「普通は半分も死ねば怯むであろうに……こやつら、私がまるで親の仇でもあるかのように最後まで襲ってきたし、妙な事を口走ってもいた」
「……妙な事?」
エルフの問いかけに女剣士が頷いた。
「うむ。辺境を征服するとか、なんとか」
雑木林を出口に向かって二人の娘が歩いている。
「……疲れたねぇ」
徒労の混じったエルフの声にただ頷いて、女剣士は溜息を洩らした。
暫らくしてから、枝葉の先に僅かに覗く空を見上げてポツリと呟いた。
「一体、なんだったのだろうな」
粗末な襤褸を着込んでいる小人たちからは、碌に戦利品も期待できそうにない。
悪臭を我慢して頭目格の死体だけ調べてみたが、身元の分かりそうな装飾品や刺青、地図に書簡など手がかりになりそうなものは何一つ持っていなかった。
夥しい死体を後に残し、二人の娘は疲れた足を引き摺りながらぼそぼそと陰気に愚痴っている。
「棍棒が割れてしまったよ……また、新しいのを見繕わないと」
鬱蒼とした薄暗い雑木林は見通しも悪く、何処に亜人の生き残りが潜んでいるとも限らない。
不意に襲われないように辺りの気配を探りつつ歩いていたエルフ娘が、木々も疎らになったところで突然に立ち止まった。
「……何か物音がした」
足早に傍らに立った相棒に意味ありげな目配せされて、女剣士もそれと悟ると警戒を新たにする。
尖った耳を小刻みに動かしながら辺りに視線を走らせて、やがて二十歩ほど離れた位置にある大きめな繁みを半エルフは蒼い瞳でじっと見つめる。
「そこの繁み」
エルフ娘の囁きに頷いて女剣士が剣を構えると、
「……ま、まって」
繁みを掻き分けてよろよろと進み出てきたのは、若い貧しげな農婦とその裾に縋りついている幼い少女であった。
憔悴した様子の農婦は濡れた地面に跪くと、二人の娘に向かって両手を突き出して懇願した。
「……怪しい者ではないです。どうか、どうか剣をお引きくだせい」
顔を見合わせたエルフ娘と女剣士がぼそぼそと囁きあうと、会話の内容が聞こえないからだろうか。
娘を抱きしめながら、目前の農婦は不安そうな面持ちでじっと娘たちを眺めている。
「さて……さっきの連中は、此の二人を追っていたようだな」
女剣士が耳打ちすると、農婦の人品や衣装を品定めしながらエルフ娘も頷いた。
「……私たちは巻き込まれた訳か……如何見ても平凡な農民だけど」
二人組の娘の不審な視線を浴びて、農婦は子供を強く抱きしめて俯いた。
武器を持っているようにも見えない。近寄りながら、エルフ娘が尋ねかける。
「普通の農民に見えるけれども……貴方、何者?」
巻き込まれた立場の二人の娘としては、厄介ごとを持ってきた農婦に対して好意的になる理由もなく自然、問いただす声は詰問の色を帯びた。
「ノアです。ト、トリスのノア」
答える声も脅えに震えている。
「トゥトリスのノア」
名前を呟いてから、今度は女剣士の鋭い眼差しが農婦を射抜いた。
「で、さっきの連中は誰だ?どうして貴女達を追っていた?」
「……分かりません。分からないんです」
身を捩って子供と抱きしめながら、農婦はたださめざめと涙するばかりである。
身体を小刻みに震わせているのを見て、うんざりしたのと流石に気の毒になったので、エルフ娘が首を振った。すすり泣いている憐れな姿は、如何見てもただの農婦にしか見えない。
女剣士が頷いているので、取りあえずは質問を打ち切って此れからの行動を話し合う。
「取りあえずは旅籠へ戻ろうよ。話はそれからにしない?」
エルフの言葉に女剣士が懸念の色を示した。
「旅籠か……だが、連中。街道にまだうろついていないかね?」
「ん……分からない」
エルフ娘が木陰から目を眇めて窺うも、街道上の様子を見て取る事は出来ない。
一見、道行く者の絶えているようにも見えるが、道脇の繁みなど隠れる場所は幾らでもある。
待ち伏せがいるとしても、離れた場所から見て取るのは至難の技であった。
「一度、渡し場へ戻ろう。街道に出ないでも戻れるはずだしな」
