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北の村 15

 オークの酋長が喉笛から血飛沫を撒き散らしながら、前のめりに崩れ落ちた。

「皆の仇だ!」

村の若者は叫びながら、痙攣する酋長の背中にさらに小剣を突き立てる。

刃が肉を断つ不気味な鈍い音にエリスは小さく息を呑んだ。

「……なんて真似を」

 聞きつけた若者は、翠髪のエルフ娘に険悪な表情を向けると、噛み付くように刺々しい口調で言葉を放った。

「こいつ……こいつらには当然の報いだ!」

 荒い息で肩を上下させながら若者が酋長の死体へ唾を吐き捨てるのと、静まり返っていたオークの群れが凄まじい怒りの叫びを上げたのは殆ど同時だった。

「行こう。ミナ!」

青年はオークたちを睨みつけてから、伴侶の手を掴むと走り出した。


 やはり疲労で頭の働きが鈍っていたのだろう。アリアは、珍しく数秒を自失していた。

激変する状況の中で凍りついたように固まっていたが、エリスに腕を掴まれると我に返って頭を振った。

「アリア、逃げよう」

 緊張してはいるが落ち着いている翠髪のエルフ娘の言葉に頷きを返してから、殺到してくるオークたちへ黄玉の瞳で鋭い視線を送ると、黒髪の女剣士は苦い表情で力なく呟いた。

「……愚か者が」


 醜い瘤だらけの顔に凄まじい怒りの形相を浮かべたオークたちは、武器を振り上げて喉も裂けんばかりの雄叫びを上げながら一同へと突進してくる。

 渋々戦っていた先程までとは、まるで勢いが違った。

咄と小さく舌打ちしながら立ち上がろうとするも、アリアは膝から力なく崩れ落ちてしまった。

渋い顔をして黙り込んだ黒髪の女剣士が実は立ち上がれないほど疲労していると見て取ると、エルフ娘は直ぐに屈みこんで腕を掴んだ。

「手伝って!」

 屈強な青年を見て鋭い声で叫ぶ。

迫ってくるオークたちに青年は戦うか、逃げるか行動を迷っていたが、エリスの言葉に頷いて屈み込んだ。

アリアは、邪魔になる長い槍を躊躇なく捨てる。

いい武器ではあったが重量があって嵩張り、敗走の場合には不都合だった。

二人で肩を貸して女剣士を立ち上がらせると

「……私の剣を」

周囲を見回して呟いたが、直ぐに諦めた。

そのままの姿勢で三人は足早に柵へと向かう。



 若者は走りながら、誇らしさに胸を震わせた。

やった。兄の仇を取った。

オークたちが怒り狂ったのは意外だった。

あんな奴らでも仲間が殺されれば、悔しいらしい。

兄を殺された自分から見れば、到底、吊り合いが取れるものではないが、オーク共の悔しがりようは少しは若者の溜飲を下げてくれた。

走りながら、にやっと笑みを浮かべる。

それにあれほどの剣士。

他力本願ではあるが、僅かなオークが追いかけてきても片付けてくれるだろう。

剣士たちが食い止めてくれてる合間に、自分達は安全な林に逃げ込めばいい。


 初冬は日暮れは早い。

西の空では茜色の夕焼けが丘陵の連なる彼方に広がりつつあった。

此の侭、夜になるまで逃げ切ればいい。

後は夜陰に乗じて村から逃げてもいいし、村の何処かに潜んでもいい。

小剣を手にして走っている若者の背後。妻がひっと小さく悲鳴を洩らした。

「ク、クーム、追いかけてくる」

 切羽詰った声に振り返った若者は、追ってくるオークの四匹が四匹とも、明らかに自分達を目当てにして走っているのに気づいて顔をさっと強張らせていた。

オークの四人くらいなら片付けてくれると勝手に頼りにしていた旅の剣士たちは、だが戦うでもなく、柵へと向かって離れていく。

オーク達も逃げていく三人を完全に無視し、若夫婦を目掛けて追ってきている。

「何故、こっちを追いかけてくる!」

オークの習性なんて知る筈もなく、思いもかけぬ理不尽な状況に若者が叫んだ。



