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追跡 04

 戦いの後は何時も夢を見る。



 懐かしい故郷の平野に、アリアは立っていた。

色も形もまさしく見慣れたシレディアの大地。

身に纏うは、神殿の巫女を思わせる肌も露わな古めかしい漆黒の戦装束。

空は恐ろしく暗い。まるで形ある暗黒が舞い降りたように嵐の夜よりもなお深い闇が天空に滞っている。

 まるで地獄のような光景。暗黒に包まれた世界に佇んでいる女剣士は心地よさげに躰を伸ばした。

びょうびょうと吹きぬけていく強い風を、全身で受け止めながら気持ち良さそうに目を細めていると、

荒涼とした大地の向こう側。武器を連ねた何匹ものオークが近づいてくるのが眼に映った。

 どこかで見たような連中だと思いながら、何時ものように長剣を引き抜こうとするも、何故か見当たらない。

仕方がないので、黒髪の女剣士は両の手に短剣を引き抜いて構えた。

長剣ほど得意ではないが訓練を欠かしたことはない。


 オーク共は喉笛を切り裂かれ、手首を切り落とされ、或いは首や腕の無い姿のもいた。

全身から血を流しながら、虚ろな濁った眼球でアリアを睨みつけ、ただただ真っ直ぐに近づいてくる。

オークが近づいてくる。空虚な眼には、しかし地獄の悪鬼もかくやの燠火の如き眼光が揺れていた。

顔を識別できるほどの距離に近づいてきてから、女剣士は愉快そうに歪んだ笑みを浮かべた。

ああ、今日はお前たちか。

声を出すも、灰色の世界は常に無音。

既に夢だと知覚している。幾度となくこの夢を見てきた。

 敵に見覚えのあるのは当然だった。

先刻の村での戦闘で彼女が戦い、殺した者たちだ。

致命傷となった傷跡から黒い濁った血を流しながら、オークたちが襲い掛かってくる。

オーク共の足首には漆黒の足枷が付けられている。

地の果てまでも伸びている暗い鎖が、死者たちの魂を縛り付けている。

何時もの夢。手に掛けた死者たちが彼女の夢に出てきては、かつて死を与えられた時と同様に死闘を繰り返す。


 漆黒の戦装束を翻し、アリアは愉快そうに音なき笑い声を上げた。

原始的な荒々しい衝動に駆りたてられるまま素早い動きでオークに切りかかる。

「ベレスの名に掛けて!その苦悶と絶望を我が神に捧げるがいい!」

もはや信仰するものとて殆どいない故郷の古き神の名を叫びながら剣を振り下ろし、大柄なオークを切り裂いた。

 アリアの甲高い叫び声が、音の無い世界で在りながら雷鳴のように大地に鳴り響いた。

現実世界の再現のままに、憤怒と苦悶の胸糞悪くなるような声なき叫びを木霊させながら夢の世界のオーク達は切り裂かれていく。

死者たちが憎悪に身を焦がしながら突撃してくる。

常人であれば恐怖に発狂するような夢の世界。

闘争の喜びに身を委ねて敵を切り刻みながら、黒髪の娘はただ無心に戦いに没頭し続ける。


 夢の世界とは言え、オークも反撃してくる。

アリアも無傷ではすまない。傷を負い、躰が疲れていくのを覚えていた。

そろそろか。

此処で突き出された槍を躱し損ねて太股を切られた。

如何すればよかった?思い切って飛び込んでみるか!