少し考えてから女剣士はエルフ娘にそう告げて、放置されている間に大分落ち着きを取り戻した様子の農婦に鋭い視線をくれた。
「我らは此れより渡し場の村落に向かうのだが、一緒に来るか?」
「いいえ、わたしどもは……」
農婦は言い澱んで、それから途方に暮れたように地面に視線を彷徨わせている。
どうすればいいのか分からないでいるのだろう。
「……川辺の村には、無料で休める旅人の小屋があるよ」
身なりを見れば、恐らく金は持っていないだろう。
二、三日なら旅人の小屋に泊まれる。
その後は町に行って仕事を探すなり、村の裕福な家に使って貰うなり好きにすればいい。
「村まで送ろう。或いは、旅籠の方がいいか?」
迷いを見せていた農婦だが、特に此れと言った意見もないのだろう。
結局、村まで一緒に付いてくることになった。
「ええ、出来れば……村へ一緒に……」
歩き始めると子供が足を引き摺っているので、農婦はしゃがみ込んでおぶさった。
「親子?」
「……はい」
エルフ娘の言葉に言葉少なに答えると、農婦は黙々と村までの道のりを進んでいった。
赤毛娘が目を醒ますと、柔らかな寝台に寝転がっている己に気づいた。
生家で使っていたものと同じ寝心地よい寝台に、再び目を閉じるとごろごろと転がりながら伸びをする。
家に帰って来れたんだ。良かった。
……久しぶりだな。此の感触。冬は仕事も少ないから、もう少し寝てよう。
いつもの癖で藁屑の詰まった枕を抱きしめて顔を埋めながら、目を閉じかけて違和感を覚える。
違う……なんだ此れ。
押し寄せてくる眠気に負けまいと目を見開こうと頑張る。
わたしは奴隷になった筈だけど、悪い夢を見ていた?
それとも此れが悪い夢か?
「凄い寝相してるわね、此の人」
「目を醒ました?」
「……あ」
赤毛の娘が目覚めてみれば、そこは見覚えのない広い部屋である。
壁には、繁栄する都市を描いた精巧なタペストリーが飾られ、機織り機には造りかけの麻布。
小さな円卓には青銅製の燭台が置かれ、壁際の寝椅子には豪華な毛皮が敷かれている。
寝台の横。見覚えのある二人の若い女が長椅子に腰掛けていた。
落ち着きのある挙措からやや年上だと見ていたが、間近でよく見てみれば年の頃は赤毛の娘と同じ程度であろうか。
金髪を背中に編みこんだ器量の良い娘が話しかけてくる。
「話は大体、聞いたよ。詳しいところを聞くために後で皆がやってくるから、今は休んでなさい」
もう一人、栗色の髪をした美貌の娘が椅子から立ち上がった。
瞳を向けられて赤毛娘は息を飲んだ。
一見して吸い込まれるような、澄んだ綺麗な眼差しをしている。
ゆっくりとしたぎこちない北方語で
「私は、フィオナ・クーディウス。そちらは友人のリヴィエラ・ベーリオウル。
貴女の訴えは、我が父はルード・クーディウスに届いた。よく頑張った」
「……あ」
顔に覚えはあっても、今まで何者かは知らなかった。
ついにやり遂げたのだと、涙を流して俯いている北方系の赤毛娘を見やってから、
「父を呼んでこよう」
言い残して豪族の娘フィオナは扉から出て行った。
赤毛娘の体調を考慮しての事だろうか。
村娘を呼び出すのではなく、十人ほどの男女が部屋を訪れてくる。
若い青年や女性もいれば、壮年や初老の男女もいた。毛皮や黄麻の服装、或いは目の細かい布地からすれば、恐らくは有力な豪族たちなのだろうと、赤毛娘は当たりを付ける。
幾度か話した青年ラウルも部屋の片隅に立っているのが見かけられた。
最後に入ってきて、中央の椅子座った初老の痩せた男がクーディウスと名乗った時には、赤毛の娘は目を瞬いてじっと見てしまった。
百人もの武装農民を配下に持つとも噂され、辺土でも有数の有力者の一人が、平凡な初老の男であることに意外の感に打たれて、しかし、気を引き締めて頭を下げた。
初老の豪族が頷いてから、赤毛娘はモアレ村に起こった出来事を一つ、一つ淡々とした口調で話しはじめた。
