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北の村 13

「……お、長。やられた。みんな、やられちまった」

 遠目から戦闘の一部始終を窺っていたオークが恐怖に喘ぎながら酋長に報告した時、ラ・ペ・ズールは、信じなかった。脅えの色を隠せないでいる目前のオークをじろりと冷たくねめつけると、太い腕を振るって訳の分からない事を口走っているオークの頬を思い切りに張り飛ばした。

「わしは糞つまらねえ冗談なんぞ聞きたくねえのよ、リ・アッグ」

 十余名のオークがただ一人の剣士に敗れたなどと聞いて、誰が信じるだろうか。事実をありのままに告げたにも拘らず、地面に伸されてしまった不幸なオークを見下ろしたが、他にも仲間達が全滅する光景を目にしていた者は幾人かいた。オークたちは顔を見合わせて恐怖と困惑の入り混じった囁きを交し合う。

 

周囲を取り巻くオークたちの忙しない囁きが耳に入っても、エリスはじっと俯いて足もとの地面を見つめていた。酋長は舌打ち一つすると、ずっと隣に控えていた大柄なオークを呼びつけた。

「ゴ・グム!あの猿を片付けろ!目障りだ!」

 七尺(二メートル十センチ)は優にある槍を肩に担いだ大柄なオークの顔が引き攣った。他のオークよりも大柄で筋肉質。如何にも強そうな外見を持っていたが、気の弱そうな顔をしていた。明らかに気が進まない様子でぶつぶつと文句を呟いている。

「さっさとしねえか!この図体ばかりのうすのろが!」

 酋長にもう一度怒鳴りつけられ、命令には逆らわなかったが、単独では不安だったのだろう。もう一匹オークを引き連れると、渋々と言った様子で歩き出した。



「見ろ。また手下共がいなくなった」

 いまや目の前で族長を守っているオークは五匹まで減っていた。大柄な青年には、千載一遇の好機に思える。村を救う光景を想像したのか、にやりと笑みを浮かべた。女剣士一人に次々と倒される光景を見てオークを侮ったのか、相手が多勢で在っても勝てると踏んでいた。

「ようし、見てろよ!」

 青年が雄叫びと共に戸口から飛び出した。勢いよく走りながら剣を振り上げて、纏っているオークへと突進する。自慢の力で小剣を振り下ろすと、雄叫びに気づいて振り返ったオークが顔を切りつけられ、よろめいた。


 腕を拘束していたオークの力が緩んだ。奇襲に混乱しながら、オークはエリスを連れて後ろへ下がろうとしている。

「あッ!」

 エルフの娘は転んだように装って、足元にある石を掴んだ。暴れまわる青年に気を取られているのか、オークは気付かない。手元の石を隠して起き上がると、タイミングを見計らって拘束役のオークの顔へと叩き付ける。

さして効かないが幾らか怯んだオークの手を素早く振り払うと、一目散に逃げ出した。

「エルフが逃げ出したぞ!捕まえろ!ぬお!」

叫んだオークに大柄な青年が小剣で切りかかり、慌てて小剣を掲げて防ぐ。

「にいさん、やるなあ」

「アジャンさん。頑張って」

オークへと切りかかった青年を、農家から見守る弟夫婦が応援する。

「エルフを逃がすんじゃねえ!愚図の愚か者共が!」

族長が怒りの叫び声を上げた。



「おら!おら!おらぁ!」

 大柄な青年は威勢よく叫びながら小剣で幾度もオークに切り掛かるが、元々錆びて切れ味もよくない粗悪な品だ。青年の予備動作は見え見えでわかり易かったし、オークは革鎧を着込んでいた。