 黒髪の女剣士は一歩進むごとに痛みに顔を歪めて、苦しげな吐息を洩らしていた。

歩みは遅々として進まない。

此の侭の歩みでは到底、オークたちから逃げ切れない。

 蛞蝓の這うような速度に苛立ちを隠せずに、屈強な青年はつい乱暴に引っ張るも、うめきと共に女剣士は崩れ落ちそうになる。

「逃げたいなら先に行きなさい」

 慌てて支えたエルフ娘の冷たい言葉に怯んで、決まり悪そうになにやら呟きながら速度を落とす。

肉体的な疲労よりも、精神的な恐怖によるものか。屈強な青年は額に冷や汗が吹き出ていた。

歯を食い縛っている半エルフの娘も、かなり疲労しているようで息を切らしていた。


 アリアは懸命に足を動かした。薄い痺れと冷たい感覚に全身が覆われている。

何時もなら軽快な剣舞を軽々とこなす両脚は、鉛の如く重くてまるで力が入らない。

黒髪の女剣士が力なく黄玉の瞳を上げると、翠髪のエルフの娘の蒼い瞳と視線が合った。

「……いざとなったら置いていけ。君だけでも逃げろ」

「嫌だ!」

 エリスは即答。

アリアは自嘲とも苦笑ともつかない曖昧なほろ苦い笑みを浮かべた。

鮮やかな血の跡が点々と草原に続いている。


 なだらかな坂道を昇ったところで、背後で叫び声が上がった。

追いつかれるか。エリスが焦りながらそう思って振り返るも、意外にもオーク達の大半はいまだ逃げる若夫婦を追い掛け回しており、黒エルフたちは動いていなかった。

「……た……助かりそうだな」

屈強な青年が一息ついた。


 柵に近い坂の頂からは、緩やかに傾斜する初冬の草原を俯瞰できた。

エルフの娘の鋭い視力は、視界の端に黒髪の女剣士の捨てた荷物を捉えていた。

オークたちは遠く離れた位置にいる。

一瞬だけ立ち止まり、直ぐに柵へと足を進めて、三人は手近な柵へと辿り着いていた。

柵へとより掛かった黒髪の娘が手を伸ばすも、だが届かない。

「糞ッ……とどきそうもない」

苦しげに喘いでいるアリアは、跳躍する力もないほどに弱っているようだった。

「早く……はやくしろよ」

 屈強な青年は露骨に焦っているも、それでも自分だけ逃げようとはしない。

エリスは周囲を見回した。

だが、柵の手前は何処も似たり寄ったりで、村人二人が逃げた最初の場所のように土が盛り上がっていて越え易そうな箇所はない。

「手を貸して!」

エリスが壁に手をついた。

「私を踏み台に、急いで!」

アリアはのろのろとした動きで背中に昇るも、腕に力が入らずに昇れない様子だった。

一回降ろすと、もう一度、半エルフは今度はさらに低い姿勢を取った。

「私の肩に足を乗せて、早く!」

黒髪の女剣士が戸惑いながらも昇る。

「ふんぬ」

全身を震わせながら、翠髪のエルフは死に物狂いの力を振り絞った。

アリアも手を伸ばして、必死に這い上がろうとする。

漸く柵の頂に捕まったのを強引に下から足を押し上げて、胸の位置までアリアが這い上がったのを確かめると押した。

「うわっ!」

向こうへ転がり落ちたのを心配しながらも、呻き声が聞こえてくるので大丈夫かとエリスは立ち上がった。

「体が重そうだし、次は貴方。先に行ってて」

「え?あ……あんたは」

答えずにエリスは蹲った。

屈強な青年が戸惑いながら肩に乗ると、エルフの娘は重い体重に呻いた。

軽く跳躍して頂きに手を掛けると、後はエリスの助けも受けて頂きに昇る。

乗っかった姿勢のまま青年はエルフの娘に手を伸ばした。

「昇ってきなよ」

「大丈夫だから、先に逃げて」

心配そうに顔を歪めた青年だがそのまま柵の向こうに消えると、エリスは改めて草地に転がるアリアの剣を目指して走り始めた。

長剣の落ちている場所は、オークたちよりエルフの娘の方が距離が近かった。



 オークたちは若夫婦を。正確には酋長を殺した若者をひたすらに追いかけている。