オークが攻めてきたこと、その数の凄まじさとよく整った武器、統制の取れたオーク族の動き、村人が立ち向かったことと村の中を逃げ惑った事、追い詰められた事、迷い込んだ二人組の旅人と出会った事、村からの脱出、順を追って話していく。
二十人近いオークを単独で切り倒していた女剣士について話した時には、数人の男女が胡散臭そうに鼻を鳴らしたり、顔を見合わせていた。
「二十人……一人で?」
「どんな怪物だ?その女は実は南王国の近衛騎士だったりするのか?」
露骨に馬鹿にした言葉を浴びせられ、赤毛娘は悔しげに顔を伏せる。
「……確かに、数も数えられない無知な娘が大袈裟に言い立てていると、考えても無理はないでしょう。……で、ですが、私はその目で見ました」
剥きになって思わず言い返してから、聴衆の胡散臭げな反応に赤毛の娘は失敗したと後悔する。
信憑性の無い話をしてしまえば、他の話についての信頼も落ちてしまう。
数字を間違えたといえばよかったかも知れない。如何すればいい。拘泥して言い張れば、益々、嘘つきだと思われるかも。
不安で歯噛みする赤毛娘に助け舟を出したのは、それまで黙って聞いていた三人の若者たちだった。
「……いや、信じるよ」
端正な顔立ちをした豪族の長兄パリスが言うと、フィオナも頷いた。
「多分、その人を知ってる。黒髪をしたシレディア人の女剣士」
「フィトーを討ち取った、例のあれか」
筋骨隆々の壮年の男が面白そうに口の端を歪めると、数人の豪族たちが囁きあう。
「二十人を一人で……いかにシレディア人とは言え……」
「だが、確かにシレディア人なら、それくらい出来る奴がいてもおかしくない」
「馬鹿な……だが……」
東国はシレディア人戦士階級の勇猛さは、干戈を交えた南王国は勿論、辺境の地にまで響き渡っていた。クーディウスが咳払し、豪族たちに向き直った。
「落ち着け。話の途中だ」
部屋が静まってから、娘に続けてくれと促がしてくる。
後はそれほど話すことは無かった。
オークの追撃を受けたこと、一行に闇エルフも含まれていたこと、友達が犠牲になり、霧に乗じてからくも逃げ延びた事、全てを話し終わってから、赤毛の娘は長々と溜息を洩らした。
「モアレよりの使者。大義であったな」
初老の豪族は優しい声で、労わるように赤毛娘の手を握り締めた。暖かくて力強い掌であった。
「……では」
初めて明るい顔色になった赤毛娘がじっと見つめると、豪族は大きく頷いた。
「御主の事は、悪いようにはせぬ」
約束の声には誠実な響きがあって、赤毛の娘はようやくに肩の荷が下りたのを感じ取って、ほっと安堵の涙を流した。気が抜けたのか、寝台にゆっくりと横になる。
「さあ、皆の衆。この娘をゆっくりと休ませてやりましょうぞ。
なにしろ、大変な任務を果たしたのじゃからな」
豪族の一人だろう老人が声を出すと、豪族諸氏やその他の人物たちは興奮した様子で顔を見合わせたり、何事か呟きながら、ぞろぞろと部屋の外へと出始めた。
最後に残ったのは、クーディウスとその長女のフィオナ、友人のベーリオウル親子。そして豪族の次男ラウルであった。
安堵の想いに身を委ねてぼうっとして天井を見上げている赤毛娘の傍らで、だが、豪族と娘が分からぬ早口の南方語言葉で喋り始めた。
「……父さま」
「……可哀想だが、それは出来ん」
南王国語。辺土で使われるの南方語とはまた違う南王国で使用される南方語は、赤毛娘の知るそれとは違いすぎて、耳にしても殆ど意味が分からなかった。
「取られた村や農園を奪還し、オークを攻めるための武具であり、兵でもある。
己が土地や仲間を守る為ならば兎も角、さほど関りの無い北方人の村を守る為に、豪族共が兵を出す筈もなければ、彼らを動かすほどの力もわしにはない」
娘の眼差しから視線を逸らして、初老の豪族は辛そうに呟いた。
「それをやれば、わしは権力をうしなってしまうだろう」
娘の方は予期していたのかもしれない。目を瞑って表情に苦渋の色を濃くする。
父親の言葉に顔色を変えたのは息子の方であった。