そこそこに力は在るが、村で随一というほどの巨躯でも膂力でもないから、粗雑な太刀筋など脅威になり得ない。

あっさりと見切り始めて、怒りの声を上げながらオークがすぐに反撃し始めた。

「うお!」

 動物と人で明確に異なる点がある。武器を使いこなす技を持っている事だ。

オークは意外なほど素早く、連続で斬りつけてくる。アジャンの肌が忽ちに切り裂かれた。

大柄な青年は、苦痛に顔を歪めて忽ち後退に追い込まれる。

思うようにならない。

オークは顔や躰を切られても倒れずに、猛り狂って反撃してくる。

女の細腕に斬られて、あんなにあっさりと倒れた連中がどうしてこんなにしぶといんだ。

こんな筈はない。自惚れているアジャンには中々に現実が認められない。

アジャンの足の動きが切羽詰ったと見るや、オークは大振りで仕留めに来た。

「ひっ」

 情けない悲鳴を上げて、アジャンは防ぐように短剣を突き出した。

オークの剣が、上から右へ軌道が変化した。

腕を斬られたアジャンはぎゃ!と叫んで武器を取り落としてしまう。

稚拙なフェイントであったが、面白いように引っ掛かった。

オークが残忍な笑みを浮かべる。

「兄さん!武器を落としたぞ!拾え!」

「頑張って!アジャンさん!」

 声出してないで、助けに来い。

呑気に声援を送り、分かりきってる事を指摘する弟夫婦に、怒鳴りつけたい程の苛立ちを感じながら、だが、大柄な青年は声を出す余裕もない。



 エリスは、野兎のように大地を駆けた。

途中ですれ違った二匹のオークの手を避けると、死体や転がる武具を飛び越えて、息を急ききってアリアの元へ辿り着き、力なくぐったりと地面に横たわっている姿に息を飲んだ。

「……酷い」

 黒髪の女剣士は身体中に切り傷や刺し傷を負っていた。出血の為か、顔色も蒼白になっている。

跪くと、取り合えず怪我の具合を調べ始め、すぐに見た目ほどは酷くない事を見抜いた。

いや、上手く急所を避けている。

太股から胸、腕、肩に掛けて全身を数箇所も切り裂かれ、服の布地は赤く染まっている。

腹部は無事なのが不幸中の幸いか。

傷はどれもそれほど深くないが、それでも出血は多い。

止血しないと、命に関るだろう。だが、オークがすぐ近くまで迫ってきている。

悠長に手当てをしている時間もないのは明白で、如何すればいいのか分からない。

「ああ……無事かね、よかった」

 薄っすらと目を開けて、アリアは白い顔に微笑を浮かべ、柵を指差した。

普段の何処とない胡散臭さや力強さのない透明な表情だった。

「……はやく……行け……」

「喋らないで」

エリスの背中に近づいてくるオーク二匹の姿を認めると、アリアは黄玉の瞳を細めた。

「……剣を取ってくれ。そこらへんに転がっている筈だ」

「…………」

 半エルフは頷き、周囲を見回してから地面に転がる剣を拾い上げた。

手渡したものの、女剣士は起き上がろうとしない。もう、立ち上がることさえ出来ないようだ。

エリスは近くのオークに突き刺さっていた使い易そうな槍を手に取る。

近寄ってくるオークに向き直り、唇を舌で湿らせながら槍を構えた。


 オークのゴ・グムは、まだ酔いが抜けきっていなかった。

村で略奪した戦利品のエールをしこたまにきこしめて寝入りかけた所を叩き起こされ、此処まで走ってきたのだ。

 周囲に転がる仲間たちの死体の数には寒気さえ覚えるが、ただではやられなかったらしい。

人族の女剣士も躰をズタズタに切り裂かれ、剣を手に握ったまま、ピクリとも動かずに地に倒れ伏している。

死んでいるかもしれない。

目の前のエルフ娘は、まるで生まれたての小鹿のように震えながら、女剣士の傍らで槍を構えてオークたちを睨みつけていた。

だが、構えは隙だらけで、素人なのは一目瞭然だった。

大柄なオークは、肩を竦めて隣のオークと顔を見合わせる。

「おいおい、お嬢さん。そんなものは捨ててしまえよ」

 エルフ娘は聞く耳持たない。凶暴な顔つきになって、何やら唸りながら槍を振り回している。

「仕方ねえな」

 舌打ちしたゴ・グムは自慢の槍を構えると、一気に振り下ろしてエルフの槍を叩き落した。

手元の武器を一瞬で失い、呆然としているエルフ娘に相方のオークが手を伸ばして歩み寄った瞬間、死んだように転がっていた女剣士が突然、跳ね起きた。

蛇のように伸びた剣先が、避ける間もなくオークを襲っていた。

一撃放っただけの女剣士が、そのまま転倒して地に崩れ落ちる。

一瞬、オークは無傷のように見えたが、喉から僅かに血が流れていた。

「……あ?」

暫らく棒のようにぐらぐらと身体を揺らしていたが、やがて喉から大量の血を流しながら横へと倒れる。

「ほっ」

 険しい目になったゴ・グムは槍を構えるが、女剣士は浅い呼吸を苦しげに繰り返して地面に倒れたまま動こうとしない。如何やら演技ではなく、本当に最後の力を振り絞っただけのようだった。

