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土豪 10

「うお!ノス!ノスを殺しやがった!」

「こっ、此の野郎!」

「お前!お前、こっちを向け!! ただで済むと」

 仲間が倒れると同時に、何が起きたのかようやく理解したのだろうか。

殺気立ち、口々に怒りの叫びを上げている難民を前に薄く笑うと、女剣士は剣を横薙ぎに振りぬいた。

左にいた男の喉を切っ先だけで切断し、そのまま円を描くように蒼く煌めく鋼の剣を反転させると、後ろから詰め寄っていた難民の肋骨の隙間に吸い込まれるようにして刃が心臓を貫いた。

小さく息を吐きながら引き抜くと同時に、地面に飛び込むように転がりながら、飛び掛ってきた農民の脛を長剣で叩きおる。

絶叫を上げている農民を放置し、心臓を突かれて崩れ落ちた亡骸を飛び越えて、目の前にいた難民の女と青年を殆ど瞬時に連続した袈裟懸けで切り倒した。

 あっという間に五人が殺されて、難民たちが凍りついた。

次の瞬間、冷えた空気は瞬時に沸騰し、十人近い難民たちが武器を振り上げ、女剣士目指して殺到してきた。



 厚手の布服を着た体格のいい男が激昂した様子で棍棒を振り下ろすが、黒髪の女剣士に素早く躱された。

すれ違い様に腹部に重たい一撃を喰らって、舌打ちして振り返ると同時に、ぼとぼとという音と共に地面にぬるぬるした赤黒い蛇のような物体がぶちまけられていた。

「うおわああおおっーー!!おっ、俺の腸!腸が飛び出ちまっているぅ!」

 理解した瞬間、眼球が飛び出しそうなほどに眼を見張り、喉も張り裂けんと絶叫しながら地面を掻き毟り、己の臓腑をかき集めて戻そうとするが、その真上を剣風が通り過ぎる。


「うおおおお!」

 唸りを上げる長剣が、やはり棒を振り回していた男の顔面を破砕する。

長剣は普通に分厚い鉄の鈍器。

前歯を砕かれて仰け反った男の太股に、ずどんと刃が突き刺さって骨まで砕いた。

激痛に絶叫し、雷に打たれたように硬直した姿勢でぴょんと飛び跳ねてから、難民は残った足一本で着地しそこなって横転した。


「やってしまった。歯に当てるなんて。腕が鈍ってる」

 呟きながら横に跳んだ女剣士の、直前まで頭があった位置を棍棒が通り抜けていった。

雄叫びを上げながら、浅黒い肌の男が自棄糞気味に突っ込んできた。

棒切れを振り下ろしてくる腕の小手先を長剣で跳ね上げる。

血しぶきと共に、棒を持った拳が宙を舞った。

「手首。俺の手がッ、取れちまった。うあああ」

叫んでいるところに首を薙がれて、血潮を撒き散らしながら男は即死する。


 女剣士の動きは流水の如くとらえどころなく、そしてまた恐ろしく素早かった。

縦横無尽に俊足で跳ね回り、難民たちの振り下ろす棍棒は、その影すらもまるで捉えきれない。

半数を殺された頃には流石に難民たちも熱気が醒め始め、徐々に恐慌と取って代わり始める。

禿頭の男が棍棒を持った腕を滅茶苦茶に振り回しながら、近づけまいと恐怖に叫んでいる。

あっという間に間合いを詰めると、女剣士は狙い済ました一撃で腋窩動脈を切り裂いた。

蹲ったところを背後から刃先を突っ込んで、喉まで到達した刃が禿頭の男の頚椎を切断した。


 歩み寄られた一人の若者が、ついに棒を放りなげて叫びながら逃げ出した。

発狂したように喚いて逃げるのを、女剣士は狼のように猛烈に追いかける。

俊足の女剣士にあっという間に追いつかれると、体当たりするような勢いで背中から猛然と切りつけられた。

絶叫を上げて地面を転がるのを、長靴で踏みながら動きを制して止めを刺される。


 丁度十人目を殺されたところで、遠巻きに様子を窺っていた難民の幾人かが逃げ始めた。