此処で初めて記憶の再現と夢が変わった。

飛び込んだままに躱しながら、オークの喉をもう一度切り裂いた。

だが、そのまま周囲のオークが殺到してきて武器を振り下ろした。

躱しながら、防ぎながら、だが躰を切り裂かれて、現実で受けたよりも余計に深い傷を負っていた。

ああ、駄目か。やはり多数のオークを相手にしてしまった時点で詰んでいたのだろうか。

普通なら、あれだけの数を相手にすればどうやっても切り抜けらる筈もなかった。

生き残れたのは、本当に幸運だったのだ。

夢の中では、勝つ事もあれば負ける時もあった。

殺到してくるオークたちに切り刻まれながら、微笑を浮かべ、なお戦おうとアリアが剣を振り上げた瞬間、夢の場面が唐突に切り替わった。


 静謐な森の中。

楡やトネリコの木々が穏やかな日差しを受けながら揺れる暖かな色の在る夢。

「……ありゃれ?」

なんか何時もの夢と違うぞ。戸惑いながら黒髪の女剣士が呟くと自然と声が響いた。

「音と色のある夢は久しぶりだ……」

だが、夢の中だと言うのは分かる。

頭を振りながら森の小道を歩き続けると、やがて石の庵が目の前に出現した。

中に入ると、暗い石室のひんやりした空気が肌を刺激する。


 やけに鮮明な夢だ。

思いながら奥へ進むと、薄絹のフードを被ったエルフの女性が佇んでおり、

見知らぬ薄絹の女エルフの手前、祭壇のような大きな石櫃に友人のエリスが横たわっていた。

フードの女性の翠色の静かな瞳には、だが深い英知の光が宿っていて、

見つめられたアリアを妙に落ち着かない気分にさせた。


 目を逸らして灰色の石の祭壇に横たえられたエリスをじっと見つめてみる。

胸の上で手を組んでいる彼女は、穏やかに眠っているようにも、死んでいるようにも見えた。

だが、顔は血の気が失せており、真横に立てば息をしてないのが分かる。

アリアは哀しく思ったが、驚きはしない。人は誰でも死ぬ。仕方のないことだ。

思いながら近づいてくと、まだ霊魂が肉体を離れていないように感じられた。

体が自然と動いた。

胸の上に組んだ手が抑えている若葉を取り上げて、眠っているエリスの口元に持っていく。



 其処で女剣士の目が覚めた。頭の奥がずきずきと痛んだ。

「………………」

 黒髪の女剣士は半身を起こしながら、今見た夢について押し黙ったままに考えた。

陽炎のように酷く曖昧で、今にも薄れて消えそうな夢の記憶ではあるが、霊的な啓示というのが馬鹿に出来ないものであると女剣士は知っていた。

自分の都合のいい妄想や願望の夢と、神々からの霊感や啓示の夢は違う。

全く理性的でも論理的でもないが、それで危地を救われた事が幾度かあった。

或いは、表面上は危険の兆候を見落としていた意識の深いところからの警告かもしれない。

何より心臓が異様に高鳴っていた。胸の奥がざわざわする。

こういう時は何かしら行動をすべきであった。


 問題は、その何かしらが必ずしも分かるとは限らない事だが、後になって直感の警告の意味が分かる事も多々在る。

あばら小屋を見回して長剣が無いのに気づくと、水筒と短剣を持って立ち上がる。

エリスを探しに行こう。

長靴を履くと立ち上がって、アリアは何かに憑かれたように足早に小屋の戸口へと歩いていった。


「俺はただ……とんでもない事を……」

針葉樹の根元で農夫の青年が頭を抱え、蹲っていると背中の方でがさっと葉擦れの音が響いた。

「何をしてるの?」

掛けられた声にハッと若い青年は顔を上げて、村の知己が小道に佇んでいるのにやっと気づいた。

「……ど、どうして此処に」

戸惑った青年の口にした質問には答えず、赤毛の村娘は樹の根元で壊れた人形のように横たわっている翠髪のエルフと村の知り合いを幾度も見比べた。

「なにこれ……どういうこと?」