「……それをあの娘に告げるのですか?」
父親は応えずに額を撫でると、深く溜息を洩らした。
苦悩の色と同情の色は瞳に浮かんでいたが、沈黙が答えだった。
娘は軽く頷いて、父親に告げる。
「ならば、父上の言葉でそれを告げるべきでしょう。期待を持たせるのは、寧ろ酷でしょうから」
初老の豪族は益々、苦しげに表情を歪めた。
「この娘は、たった一人で此処まで……その希望を打ち砕くのか」
苦い口調で呟いた。だが、辛い事実を告げなければならない。
訥々とした、だが心情の篭った嘆願に心動かされなかったといえば、嘘になる。
「……では、わたしが」
娘フィオナの言葉に、初老の豪族クーディウスは首を振った。
「いや、わしが告げよう。わしの役目であろうからな」
先ほどからの話し合いに剣呑な空気を感じ取っていたのか。
何処となく不安そうに此方を見つめている赤毛の娘に向き直って、初老の豪族は事情を説明し始めた。リヴィエラが言葉を翻訳し続ける。
「……気の毒だがな。それだけの力はない。
さして交流のない北方人の村の為に、豪族たちの軍勢に動かすのはわしとて難しいのだ」
一通りの言葉を聴き終わった赤毛娘は、一切表情を変えなかった。
理解できなかったのだろうか。不安に駆られた時、赤毛娘は口を開いた。
「……クーディウスの殿は、辺りで一番偉い力のある方だと聞いていました」
拙い南方語に責めるような響きはなく、しかし、初老の豪族は言い訳がましく口を開いた。
「それを否定はせぬ。しかし……」
「そのお方に叶わぬのであれば、もはや何者にもモアレを救うことは出来ないのでしょう」
全てを理解した表情で痛々しい微笑を浮かべながら、頭を下げる。
「わたしは……わたしは……どうも……無理なお願いをしたようです」
何ともいえぬ居心地の悪さと胸の苦しさを覚えて、初老の豪族は怯んでいた。
「……怨んでも構わん。しかし、わしらにも守らねばならぬものがあるのだ」
「自分の土地と家族を優先するのは誰にとっても当然の事です。お怨みすることなどありません」
云ってから溢れた涙が頬を伝って零れ落ち、赤毛の娘は俯いた。
「もうしわけ……ありませ……ひとり……ひとりに……」
頷き、人々は立ち上がって足早に部屋から出て行った。
心残りな様子を見せるラウル青年が立ち止まっていたものの、姉に腕を取られて引っ張り出されると扉が閉じた。
途端、扉の向こう側から悲痛な切り裂かれるような叫びが上がり、ついで嗚咽と拳で硬い何かを叩くような鈍い音が響いてくる。
郷士の娘リヴィエラは、友人のフィオナを見て何かを言いたげにしてから、しかし口を閉じた。
初老の豪族は、しばし虚ろな視線を天井に彷徨わせてから、ふと傍らに立つ娘を見つめた。
「フィオナ。あの娘の面倒を見てやってくれるな」
「はい」
部屋の中からは、赤毛娘の慟哭する響きが伝わってくる。
初老の豪族は肩を竦めてから歩き出した。娘は部屋の前に立って扉を眺めていた。
「出来るだけのことをしてやりたいと思っています」
背中に掛けられた愛娘の声に立ち止まると、初老の豪族は苦い表情で大きく溜息を洩らした。
トリス村を攻め落とした洞窟オーク達は、大変な馬鹿騒ぎに興じていた。
文明人が見れば、野蛮と眉を顰めるかも知れない。
火を盛んに焚いては、仕舞い込まれた人族の美味い酒を飲み、取って置きの肉を喰らう。
山羊や鶏を屠り、焼き上げては齧り付いている者もいれば、色取り取りの布をまとう女の洞窟オークもいる。
若い洞窟オークの中には村の家を荒らす者もいれば、生け捕りにした村人をいたぶって楽しんでいる奴もいたが、同時に知己の村人を庇う者もいた。
幾人かはなおも暴れていたが、村の女たちの大半は、諦めたように抵抗を見せなかった。
生き残った僅かな村人たちは一箇所に集められ、悔しげに洞窟オークたちの狂態を眺めていた。
これから先、洞窟オークの奴隷として惨めな生活が待ち受けているのだと思うと村人たちは暗い表情にならざるを得なかった。