それを横目で見ながら、エルフ娘はのろのろと身を起こして立ち上がる。

背後の樹木により掛かって痛む唇を押さえると、どうやら殴られた時に割れていたらしく鉄錆の味が舌に染みた。

女剣士が足を止めると、向き直ってきた。

なお敵意に溢れる視線を向けてくる難民たちを完全に無視して、エルフの下へと歩み寄ってくる。

「酷い様だ」

指を伸ばして痣の出来ている頬を撫でてから、

「……やったな。やってくれたな」

小さく低い声で呟いて、いきなり唇を近づけてきた。

「……ひあっ」

叫んでいるエルフの頬の血と涙を舐め始めながら、尖った耳元に訊ねる。

「自分の身は守れるな?」

頷いているエルフに微笑みかけてから、じりじりと近寄ってきた難民たちに振り返って、剣を構えた。


 息子を殺された老人が怒りの叫びを上げながら、臓物を地面へとぶちまける。

痩せた男と中年の女は、怯んだところを下腹部を薙がれて切り倒された。

若い娘が、横から飛び込んできた刃に脾腹を刺されて絶叫する。

屈強のドウォーフが膝頭を割られて、絶叫しつつ横転した。

少年が頭蓋を叩き割られて、地面に脳漿が飛び散った。


 絶望に目が眩みそうになりながら、背の高い男が背後に庇っている女に囁いた。

「……逃げろ」

興ざめした様子で間合いを詰めてくる女剣士が、鼻を鳴らして

「まるで此方が悪者のような物言いだな。賊の分際で気に入らぬ」

「うおおお!」

ひゅごっと言う音と共に、太股の内側が深々と切り裂かれていた。

横転し、傷口に掌で抑えようとして背後の女が切り倒される姿が目に入った。

絶望と怒りの叫びを上げて、我武者羅に立ち上がろうとしたところで鋼の刃が喉に食い込んだ。


 それで糸がぷつんと切れたように闘志が消え去った。

難民たちはもう戦えなかった。

略奪と戦闘に慣れたオーク族が、三人掛かりでも敵わない手練の剣士である。

碌に武器を握った事も無かった農民たちが、幾人いようと案山子の山も同然だった。


 倒れた男の亡骸を抱いていた老人が立ち上がり、よろよろと前に出てきた。

「や、やめてくれ!降参する。わしらが……」

涙を流しながら、何かを言い掛けて、口を開きかけた細首が一瞬に跳ね飛ばされる。


 脅えた表情で逃げ惑う女も、黒髪の女剣士は容赦なく切り倒した。

目に絶望の色を浮かべて跪いて命乞いをしていた栗毛の娘は、肋骨の隙間を縫うように、胸の上から刃を刺されて殺された。


 凄まじい殺戮劇に呆然と立ち尽くしていた少年の下に男が駆けつけてくる。

「ぼ、坊ちゃん。坊ちゃん。命は、命だけは助けでください!」

膝に縋りついている男を突き飛ばして、今度は巨体の女が少年の喉下に小刀を突きつけた。

「どきな!剣を捨てな!此の坊やを殺すよ」

女剣士に向かって怒鳴りつける。

「好きにしろ。拾っただけの他人だ」

短剣を取り出しながら女剣士は艶然と笑った。

一息に投げた短剣は、怯んだ女の眼窩に突き刺さって脳髄にまで達していた。

ついで腰を抜かしていた男も、地べたに縫い付けられる虫のように剣を突き刺されて殺された。


「……何てことだ、どうしてこんな」

 半オークの青年は二、三歩下がってから、背後に腰を抜かしている中年女と二人の幼い子供が、目に涙を浮かべて震えているのに気づいた。

凍ったように冷たい感覚を背中に覚えながら、子供たちに微笑みかけると、震える躰を叱咤して、周囲に落ちている棒切れを拾い上げた。


「……ひっ、来るな!こないでくださぁい!」

 若い男が後ずさりし、珍妙な懇願の言葉を口にしながら棍棒を振り回した。

想像を超える凄まじい殺戮劇の展開に、女剣士がまるで悪鬼羅刹の類としか思えない。

女剣士が容赦なく踏み込んで、激しい一撃を見舞った。