しかし、今の一瞬の早業は目に焼き付いている。大柄なオークにとっても近づくのは恐かった。

じりじり近づき、離れた位置から槍で止めを刺そうとすると、エルフの娘が庇うように半死半生の女剣士の躰に覆いかぶさって、大柄なオークをきっと睨みつけた。

「其処をどきな、お嬢ちゃん」

 ゴ・グムは体格の割に些か臆病な所がある。

女剣士は殺すと決めていた。余りにも危険すぎる。

何時自分がやられるか分からない。

美しいエルフ娘は捕まえた方がいいのだろうが、邪魔するなら殺すだけだ。

族長が渋い顔しようが知った事か。文句があるなら自分で捕まえればいいのだ。

ゴ・グムがエルフ娘の身体ごと女剣士を殺そうと槍を振りかぶった時、背後から大きな足音がする。

他のオークが寄って来たのだろう。

手柄を取られても面白くねえが……

舌打ちしつつ振り向いたオークの顔面に、振り下ろされた手斧がめり込んだ。



 闖入者は図体もでかくて力は強いが動きは鈍い。

武器を使い慣れている訳でもないとオークたちは直ぐに悟った。

急所も知らなければ、痛みにも弱い。いい鴨だった。

アジャンは奮戦していたが、他のオークも寄って来た。

オーク達は卑怯にも背中や横から切りつけてくる。まるで思うようにならない。

農作業とは使う筋肉が違うのか。

少し動いただけなのに、大柄な青年の息は切れ始めていた。

 アジャンの目に、再び立ち上がった女剣士がオークを一撃で打ち倒した光景が写った。

遠方を眺めていたオークは緊張した様子で睨みつけ、隣のオークと言葉を言い交わした。

残りのオークは、つまらないものを見るような目で農夫の青年を眺めている。

アジャンは逃げ出そうと左右に視線を走らせるが、完全に囲まれている。

こんなはずじゃなかった。

俺は思っていたより弱かったのか?それともオークが強かったのか?

漸くに現実を認識した彼は汗だくになり、狼狽した目で周囲を見回すも、もう取り返しはつかない。


 棒立ちになってる大柄な農夫の青年を、オークは隙を逃がさず手斧で切りつけてきた。

胸を深々と切り裂かれた。

身体がぶちぶちと聞いたこともないような嫌な音を立てる。

灼熱の棒を差し込まれたように感じてアジャンは苦痛に絶叫した。

嫌だ!死にたくない!

こんなところで!こんな風に!俺が死ぬ筈ない!

槍を突き出して来る。棍棒が側頭部に当たった。

「いっでえ!」

 喉からはもはや意味のない濁った叫びしか出てこない。

一発一発が目も眩むような衝撃だった。

アジャンがゴロゴロと地面を転がると、オーク達が嘲笑を発していた。

視界の端で、屈強な青年が先程向かった最後のオークと切り結んでいる姿が映った。

立ち上がったエルフが短槍でオークを背中から突き刺した。オークが身悶えしながら、体勢を崩す。

ああ、早く助けに来てくれ!俺はまだ死ねない!こんな処で!