罵詈雑言を吐くでもなく、無言で獲物を追う肉食獣のように追い詰めていく。

酔いの影響か、多少、足は遅いもののスタミナには恵まれているようで速度は落ちない。

漆黒の林の手前には黒エルフ達が不吉な影のように立ちはだかっており、逃げ込む事も出来そうにない。

狩りのように追われる事など初めての夫婦は、神経をすり減らしていく。

苦しげに喘いだ妻を叱咤して、汗だくの若者は小屋に飛び込んだ。

「……もっ、走れない」

「頑張れ、頑張るんだッ!」

此の侭では逃げ切れないと四方を見回した時、屈強な青年が柵から逃げる光景を目にした。

「柵から逃げよう。考えてみれば、最初からその心算だったんだ」

「で、でも……」

オーク達の入ってきた入り口とは別の窓から飛び出すと、夫婦は柵へと向かって走り出した。


 翠髪のエルフの娘は、オーク達の亡骸の中に転がっていた女剣士の長剣を拾い上げた。

鋼の刀身は、多量の血糊に赤く染まっていた。

エルフ娘では持て余しそうなずしりとした重みに、女の細腕でよくこんな物を振りまわせると思わず感心する。

 布を取り出して柄に結びつけながら、今度は、女剣士の荷の落ちてる場所を見つめる。

一瞬、躊躇ったように立ち竦んでいたが、横目で見た黒エルフたちに動く様子が見えない。

寧ろ、夫婦とオーク達の追いかけっこを絶好の見世物として楽しんでさえいるようで、朗らかな笑い声が聞こえてくる程だった。

黒エルフたちの傍らにいる黒いオークも、佇んで動く様子は見えなかった。

周囲のオークが夫婦を追っているのを確かめると、唇を舌でしめらせてからエリスは再び走り出した。



 窓を閉め切った小屋の中は薄暗い。

オークたちは目晦ましに騙されて、小屋の中を立ち止まって探しているようだが、長くは騙せないだろう。

上手くオークたちを出し抜いた若夫婦は、剣を抱きかかえたエルフの娘とすれ違った。

途中で薄暗い木立を真っ直ぐに突き抜けると、息を切らして手近な柵へと辿り着くが、昇ろうにも手が届かなかった。

「……そっ、そんな!ジャンたちは此処を越えていったのに!」

愕然とする若者は飛んだり跳ねたりするが、どうやっても柵の頂きに手が届かない。

「ほっ、他の場所を……」

 伴侶の言葉も、焦りの色を隠せない若者の耳には届かなかった。

絶望に目が眩みそうになりながらもう一度飛ぶが指先しか届かない。

後方でオークたちが窓から飛び出してきたのが見えた。

周囲を見回してから、若者たちを指差して何か叫んでいる。

オーク達の復仇に燃える憤怒の眼差しを見て、若者の背筋に冷たいものが走った。

乗り越えられそうな場所を探して、今度は柵に沿って走り始める。

「糞ッ……どうしてこんな事に……」

毒づくも、容易に昇れそうな場所は中々に見つからない。

村の仲間たちが脱出できた場所は、ずっと遠い。あそこまで駆けるべきだろうか。

だが、息を切らしている妻を見てから、とても逃げ切れないと首を振った。


 若者の遠目に翠髪のエルフ娘が走っている姿が見えた。

距離を保っているとは言え、大胆にも柵の方向へと向かっているオークとすれ違った。

オークたちは一瞬、翠髪のエルフ娘に気を取られる様子を見せるも、追いかけはしなかった。

エルフ娘は草叢に立ち止まると何かを拾い上げ、肩へと担いで再び柵へと向かってくる。

「どうして!なんで!……来るな。来ないでくれよッ!」

若者は焦燥に顔を歪めて髪を掻き毟りながら、狂ったように跳躍したり、周囲を見回した。

オークが唸り声を上げて迫ってくる。

「先に行け!」

漸くに閃いた若者は、妻を抱え上げて柵へと押し上げた。

「頑張れ!」

必死に踏ん張って声を掛ける夫の肩の上で妻は手を伸ばし、だが高い柵を登れないでいる。

「……此処は無理よ!」