切り飛ばされた男の腕が地面に落ちる。

「ああアッ!おあああああ!」

棒立ちになっているところを、さらにふとももを切り裂かれた。

灼熱の苦痛と衝撃に男の腰が抜けた。這い蹲って恐怖にすすり泣く。


「……大分、勘を取り戻せた」

 呟きながら、女剣士は満足そうに長い溜息を洩らした。

それから小首を傾げて、若者の顔を表情の見えない冷たい面差しでじっと見つめる。

「……ああ、お前。やはり、お前だ」

何時の間にか、旅籠からも数人の人が出て来て遠巻きに様子を窺っていた。

周囲には、死体と身動きも出来なくなった難民たちが血の海に転がっている。

ほんの数人は逃げ去ったようだが、木陰では腰を抜かしている中年女と子供たちを守るように半オークが此方を睨みつけていた。

「へう?」

怪訝そうな声を上げる若者に、女剣士が感情の窺えない冷たい黄玉の瞳を向けた。

「エリスの頬を叩いていただろう?可哀想に、腫れているではないか。

 あんないい娘なのに、酷いことをする。そうは思わないか?ん?」

「ちが……ちが」

言い訳しているように上げている左腕の、今度は手首から先を切りとばした

「おああああ!いっひぃいいい!いぃー!いいい!」

歯を食い縛った口の端から泡を吹いて、若者が苦痛にのた打ち回った。

余りに無惨で酷い光景に、エルフ娘は思わず顔を逸らした。

少年は、殆ど気を失いかけている。


「や、やめぇええ」

 街道横の木立に隠れていたのだろう。

半狂乱の若い女が横合いから駆け込んで来て、後退った若者に覆いかぶさった。

「とうちゃ!かあちゃ!」

子供が繁みに立ち尽くしている。

「此れ、返す!返すから!」

若い女が若者の懐を弄って、財布を掴んでいた。

「違う。違うんだ」

「お願いだから、もうやめて!」

「……どうか……どうかぁ……」

顔をクシャクシャにして、涙声で啜り泣いている。

「助け、助けてぇ。出来心なの。お願い」

「助けてください。家族だけは……」

命乞いの心算らしい。いやいやと首を振っている一家を冷たい眼差しで眺め、女剣士が剣を構え直したところで


「……アリア。もういいよ」

横合いからの突然のエルフ娘の制止に、黒髪の女剣士は動きを止めた。

二人の難民に反撃されないだけの距離を取ってから、エルフ娘をじっと見つめる。

「もういい。その人たちは、もう何も出来ない」

露骨に不愉快そうに見つめてくるのに、やや怯みながらエルフは言葉を繰り返した。

女剣士の視線が険しさを増した。

地面に唾を吐き捨てて、睨むように強い眼差しで友人の筈のエルフ娘を見つめる。

鋭い視線には誰に向けたものだろうか。敵意に近い怒りが込められているように見えた。


 街道は、血に装飾されていた。

其処此処で無惨な亡骸が樹木に寄りかかり、或いは地面に転がっている。

致命傷を負いながら死に切れない負傷者の苦悶の呻き声が上がり、僅かに生き残っている難民が地べたにへたり込んで木陰で震えていた。


 暫らくして、女剣士は思い出したように溜息を漏らした。

「なるほど、君は穏やかな南方の森で育ったのだったな」

黒髪を指でかき上げながら低い声で呟いて、エルフ娘を改めて見つめる。

瞳には奇妙な光が宿っていて、見つめられるエルフの娘を落ち着かない気分にさせたが、しかしそれでも視線は逸らさずに見つめ返していると

「エリス。私を好きか?」

唐突に黒髪の女剣士が訊ねてきた。


「私は君が好きだ。気立ての優しい処も、芯の強い処も好ましいと思っている」

女剣士が内心を吐露してきた。

「……こんな時に愛の告白?嬉しいけど」

戸惑いながらも、エルフ娘は女剣士の様子を窺う。