村の彼方此方で洞窟オークたちが気勢を上げては、声を張り上げ歌い、踊っており、お祭り騒ぎの最中、冷静なものは殆どいなかった。
洞窟オークの酋長グ・ルムは、仲間たちを見て廻りながら、行き過ぎた騒ぎを見つけては諌めて回っているが、一人の若い洞窟オークが話しかけてきた。
「グ・ルム……連中を止めてくれ。家畜を全部、食い尽くしちまうつもりだ」
首を振っている若者に酋長が問いかけた。
「村を落とした祝いの日だ。今日くらいは多目に見てやろう」
「全部喰っちまったら、増やすこともできねえよ!あいつら止めてもとまんねえんだ!」
グ・ルムの取り巻きである洞窟オークの一匹が不安げな若者の肩を叩いた。
「なあに、野暮はいいっこなしだ。若いの。向こうは向こうで楽しんでいるのだろうよ。
洞窟オークの記念すべき勝利の日だ。羽目を外しても無理はない。おめえも楽しめ」
「そうよ!悩むのは明日からでも出来るぜ!」
若者が気色ばんで取り巻きを睨む。
「訳の分からん事を云ってんなよ。酔っ払いが……全部、喰っちまったら増やしようがないだろうが!」
「なんだあ、その言い方。若僧が」
怒りを見せる酔っ払いと睨み合う若者。
肩を竦める酋長に、別の取り巻きが笑いかけた。
頷いている酋長の耳へ、転がり込むように村へと駆け込んできた洞窟オークの喚き声が届いてきた。
「あいつらは……逃げた村人を追っていった連中か」
一瞥した取り巻きが顔を歪めて呟いた。
酋長の弟のグ・ルンがつれて、早朝のうちに逃げ出した女子供を追いかけて村を出た一団。
とうに戻ってきてもおかしくない時刻を過ぎていた。
「やっと戻ってきたのか……御馳走もだいぶ減ってるぞ」
笑いながら労を労おうと手を挙げた酋長だが、
「大変です。グ・ルム!大変です!」
指導者の姿を見かけるや、一直線に駆け込んでくる数匹の洞窟オークのただならぬ様子に、殴り合っていた若者と酔っ払いまで何事かと手を止めて向き直った。
「落ち着け、何があった」
鷹揚に問いかける酋長の足元に倒れこんで、村に飛び込んできた洞窟オークの一匹が喘ぎながら言葉を発した。
「グ・ルンが!おお!グ・ルンが!」
弟に何かあったのか、顔色を変えた酋長に生き残った洞窟オークは一部始終を話し始めた。
凄まじい血臭が漂っている雑木林の空き地に、夥しい数の洞窟オークの骸が転がっていた。
誰も彼もが涙していた。勇敢な戦士であるグ・ルンは、皆から慕われていたのだ。
「そいつらは川の方へと向かいました。
殺したのはエルフ娘です。翠の髪をした。薄汚いエルフ」
歯を剥き出して悔しげに喋っている生き残りの洞窟オークに、茫然とたたずんでいた酋長は深く頷いた。
辺境では珍しい森エルフの女。直ぐに見つけ出すことが出来るだろう。
弟を殺されて内心は怒りに荒れ狂っている洞窟オークの酋長は、しかし、感情は面に出さずに生き残った洞窟オークを奇妙な眼差しで眺めた。
「……それでお前は俺の弟を置いて、むざむざと逃げてきた訳だ」
酋長の言いたいことを悟って、生き残った洞窟オークたちはさっと顔色が悪くなった。
「ま、待って!恐ろしい使い手だった!俺にはどうしようもなく!」
必死に言い訳している洞窟オークの肩を長く強い腕で掴むと、グ・ルムは手にした短剣でその喉を切り裂いた。
ごぽごぽと傷口から血を噴出してもがいている卑怯者を地面に投げ捨てると、洞窟オークの酋長は蒼白になって静まり返っている手勢を見回してから、追跡の得意な洞窟オークを呼び寄せた。
「……奴らは?」
部下を始末した酋長に対して、やや脅えた様子を見せながら答える。
「……血塗れの足跡が川辺の村へと向かっていた。血の跡が残っている」
「川辺の村。分かるか?」
酋長は、今度は街道の付近に詳しい野良の洞窟オークに向かって訊ねる。
「……ち、小さな村だ。五十人もいない」
震えながら答えた洞窟オークに頷きながら、酋長はぎらぎらと光る黄色い瞳を雑木林の彼方へと向けた。
「よし、弟の仇を討つ。鏖殺だ。一人も逃がすな」