 友達の荷物を回収したエリスは、再び柵へと向かっていた。

足取りはそれほど速くないが、オークたちは逃げ惑う若夫婦に気を取られている。

柵へと辿りつくと、女剣士の重たい荷物を次々と柵の向こう側へ放り投げていく。

替えの衣服の入った背嚢や馬鹿みたいに重たい財布も、跳躍の後に両手で力まかせに向こう側へと投げる。

 あらかた荷物を投げると、今度は手近な柵を見繕い、良さそうな場所の土に剣を差し込んで、柵に立て掛けてしっかりと固定した。

刃が痛むが仕方ない。慎重に柄に足を掛けた時に

「助けてくれ!」

切羽詰った叫びをチラリと一瞥すると、若夫婦がオークに追い詰めつつあるのが見えた。

翠髪のエルフ娘は如何するか数瞬迷ってから、短槍を手にして踵を返した。



 オークたちが目前に迫ってきた。足の速い二匹。

若者の妻が逃げようとするも、足を斬りつけられた。

「きゃ!」

倒れる妻を見て青年も突っ込むが、武装した相手に歯が立つ訳もない。

「うわあああ、ミナ!ミナァ!」

青年目掛けて手斧を振り上げたオークの背中に、何処からか飛んできた短槍が突き刺さった。

オークが絶叫し、慌てたもう一匹が振り返ると、エルフの娘がオークたちを馬鹿にするようににこやかに手を振っていた。

「早く逃げてねー!」

それだけ叫ぶと、踵を返して脱兎の如く素早く逃げ出した。

「待てッ!待ってくれッ!」

拘束を振り払った若者は、妻の手を引っ張り、何故か半エルフの娘の後を追いかけ始めた。

傷つき、怒り狂ったオークはよろよろと立ち上がり、やはり若夫婦とエルフ娘を追いかけ始める。



 エリスは立てかけた剣の前で立ち止まる。

何で此方へ向かってくるのか分からずに困惑の視線を向けると、

一瞬だけ近寄ってくる若者の必死な目と視線が合った。

若者の瞳に追い詰められた危険な光を感じて、半エルフの背筋に訳もなく悪寒が走った。

「少し待ってくれ!」

待つ理由などない。若者の叫びに何か嫌な感じを覚えたエリスは、一瞬の遅滞もなく素早い動きで剣の柄に昇ると跳躍して、そのまま柵をじりじりとよじ登っていく。


「おいっ!待てって言ってるだろう!手伝って……」

怒鳴りながら駆けてきた若者が、エリスの足を掴んだ。

「ぎゃう!」

先程、村人の女に引き摺り下ろされ、少し人間不信気味のエルフ娘は恐慌状態に陥った。

また引き摺り下ろされるのではないかと、切羽詰った恐怖に水に放り込まれた猫のような叫びを上げて、容赦なく若者の顔を思い切り蹴り付けた。

目の眩むような一撃を鼻っ柱に喰らって若者が転倒する。

「……な、なんで」

蹴られた理由も分からずに、鼻血の溢れる顔を抑えて苦痛に呻いている。

或いは鼻の骨が折れたのかもしれない。

「なっ、なんで!……どうして!」

若い女性に非難の眼差しと言葉を浴びせられて、エルフ娘は怯んだ。

「……あ」

「……ミナ!先にいへ」

鼻を押さえながら、青年が柵を指差した。

「……ご、御免。あんまり驚いて」

 柵の頂の横木である丸太の上から手を差しのばすも、若い女性は取らずにエリスを睨みつけながら剣を足がかりに自力で登り始めた。

 女性が昇りきると、青年がフラフラしながらも立ち上がり昇り始めるが、ふたたびオークたちが迫って来る。

登っている青年目掛けて手斧を投げつける。

足をざっくりと切られて苦痛の叫び声と共に青年が崩れ落ちそうになるも、エルフの娘と女性が手を伸ばして引っ張り上げる。

だが、追いついてきたオークが青年の足へ飛びついた。

「逃さねえぞ!酋長の仇だ!」

引き摺り下ろそうとする。

青年は痛みに苦悶するも、添木の丸太に跨った不安定な姿勢では、彼の伴侶もエルフ娘も力が出せない。

「もう駄目だ……逃げてくれ!」

うめく青年を見降ろす位置で、女性はエリスの腰に揺れる棍棒をじっと見つめた。