喉からぜいぜいと恐怖の悲鳴が迸った。

屈強な青年とエルフ娘が最後のオークを切り倒す光景が目に入った。

見ていたオークたちは動揺したようだ。

酋長が喉から怒りの混じった呻き声を迸らせた。

失禁し、傷口から間欠泉のように出血しながら、青年は血まみれの手を伸ばした。

ああ、頼む。剣士さま。お願いだ。助けて……

酋長がその手を踏みつけた。見下ろす瞳には激しい憤怒が窺える。

手にした戦斧を大柄な青年の首へと思い切り振り下ろした。

「行くぞ!エルフを捕まえるのだ!」


 アリアは胸を大きく上下させて、喘ぐように速い呼吸を繰り返していた。

エリスの手を借りて起き上がったものの、再び地面に膝を付きそうになる。

もはや疲労困憊と出血で歩くことは愚か、立つ事もままならぬ様子であった。

剣を杖に、億劫そうに足を動かす。全身がまるで丸太のように重く感じられた。

「……そいつの槍を……貸してくれ」

エルフの娘は、呻き混じりの言葉に戸惑いを隠せない。

「何いってるの?奴らがこっちに来る前に、さっさと逃げよう」

「……槍を寄越せ……信じろ……」

 女剣士は頑固に言い張る。休んだからか、黄玉の瞳には力が戻ってきていた。

屈強な青年とエリスは顔を見合わせた。

青年が屈みこんで槍を拾い上げ、座ったままのアリアに手渡した。

重量が相当にある。

「……ふ、ふふ、良い槍だ……これはいい槍だ……」

 しげしげと眺めてから満足したように凄絶な笑みを浮かべて、女剣士は槍を握り締めた。

全身に汗をかいて息も乱れている。或いは錯乱しているのかも知れないが、最後まで付き合う心算になってるエリスは、周囲に転がるオークから灰色のマントを拾った。

元々は、村の誰かの持ち物だろう。不潔な習慣を好むオークの持ち物にしては、清潔な代物だった。

小刀で切り裂いて即席の包帯にすると、女剣士の傷口を強く縛って止血していく。

「後でちゃんと手当てしないと」

「人はいずれ死ぬ。早いか、遅いかは問題ではない」

オークたちが近づいて来たのを見ると、アリアは水筒を投げ捨てて立ち上がった。



 部下を引き連れて三人の前に立った原色の衣服のオークは、周囲に転がる部下の亡骸にもさして感慨を覚えたようではなかった。

大柄なオークが死んでるのを見ても鼻を鳴らしただけで、つまらなそうに女剣士を見つめている。

だが、他のオークは、喉を鳴らして落ち着かない様子を見せている。

黒髪の娘はすっと槍を構えると、静かに気息を整えていた。

脂汗が浮かんでいるにも拘らず、黄玉の瞳には奇妙な光が宿り、爛々と輝いてオークたちを射抜くように見据えている。

 エルフの娘は短槍、農夫の青年は手斧を構えたまま、緊張した面持ちでオークたちを睨みつけていた。

恐らく対決に乗り気ではないのだろう。二匹のオークは、女剣士の冷たい瞳を見て背筋を震わせている。

「猿は殺せ。エルフを引っ張って来い」

 族長の命令に唸り声と共に進み出たオークを見て、女剣士が軽く目を細めた。

小さく息を吐き、狙い済ました初撃を放つ。

瞬間、雷光のような一閃がオークの眼窩を貫通して脳にまで達していた。

「……え?」

 黒髪の娘が槍を戻すと同時に、即死していたオークの身体が力なく崩れ落ちた。

オーク達が大きくざわめき、ラ・ペ・ズールは大きく目を瞠った。

二匹が微かに後退った。顔を見合わせて、なにやら頷きあう。

女剣士の呼吸は、しかし、今の一撃で大きく乱れていた。再び包帯に血が滲んでいく。

「……どうやら死ぬのはお前達のようだな」

苦しげな笑みを浮かべている黒髪の娘は、なのに強気な姿勢を崩さずに進み出る。

「死に損ないめがッ!……何やってる!わっちを守れ!」

「だ、旦那さま!お逃げくだせえ!」

 喚き立てる族長を庇うように前に出た老いた小柄なオークが、槍で顔面を叩かれる。

忠実な召使がもんどりうって倒れると、残った二匹は踵を返して一目散に走り出した。

「助け!助けてええ!」

もう一匹、悲鳴を上げている小柄なオークには半エルフと青年が飛び掛っていた。

「お……臆病者ッ!う、裏切り者がぁあ!」

激昂しながら叫んだ族長の利き腕を、勢いよく振り下ろされた槍の柄が叩いた。

「ギャッ!」

返しの一撃で足払いが、戦斧を取り落とした太ったオークの太股を強かに切り裂いた。

「この野郎!」

 小オークを半エルフに任せて、横転した族長に屈強な青年が駆け寄ると手斧を振り下ろした。

頬に一撃を喰らい、苦痛の呻き声を上げる族長。

再び手斧を振り下ろそうとして、

「……殺すな!殺すと厄介なことになる」

女剣士の制止に渋々ながら手斧を納めて頷いたので、槍を突きつけながら族長に迫った。

「……降伏しろ……命だけは助けてやる」

 黒髪の娘は肩で息をしている。汗だくで所々から出血していたが、

鋭い黄玉の瞳だけは、殺気じみた硬質の光を放っていた。

拒否すれば、殺されるだろう。

丘陵に転がる十余もの配下の死体を眺めた。それから女剣士を見つめて、族長は喉の奥から唸り声を上げた。

「……分かった。お前に降伏する」



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