呆然と呟いた村娘に、慌てて弁解する。

「ち、違うんだ。俺はこんな事をする心算じゃなかったんだ!」

「あ……あんたがやったの?なんで?!助けてくれたのに!」

青年が立ち上がっただけでひっと息を呑んだ村娘の瞳には、明白な恐怖の色が浮かび上がっている。

「そ、そいつが悪いんだ。俺を馬鹿にするから」

弁解しながら青年が歩み寄ると、慌てて後退りしながら村娘は喚き出した。

「よっ、寄らないで!……あんたおかしいわ!」

踵を返した村娘が慌てて逃げようとするのを追い掛け、その腕を掴む。

「聞いてくれ!頼むよ!ジナ!」

「ぎゃああ!ころ、ころされる!」

恐慌状態に陥った娘が叫び声を上げたのに焦って、人がいる訳でもないのに口を掌で塞ごうとする。

「違う!君を殺したりはしない!あれは、あのエルフは……言い訳ばかりするから!」

「むっ!むう!」

村娘は口を抑えた掌に思い切り噛み付き、青年が怯んだ隙に振り払って駆け出した。

「うあ……まっ、待て!」

苦痛に顔を歪めた青年は、手を抑えながら追おうとして村娘が立ち竦んでいるのに気づいた。

前方に黒髪の女剣士が無言で佇んでいった。


 固まっている二人を無視して倒れているエリスをじっと黙視すると、アリアが歩き始めた。

怪我人とも思えない着実な足取りで茶色の大地を踏みしめて、だが黄玉の瞳には何の感情も浮かんでいない。

殺される!

直感した青年は恐怖に大きく目を瞠った。慌てて長剣を拾い上げると、近寄ってくるアリアへと突きつけた。

「……よッ、寄るな!」

 黒髪の女剣士が手首に嵌めている青銅の腕輪を拳の位置まで落とした。

ギュッと握り締めると、右手の拳で剣の腹を外側から弾いた。

青年の腕が内側に泳いだ瞬間、女剣士は彼の目前まで飛び込んでいた。

 はっとした青年が右腕を動かそうとするのを、左手で上から抑える。

まるで動かない。

そのままアリアの右手の指が蛇のように素早く動いて青年の顔を這うと、眼窩へぬるりと侵入した。

「きあああああ!」

 青年が凄絶な痛みに怪鳥のような叫びを喉から迸らせた。

ぶちぶちと頭の中で異様な音を立てて、眼球が抉り出される。

そのまま糸のような視神経を引き千切って無造作に地面に投げ捨てると同時に足払いを掛けて、青年を地面へと押し倒した。拳を振り下ろす。

肩。鎖骨を打った。青年の腕が痺れ剣を取り落とした。

そのまま無造作に連続して骨が軋む程の打撃を繰り返した。

鼻の下や腹部の胃の腑、耳朶の裏側などに容赦なく拳の雨で乱打を与え続けた。

アリアからすれば、人間は急所の塊だった。

青年が腕を上げて庇う度に、別の急所や腕自体の急所を狙い打って痛めつける。


 すぐに半死半生の青年が生きてはいるが動かなくなる状態に陥ると、興味を無くしたように立ち上がり、今度は倒れているエリスを凝視する。

脅えて立ち竦んでいる村娘を無視して近寄り、友人のエルフの傍に屈み込んだ。

何時の間に手にしていたのか。エルフ娘は腰の袋から出したのだろう革袋を握っていた。

アリアは、死んだ友人をじっと見つめながら、夢の通りにやってみた。

薬草を革袋から取り出して、エリスの口元に持っていく。

匂いでは起きないようだ。


 自分で咀嚼すると、酷く苦い。信じられない味に口が麻痺しそうだった。

我慢しながら口に水を含むと、口づけして唇から口移しに薬草をエリスに流し込んだ。

だが、目覚める兆候もない。

肩を揺すったり、頬を叩いたりするが、生き返らない。

「あの……死んでるよ。如何見ても」

見ていられなくなった村娘が、おずおずと近寄って声を掛けても、女剣士はエルフ娘の傍から離れようとしなかった。


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