黄玉の瞳からは既に怒りの徴候は消えうせていたが、幾らか不安そうに瞳も揺れている。

質問の意図が分からずにエルフ娘の胸には不安が湧いてくる。

「こんな時だからだ。この様を見て、まだ私が好きか?返事を聞きたい」

「勿論、私も好きだよ。愛している」

エルフ娘は、本音で応える。


 返り血に身を赤く染めた女剣士が、感情を表さずに微笑んだ。

「うん。私もだ。その答えを聞いてとても嬉しい」

半オークや傷ついた難民の夫婦は、場違いな問答の醸し出す異様な空気に飲まれたかのようにしわぶき一つ立てなかった。

「勿論、私にもそれなりの貞操観念がある。

 誰でもいい訳ではないが、君に応えてもいいと思っている」

軽く目を細めて、エルフの娘をじっと見つめた。

「君の物になら、なっても良い。ただし一つだけ条件がある」


「君の物になる、か。案外、乙女なんだね。アリアも。

 私の物になれとかいうかと思った」

 条件について、エルフ娘は直接は問い返さなかった。

頭を働かせる為の時間を稼ぐ為か、軽くまぜっかえしてくる。

「そちらがいいなら、そうしよう」

女剣士が頷いて、どちらでもよさげに唇に指を当てている。

「で、条件とは?」


「私には敵が多い。今日まで少なくない怨みを買っている」

 だろうとはエルフ娘も思う。殺戮の場を見回すまでもない。

今も致命傷を負いながらも、死に切れないで泣き喚いている者、呻いている者が大勢いる。

「中には性格が悪くて、おまけに執念深い奴も幾らかはいる。連中は、平気で身内を狙うだろう」

胸に手を当てて女剣士はエルフに歩み寄ると、顔を覗き込んできた。

「友ならば兎も角、恋人となれば必ず狙われる。

 君の優しさは好ましいが、過ぎれば毒となる。

 情に足を取られる人間を恋人として傍らに置く訳にはいかない」


「私を貴女の物にしたいと思うのなら……或いは私のものになりたいのなら……」

 黒髪の女剣士が軽く唇を舐めて、指先で自分の胸から臍までなぞってみせる。

武人に思えた想い人にこんな表情ができるのかと、エルフは胸にざわざわした欲情を抱きながら、同時に、背中に冷や汗の浮き出るような嫌な感覚を覚えた。

黒髪の娘が唇の端をキュッと吊り上げた。

蠱惑的な笑みを浮かべて、命乞いする家族を指差した。


「彼らを殺せ。それで私は君のものになる。

それで、この身も心も全て、わたしは君のものだ」

 佇んでいるエルフ娘の横合いで泣き叫ぶような悲鳴が上がった。

蒼い瞳でじっと女剣士の黄玉の瞳を見つめてから、エルフ娘は唇を小さく舐めた。

「……女子供も?」

「女子供を」

女剣士の揺るがない要求を聞いたエルフ娘は、呼吸も乱さなかった。

ただ僅かに顔を伏せて、そう、と呟いて一瞬だけ目を瞑った。

エルフ娘が外見に反して案外、肝が太いことを女剣士は知っている。


「命乞いをしている人間を殺せと?いや、だからこそか」

 甘さを捨てろ。自分の傍にいたいなら非情になれると証明してみせろ。

要求の意味を、エルフ娘はきちんと咀嚼しているようだった。

頭の出来は、女剣士より上かもしれない。そんなところも好ましいと女剣士は思う。


 どこか呆然とした表情でエルフの娘が呟いた。

「断ったら、旅もおしまいかな?楽しかったけれど……」

「恋人には出来ないが、友情が終わる訳ではないだろう?それとも割り切れぬか?」

黄玉の瞳に宿る硬質の光を見、妥協はないと翠髪のエルフは悟らされた。

「それは……嬉しいね」

戦乱の地である東国(ネメティス)に生まれ育った女剣士による要求に、エルフの娘は力なく微笑んだ。



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