「貸して!」

言いながら返答を待たずに強引に棍棒を奪い取ると、柵から飛び降りる。

棍棒を振り回しながら夫の足を引っ張るオークの背中に飛び掛かった。

汗だくで呻いていた青年が丸太の上へと昇りきるも、直ぐに振り返った。

「……な、なんで」

エルフの娘は溜息を洩らすと、剣から伸ばした紐を思い切り引っ張った。

「まっ、待て!それがないとミナが昇れないだろ!」

 青年を黙殺したままに即席の梯子代わりにした長剣を回収すると、エリスは外堀へと降りはじめた。

堀の底へ降り立つとエルフ娘は青年を一瞬、一瞬だけ見つめたが、直ぐに視線を外して周囲に散らばった相棒の荷物を取り纏め始める。

「なあ、助けて……助けてくれよ!ミナが殺されちまう!」

「降りてごい!腰抜けのサルが!女房を殺されてえか!」

丸太の上で青年が叫んでいる。壁の向こう側では、オークたちが甲高い憤怒の叫びを上げていた。

荷物を手にしたエリスはなおも喚き続ける青年に背中を向けると、友人のアリアを探しながら柵に沿って足早に歩き始めた。



 林の前に佇んでいた十人ほどの黒エルフの集団は、興奮した囁きを交し合っていた。

「……エルフは逃げ延びたか」

「賭けは俺の勝ちだぞ」

放浪の黒エルフの隊商にとって、中々に楽しめる見世物だった。

彼らにとってオーク部族は同盟者でもなければ、主人でもない。

数ある取引相手の一つに過ぎないから、酋長が殺されたとて如何ほどの事もなかった。

互いの顔を見合わせて肩を竦めたり、笑ったりしている中にあって、黒エルフの女が隣に立つ黒い肌のオークを眺めた。

「追わないの?」

鍛えた身体に革鎧を纏った黒オークは、不思議そうに褐色肌のエルフの剣士を見つめた。

「何故だ?」

「ガーズ・ローは酋長になりたくないの?」

「……つまらん」

女エルフは納得しないようなので、黒オークのガーズ・ローは問い返した。

「お前、黒エルフの族長になりたいか?」

「ああ、つまらないね」

納得したように褐色の肌をした女エルフは灰色の髪をかき上げた。

「それよりもだ。此の始末を如何するかだ」

ガーズ・ローが夕焼けに照らされた草原の中に倒れる夥しい数のオークの死骸を見て、ぶるりと背筋を震わせた。

「戦士を二十人も失った……お前、単騎でそんな真似できるか?」

歩き出した黒いオークは、隣に立っている褐色の肌の女エルフがこの上なく上機嫌な笑みを浮かべている事に気づいて口を閉じた。

「いんや……まったく、世の中広いねえ」

褐色の肌の女エルフは楽しくてならないといった様子で躰を震わせていた。

「……やれやれ、ボ・ナーグまでやられたか」

眠るように死んでいる友達の亡骸を見て、口調とは裏腹に一瞬だけ顔を歪めた。

「彼、弱くなかったよね?」

「……興味が出たか?よせよせ、死ぬぞ」

黒エルフが鋭い眼差しを黒いオークへと向けた。見つめ返す黒エルフの女剣士の目付きは険しい。

「そう思う?」

瑪瑙を思わせる暗藍色の瞳を上機嫌な山猫のようにキュッと細めると、黒エルフの女剣士は体を曲げてオークの顔を下から覗き込んだ。

黒オークは眉を顰めて口を開いた。

「分かってないな」

「分かってるさ」

「怒るなよ。……あの人族の女は、多分お前よりも強い」

「だろうね」

 戦士ならば認めにくい事を褐色の肌をした女エルフはあっさりと肯定し、呆気にとられる黒オークの目の前で闊達そうに微笑んだ。

嬉しげで、楽しげで、人によっては優しげにさえ見えたかもしれない笑みは、しかし黒オークには精々が危険な笑みにしか見えなかった。

「だから面白いんだよ」

褐色の肌の女エルフは旧知の黒オークを眺めると、楽しげにそう嘯いた。


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